第2話 特殊部隊『L7th』
パルチザン『人類連合軍HAF』
マザーコンピュータの打破を目指す反逆組織。
かつてMC反乱を生き残った者達が身を寄せ合って結成した。
構成人数は100万人以上。旧フランス領の地下にアジトを構えており、その詳細な位置は機密事項である。
地底の街は大きく四つの区間に分かれている。
上から順に、工場区、農業区、住宅区。そして商店区だ。
最下層に位置する軍事基地が本丸となる。
螺旋の層構造を貫くその姿は、さながら地に眠る世界樹のようだ。
彼らは大地に力を蓄え、再び空を貫く機会を伺っているのだろう。
「なぜ、あんな殺人鬼を招き入れたのですか!!」
豚の鳴き声みたいな野太い怒号が、会議室を軋ませている。
見渡せば、円卓に座る見るからに偉そうな連中たち。
その中で立ち上がった太った男は、ブクブクとした両手に机を叩き伏せた。
「A006は必ず我々に害を及ぼしますッ!!どうかご再考を!!」
呼吸を合わせて、一斉に首を垂れる円卓についた多くの背広。
国会議事堂でも目の当たりにしたような感覚に、俺は扉を開けたまま固まる。
最奥に座るジャックは、顎髭を撫でながら浅くため息を吐いた。
「そうは言ってもねぇ……彼がアドラと対峙していたのは事実だ。そうだろう、A006?」
不意と、灰色の瞳が漆黒のローブを映す。
俺は軽く頷き、茶色いカーペットを踏み入る。
「貴様の言う通りだ。アドラの破壊という一点で、利害は一致している」
尤も、王座に就いた後は、貴様らをも支配してやるつもりだが。
淡々と答えると、脂肪に身体を丸くした中年は血眼を開いて唾を飛ばした。
「ふざけたことを抜かすな!貴様はこれまでに何人の同胞を殺して来たッ!!」
「さぁな」
弱者の屍の数など覚えているはずもないだろう。
醜い豚を睨み返せば──一様にその顔を歪める、レジスタンスの幹部ども。
──しまった。
思った時には遅い。
苦く澱んだ空気に、アルナは慌てたように口元に手を当てる。
「……総統ッ!やはり私たちはこんな人殺しに背中を預ける気にはなれない!!今すぐに追放をッ!!」
試験開始前みたいなじれったい間が、会議室を静謐に張り詰めた。
「そうだねぇ……ハサンくんの言う通り、A006に背中を任せたいと思う者は少ないかもしれない」
ねっとりと、耳奥を舐める渋い声。
ゾッと心臓が凍り付く。
反して脂まみれの顔は希望を仰ぎ見て、テカった唇を素早く震わせる。
「であれば、追放を──」
けれど直前、無精ひげはニヒルに歪んで、
「──だからこそ、A006には部隊を与えようか。上官はこの私。特殊部隊という形でね」
ポケットに隠した爆弾を、唐突に会議室へと放り投げた。
乾いた拍手が、混沌と揺れる会議室を規則的に響き渡る。
二転、三転とする状況に、お互いの顔を突き合わせてざわめきを溢す幹部たち。
動じぬのは発案者のジャックばかりで、灰色の瞳はニマニマと、立ち尽くす漆黒のローブを映す。
「実に楽しいゲームの幕開けだろう?A006」
「貴様……なんのつもりだ」
相変わらず、見通しづらい話をする男だ。
確かにこの1カ月、俺が戦力としての役割をレジスタンスに期待させたことは認めよう。
とは言え、それはあくまでも個人による暴力。
ハサンとか呼ばれた豚みたいな幹部の言う通り、他の連中が元敵の俺に協力するとは思えない。
眉間に皺を寄せて問えば、筋肉質な両腕は身振り手振りを込めて、大切な質問を右から左へと流した。
「部隊には、キミのお眼鏡に叶う『規格外』を集めておいたよ。きっと楽しんでもらえるさ」
「おい、質問に答えろ──」
「それと、他人を動かすのが苦手だろう君の補佐として──アルナくんを副官に任命してあげよう」
乳白色の指先が、丸みを帯びたアメジストの瞳を自ら示す。
「わ、わたし……?」
ゴミを押し付けられるわけにはいかない。
衝動が筋肉を突き動かして、両手が痺れるほどに円卓を激しく叩きつける。
「俺はこんな奴を傍に置くつもりはないッ!!」
「そうは言っても、これは組織の方針だからねぇ」
たったの一言で俺の言葉は遮られた。
そして、俺には反論するだけの権力がない。
服従は力なき者の宿命だ。拳を握って身体を震わせる。
なおも腹が立つ点と言えば、確実におちょくっているとしか思えない下手な声真似が続くことだろう。
「そしきのほうし~ん!」
「クソがッ……!」
「ハッハッハッ!!」
いつか必ず、この2人は俺の手でぶちのめしてやる。
怒りの頂点と共に、固く決心する。
ジャックは垂れた前髪を弄りながら、どうどうとどよめく幹部連中を眺めた。
「これなら、ハサンくんも文句はないだろう?」
「し、しかし……奴がMCからの刺客である可能性も」
「だから、A006には必ず成果を上げさせる。背信行為があれば即座に追いやる。特殊部隊の全責任は私が負おう。万が一があれば、これからのレジスタンスはハサンくんが引っ張っていくと良い」
「どうかな?皆」
もはや、反対の声を上げられる者はいなかった。
時に取り残された幹部共を置いて、ジャックは颯爽と会議室を発つ。
やがて、幹部共は俺を避ける形で会議室を出ていく。
けれど、中年男だけは違う。
歯軋りに歪んだ憤怒が、俺を焼き尽くすように見下した。
「……A006!私は、仲間を殺した貴様を決して許しはしない……ッ!!」
その一方的な宣告を最後に、揺れる腹部は、ズカズカと会議室を発った。
そのようにして、俺は特殊部隊『L7th』の隊長に任命されて、
翌日、初の任務が、ジャックより通達された。
────
指令 【F14石油化学コンビナート制圧作戦】 危険度★★★☆☆
命を賭けたゲームの始まりだ。
まずはF14拠点を攻略してくれ。
数日前、拠点制圧に多数の部隊を投入したものの、作戦は失敗した。
F14拠点は異常な警戒態勢を敷いている。
無尽蔵の機械兵に加えて、巨大駆動型ロボット『タイプC』の姿も10体は確認済みだ。
そこで、今回は諸君らに、敵対勢力の殲滅を願いたい。
機械兵を残らず掃討せよ。
後続の安全確保が完了した時点で任務は達成となる。
作戦開始は2113年2月12日だ。
その日の午前9時に、格納庫へ集合してくれ。
────
空間ディスプレイを浮かぶ通達文が、傷付いた床に青い光を反射している。
「いよいよ任務の始まり、か」
朝日代わり岸壁から差し込む人工光を浴びて、俺は寄宿舎のベッドにぐっと腕を伸ばした。
改めて、住居として割り当てられた一室をぐるりと見渡す。
カセットテープに、携帯ゲーム機。
旧時代の遺物を見せびらかす室内は、前居住者の趣味が色濃く残っている。
見ていると少しだけ、師匠と暮らした家の面影が重なった気がした。
「時間だな」
時計の針が午前8時15分を告げた。
特別支給された漆黒のバトルスーツを着用し、その上にローブを羽織る。
寄宿舎を発ち、まずは本部の廊下へ。
鏡のごとく磨き上げられた、円形広間の中央。
そこに聳える地上連絡用エレベータの1つに手を伸ばした、その瞬間、
雪のような手のひらが、ボタンに触れた手を、ふと重なる。
夜の月を思わせる青白い瞳が、漆黒のローブを映し出した。
「……」
肩上を揺れる、透き通った銀色の短髪。
真っ白なまつ毛が、切れ長の目つきに流れている。
渦へと呑み込まれるように覗いて、間隙。
氷の彫刻が、我先にとボタンを早押しした。
「……なによ。アタシに用でもあるの?」
荒んだ眼光が、冷気のトゲをロビーを吹き抜けた。
「偶然、貴様が視界に入っただけだ」
「そ」
淡白なる言葉の応酬。
その華奢な身体に似合わぬ巨大な狙撃銃を背負った背中は、1人かごの中へと消える。
即刻「閉」を押す様に、俺が立ち入る暇はない。
柑橘系の爽やかな香りだけが、鼻腔に残留した。
「……ふざけやがって」
思わず舌を鳴らして、次なるエレベータに乗り込む。
地上へ繰り出せば、淡く青空を照る陽光が、じんわりと肌を弛緩した。
朽ちたコンクリートが、足音をよく響かせる。
廃墟の彼方を浮かぶは──壊れたドーム球場。
寂れた入り口に生態認証を。
工具と木材の混じった特有の匂いが、肺の奥に流れ込む。
「……ここが格納庫か」
多種多様な装甲車両を整列させた空間は、高い天井に、蜘蛛の巣みたく骨組みを露出していた。
「あっ!六ちゃん!!」
耳障りな高声が、だだっ広い格納庫を反響する。
声の鳴る方へと、俺は横目だけを向けて、
『規格外』の人影が4つ、既に灰色に汚れた格納庫の床材を佇んでいた。
人類連合軍HAF→Allied Forces of Humanityの略
特殊部隊『L7th』→Limited 7thの略って感じになってます……!
つまり特殊部隊には計7名が……?
次回の投稿日は8月17日の日曜日となります。
それでは、また次話でお会いしましょう!