第10話 それが因縁だと言うのならば
一方的な蹂躙の痕跡が、侵入したセントラルタワーをありのままに飾っていた。
血を雨水ように滴る観葉植物。
赤い墨汁みたいに床を描く死体。
警察として働いていたごく少数の人間は、エントランスで二度と口を開かぬ沈黙に沈んでいる。
ぐわりと、意識は催眠術にでも掛かったみたいに吸い込まれ──荒ぶる声が、脳裏を突き刺さった。
「おい!急げッ!!」
不良少年は非常階段を兎のように跳んで、階上へと進む。
俺はその背中を追う形で、階段を丁寧に蹴り上げる。
数階ばかり足音を響かせたところで、機械兵と進行ルートが衝突した。
「ルートBへ切り替えてください。前方から、複数の機械兵が巡回に来ます」
「了解!」
無機質な白の廊下が続く塔内は、まるで体調の悪い時に見る夢の世界のようだ。
時には進む道のりを変え、時には青い目玉をした白亜の機械兵へ息を潜め、俺と不良少年は、順調に最上階へと手を伸ばす。
「ハッ!ちっとは鈍りもマシになったか?」
「俺は付いて行くので精一杯だよ!」
「お疲れ様です。そろそろ、一息つきましょうか」
俺たちは脳内電信で散々喋りながら、光学迷彩に頼って機械兵の背後をそっと通り抜けた。
辿り着いた地上32階の外縁は、敵影を1つも映していない。
赤い光電センサーがスパイ映画のように張り巡らされた通路の先に、機械兵が巡回する様子もない。
分かった途端、ずるずると、固い壁面の感触を引き摺った。
「なんとか……なってるんだよな……」
「えぇ。流石は、理人くん……です」
事務的な冷声は、息を切らして脳内を囁く。
呑気に身体を休めている場合ではないな。
思った俺は、弛んだ緊張の糸を再び握り込んで、
「キャハハッ!そんなに足音鳴らしちゃって、まさかバレてないとでも思ってたのかなぁ??」
邪悪なる嘲笑が、セントラルタワーにアナウンスを音割れした。
どくりと、熱い血流が手先にまで伝わる。
思わず規則的な心音を叩く胸を抑えたところ──ぷしゃりと、スプリンクラーが天井から作動した。
光学迷彩が水に濡れて、スパークを爆ぜながら剥がれていく。
「な……!!」
「……チッ。面倒なことになったぜ……」
事態の重さに、ドッと、冷や汗は全身を吹き出して、
「それじゃ、堂々と最上階まで来てよね、A006♪」
直後、赤い警戒色がセントラルタワーを落ち込んだ。
耳をつんざく警報が、白亜のセントラルタワーを真っ赤に急かしていた。
空間ディスプレイを見下ろせば、地上32階を目指して雪崩れ込む赤と青の点。
その津波のような有様に、俺は切羽詰まった声を狼狽える。
「れ、レイ!俺たちはどうすればいい!?」
が、取れる選択肢が1つしかないことを、薄々は予感していた。
「……腹括るしかねぇな」
ギラリと、階下を覗く突撃銃。
不良青年は顔を歪めながらも、一足早く臨戦態勢に移る。
やはり、迎え撃つしかないか。
耳を澄まさずとも、殺人パレードに響めく機械兵たちの大行進。
俺は薄氷を踏むつもりで、拳銃のグリップを握り込む。
「──その必要はありません。理人くんは、光電センサを気にせず通路を突破してください」
第二の選択肢が、視界の立体型案内地図に更新された。
「……了解だ!」
「ここはオレが喰い止めてやらぁ!サッサと行けッ!!」
威勢よく応える荒々しい声。
突撃銃のマズルフラッシュが階下へ向けて眩く瞬く。
火砕流のごとく巻き上がる硝煙から逃げ出すように、俺は廊下を蹴り飛ばして光電センサーの牢獄を突き破っていく。
不良青年が巡回兵のほとんどを引き受けてくれているのだろう。
機械兵の気配は完全に失せた。
これ幸いにと、俺は階段を数段飛ばしに響かせる。
「……理人くん。一度、止まってください」
地上40階に踏み入ったその時、事務的な冷声が肩を叩いた。
ピタリと、俺は曲がり角に身を隠す。
「どうやらここが、最終防衛地点のようですね」
息を殺して覗けば、2体の機械兵が、神社の狛犬のごとく侵入者を待ち構えていた。
「……どうする、レイ」
「ちょうどいい機会です。私のアシストモーションに従って、機械兵を制圧してみましょうか」
進むべき青の矢印が、義眼を通じてナビみたく浮かび上がる。
なるほど。これがアシストモーションというやつか。
チュートリアルに仮想の俺が辿る動きを、一寸も見逃すまいと、よくよく観察する。
そして3周目のスタートに合わせて──曲がり角から、一気に通路を蹴り上げる。
「行くぞ、レイッ!」
素早くローブの下から抜き出すは、黒濡れの小銃。
こちらに赤い目玉を向けた機械兵の1体へと、固いトリガーを3回引く。
『1combo! 2combo!!』
弾丸が白亜の機体を貫くに合わせて、ゲーム然とした映像が俺を鼓舞する。
「これなら……ッ!!」
「流石は理人くんです。もう1体も破壊しましょうか」
成す術もなく、機械兵の1体は先手必勝に崩れた。
残された1体が目にも止まらぬ速度で迫るが──それもまた、レイのモーションアシストによる予測範囲内だ。
俺はスライディングを決めるつもりで、機械兵の股下を潜り抜ける。
素早く翻り、左手は腰に差したヒートソードへ。
視界に描かれた線通りに振り抜き──ズパンと、心地良い音が鳴る。
床に映る機械兵の影は、パカリと、竹みたく真っ二つに割れた。
「お見事です」
「いや……レイのアシストがあってこそだ」
ドットの花火が視界を祝福する。
全能的な力に息を深く吐き出すのも束の間、俺は脚力に物を言わせて非常階段を一気に登り──とうとう、最上階へと右脚を踏み鳴らす。
ガラス壁を一望するミニチュアの街並みは、黄昏の終焉を迎えて火煙を吐いていた。
「……行くか」
悲観主義の語る絶景に見惚れている暇はない。
純白に染まった大扉を、正面に睨む。
巨石を押すような重い感触を両腕に振り切って、開閉音を軋ませる。
両開きの扉は、太古の遺跡を開くみたいにゆっくりと動き出して、
「待ちくたびれちゃったよ~、A006♪」
楕円の壁に包まれた空間には、約束通り、明るい茶髪のツインテールが揺れていた。
思い出に色褪せた青いシュシュが、壁面の一部を継接ぎした世界を浮かんでいる。
小さな制御装置を1つだけ控えた一室は、奥行きが見えぬほどの白に染まっていた。
ローブの影がカツリと立ち入り、真っ先に唇を震わせる。
「約束通り、ここまで来たぞ。解毒薬をくれ」
「え?ヤダよ??だってこれ、A006を絶望させるためだけの小道具だもん」
マーシャは黄色いエプロンドレスから無色透明の小瓶を取り出し、そのままお手玉みたいに小瓶を放り投げる。
落として小瓶が割れたら、どうしてくれるつもりなのか。
フードの底で、眉間に力を寄せる。
それが正しいとばかりに、ふっくらとした唇は恍惚と歪む。
「なんでだ……なんでお前は、こんなことができる……!」
「レイちゃんに毒を打ち込んだ理由? それとも、共栄都市の劣化人類を虐殺してる理由?」
「その両方だッ!」
飛び切りの邪悪が、楕円を描く空間をせせら笑いに反響した。
「A006が大嫌いだからだよ!クロとお兄ちゃんの意志を継いでるってだけで、吐き気がするもん!!」
一体どうして──俺はこうも、理不尽な目に遭わなくてはならないのか。
空白の3年の記憶を失って、もはやそこらを生きる一般人なったはずなのに。
ハサンたちから見知らぬ祈りを向けられた時のように、幻想の鎖が四肢を重く縛り付いていく。
「無駄話もここら辺にしておこうよ!どちらにせよ、私は今からA006を絶望に叩き込むからさ!」
そう言ってマーシャは、解毒薬の入った小瓶を懐に隠して、
瞬間、ピエロが化粧を落としたみたいに、幼気な顔から笑みが失せた。
「……それでようやく、私はお兄ちゃんを越えられるから、ね」
「……お兄ちゃん?」
ぱちりと瞬きを挟めば、目の前には、邪悪な笑みが浮かんでいる。
「ほらほら~。呑気にしてるからもう準備できちゃったよ~??」
いつの間にか、ふっくらとした指先は制御装置に触れていた。
ガシャンと、空間を音が響く。
無数の砲口が、コンソールルームの四方から姿を覗かせる。
「なッ……!?」
完全なる、予想外の一撃。
身体は蛇に睨まれたみたいに固まる。極度に青白い光が部屋中を焼き尽くしていく。
「装填完了。それでは発射準備に移りまーす!」
「り、理人くん──!」
瞬間、焦りに満ちた冷声が、どこか遠くから聞こえて、
「エネルギー砲、発射!!」
無情にも解き放たれた波動は、世界を青の濁流に呑み込んだ。




