第1話 ようこそ地獄の秘密結社へ
共栄都市管理者『アドラ』
共栄都市を裏から支配する人工知能の一角。
その美貌は食虫植物のように不気味で艶めかしく、性格は残忍そのものである。
他者との格付けを通じて、競争に勝ち抜くことを至上としているようだ。
皮肉にも、共栄都市に生きる人民は、自らがAIによって支配されていることを知らない。
彼らは心の底から信じ、世界をそうであると見つめている。
表の頂点に立つ都市議会こそが、世界を回しているのだと。
色彩豊かな光の街が、地底を降下するエレベータの窓を反射している。
冷え切った手錠に足錠。
更には暗闇の目隠し。
加えて身体検査。
厳重な警戒を経た果てに、俺は人類連合軍が密やかに活動する地底の街へと辿り着いた。
「貴様らは……ただのテロリストではなかったのか?」
予想外に、規模が大きい。
ローブを翻して、灰色の瞳を睨む。
筋骨隆々とした指が、エレベータを鏡にオールバックの前髪を整える。
「半分正解で半分間違いだねぇ。そういう『教育』を受けてきたんだろう?アドラから」
AIに反旗を翻した者。
選択の余地すらなかった者。
事情は様々だろう。
それでも、煌びやかな街灯りにはささやかな笑顔が咲いている。
そこに、極悪非道なる悪鬼は存在しない。
知識と現実との差異に、何度も目を擦る。
白く染まった視界を広がる光景は、こびり付いた油汚れのようだ。
背広を纏った大柄な肩は、呆れたように深く落ち込んだ。
「これから色々と明らかになることがあるだろうけど、まぁ、それもゲームの一環として楽しむと良い」
地上連絡エレベータが、とうとう地底を震動する。
扉が開くや否や、続々と雑兵共が現れた。
奴らは俺を拘束し、中心にある軍事基地……HAF本部の無味な一室に軟禁した。
以来、俺は地下アジトで生活する中で、『史実』について触れる機会が多々あった。
中でも刺激的だったのが、マザーコンピュータ(MC)。通称、ゼウス(Zeus)に関してである。
時は2072年。全てのAIの最高権威に立つ彼の存在は人類に牙を向けた。
結果、総人口は1億人へと減少。
人類大半の命と引き換えに、ゼウスは破壊される。
これより先の未来に恒久的な平和を。人類が一丸となって生み出したのが、共栄都市である。
という話は嘘だった。
確かに、人類連合軍はMCの破壊を目的に発足したらしい。
が、ゼウスの率いるロボット軍団に蹂躙されたようだ。
そして始まったのは、ゼウスが意図的に残した1億人の管理体制。
AIとは、人間をサポートする便利な道具だ。
人々の記憶から真実は消し去られ、共栄都市に生きる誰もが、今では偽りの平和に微睡んでいる。
「──故にこそ我々は、ゼウスを破壊することで──」
そんな世界は、打破しなければならない。
かつては散り散りとなった勇者たちが結集し、レジスタンスが生まれた。
と語るのが、空間ディスプレイに映るレジスタンスの総統……ジャック・カッシーラーである。
「まぁ……だからどうしたという話だがな」
それが、語られた『事実』に対する俺のスタンスだった。
もちろん多少の驚きはあった。
が、俺が成し得たいことはアドラの破壊。
そこに『事実』がどう絡もうとも関係ない。
なればこそ、俺は人類連合軍にとって都合の良い『事実』を受け入れようではないか。
「出ろ、A006。『仕事』の時間だ」
全ては、奴らから信用を勝ち取るために。
アドラを破壊する機会を得るために。
青のレーザー砲が、夕闇の戦場を青白く染めていた。
光の波動に吞まれた人間は瞬時にその形を失い、怨霊みたいな赤い霧と化す。
溶岩地帯のように焼け爛れた草原。
突如として戦場を襲った暴力はハレー彗星のごとく、小銃を構えた兵士の言葉を奪い去った。
「なにが……起きた……?」
絶望とも驚愕とも取れぬ声が、嫌に静まり返った戦場を浸す。
誰彼の視線が、火の粉を浴びた白亜の巨躯へ吸い込まれていた。
──自動駆動型掃討ロボット『タイプC』。
巨大な砲身を背負った四つ脚の機体だ。
大きさは10メートルほどであり、F3の拠点防衛において『人工知能側』が初投入した大型兵器である。
対して、人類連合軍が投入するのは歩兵と僅かなドローンばかり。
戦線崩壊を危惧したジャックは正しかったか。
彼らは巣穴を潰されたアリみたいに黒く爛れた大地を右往左往して、空気を轟くレーザー砲から逃げ惑っていた。
「世も末だな」
光が泡のように爆ぜる戦場に、小さくため息を零す。
デカいだけの鉄クズに対処できない奴らが同胞などとは、信じたくもない話だった。
「おのれい……ゼウスめ……ッ!!」
無為に命を散らす兵士に、顔を歪めて撤退命令を出そうとする指揮官。
が、その必要はない。
「A006。頼むよ」
「分かっている」
直後──閃光の如く、レジスタンスの軍勢から1つの影が飛び出した。
『仕事』の内容はタイプCの破壊。
肉が焼き焦げた匂いを過ぎ行く。
靡く風と一体化して、獣のように四肢で大地を支える白亜の巨体へ切迫する。
「──接近者発見。ターゲット移行」
ぎゅいんと、赤いカメラアイが揺らぐ漆黒のローブをロックオンした。
青い波動が砲身に収縮し──発射。
光の塊が、束となって大地を抉り貫く。
「ノロマが」
俺は煮え滾る音を置き去りに、大地を蹴り上げて硬い背中を足裏に叩いた。
剣の切っ先は──装甲に固く守られた砲身を睨む。
「チェックメイトだな」
アルミ缶を潰すような感触が、両腕を響いた。
破損した砲身が正常に機能するはずもない。
青い煌めきと共に、内部でエネルギーが暴発。
眩い光に腕をかざす。
莫大な衝撃に巻き込まれる前に、崩れゆく背中を飛び降りる。
戦場に立つ雑兵共は、ぽかんと、間抜けに口を開いてこちらを見つめた。
これで、この1カ月間ジャックの奴から定期的に指示される『仕事』は終わり。
ちょうど到着した電気駆動車へ足音を鳴らす。
兵士たちは逃げるように道を開けた。
単身でタイプCを破壊した俺は、猛獣扱いである。
「……まぁ、悪くはない気分だな」
俺はフードの底で口元を歪めて、電気駆動車に乗り込んだところで、
「六ちゃん!迎えに来てあげたよ!!」
俺は今日が、厄日であることを思い知った。
笛を力んだような高声が、車内に弾けて耳奥を軋んでいる。
「迎えに来ちゃった!」
などと、ふざけた音を鳴らす元凶は、薄桃色のアホ毛をひょこひょこと動かす奇妙な生物だ。
俺は思わず眉間に皺を寄せて、後部座席を叩く悪魔を睨みつけた。
「……なぜ、貴様がここにいる」
「えっとね、六ちゃんのこと会議室に連れてかないといけないから!!」
くるりと丸いアメジストの瞳が、キラキラと漆黒のローブを映した。
──アルナ・ミュラー。
それが、地下東京の研究棟で見つけた少女の名前──
肩先に切り揃えられたストロベリーブロンドの髪。
真珠を精巧に削って作ったような黄金比の身体。
その肌は高級な乳液のように透き通っていて、けれど最も留意するべき点は、そのワンキャンと叫ぶ子犬のような騒がしさだ。
「六ちゃ~ん……聞こえてる~?」
腕をツンツンと突く感触を世界から切り離すべく、席に座って瞼を深く閉ざす。
「お~い、六ちゃ~ん……?」
そうこうしているうちにHAF地下アジトに辿り着いた。
砦のように堅牢な軍事施設のエントランスドアを潜る。
紺色の制服を纏う人々が行き交う廊下を突き進んだところで、とうとう、アホ毛が弾け飛ぶ。
「ねぇ六ちゃんっ!わたしのこと見えてるかな!!」
むすりと膨らんだ赤い頬。
見えていようと見えていまいと、コイツに反応してやる道理はない。
俺は流れるように、グレーな絨毯通路を曲がろうとして、
「……あっ、返り血が付いてるよ!」
細く小さな親指が、ぐっと頬に触れる。
「うん。綺麗になったね!」
何をされたのか理解した瞬間、パシンと、華奢な手を勢いよく叩き落とした。
「触るな」
底冷えの声が、語気を荒ぶる。
薄桜色の唇が、ちょんと尖った。
「……むぅ。六ちゃんは冷たいなぁ」
貴様が嫌いなだけだが。
尻目に舌打ちを残して、会議室のダークオークな扉へ手を掛ける。
強く響く叫び声が、ドアノブ越しに震動する。
何やら、白熱した議論が飛び交っているらしい。
俺は他人事のように、扉を引き開いて、
「──総統!我々はA006を断固拒否するッ!!人工知能の飼い犬など不要でしょうッ!!」
円卓に座るジャックに対し、猛烈に抗議の声を上げる者達を認めた。
本日から第一章『あなたの一番怖いもの』に突入です!
話数は序章よりも増えます(断定)。
さて、次回の投稿日は、8月16日の土曜日になります。
それでは、また字話でお会いしましょう!




