序章-Ep.1 異世界(1)
「ふ、ふふっ! ここが異世界……!本物の異世界……!!」
思わずそんな笑みが零れるが、私はその事など全く意に介さず、目前の光景に見惚れながら次なる言葉を放つ。
「あ、ははっ……! まさか私が……!──私なんかが異世界に来ちゃうだなんてっ!」
やはり人生何が起こるか分からないものだ。
玄関の扉を開けたら、まさかその先が殆ど緑一色の大草原と化していたとは……帰宅直後のサプライズにしては、宇宙規模にも思える素晴らしいスケールである。
しかも、当たり前のように服装すら変化している。
今私が纏っているのは、傍から見てもボロい黒のローブ。それには、何かしらの豪奢な装飾なんて洒落たものは一つたりとも無く、特に目を引く様な細かな飾りも一切無かった。
加えて、先程まで私が履いていた筈の靴は跡形もなく消え失せており、代わりにそこにあるのは私の白い肌……つまり私は今、素足が露出している状態であるのだ。
何やらスースーしていたのはこのせいだろう。
「露出狂一歩手前の格好だけど、まあそれでもヨーシっ!」
何せここは異世界なのだ。即ち浪漫の塊そのものなのだ。
現実とは一味二味三味も違う常識、魔法のある非現実的な日常、癖ある仲間達との大冒険、異世界ならではのファンタジーな景色、更には運命の人との出会い。
これらがこの先待っているかもしれないって時に、それを素直に喜ばないなんて、それはかなりの大損ってものだよね!
いやけど、裸足だから何か踏みそうで怖いし、あと何よりも恥ずかしいし……それに草がチクチクとして痛いから凄く気になるってところには、ちょこーっとばかし運命様に物申したいところだけど。
「ふふふ……まあそれはいいとして、これで私の積年の願いは叶ったも同然! これから私はこの異世界で人生をやり直し、なんやかんやあって成り上がっていく事になるんだから、今のうちにこの日を謳歌しなければ!」
「よーし! 忙しくなるぞぉー!」
ワハハハ!と、私はわざとらしく胸を張りながら声高らかにそんな笑い声を上げ始める。
────もしここに誰か人が居たのなら、きっと私は変人通り越して『近寄ってはいけない不審者』と思われて通報されていたところだろう。少なくとも私ならそうする。
「それにしても、今思ったけどここってどこなんだろ?」
パッと見、この草原には人っ子一人も居なさそうだし、建造物はおろか道すら見当たらない。もしやここはアレなのだろうか?
この世界にとっての未開拓区域……もしくは、それに準ずる何かなのだろうか?
「──。やっぱし人の気配とかそういう痕跡すらも無さ過ぎて、なんだかちょっとだけ不安になってくるな……」
───私は少し考えた後「周りになにか人工物は無いだろうか?」なんてことを口に挟みながら、賢者の様な素振りで目を半目にして、ムムムと言わんばかりに遠くを見詰めてみる。が、しかし
「ダメだ、遙か遠くまで完璧に緑だ……」
案の定、何かめぼしいものは見つからなかった。
地平線の彼方をよく見たのだが、そこから先ですら環境の変化が確認できない。
……もしそれが広義の範囲で環境の変化なのだとすれば、確認できるのはせいぜい草原の一部一部に花が群生していたり、蝶が舞っていたりしてるくらい。分かるのはそんなどうでもいい情報ばかりだ。
「───いややっぱり凄いなぁ、ここ……? ここまで何も無いなんてことあるかな?」
「っていうかさっきから思ってたけど、この草原いくらなんでも広過ぎじゃない……?」
私が思っていた異世界の自然っていうのは『何かと規模がデカかったりしてる』みたいなイメージだったが、振り返ってみてもこれは私の想像の範疇を超えている。
例えてみるなら、一本の張った糸でも跨ぐみたいに域を超えてきている。
「──はぁ、異世界だとしても、流石に限度ってものがあるんじゃないのかな……? 見たところ、一国の領土の半分でも埋め尽くしてそうな広さしてるし……」
ん、あれ待てよ? 確か、地球でもこういう場所があるって聞いたことがあった様な? なんなら教科書にも載ってた様な気が……?
───え、じゃあこれは異世界クオリティでも何でもなく、普通にリアルクオリティでこれって事なの?! 世界広くない?!
「─────とりあえずそれは置いとくとして………あー、ひとまず今は状況を整理しないと」
えーっと確か?色々疲れつつ玄関のドアを開けたら、なんかファッタジックな演出だとかの前触れも何もなく、突然景色が変わってここに居た……みたいな感じだった気がする。
「って、我ながらザ・テキトーな分析だな……だけど考えても大体これくらいしか見つからないし………まあとりあえぶこれでいっかぁ!」
自分の圧倒的適当さにやや感嘆としたが、その後はまた適当に言葉を区切る。不名誉だからやらないものの、今なら『テキトークイーン』の名を欲しいままにできそうだ。
「まあそれはそれとして、多分これはある種の異世界転移──加えて、この辺りの様子から想像するに、転移する場所はきっとランダム……」
そして今回、私が転移してきた場所は人工物とか人の気配とかが完ゼロの大草原。目を凝らしてよく見たから、これは確かだろう。
「うーん、ガチャで例えるならハズレ枠か。できれば街かその近くに転移したかったなぁ……」
何が出たかを普通のガチャポンで例えると、中からドブに捨てられた様な石が出てきたと言ってもいいものだ。
「さてさて、この辺りには何も無いし、人居ないし、つまり話し相手居ない……うん、異世界に転移して早々詰み説が出るとか、私の運命様ってばふざけちゃってるのかな?」
それか、異世界への転移を渇望しすぎた私を、人生の殆どの運を消費させる代わりに異世界へと転移させたか……
いや、それはそれで困るから少しだけ違っていて欲しいのだけれども…………んーー、できれば一年分 ──欲を言えば半年分くらいの運の消費であってほしい。なんなら一ヶ月とか、一週間とか、一日分とかでもいいよ運命様
「ま、まあそんな事はどうでもいいか……」
はてさて、我ながらなんて強欲な思考をしていたのだろうか?
よし、とりあえず気になるからステータス開いて幸運の数値見てみたいな。そして幸運にポイント全振りしてみたいな。あとラッキーガールになってみたいな。
「………っとまず、転移場所のガチャには大失敗したんだろうけど、まだ大丈夫。そうだ、まだガチャは続いている」
「よーし続きだ続き! 次はチートガチャだ!」
───ムフフ、こういう異世界モノのテンプレなら、転移者とか転生者とかって、大抵がチート能力やら凄い才能やらを授かっているのが、恐らく古来から万年も続く恒常の理!
まあ一部はその理から外れている事もあるのだろうが……そういう展開のものは全体的に見ても少ないだろうし、万が一にそういうのが無かったとしても、私にはある程度の現代知識があるからきっと問題は無いだろう。
つまり私の異世界無双爆走ルートは確立されている様なものよ!
「うーん、まず試すのは……そうだなー、才能の線で行くと、やっぱり魔法とかかな?」
ムッフフ、まだ有無の確認は取れていないが、もしチート能力が無くても、魔法の才能さえあれば私が向かう先は勿論十中千万の確率で最強魔法使いよ!
千万の一を引いて、結果魔法使いとしては弱くても、幼い頃から憧れてきた魔法使いになれるのなら、それはそれで嬉しいからね。
「よし、まずは準備体操……」
その後、私は誰に言うでもなく小さくそう呟くと、そこからまるでラジオ体操でもするみたく、腕を回し始める。
「───お……? おー……!!」
何故だろうか。関節が滑らかに動いている……!正直自分でも驚いた。
誰かがこれだけ聞けば、一体何が驚く要素なのか?と疑問に思うのだろうが……私にとってこれは異常でしかない。
転移前の場合、こういうことをすると体にぎこちなさとか、どこか引っかかりの様なものを感じたりしていたが……
なんというか、私の身体が私の身体ではないみたいな感じに変化しているかのような気分だ。
「ふむふむ……なーるほどね?」
私は回していた腕を止めて、顎に手を当てながら考察するみたく言葉を零す。
「この流れ的に、私が授かったであろうチート能力………そう、それは!身体能力がとんでもなく強化される最強バフ。多分それだぁ!」
「──それか、『異世界に転移したら身体が魔改造されていました?!』とかの展開もアリだな……! うんうん、好きだよそういう展開!」
ま、私の身体能力なんてものは、引きこもってからは恐らく平均以下と化していたんだろうし、それはそれでかなりありがたい。
仮に、私の身体能力がナメクジとかアメンボレベルのままだったら、勿論、この先で待ち受けるのは病院送り確定に決まっている。
それを避けることができるのであれば、私のチートがその最強バフであろうと無かろうと、一コンマでも生存率が上がるというのだから、それでもかなり役得だ。
「───やはり異世界転移時の恩恵というのは、最強と相場が決まっているものだな! よーし!」
そうして私は、何やら全て納得した様な表情をしつつ、今度はそこから妄想を始めて、顔を緩め始める。
「にしても身体能力最強の展開…………私が知っている作品の設定から想像するに、この世界では魔法使いが優遇され、剣とかを扱う人は冷遇されているのが常識という世界観の可能性があるな……!!」
ふ、ふふっ!それでそれでー!
このチート身体能力を使って『嘘だろ?!この僕の魔法を?!』とか『な、なんてやつだ!』なーんて事を、私を舐めて蔑んできた人達に言わせてみちゃったりぃ……!
ふとして次々と湧き上がってきたそんな妄想にふけりながら、私は「ムフフ」とにやけた声を零すと、やや奇妙なくらいに口をほこらばせる。
「───おっといけない。これは流石に気が早すぎるか」
ふとして私は自分の頬がほころんでいるのに気づくと、そうやって自分の溢れ出んばかりの妄想を抑え始める。
「よーし、落ち着くんだ私……そうだこれは早計だ早計! まだ確証やら何やらがある訳では無いのだ……!」
……………無いのだが、本当にこれが自分のチートなのか否かは、試してみればすぐ分かる事だ。
しかしながら、それをしてしまえば、後で『こ、この力は一体……?!』みたいな、自分の力にビビりながら無双する感じの主人公プレイができなくなる。その為、今行動に移すつもりは毛頭無い。
「さてさて……今度こそで試しますのは?異世界ファンタジーでは王道中の王道……!」
私は何故か芝居ぶった前置きをすると「そうッ!」と同時に、指を鳴らそうとしてミスる。──それに対して特に気を向ける事もせずその次、私はやたらと格好つけた顔付きになり……
「魔法、だッ……!」
と、キメ顔で言葉を放った。
ちょっと格好つけた言い方とか行動したくなったのはご愛嬌だが、流石に授かったチートが『身体能力の強化だけ』というのは、なんだか地味だしちょっと危なっかしいし、あと怪我しそうで怖い。
先も似た事を話したが、もし魔法が使えるのであるならば、いつか小さい頃から憧れてきた魔法使いジョブとして、この異世界を楽しむ事もきっと容易いことだろう。
まあ私の授かりしチートが『身体能力最強バフ』かどうかは知らないんだけどねっ!
───それと、ワンチャン使える魔法とか、私の保有している魔力量とかが桁外れだったりしたならば………!
『ま、まさか!あれは古代魔法……?!それに加えてあの魔力量……あの女、只者じゃないぞ!』みたいな事も言わせたりできるかもだしぃ……!
加えて、『美少女系最強魔法使い』としての位置を確立してみたり!
「ム、ムフフ……!!夢が広がるなぁ……!」
───おっといけない。少し興奮し過ぎた。
これも身体能力の件と似たようなもので、まだ魔法が使えるなんて確定してる訳じゃない。それに、魔力だってもしかしたら大したことない可能性だってあるだろう。
異世界転移だからって浮かれ過ぎちゃってたな……
「うむ。反省反省─────……それより、早く本題の魔法に入らなければ」
そうだなー、大それた魔法とかだと結構アレだと思うし……
え?『この力は一体プレイ』を楽しみたいんじゃなかったのかって?
アハハ!今すぐ魔法を使えるかもしれないってなったら、誰だって使いたくなるものなんだよ。人は夢に対する本能には抗えないさ!
「───やはり最初は、異世界モノでは定番の中のド定番である火属性魔法……その代名詞とも言えるファイアボールとかで試してみようか?」
そう言葉を放つと、私は恐らく自分の人生の中で最高の勢いで、片方の掌を前に突き出す。
▷▷▷▷▷
──────数分程度だろうか? その状態のままそれほどの時間が過ぎたが、私は未だに魔法を試そうと行動に移していない。
それは何故か?勿論その理由はただ一つ………
「────き、きき、緊張するぅぅ………」
やはり、いざ初めて魔法を発動しようとなると、妙に緊張してきてしまう。
何せ、今さっき異世界転移してきて、しかも今すぐにでも魔法が使えるかもしれないという、なんとも私にとってご都合的な展開となってしまっているのだ。
今まで自分にとって夢物語の域だった魔法という存在を行使しようというのだから、今更緊張してしまうのは多分仕方の無い事だ。
「………いやけど、ずーっとこうしてるような気もするが!なんか『ふぇ?』みたいな言葉吐きそうなんだよなぁ……」
チート能力に関してはシンプルにあまり危険そうに感じなかったから良いとして、魔法はちょっとアレだ。
仮にこの世界の魔法が、色々ぶっ壊れてる存在であったとしよう────目の前で爆発する可能性がある。
仮にこの私の魔力量が、色々ぶっ壊れてる物量であったとしよう────私諸共、消し飛ぶ可能性がある。
「……………ヤバい。ヤバいヤバいヤバい………何か怖い?!何か怖すぎる?!」
折角夢の一つを叶えようとしているというのに、色々と可能性が頭の中で目まぐるしく駆け巡り、水が沸騰しているかの様に様々な憶測が湧き上がってくる。
その結果、今度はほぼ先に進めない状況となってしまったのだ。
───こればかりは自分の妄想力を恨みたくなる。
「お、おち、おちちつつ、落ち着くんだ私……どうしたんだ私………さっきまでの威勢はどこにいったんだ私ぃ……?!」
「ほら、魔法を試すんでしょ私?!ほ、ほら、恵里ちゃーん?早く詠唱を始めよっかー……?」
ガッタガッタと身体が震え始め……というか地震でも起こそうとしているのかというくらいに、私の震えは更に増していく。
────いやはや、たかが緊張なんかでここまでなるとは自分でも想像つかなかった。というか、多分殆どの人が想像つかないのではないだろうか? いや誰が想像できるんだこんなの。
「ほらぁ、深呼吸ぅ……!すぅぅぅーーー……………はぁぁぁぁーーーーー…………!」
「よし、行ける!うん!今行ける!今この瞬間行ける!行ける気がした!うん!よし!行こう!!」
決心したとはお世辞にも言い難く、そんな酷く情けない決心の言葉を矢継ぎ早に放つ。そうして「よし!!」と続けて叫びながら「ふ、ふぁ!!」と勢い良く魔法の詠唱を始める。
「ふぁい!あ……ぼぉーる………」
だがその勢いも虚しく、次の瞬間にはそんな情けない声が響いたのであった。
無論、その詠唱に応じて『掌から何かが飛び出たり』『何かがその場に形成されたり』なんて、そんな都合よく事が起こる筈も無い。
ただただその場に涼しい風が吹くだけで、案の定詠唱の結果は、『しかしなにもおこらなかった』のであった。
「ぅ、うぐぐぐ………」
うわぁぁぁ!!結局失敗したじゃぁぁーーん!!!
なんなの?!ほんとなんなの今の『ぼぉーる………』って?!
え、何?私って魔法舐めてたの?それとも単に緊張してバカになってただけなの?それか魔法に対してコミュ障を発動しただけなの?
「───いや概念に対してコミュ障発動するって何!?」
そんなセルフツッコミをしながら、私は心身共にやたらと慌てた様子を見せる。
自分でボケて自分でツッコミをする。誰も見ていないのに一人で漫才をするなんて、自分でやってて初めて寂しいと思った。
「ぅあああァァッ!!!」
────混乱が一線を超えたのか、私は突如としてそんな奇声を上げる。
その後、私は頭を掻き毟り、草地に顔を埋め、顔を上げて頭を叩き、そして地面にキスをするという謎循環奇行を開始するのだった。




