第8話 昭和レトロは懐かしくない
おれごんは自分のことを昭和だ昭和だと言いはりますけれど。ぜんぜん昭和じゃあなかったですね、少なくとも飛騨高山レトロミュージアムさんのまえでは昭和ではなかった。
世界遺産の白川郷のついでで寄ったのです。
よくよく数えてみると昭和は、わたしがものごころついてから10年もなかったんです。ほんの数年だった。だから青春をして恋をして、懸命にもがいていた時間ってやつはぜんぶ平成の出来事だったんですよ。
そんな輩が昭和レトロに触れても、なんの感慨も湧きません。
白黒テレビ。三輪自動車。オール木製の学校。ホーロー製品。だってどれも触ったことない。
まるで異国の地、知らない異世界の物品の陳列。珍しいだけじゃ楽しめなかった。
あれを見て懐かしめるのは、真にその時代を生きたひとだけ、大阪万博の1回目の空気を吸ったひとだけ。
ですから飛騨高山の陳列は、古き良き昭和。日本がブワわああって隆盛していた時代の残滓なんです。ニッポンが1番元気だったとき。
おれごんのいう昭和はファミコンとか、デジタルが始まったころの昭和末期。ひずみとか勢いとか、なにかと色々おかしくなっていた時代。
使い捨て商品。映像を縦に圧縮するワイドテレビ。泡立つドブ川。
セピア色になっちゃって、ひどく懐かしいけれど。ひどい時代だったとも思い起こせる。
平成は、そんな混乱のツケを払い続ける30年だったように思います。そのツケを払わされたのはまさに私たち氷河期世代。
もう20年ほど先で、平成が懐かしくなったなら。そのとき、平成レトロもやはり美化されるのでしょうか。
されるのでしょうねえ。品々に善悪はありませんもの。そのときこそ大いに懐かしむのでしょう、おれごんは。




