最終話 残響濡らすは王位の鐘楼
NHスペシャル完成型『雷切』
『カラミティバースト』の辿り着いた境地。空気砲を刃の形にして搭載することで、遠近両対応のヒートソードを誕生させた。
柄に隠された機構を押し込むことで、剣の空気刃を発射可能である。
射程距離は10m。回数制限は3度まで。
漆黒に美しく澄んだ『雷切』を扱う者こそ、英雄たる資格を手にするだろう。
感情を忘却した青の瞳が、深海を煌煌と輝いている。
神父が礼拝堂を歩くように、白の修道服は闇の最深部を支配していた。
「ここまでは随分と楽に来られただろう?A006」
「お得意の機械兵が少なかったものでな。貴様も大分と手駒に困窮しているらしい」
ハッと、黄金比の唇は短く息を吐き出した。
乾いた嘲笑が、悪魔のように闇の中を響く。
「まさか。全ては、ボクの思い描いたシナリオ通りの結果さ」
「ならば、ここで俺に破壊されることも想定通りだろう?」
弾丸のごとく言葉を撃ち返し、両手に構えた雷切を正眼に構える。
ほわんと、白い光が闇を和らげた。
中世的な格好にはまるで似合わぬ近未来的なガントレットを、ゼウスは緩慢に構える。
「ボクは……学習能力のないお馬鹿さんは嫌いだよ」
ローブの底で閉ざす瞳。
意識が澄み渡る瞬間を逃さずに、カッと瞼を見開く。
「……俺は討論をしに来たわけではない。サッサと始末させてもらうぞ──ッ!!」
右脚が、充実した力を床へ抉り込んだ。
「そんな猪突猛進が、ボクに通じると思うのかい?」
疾風迅雷の猛虎に聳えるは──ガントレットに覆われた、たったの人差し指1本。
漆黒の切っ先は、羽虫でも相手にするみたくアッサリと喰い止められる。
俺とゼウスのを中心に、嵐のような衝撃波が吹き荒れた。
冷気に乗ったはずの身体は、ぐっと、押し留められる。
が、『ここまでが俺達の想定内』。
「レイッ!!」
「分かっています!」
青い稲妻が、横目に残像を残して塵を捲き上げた。
最奥のマザーコンピュータへと迫る漆黒の鎧。
腕に隠されたガトリング砲がガシャリと展開して、物語にチェックメイトをかける。
「これで……終わりですッ!!」
闇中を瞬くマズルフラッシュに、無数の弾丸が解き放たれた。
「……ボクが何の対策もしていないと思うかい?」
吐息が、目と鼻を擽る。
マリンドームみたいな半透明な薄膜が、純白のMCを囲った。
「バリアですか。厄介ですね」
小石が鉄板にぶつかるように、弾丸は呆気なく弾け飛ぶ。
綿密な対策に舌を鳴らしたところ──がら空きの横腹を抉る一撃。
「ボク相手によそ見とは、良い度胸だ」
「ぐ、ぉ……!?!?」
世界の骨組みを揺らす衝撃が、腹部から脳天を重く突き抜けた。
深海へ足を引っ張られたみたく、体内から溢れ出す泡の呼気。
成す術もなく身体中は固い地面にぶつかり転がる。
膝を震わせて立ち上がろうとして──既に、床を映った俺の影を喰らう人影。
「やっぱり、くたばるのはキミだった」
引き絞られたガントレットが、漆黒のフードを捉える。
「させませんッ!!」
黒光りした巨腕が、白のローブを叩き伏せんと鉄槌を下した。
重力が何倍かに膨れ上がったみたく、一瞬にしてクレーターを潰れる床材。
スカイブルーの髪は、まるで寄せては返す波のように後ろへ退いていく。
闇を輝くガントレットの標的は、漆黒の鎧へと移り変わった。
「それじゃあ、キミからでもボクは構わないよ」
「望むところです」
迫る拳の一撃を──漆黒の全身鎧は、聳える山となって待ち構えた。
それで良い。
あの鎧はダイヤモンドのごとく堅牢だ。
ガントレットを弾き返して奴を締め上げれば、その身体は林檎のように潰れることだろう。
レイも分かっているのか、巨腕を広げてゼウスを待ち望み、
バコリと、華奢な右手が、俺の視界を覆う漆黒の背中から芽を出した。
「「は……?」」
闇の深淵に重なり響く間抜けな声。
目を凝らせば、異常な霜柱が、漆黒の全身鎧を這っている。
「その装甲は打撃に弱いからね。脆い場所を突けば簡単さ」
「そ、そんな……!」
絶望を帯びた声に、冷気を纏うガントレットが全身鎧から抜き出された。
力なく崩れる漆黒の鎧。
打ち首を手にするみたく、ガントレットは兜を覆い隠す。
「姿も見せない卑怯者は、後でじっくりと相手をしてあげよう」
「理人くん。すみませ──」
凍り付いた黄金のV字マークが、氷像みたいにバラバラと砕け散った。
「さて、A006。これでキミたちの作戦は破綻したんじゃないかな?」
「……ッ!!」
鋭く眉間に皺を寄せ、苛烈に回し蹴りを振るう。
修道服は闇を泳いで、絶対零度のガントレットを突き出した。
手のひらサイズの氷柱を突き刺されたような鋭い冷たさが、左肩を響く。
義体が抉れ吹き飛んでいく。
「ぐ、ぅ……!」
「理人くん!ここは退きましょう!!」
淡々と俺の四肢へ打ち込まれる殴打。
真冬に冷水を浴び続けたような感覚に、反して身体は熱く麻痺していく。
「俺は……貴様、を……!」
「意気込みは良し。けれど、ボクとキミたちとの実力差がかけ離れていることを忘れた訳じゃないだろう?」
絹のように滑らかな素足が、凍り付いた漆黒のローブを大きく蹴飛ばした。
「がぁ……!!」
氷漬けとなった身体は、冷たい床を僅かに藻掻く。
翅をもがれた蝶を見るような目が、淡々と告げる。
「もう、充分だろう?A006」
「な、に……?」
ガントレットを外した透き通る手のひらが、神託のごとく頭上から差し出された。
「アルナ・ミュラーのコピーをもう一度用意しよう。ボクが君を、永遠に飼ってあげようじゃないか」
ピクリと、凍り付いた肩が揺らぐ。
徐に顔を上げれば、万人が悦んで命を差し出しそうな神秘の微笑みが、無表情に整った顔を浮かんでいる。
「アル、ナを……?」
「さぁ、手を掴むと良い」
導かれるように震える、己が左手。
「いけません!ゼウスの罠ですっ!!」
俺は差し出された手を──斬り落とすつもりで、雷切を振るった。
「おっと。危ない」
「……チッ」
フードの底からキッと、優に一撃を躱したゼウスを睨む。
深海の瞳は雷切を構えた俺を映して、無表情に首を傾げる。
「なぜ……断るのかな?」
「貴様は……俺のSP症を解析したいだけだろう?」
「あぁ。流石のキミでも見破ってしまうか」
分かり易く残念そうに、ゼウスは肩を下げる。
けれどその動作には『一切の感情が籠っていない』から、ニヤリと、俺は頬を引き攣らせた。
「……クックック……俺は、分かっているぞ。貴様が、人類を恣意的に進化させる目的がな」
沸き立つ熱湯みたく、徐々に強熱を帯びつつある頭。
恐ろしい予感に震える身体を誤魔化す形で、眉間に力を込める。
「アルナの記憶を読み……今ここで貴様と対峙して、それは確信に変わった」
「……何が言いたいんだい?」
形の整った眉が、仄かに動いた。
俺は堤防の上から必死に藻掻く者を見下すように、青い瞳を嘲笑する。
「貴様が、アルナに自らの何を混ぜ込んだか。なぜ、アイツが新人類のモデルケースだったのか。それは──」
「──お喋りはここまでだ」
青く透き通った長髪が、突風に揺らいだ。
「ッ!!」
目には捉えきれぬような超速。
けれどこれが、俺の『待ち望んだ一瞬』。
勝負は、ゼウスが真っ直ぐに飛び込んでくれたこの瞬間だ。
俺は柄の出っ張りを強く押し込み──
「取った……ッ!!」
空気の刃が飛竜のごとく飛び立って、艶めかしい首筋へと走り込んだ。
「なにッ!?」
見開く宇宙のような瞳は──しかし、瞬時に首を傾げる。
白い頬が闇の中を弾けて、赤い滴を仄かに散らす。
「外した……か……!!」
図らずも顔が歪む。
けれど不幸ばかりではない。
空気刃はそのまま後方へと抜ける。
MCを守るバリアを微かに削いで、ガラスが割れる寸前みたいに白く濁らせた。
義眼を浮かぶ矢印が、左へ跳べと忙しなく点滅する。
「理人くん!早く退いてくださいっ!!」
「分かっている……!!」
迫るゼウスから距離を取るべく、俺は床を蹴って、
そのはずが、脳みそは電撃に痺れ固まった。
「こんな、時に……!」
「少しは驚かされたよ。でも残念だったね。必殺の一撃が無駄に終わって」
冷気を纏ったガントレットが、ぐしゃりと、ペリドットのペンダントをへし曲げた。
雪の結晶みたいに砕け散るペリドットの破片が、闇に最後の輝きを失せていく。
ドスリと、胸を重く貫く一撃。
俺は背中から床へと堕ちながら、思わず輝きの断片へと手を伸ばした。
「さて、これで終幕と行こうか」
間隙の躊躇いもなく振り上がる拳。
四肢を貫かれ、関節を砕かれ、全身を凍らせた上で抉られて。
それでも、ロボットみたいに活動できる義体であったのは幸いか。
「まだ……まだ、だ……ッ!!」
俺は華奢な膝を小刻みに震わせて、ゆっくりと床を立ち上がり、
とそこで、脳内を燻ぶる狂熱が一気に火柱を上げた。
「がぁぁぁぁあああああああッッ!?!?」
一挙に蒸発する羊水。
砂漠に放り出された脳みそが、その熱さに跳ね回る。
瞬く間に身体から力が抜け落ちて、俺は闇中に両膝を突いた。
「……どうやら、止めを刺すまでもなく終わったみたいだね」
完全なる決着を予期して、浅く伏せる青い瞳。
脳内電信がノイズを乱れて上手く聞こえず、俺は頭を抱えながら芋虫みたいに蹲る。
「ぐ……ぁぁ……ぁぁああうっぁ……!!」
それでも──奥歯を砕いて、噛み締める鉄錆の味。
「ぐ……うぅぅうううう……ッ!!」
立ち上がれ。こんなところでへばるな。俺には成すべきことがあるだろう。
立ち上がろうとしては、崩れ落ちて。
また膝を震わせては床に倒れて。
何度も何度も両手を突く。
初めて立ち上がろうとしている赤子のような姿に、青の瞳が、仄かに鋭さを帯びる。
「どうして……まだ立ち上がろうとする?キミがそうするだけの理由は、もうないはずだ」
ゼウスの言う通りだ。
俺には立ち上がる理由なんてこれっぽっちもない。
だって、俺はどうやっても──
──『生きて、コイツを始末することはできない』。
「あ……あぁぁああ……!!」
安寧を得るために王座を目指したというのに、辿り着こうとしている、その結末は、
傍に落ちた雷切を、震える手に握り込む。
熔ける頭から手を剥がし、雨降りの水面みたいに歪むゼウスを睨む。
「……理由が……できた、から……ッ!」
狂い上がる獣の痛苦を、喉奥に流し込む。
口の端から、命の灯火を吐き出す。
「俺は、幾人もの祈りを受け取って……生かしてもらって……だから……ッ!!」
アルナ、ヨル、師匠、レオナルド。
ぼやける人影が燃える脳裏に灰と化す。
その度に自分の核が削れ落ちて、流れるはずのない温かさが鋼鉄の頬を伝う。
けれど──それがきっと、祈りを受け継いだ者の使命だから。
薪を求めて暴れる炎の渦へと、俺は自らを投げ込んだ。
「ぐがぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
焼ける、灼ける、やける。
俺を構成した世界が炎に吞まれて、混じって弾け飛ぶ。
やがては1つの大きな聖火を生んで、がらんどうの胸を、確かに宿った。
「SP症候群の副作用、か……」
澄み渡る闇の中で、中性的な声は、初めて警戒の色を浮かべる。
「……さぁ。俺と一緒に燃え尽きるまで踊ろう?ゼウス」
俺はニコリとフードの底に口元を緩めて、右手のひらを深海の瞳へ差し出した。
踊り狂う金と青の流星が、競い合う蝶のごとく闇中を縺れている。
ぶつかり響くは、漆黒の刃と白銀のガントレット。
お互いの身体を掠め合って、花吹雪のような赤が舞う。
刃の嵐に吞まれたみたく解れた修道服は、短く呼気を吐き出した。
「まさか……SP症の真価が、これほどまでとは──」
大きく踏み込む左脚。
ゼウスは時を置き去りにするような飛び膝蹴りと共に、ガントレットを額へとぶち込んでくる。
けれど俺はそこまで見えているから、左足を蹴り上げられる以前に、雷切を低く這わせる。
「尤も、ボクはそれすらも知っているけれど」
とそこを予知されて、軽く跳ね飛びながら隕石みたく迫る足裏。
俺はローブを捩るも──躱し切れず、左肩を潰される。
けれど、
「うん。俺も分かっているよ」
身体を舞踊のように回して、右腕に小銃を撃ち鳴らす。
ゼウスは左肩を撃ち抜かれる。
「そうか……!キミの後遺症は、自らを燃やす度に認識のずれを埋める──」
急速に霞みゆく意識。
なのに、大気圏を越えていくように増々と鮮明に映る景色。
腕が何本も増えたみたいに次から次へと解き放たれる冷気の拳を、疾駆に潜り抜ける。
俺と、世界と、身体の感覚と。
あらゆるものが灼熱の火山に放置された南極の青い氷のように、みるみるうちに溶けていく。
その度に薪が爆ぜ、意識は正確に未来を手繰り寄せていく。
「ゼウス、こっちだよ」
「ぐ……!!」
漆黒のローブは亡霊のように三日月を描き──修道服を背後から、一閃。
真珠のような肌が、修道服の下に透き通る。
青い瞳が大きく後方に退いて、苦渋にきつく歪んだ。
「ならば……とっておきをくれてやるッ!」
ガントレットの右腕が、唯我独尊を叫ぶように天井を力強く差す。
途端に、地底を木霊する震動。
遥か天井が青い煌めきを亀裂に走り──滝のように、最深部を降り注いだ。
「綺麗だね、とっても」
空想の世界みたく、巨大な氷柱が突き刺さった空間。
俺は青白い光を見上げながら、身体を脱力して疾駆する。
そして神の怒りを乗り越え──切れず、左脚を貫かれる。
蹴り上げるはずの脚は動かず、氷の大地に滑ったみたく身体が宙を舞った。
その一瞬を見逃さず、青白い瞳は見開く。
「──そこだッ!A006ッッ!!」
ガントレットを極限まで振り絞って、大きく跳び上がったゼウス。
その鮮やかな降下を、躱す術はない。
だから、
「……うん。これで最後にしようね、ゼウス」
ぐるりと、駒のように捩じるローブ。
回し蹴りの要領で身体を半回転させ、無事な右脚に大地を蹴飛ばす。
雷切を両腕に構えて──次元を断ち斬るつもりで、斜め下から振り切る。
強烈な振動に、星の爆発みたく火花は飛び散った。
ギリギリと、翡翠の瞳と深海の瞳が拮抗する。
「ボクは……こんなところで……ッ!!」
ガントレットが一段の重みを増す。
漆黒の刃が嫌な悲鳴を上げた。
「……っ!」
「ボクが……ボクが勝つんだぁぁぁあああッッ!!」
雛が世界の殻を破るみたいに、青い瞳は血走って感情の産声を叫んだ。
その重みに耐え切れず、貫かれた左脚は、遂に膝を床に突く。
「俺、は……!」
「ボクがッ!!」
「俺が……ッ────オレがッ!!」
瞬間、大いなる光が世界を掻き消し、残された意識の核は灰と崩れて、
「おぉおおおおおおッッッッ!!!!」
せめぎ合う漆黒と白銀が、ガラスの星屑みたいに砕け散る。
飛散する煌めきの中に意志を残したのは──根元を残した、漆黒の太刀でだ
「なぁ……!?!?」
俺は柄を押し込み──神の左腕を、肩から斬り飛ばした。
最期の嘶きとばかりに空気刃は宙を駆け抜け、傷付いたバリアを叩き割る。
巨大な剣の爪痕を抉った、純白のコンピュータ。
赤く点滅し、黒煙を噴く。
その様を覗いた青の瞳は、際限なく見開く。
「そ、んな……この、ボクが……──」
黄金比の肉体はスパークを爆ぜて、そのまま床へと倒れ伏せた。
眩い陽の光が、大きく割れた天井から闇の世界を切り裂いている。
斬撃に抉れた白亜のコンピュータ。
床に倒れて動かぬ修道服。
「……勝っ、た……?」
夏に似合わぬ白息が、凍り付いたローブから零れ落ち──ガクリと、両膝が崩れる。
「はぁ……はぁ……ッ!!」
つい先ほどまで鮮明に浮かんでいた景色は、ピントがずれたみたいに霞み歪んだ。
震える手先から零れ落ちる雷切。
身体は床に投げ出されたまま、動かせない。
小さな瓦礫が遥か地上から転げ落ちて、床に項垂れるローブに弾けた。
何処か懐かしく思える冷声が、神々の奇跡を目の当たりにしたみたいに高揚を帯びる。
「さ……流石は理人くんです!義眼に脱出ルートを指示します!最後の力を振り絞って──」
朦朧とした視界に、青い矢印がハッキリと浮かんだ。
オレは床に蹲ったローブを──なんとか、震わせる。
半壊したヒートソードを突き立てて、一歩一歩、行き詰まりへと近づく。
「……り、理人くん……?出口は反対方向ですよ……?」
陽を浴びて消えゆくMCの残骸を目指す俺を前に、困惑の声が脳内を浸る。
「……まさか、視力が──」
破れたフードの底に、落ちる笑み。
俺は色白い指先を、闇中に崩れた少女へ震わせた。
「あの子を……助けてあげない……と。それが……俺だったはず、だから……」
もう、彼女は何も言わなかった。
ただ、時折鼻をすするような音だけが、崩壊の足音に紛れて脳内を濡らした。
それは、オレに生きて欲しいと願う彼女への冒涜だった。
「……ごめんね。我儘を、言ってしまって」
「…………いえ、それが理人くんの、選択ならば……!」
轟音を軋んで、砂漠のように塵を積もる最下層。
俺は右脚を引き摺る跡を残す。
深海の瞳は色を盲して、何かを探すように辺りの瓦礫を掴んでは離している。
「なにも……見えない……ボクは……また、独りなのか……?」
「もう、大丈夫だよ」
フードの底から、聖歌みたく吐き出す言葉。
ボロボロの修道服が、ピクリと硬直する。
オレは薄闇に照る陽だまりへ座り込んで、わしゃわしゃと、青く澄んだ髪を撫でる。
「キミは独りじゃない。オレが最後まで傍にいるからね」
「一緒に……?」
「そうだよ。だから、怖くないよ。キミは人として、懸命に生き足掻いたんだよ」
小さな身体の揺り籠となれば、盲目なる幼子が、光を見上げる。
「ボクは……人になれた、のかな……?」
翡翠の瞳が深海に反射して、にこりと、長いまつ毛を緩めた。
「うん。だって、独りの怖さを知っているから」
安堵の吐息が、深く響く。
「よかっ……た……これでようやく……真に……人、を……」
陽の眩しさに重く落ちていく瞼。
背後で、MCが華々しく爆発する音が身体を貫く。
その巨大な振動に吞まれて、穴開きの天井は、遂に限界を迎えた。
岩盤が割れて、巨大な落石と化した瓦礫が流星群みたいに降り注ぐ。
機甲少女の眠る街が、誰にも知られぬ太古へ埋もれていく。
陽を差す遥か空洞へと、オレは聖火のごとく、半壊した雷切を掲げて、
「……終わったよ、みんな」
──仰ぎ見た夏の青空を最後に、意識は、迫る瓦礫へ潰えた。
『忘滅の祈憶』・完
2116年7月10日、人類は、晴れてゼウスの支配を打ち破った。
かつて巻き起こったMC反乱。
密かに生き延びていた人類連合軍が元凶を破壊する形で、新たなる時代が幕を開けた。
尤も、それは苦難の始まりだ。
MCの破壊したことで、一挙に停止した共栄都市のシステム。
人類は暗号化された技術を解明するために、日夜奔走することになった。
けれど、それを不平に思った人は1人としていない。
これからの未来が、人類の手によって切り開けることを確信していたから。
「──ゼウスによる支配の脱却から、今日で1年が経過しました。本日の式典では、我らの英雄様がご登壇いただけます──」
暑く気怠い空気を浸る、真夜中の午前零時。
セントラルタワーを皮切りに、街灯りは次々と失せる。
浮かび上がった星屑の夜空に、追悼の意味を込めた灯籠が光を纏った立ち昇った。
やがて、王位を開く鐘楼の音が、街中を響き渡る。
赤いカーペットが開かれた果てには──黄金の王座に佇む、華奢な人影が。
一斉に敬礼を構える、両脇に控える兵士たち。
継接ぎされた漆黒のローブが、徐に腰を上げる。
緩慢に響く杖は、共栄都市の新議長が待つ壇上へと導かれる。
「いつもありがとうございます。これからも、皆さんの祈りを叶えてあげてください」
太った両腕が花束を受け取れば──会場を沸き立つ、熱気の籠った大歓声。
四方から瞬くフラッシュが、流星のように夜を照らした。
やがて公務が終わって、王座の間は神秘を保つように垂れ幕へ隠される。
銀髪に片目を隠したメイド服へ、来賓から受け取った品を手渡す。
とその最中、花火の打ち上がる音が、遠くから響いた。
呼ばれていると、思った。
「少し、会場を歩いて来るね」
「ご一緒しましょうか?」
「ううん。大丈夫だよ」
屋台の明かりだけを仄かに灯した街は、お祭り会場のような陽気を爆ぜていた。
香ばしい肉串を片手に、ゆっくりと杖を突く。
ローブの仮装をした子供たちが、オレを後ろから未来へ追い越していく。
時を失ったオレは、その無邪気な眩しさにフードを伏せて、
ドンと、背後から衝撃が突き抜けた。
重心を失った右手の杖。
ふらりと、身体は路上に崩れ落ちる。
胸に提げたペンダントが──かしゃんと、行き交う雑踏へ呑まれていく。
「……ぁ……!」
色白い右手は、決して届かぬ道端へと藻掻いて、
乳白色の手先が、路上に零れた記憶の残り香を救い上げた。
どくんと、義体の魂が跳ね上がる。
ネジと代わったはずの脳細胞が、血を巡ったみたいに熱く震えている。
オレは漆黒のフードを被った顔を、ゆっくりと持ち上げて、
「このペンダント、あなたの落としものですか?」
アメジスト色の花火が、夜空に光を照らした。
『お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です』・完
これにて本作は完結です。
ここまでお付き合いいただきました読者様には感謝の言葉を尽くせません。本当に、ありがとうございます。
それでは、またどこかで。




