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第8話 舞台袖のスーパースター

 死の荒野『デッドゾーン』


 生命の墓場。

 汚染ガス『PZ305』に侵された空気が大地と大空を蝕んでいる。

 当然ながら、そこに生きている生命体は存在しない。


 流刑地でもある死の荒野には、ゴミ山を漁り、屍のように藻掻く者達がいる。

 汚染ガスに侵されて死ぬか、それともクロガネの悪魔に殺されるか。

 どちらにせよ、彼らに待つ未来は死、のみだ。


……汚染ガスの適応者。彼らはsoの代カとシiててて■■■■■……閲覧不可。エラーが発生。修正を求ム。



 生々しい血痕を染みたメイド服が、とんび座りに血池を崩れている。


 銀髪の奥に隠れた、水面のような青白い瞳。

 俺は見つめた瞬間、大きな安堵と仄かな後悔を唇から吐き出した。

 

「……レイ。遅くなって悪かった」

「いえ……理人くんが来てくれただけで、私は……!」


 血筋を伝う真っ白な手先が、俺の手をそっと掴む。

 応えるように引っ張り上げた瞬間──柔らかくて大きな感触が、俺を押し倒した。


「レイ……?」


 返事はない。

 背中にもじわりと血を滲ませた身体は、小刻みに震えている。


「……本当に、悪かったな」


 俺はゆっくりと色白い手を伸ばして、銀色の長髪をわしゃわしゃと撫でた。

 暫しの間、レイは俺の身体に蹲り、やがて、胸元の赤いリボンをぐっと持ち上げた。


「動いても……大丈夫なのか?」

「はい、活動には問題ありません。理人くんこそ、どうやってここまで?」

「俺の方にも妙な連中が襲ってきてな。そこから情報を聞き出した」


 今度はレイに手を引かれる形で身体を起こし、周囲に首を振る。


 吹き飛ばされた玄関ドア。

 床を散らばるガラスの欠片。

 もはや自宅とは思えぬような荒廃した空間に妙な揺らぎがないか、ジッと目を凝らす。


 それから、俺は月光のような瞳を真っ直ぐに見据えた。



「レイ。次の指示をくれ。俺はここからどうすればいい」



 ピクリと、血濡れの白黒メイド服が硬直する。


 分かっている。

 きっと、彼女には彼女なりの考えがあって、空白の3年間について伏せていたのだろう。

 けれど、この明らかな異常な事態。乗り越えるために、レイの協力は不可欠だ。


 庭園を浸すような静謐が、生温い微風を揺蕩う。

 真っ白な腕は──ロングスカートの裾をたくし上げ、メイドらしく嫋やかに頭を下げた。


「それが、理人くんの選択ならば」


 雪のような指先が空間ディスプレイを叩く。

 目にも止まらぬ速さで何者かへ文字を打ち込み、家の何処からか見覚えのある漆黒のローブを持って来た。


「理人くん。これを」


 差し出されたローブを、黒Tシャツの上に羽織る。

 まるで動画とそっくりな姿となった俺を前に、青白い瞳は細みを帯びて視線を落とした。


「……やっぱり、理人くんにはそれが似合ってしまいますね」


 ふらりと、レイは額に手を当てて身体を揺らいだ。

 少しばかり血を流し過ぎたのだろう。

 そっと身体を支えれば、引き締まった青白いの瞳が胸元から覗く。


「まずは自宅を脱出しましょう。ルートは私が指示します」

「了解だ」


 俺たちは阿吽の呼吸で頷き合い、扉のない玄関口から自宅を飛び出した。








 初夏に湿った気怠い空気が、荒ぶる呼気を2つ街中に響かせている。


 住宅路を切り裂き、金糸の触覚を揺らし、汗粒を散らし。

 銀髪が示す方角へとひたすらに駆ければ、青い閃光が、背後から突撃槍のように地面を貫く。


「……チッ!もう追手が来やがったかッ!!」


 右手に握った拳銃を屋根上に構えるも、トリガーは硬く引けない。

 弾切れだ。

 無用となった拳銃を路上へ滑らせ、バナナの皮のように機械兵の足元を奪う。


「大通りを進みましょう!向こうも一般人が多ければ取れる手段は限られますから!!」


 真っ白な手首をぐいと引っ張り、幹線道路沿いへと躍り出た。


 レイの想定に反して、レーザー銃の雨は降り止まない。

 

「うわっ!?」

「な、なに……?このビームみたいなやつ……」

「映画の撮影かなんかじゃねーの?」


 街中を飛び交う閃光に、衆人はUFOでも見たような感嘆とも動揺ともつかぬ声を上げた。


「クソッ!なりふり構わず撃ちやがって……ッ!!」


 通行人に被弾したらどうするつもりだ。


「次の交差点を左です!」


 突風に揺れるフードの底で舌を鳴らしつつ、俺は十字路を急転回して、


 しかしそれがいけなかった。


「きゃっ……!」


 小さな悲鳴が真横で響く。

 身体を持っていかれるような感覚があった。視線をすぐ背後へ向ける。

 雪のような脚とロングスカートが縺れて、メイド服は慣性に引っ張られていた。


「しまっ──」


 焦って速度を出し過ぎた。

 縄が千切れるように剥がれる真っ白な手首。

 即座に手を伸ばすも、指先が届かない。

 無情にも、青い光線は揺れる銀色の長髪へと放たれる。



 最悪の予感に、熱を帯びた身体はサッと冷え切って──



──黒塗りの車体が、レーザー光線へ強引に割り込んだ。



「な、なんだ……!?」


 ライブ会場みたいな煙幕が、青い光線をかく乱する。

 と同時に、霧の向こうで巨大な銃声が響き渡った。


「なんとか、間に合いましたか……!」


 酷く息を切らしながらも、レイは大通りに立ち上がる。

 思わず立ち尽くしたところ──滞留する煙が、ぬるりと風に流れた。


「待たせたな、アーシュリット、A006」

「あ、あんたは……!!」


 太ったこげ茶色の瞳が、その運転座席を浮かんだ。









 

 いつかハサンと呼ばれていた太った男が、黒塗りの高級車から俺達を映している。


 予想外の事態に、白煙の噎せ返るような香りを吸い込んで、間隙。

 荒々しい声が続けて響いた。


「サッサと乗れやテメェらッ!ハサンさん待たせてんじゃねぇ!!」


 バッと顔を上げる。

 車体の上には──燃え上がるような赤い瞳。

 突撃銃を構えた不良青年が、仁王立ちしている。

 それぞれ見覚えのある姿に俺がポカンと口を開けていると、後部座席の扉が開いた。


「理人くん。急ぎましょう」


 訳も分からぬまま、レイに続いて乗車する。

 バックミラー越しに、脂肪に弛む口元がニヤリと歪む。


「輸送は我々の本分だ。大船に乗った気持ちで任せてくれ」



 追尾する青い閃光が、真っ昼間の幹線道路を空襲みたく降り注いだ。



 巧みなハンドル回しが道路に嘶きを上げて蛇行する。

 大通りを暴走する黒塗りの車体に流されるがままとなったところで、俺はゆっくりと唇を開く。

 

「あの……これは一体どういう状況で……」

「色々と困惑する状況が続いているとは思うが、取り敢えず知っておくべきことは3つだ」


 ハサンは流暢に太い指を3つ折り曲げた。


「1つ、マザーコンピュータは現存しているということ」

「1つ、君はかつてマザーコンピュータに喧嘩を売ったこと」

「そして最後の1つは、君がその記憶を失っているということだ」



 俺は一体、空白の3年の間に何をやらかしたのだろう。

 


「で、何やら物凄いことになっているわけだが。アーシュリット、心当たりは?」

「……ありません。しかし、あの機械兵は間違いなくマザー側のものでした」

「MCの目的はA006か?まったく、面倒なことになったな」


 レイはいつにも増して青白い顔に、玉のように汗を噴き出しながら情報を共有する。

 俺の頭の中では指数関数的に困惑が分裂して、しかしその全てを車の上部から荒ぶる声が叩き伏せた。


「こっちはあらかた片付いたぜ!!」

「よくやった!あそこの路地前に車を止めるぞ!後に続いてくれ!!」


 急ブレーキに転覆しかけた車内から、複雑な路地を素早く駆ける影が4つ浮かぶ。

 日陰の落ち込む脇道を、盗人のごとく曲がりくねる。

 その先に待ち受けたワイン・バーを彷彿とさせる店内は、暖色系の暗がりに満ちていた。


「隠れ家、ですか……?こんなもの……いつの間に……」

「備えあれば患いなしとはよく言ったものだろう?」


 酒棚の奥から、秘密結社の入り口のような地下通路が姿を現す。

 大男は木目の床をコツコツと鳴らし、野太い声を続ける。


「共栄都市で発生した異常は、既に外の仲間に知らせた。問題は、どのルートを辿って共栄都市を脱出するかだが──」

「──ま、待て!!共栄都市を出るだとッ!?!?」


 俺は思わず身を乗り出して、恰幅の良い背広に迫った。


 そんなことをしてはいけない。

 外の世界は空気が汚れているのだ。

 両手を広げて力説すれば、ぽかんと、3つの唇が間抜けに開く。


 程あって、くすりと、ひんやり柔らかい笑声が響いた。


「大丈夫ですよ……理人くん。外に出ても、死ぬわけではありません、から……」


 ふらりと、レイは頼りなく俺へと一歩を踏み出し──床へと倒れ込んだ。


「どうした、レイ!」

「……はぁ……はぁ……!!」

 

 真っ白な手先が、膨らんだ胸部をきつく抑え込む。

 まさか、何かの持病か。

 床にぶつかる寸前に身体を支えた俺は、2人の方を向こうとして、その時、


「そろそろ○○が効いてきた頃かなぁ?」


 ワインバーに設置された薄型パネルが瞼を開いて、そこに『歪んだ深紅』を映し出した。








 画面に浮かぶ黄色いエプロンドレスに、その場にいる誰もが、ごくりと生唾を鳴らした。


「マーシャ……ブレグマン……!!」


 誰とはなく、零れ落した一言。

 青いシュシュはくるりくるりと、遊園地のコーヒーカップみたく無機質な一室を回る。


「一体レイちゃんがどうしちゃったのか、みんなびっくりしてると思うけれど……」


 やがて楽しい時間は終わって、邪悪な笑顔が満面に咲き誇った。


「実は!さっき機械兵でレイちゃんのこと襲った時、こっそり毒針を打ち込んでおきました!!」

「毒……だと……!?」

「タイムリミットは2時間切ったところかなぁ??」


 抱きかかえるレイが、真っ白なまゆ毛を歪める。

 どうやら質の悪い嘘をついているわけではないらしい。

 最悪の下限を突き破る一言に、ぐわりと、床と向き合う視界が揺らいだ。

 

……クソ。一体どうすれば、この状況を打破できる──


「ちなみに解毒薬はここにあるよ!ほら!!」

「なにッ!?」

 

 ガラスの小瓶を映した画面へ食い入る。

 悪魔の誘い餌に吸い込まれる漆黒のローブを、真っ白な手先は弱々しく引き戻そうとする。


「り、理人くん……!いけ、ません……!!」


 けれどその声は別世界のものであるように届かない。

 幼げな人差し指が、画面の向こうからビシッと突き出される。


「レイちゃんを見捨てて、共栄都市から逃げ出すか、それともレイちゃんを助けるために、セントラルタワーまで来るか」

「あなたの望む未来を期待してるよ、A006♪」


 ぷつんと、薄型パネルに映る深紅は闇の水面に消え去った。




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