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第6話 過去より来たる刺客

 電磁の檻


 共栄都市を覆うマインドコントロール技術。

 マイクロ波を掃射することで脳波に影響を及ぼし、外部からの思考介入を図る。


 共栄都市に住む者達は、自らがマインドコントロール下に置かれていることを自覚していない。

 不意と思い付いた妙な思想は、当人が意識する間もなく別の形にすり替えられている。


 それは幸か不幸か。

 与えられた情報、絞られた世界の中だけでこそ、幸福な毎日は続いていくのだ。


 真昼に打ち上がる鮮やかな赤は、べちゃりと路上に咲いて平和な日常を侵食していた。


 目の前には、トカゲの尻尾みたいに痙攣する、マイクを握った首なしの肉体。

 お昼時の住宅路が、異界に迷い込んだような紫色に緊迫する。


「お、おい……!なんだよ、これ……!!」


 ポツリと、静まり返る住宅路に響く誰かの声。

 それを合図に──我を取り戻した誰彼が、住宅路を絶望に濡らした。


「ぃ……いやああああぁぁああぁ──ッ!!」

「きゅ、救急車!救急車を呼べッ!!」


 しかし、沈没船に乗せられたような彼らの絶叫は、長くは続かない。


 キュインと、妙な高音が充足し──



──巨大な氷柱みたいな青の波動が、あちこちから通行人たちの身体を風穴を開けた。



「……は……?」


 閃光のように目を焼く眩さに、俺は瞼を閉ざすことさえ忘れていた。

 打ち水を被ったみたく、全身は一瞬のうちに飛び散る赤で濡れる。


 真夏に凍える静謐は、鮮血に染め上がった肉片だけを住宅路に残した。


「なに、が……おきて……」


 独りだけ無事なまま、ボソリと、立ち尽くした唇が震える。


 人が死んだ。

 一瞬で、大量に、無情なまでに。

 

 だというのに、悲しみもない。恐れもない。興奮もない。

 真夏に干乾びたミミズを眺めるように、心は冷徹に、死が散らばっていることを認識している。

 鉄臭い匂いが肺の底を爽やかに満たせば、俺はようやく、自分のあるべき日常へ帰って来たような気さえして、



「キャハハ!お帰りなさいませ、A006♪」 



 エキセントリックな住宅路に、幼気な嘲笑が弾んだ。








 ツインテールの人影が、血池に浸る住宅路を踏み入ろうとしている。


 ばくりと、血流が一際大きく流れるような感覚があった。

 野生の猛獣を背後にしたみたく、俺はゆっくりと金糸の触覚を翻す。


 見覚えのある深紅の瞳が、真っ赤に彩る住宅路を佇んでいた。


「君は……昨日の……?」


 呆気に取られている場合ではない。

 スキップを踏む黄色いシュシュへ、俺はバッと両手のひらを突き出す。


「あ、危ない!こっちに来ちゃダメだッ!!ここは──」

「──なにを平和ボケしたこと言ってるのかなぁ?」


 銀色の銃口が、カチャリと、後ろ手に組まれた右腕から俺を覗いた。


「ッ!?!?」


 突き付けられたのは一般人が手にするはずのない殺人兵器だった。

 アレは玩具か?しかしにしては重々しい輝きを。だが、本物の銃なんてあるわけが。


 頭の中をぐるぐると繰り返す否定に反して、身体は堪らず、一歩後ろへ退く。


「君は一体……なにを……」


 この惨状を引き起こしたのはコイツだ──今すぐ臨戦態勢に移れ。

 頭の片隅は冷静な判断を下しているのに、身体は蝋で固められたみたく動かない。

 ニコニコと邪悪な笑みは、挨拶代わりとばかりに銃の下トリガーを撃ち鳴らす。


 放たれた銃弾は、俺の足元のアスファルトを喰い込んだ。


「う~ん、やっぱりなんでかは分かんないけど、全部忘れちゃってる感じだよね?」

「わ、忘れ……?」

「まぁ、それならそれで都合が良いんだけど♪ 好きなだけA006のこと蹂躙して殺せるわけだし?」


 ふっくらとした指先が、今度は銃の上トリガーを引く。


 貫かれたコンクリートは噴火する山頂みたいに赤く盛り上がり──爆発。

 先ほどに男の頭部を爆ぜたように、小さなクレーターが蒸気を吹く。

 少女によって引き起こされた現象は、現実というものを否応なしに俺へと突き付けた。


「君が……君が殺したのか!?」


 堰を切って、地面から素早く上げる視線。

 遊戯を楽しむように細みを帯びた深紅の瞳は、少しの罪悪感も映していない。


「A006からそんな間抜けな言葉が出て来るとは思わなかったなぁ~。ま、取り敢えず手を挙げよっかぁ!!」


 先程から、A006とはなんだ?

 コイツは空白の3年に何があったか知っているのか? 

 都市管理局の警備隊はいつになったらここに来てくれるんだ!!


 数々の疑問が鉄砲水のように頭の中を入り乱れ──が、銀色の銃口が、全てを堰き止めた。


「ぐ……!」


 従わねば、殺される。

 俺は奥歯を噛み締めて、ゆっくりと両手を挙げていく。


「う~ん!あのA006がこんな簡単に捕まえられるなんて快感♪」


 けれど──こんな少女に従ったところで、俺の末路は、ゴミのように道端へ転がる肉塊と同じなのではないか。

 ピタリと、両腕は動きを止めた。

 仮に、それが俺に与えられた命運だとして、俺は黙って受け入れるだけで良いのだろうか。



 良いわけがない。



「……ふざけるなよ……ッ!」


 ポツリと、金色の触覚が口の端を撫でる。

 こんな不条理な形で死ねるかッ!!

 俺はなんとしてでも生きなければならないのだ!!

 右眼の奥が燃え上がる熱を帯びて、全細胞が熱く打ち震える。


「う~ん?どうしたのかなぁ??」


 中途半端に宙へ上がった両手を、グッと握り締める。

 深紅の瞳は相変わらず、ニヤニヤと余裕綽々だ。

 俺は浅く速い呼吸を繰り返し、自然な態勢で大地を疾駆する準備を整える。


「落ち着け……俺ならやれる……出来る……!」


 口の中で静かに鼓舞を零す。

 偶然とは言え、背後から迫った一発目の銃弾は躱せたんだ。

 やってやれ……ッ……行くぞ……!……行くぞッ!!


「A006──」

「う……おぉおぉおぉおおッ!!」


 少女の皮を被った殺人鬼が警告を発した瞬間、俺は雄叫びを張り上げて住宅路を一直線に駆け出した。








 嫌に歪んだ深紅の瞳が、金糸の触覚の向こう側で揺らいでいる。


「なんのつもりかなぁ?」


 銀色の銃口は俺の右脚を捉え──発砲。

 しかし、銃弾が俺の身体に食らい付くことはない。

 少女の視線から予測し、俺は既に住宅路の石塀を蹴り上げている。


「こんなところで殺されて……堪るかよッ!!」

 

 気合いと共に少女を睨みつけ──宙を舞いながら蹴撃。

 一回転を挟んで、右脚を少女の前腕へと重く叩き込む。


「へぇ……っ!」


 防御に構えた少女は、蹴りの衝撃に銃を手放した。


 着地と同時に路上を蹴り上げ、転がる銃へいち早く手を伸ばす。

 自然な動作で拳銃を構え、が、少女はさして気にした様子もない。

 デコレーションした靴のつま先を、赤い路上にくるくると回す。


「おかしいなぁ……記憶はないのに身体は戦闘術を覚えてる……って言うか、A006ってマザーに殺されたよね?」

「おい、動くな!」


 ピタリと、明るい茶髪のツインテールが固まる。

 俺は銃口を覗いたまま、全力疾走したみたいに荒ぶる息を喉奥へ抑え込む。


 とにかく、局面は優勢に立った。

 このまま防犯ロボを待てばいい。それで俺の安全は確保される。



 そのはずなのに、ふっくらと赤い唇は、邪悪に歪んだまま笑声を洩らす。



「ふーん♪」

「な、何がおかしい!!」

「色々気になることはあるけど……私はA006を粉砕できればそれで充分だし、細かいことは気にしないでおこっと♪」

「どういう意味だ──」


 青い光線が、住宅路の四方八方からから俺の四肢を駆け込んだ。


「あ、がぁッ……!?」


 全身に殴打を叩き込まれたような感覚に、呼気が泡と溢れ出す。


「作戦大成功~!」


 全身という前身は丸い焦げ跡を残し、青い閃光に貫かれていた。

 けれど不思議と感じるのは痛みに似た不快感ばかりで、ガクリと、身体は路上に膝を突く。


「く、そ……!」


 俺は焦げ臭い片腕を震わせて小銃のトリガーを引くも、弾丸は少女に命中することなく家屋の屋根を穿った。

 少女はニコリと綺麗な笑みで、赤の路上に項垂れる俺を見下す。

 

「これで、チェックメイトだね♪」


 完全なる決着に、マジックショーみたくタネ明かしが披露される。

 家々の屋根上には、景色に同化した機械兵が俺へと銃口を向けていた。


 俺はこのまま奴らに青い光線で貫かれて、死を迎える。

 そのはずが、少女は縄のようなモノを手に握っている。


「あっ、そろそろレイちゃんの方にも部隊が到着したみたい」

「レ、イ……?」

「アルナちゃんの時みたいな酷い顔、見せてよね?」


 ピクリと、抵抗を諦めた穴開きの身体が動いた。

 俺は金糸の前髪の奥から、鋭く深紅の瞳を見上げる。


「レイに……レイに何しやがるつもりだッ!!」

「逆に何して欲しくないのかなぁ? 教えてよ、その順番にレイちゃんを壊してあげるから!」



 恍惚と染まる幼い顔つきが、俺の思考をたった1つに燃え上げた。



──コイツは邪悪だ。現世に生きてはならない悪魔だ。

 今すぐに、誰かが殺さなければならない。

 真っ赤に染まった脳内が唆すがままに、俺は左手に握る銃の上トリガーを引いた。


「貴様ぁぁぁああああッッ!!」


 爆音が上空を響く。

 家屋の一部が崖崩れにあったみたく震撼して、少女の頭上へ落下する。


「……記憶はないけど戦闘能力はそれなり。でも、身体を貫いた感じ戦闘服は着ていないから──」

 

 ぐしゃりと、黄色いエプロンドレスは無情なる鉄槌に潰えた。


「う……ぁ……!」


 瓦礫の隙間から、赤黒い液体が無視の体液みたく滲み出す。

 思わず喉仏に手を当てて、が、それまで。

 所詮は気分だけのことで、身体がえずく様子は一切ない。


 両手の指先で力強く金糸の髪を引き千切って、赤い路上に足を踏み鳴らす。


「……俺が、殺したんだ……そうだ!……俺が殺したんだぞッ!?」


 微塵も罪悪感を覚えぬ心。

 まるで人でなし。

 皮膚の下で蛆が蠢くような感覚に、堪らず全身を剥ぎ取りたくなって、


 が、今はそんなことに気を取られている場合ではない。


「……レイッ!!」


 俺は迷いを吹き飛ばすように、マンション目掛けて住宅路を疾駆した。




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