プロローグ
────どこまでも続く海のように広大な、緑の草原……
草は天からの陽光を反射して強く煌めき、風に身を預けてさわさわとさざ波の様に揺れている。
その緑を彩る咲き乱れた花々……その周囲には、見たことの無い美しい蝶がひらひらと優雅に舞っている。
頭上の大空に広がるのは、とても澄み渡った紺碧の絵画……太陽は眩いばかりの陽光で大地を惜しみなく照らしており、暖かな空気がこの緑の世界を優しく包み込んでいた。
……そんな豊かな自然の数々が広がる大草原の、その中心部。
そこには、この景色にしてはとても場違いに思える黒い点が一つ……いや、一人の少女がそこに立ち尽くしていた。
「────ぁぇ……?」
少女が微かに声を零すと、彼女は突如として変化した目の前の光景に呆然としながらも、ゆっくりと左右を見渡し始めた。
左……遠い場所に大きな丘が一つだけ見える。その頂にはたった一本だけの木……並みの木と比べて遥かに大きく見える巨木が生えている。
───その巨木の幹は数多くの緑に覆われ、丘の一部には巨木の根が地中から露出しており、根はのたくる蛇の様に大地を這っていた。
右……そこは左の丘と比べると、明らかに多い種類の花々が咲き乱れている。
鮮やかな色彩の群れが視界に映り込む度、その色彩のそれぞれがこの緑を美しく彩っているだろう事が、容易に想像できる。
そして前方……その方向に視線を戻せば、そこには相変わらず自然の入り乱れという音の無い交響を繰り広げる美しい光景が広がっていたままであった。
─────これは現実なのかと疑ってしまう程、この光景がまるで幻の様に思えてならない……
もうこの先、ずっとここで眺めていたくなる様な夢見心地の光景だ。
「……」
少女がしばらくそれをぼんやりと眺めていたその少し後。彼女は自分の目を疑うようにして、ゆっくりと目を擦り出した。
───三、四回ほどだろうか。彼女がそれほど擦ったその数秒後に瞼を開くと……
結果視界に映ったのは、何かが変化した様子は殆ど無く、なんてことの無い美しい景色だ。
彼女がそれを自覚した途端……虚ろにどこか遠くを見ていた彼女のその瞳には徐々に光が戻っていった。
「は、ははは……」
冷や汗を頬に流しながら、彼女は目の前の光景に対してそんな乾いた笑いを零す。
────少女は理解していた。家の玄関を開けた先が、このような大草原では無いということを……
「い、いや流石にこれは……」
『違う』とでも、そんな否定の言葉でも紡ごうとしたのだろうか。少女は切実に、微かな希望の思いを込めた小さな声色でそう呟いていたが、彼女は何かを思いついた様子を見せて、咄嗟に口を噤んだ。
……そうして彼女は、未だ目前の風景に見惚れていながらも、確かめるように自分の頬を叩いた。
「───痛い……!」
先程の行動を経て、自分の疑問に確信を得たようだ。
絶望に満ちた世界で抱いた、彼女が心の隅で描いていた願い……叶うはずもなかった、人生をやり直すという夢物語が現実となってしまった……そんな確信を。
────少女は知っていた。この様な場所が地球に存在するはずもないだろう事を……
「夢じゃない……夢じゃないんだ……!」
表情は歓喜の念に染まり、彼女の内で様々な想像が次々とあふれ出す。やがて嬉々とした表情から、この先の希望でも見た様な笑顔へと変化していった。次に彼女は大空へと顔を仰ぐと……
「ふふっ……!」
そんな弾んだ声を漏らし、瞼を閉じながら一歩前へと歩みだした。
足を前へと進める度、柔らかな土の感触が優しく足を支えているのを感じる───
遙か天の彼方の太陽からは、大地を照らす暖かな光がその身を包み込み、草のチクチクとした刺激や、風に乗せられる草花の香りは鼻孔をくすぐった。
少女を刺激するこれらの感覚が、これは夢ではないという事を完全に証明し、瞳に映る世界の彩りは増すばかりとなった。
────これらの事象を経て、彼女……三上恵里は紛れもないこの現実をようやく理解した。
不完全な夢の世界でもなく、逝去した生物が住まう彼岸の世界でもなく、ある世界と酷似した並行の世界でもない。この世界は、それらのいずれとは全く異なる未知の世界……
「いぃやったぁーーー!」
────そう、異世界であると




