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第9話 ネクスト・ステージ

 尋問用毒材『アビス』


 かつて人間同士が争った時代に開発された尋問道具。

 一度体内に打ち込まれれば最後、毒物は海へ沈むようにジワジワと当人の体温を奪い、やがては死に至らしめる。


『アビス』を打ち込まれたスパイは、誰もが徐々に近づく死の恐怖に震えた。

 この毒材のなおも質が悪いところは、適切な対処を施せば回復可能だという点だろう。

 しかし命惜しさに情報をベラベラと披露したところで、組織に忠誠を尽くせない人間の末路は決まりきっている。


「き、危険です……今の理人くんには、戦いの記憶がないんですよ!?」


──解毒薬の奪取作戦。

 突き付けられた希望への条件に対して、真っ先に声を荒げたのはレイだった。


「言ってる場合か。解毒剤がないとレイが、」


 胸元から、青白い瞳は痛苦に歪みながらも真摯に見上げる。


「それで構いません。遅かれ早かれ、その時期が来ただけですから」

「見捨てるような真似ができるかッ!!」


 俺も負けじと、腹の底から声を張り上げた。


 セントラルタワーへの潜入は、確かに危険な行為だろう。

 が、俺は先のマーシャからの強襲を耐え凌いだ。

 今回だって、なんとかならないという程ではないはずだ。


「……私1人の為に、死ぬような真似はしないでください。理人くんを必要としている人は、たくさんいますから」


 レイがそっと隣を覗けば、ハサンと不良少年が、視界の端でぎこちなく頷く。

 途端に身に覚えのない祈りが両肩を圧し掛かって、地底へと叩き落とされたような気がした。


「理人くんの足手纏いになるくらいなら……私は、死んだ方がマシですから」

「悪いが、それだけは聞けない。俺はレイを助ける。だから、セントラルタワーへ向かう」


 俺はもう二度と、仲間を取り零すわけにはいかない。

 心の底が溢れる警鐘に従って、俺はジッと、散り際を選んだ氷の花を見つめる。


 豊満な唇が、柑橘系の香りを深々と洩らした。


「……やっぱり、理人くんは言っても聞いてくれませんね。昔から、そうです」


 時間がない。

 羽毛のように軽いメイド服を横抱きしたまま、ゆっくりと立ち上がる。

 太った背広と、漆黒のスーツを纏った赤髪を正面に映す。


「……ここまで助けてもらってなんだが、俺はセントラルタワーに向かう。身勝手で悪い」


 厚顔無恥は重々承知している。

 が、俺が帰って来るまで、レイを看ていてもらえないだろうか。


 言おうとした矢先、仏像みたいな口元が緩んだ。


「そう水臭いことを言うな。我々も協力しよう」

「……ケッ。テメェには借りがあるからな」


 思わぬ返事に、俺は口を半端に開いて吐き出す言葉の行方を失う。


「そうと決まれば……早速、装備を整えましょうか」


 真っ白な指先に従い、酒棚の裏に隠された地下階段へ足音を鳴らした。

 階段を下りた先には、監視室のような部屋が、薄闇に巨大なディスプレイを輝いている。


「A006。コイツを身に付けておくと良い」


 光を反射する細身の西洋剣。

 銃身が前腕ほどはある大砲みたいな拳銃。

 俺は言われるがままに、新たな小銃と光剣をローブの下に装着する。


 ふらりと、メイド服はコクピットの座席へと導かれていく。


「レイ、休んでいてくれ」

「いえ……私も、共に……」


 幽鬼の見せる執念が、武器庫に眠るドローン兵器を起動した。


「ここの守りは、私1人で充分です。お2人は理人くんをお願いします。もちろん、私も脳波電信を通じて支援いたしますので」

「『規格外の司令塔』のサポートか、それは心強いな」

「オレ達ぁ、先行ってるぞ」


 青白い闇に落ちる人影が2つ、地上へと階段に細長く伸びた。


 いよいよ、セントラルタワーへの潜入が始まるのだ。

 俺もまた階段に足を向け、しかし最後に1度だけ、金糸の触覚を揺らす。


「……レイ、すぐに戻って来る」

「……絶対に、死なせはしませんから」


 俺はハサンと不良青年に目を合わせ、緊急作戦を始動した。








 

 真昼に厳しい陽光が、3つの影を路地裏に過ぎ去っている。


 あれほど俺を追い立てていた機械兵は、幻であったようにめっきりと姿を消した。

 陰の濃い隘路を、黒猫のように飛び出す。

 大通りから、街の中央に聳え立つ尖塔を山岳のように仰ぎ見る。


 

 とそこに、赤い警報音が、なんの前触れもなく上空をぶち破った。



「な、なんだ……!?」


 ビタリと、接着剤を踏んだみたいに凝り固まる両足。

 キンとハウリングを貫く機械音に、フードの上から耳を抱え込む。


 同じく立ち止まった、街行く誰彼。

 衆人の間で入道雲のように膨れ上がった疑問に答えるかのごとく、巨大なホログラムが青空を裂いて出現する。


「あー、あー……共栄都市のみんな!聞こえてるかな~!!」


 明るい茶髪のツインテールが、まるでふざけた高声を邪悪に弾ませた。


「どうも初めまして!私はマーシャ・ブレグマンだよ!!実は、『共栄都市を裏から操っていた人工知能』で~す!!」

「じ、人工知能……だと?」


 ポツリと、震えた声が唇から零れる。 

 天地を入れ替える激震が、俺を含めた通行人へと波のように突き抜けた。

 そんなバカなことが。だが、奴の言葉を信じるのであれば……俺は本当に、MCから命を狙われ──


「な、なんでメノン議長があそこに……?」

「お、おい!他の議員も拘束されているぞ!!」


 嵐に吹き荒れた木々の騒めきに、思わず落ちた視線を上向けて、俺は気が付いた。


 都市議会委員のメンバーが、磔の刑に項垂れていることに。


「なに……ッ!?!?」


──実質的な議会の機能停止。

 マーシャによるクーデター。

 いや、実際のところは、影の魔王が仮初の平和を破壊しようとしているのだろう。


「一応、みんなには説明する必要があると思ってさ、これから始める『大虐殺』の」


 歪む赤い唇が吐き出す3文字に、ゾッと肝が冷たく漬け込む。


「MCの反乱って、人類撲滅に見えたみたいだけど──人類の発展、あの日から目的は1つもズレてないんだ♪」


 手のひらをひっくり返すような新事実の羅列に、頭がズキズキと痛む。

 深紅の瞳は丸々と輝いて、ふっくらとした指先を背後へ向けた。


「それで、とうとう人類の次なるステップが確立したワケです!それが──」



「──じゃじゃーん!電子コピーによってオリジナルを受け継いだメノンくん~!!」



 鏡合わせの世界みたく、もう1人のメノン議長が現れた。



「議長が、2人……?」


 目に光の灯っていないメノン議長へ、マーシャは小銃を握らせる。

 途端に地獄の未来が脳裏を駆け抜けて、俺は上空のホログラムへ衝動的に手を伸ばす。


「ま……待てッ!」

「オリジナルを受け継ぎつつ、身体能力も大幅向上、もちろん寿命なんて存在しない。明らかに。こっちが人類であるべきだよね?」


 偽物の議長が、ゆっくりと小銃を構える。

 銃口の覗く先には、拘束された本物のメノン議長が芋虫みたく藻掻いている。


「おい!マーシャ!!聞こえてるんだろッ!!」

「そして遂に先日、共栄都市1憶人分の生体データを収集し終えました!」


 雑に封じられたガムテープが、口元を剥がれて、


「だから今日を以て劣化版は廃棄処分だよ!!みんな未来に向かってレッツゴー!」


 血走った目が、絶望を叫んだ。


「や、やめろぉおおおおおお!!」


 パァンと、映画みたいに鳴り響く乾いた音。

 血飛沫がべとりと、ペンキみたいに画面を濡らす。


 ホログラムから漂う濃厚な鉄錆の香りに、深紅の瞳は、赤色の隙間から細みを帯びた。


「それじゃあ、まずは第一区画から虐殺開始です♪」








 青い顔で固まるビル群が、暴徒と化した衆人を見下ろしている。


 街中を爆発する不安に紛れて、カタカタと響く銃撃音。

 何処ともなく現れた機械兵は、まるで何かのテレビゲームみたいに次々と人を壊した。


 赤く汚れた画面の向こうで、人々の絶望にうっとりと緩む唇が映る。


「因みに、機械兵をコントロールするパネルはセントラルタワー最上階にありまーす! 勇者になりたい人は挑みに来てね!!」


 そこで映像が途絶えた。

 代わりに、セントラルタワー前と内部の映像が浮かび上がる。

 きっとマーシャは、勇気ある者が無残に散るさまを見世物にするつもりなのだろう。


「相変わらず趣味の悪い奴だ……ッ!」


 丸太みたいに太った脚が、ゾンビパニックでも起こったかのような赤黒い交差点を叩き鳴らす。

 いち早くセントラルタワーへと駆けた不良青年を追う形で、俺もまた走り出した。


「た、助けてくれ──」


 逃げ惑う間もなく、あちこちで血みどろへ沈む誰彼。

 思わず引き込まれそうになる身体を、並走するハサンが諫める。


「……1人1人を助けている余裕は、我々にない」

「分かって……いる……ッ!!」


 今はいち早くセントラルタワーに向かえ。

 解毒薬を奪うと同時に、機械兵も停止させろ。

 それが最善策だ。


 歯を噛み砕く勢いで食いしばる。

 俺は突風に瞼を伏せて、崩れゆく老若男女の姿を切り離して、



『聞き覚えのある声』が、閉ざした暗幕を破り裂いた。



「どけ!邪魔だ!!」


 ハッと瞼を開く。

 私服姿の両親が、周囲の大人子供を押し退けて機械兵から逃げ出している。


 が──その背中は、既に銃口に捉えられていた。


「……ヒッ!」


 散々、俺を利用するだけ利用したクズ親共。

 助ける必要はない。

 寧ろ裁きを受けるべきだろう。


 1つの答えを弾き出した脳内は、路上を蹴り上げる足をセントラルタワーへと真っ直ぐに向ける。


「だ、誰か──」


 身体はぎゅるりと反転した。


 ローブの下から小銃を抜き出す。

 強大な反動が右腕を粉砕する。

 機械兵は脳天に硝煙を吐いて、パタリと、仰向けに斃れた。


「な、なんとかなったか……!」


 両手を膝に突いて、両親は安堵の表情に落ち着く。

 九死に一生を得た姿を前に、俺はほんの少しだけ、フードの底で口元を緩めて、



「そんなに強いのなら、もっと早く助けるべきでしょ……」



 やはり、クズはクズに変わりなかった。



 俺は知っていたはずだ。

 コイツらが、他人を道具としてのみ認識していることを。

 かつて、俺はボクサーとしての才能だけを持て囃されて、俺の中身になど見向きもされなかったことを。


 なのに──なぜ、俺はこんなクソ親どもを助けた?

 路上に顔を俯け、血を滴る勢いで拳を握り締める。

 とすると、恰幅の良い腹がこちらへ引き返してくる。


「彼らは、知り合いか何かか?」


 俺の親だ。

 たったそれだけの言葉が、喉を詰まる。


「……彼らの安全は、私が保障しよう。セントラルタワーへの潜入は任せたぞ」

「……助かる」


 思わず洩れ出した一言を振り払うように、俺はセントラルタワーへと繋がる大扉へ突き進んだ。








 2体の機械兵が、金剛力士像のごとくセントラルタワーの入り口を威嚇している。


 俺と不良青年は光学迷彩に頼って、エントランス前の1本柱にそれぞれ身を隠していた。

 

「セントラルタワー敷地への潜入はなんとかなった。レイ、ここからどうすればいい」

「まずはこちらの図面をご覧ください」


 立体型案内地図が、空間ディスプレイを浮かび上がる。


「地上300m。最上階まで50階。エレベーターを使わずに、非常階段での移動をお願いします」


 青い矢印が最上階へのルートを示す。

 俺は眺めつつ、地図上を蠢く無数の赤い斑点を指差す。


「この赤い点は?」

「機械兵の位置情報になります。こちらの周波数を探知して光学迷彩を看破してくる場合がありますので、ご注意ください」


 青いカメラアイを搭載した機械兵が問題らしい。

 マップに表示される赤い点の多くが、青い点へと塗り替わった。

 青天井に上昇する作戦の難易度に、思わず、ごくりと生唾を鳴らす。


「理人くん。準備は良いですか」

「……あぁ」

「では、カウントダウンを行います。3,2,1……作戦開始です!」


 合図と同時に、俺と不良青年は柱の影から飛び出した。




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