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第5話 終焉の幕開け

 第4次世界大戦 MC反乱


 人類史の中で最も悲惨とされる戦争の1つ。それは悪魔の様相であったと、戦争経験者は慄く。

 時は2070年12月4日、MCの最高傑作たるゼウスが世界で同時多発的にAIを暴走させ、人間に殺戮の雨を降らせたことを契機に、第4次世界大戦は始まる。


 結果として、人類連合軍がMCをテキサス州にて破壊。世界に散り散りとなった1億人をかき集め、1つの都市を建設するに至った。

 国も民族も何もかもを失うことになった第4次世界大戦は、今も恐怖の象徴として語り継がれている。


 月が沈んで空が白み、陽が昇って青みを帯びる。

 俺は眠れぬ夜にベッドで寝そべったまま、地球の神秘を窓辺に茫然と眺めた。


 やがて、意味もなく脳内アラームがシンバルみたいに鳴り渡る。

 のそりと、毛布を剥がす。

 生温い床の感触が、足裏を伝わった。

 欠伸に大口開けたところ、透き通る銀髪が扉の向こうから浮かび上がる。


「おはようございます、理人くん。昨晩は寝つきが悪かったんですか?」

「まぁ……な」


──貴様、俺の記憶に何をした。この空白の3年、何もなかったとは言わせんぞ──


 奇妙な夢と、深夜徘徊の果てに手にした謎の動画と。

 不思議と心の底から溢れる硬質な言葉を、ぐっと喉奥に呑み込んだ。


「朝食の準備をしてきますね」


 メイド服の背中を追って、気怠い朝陽に浸るリビングで朝食を。

 サクリと口の中に鳴らせば香ばしさを破裂するトーストに舌鼓を打ちつつ、コーヒーカップに付けた豊満な唇を眺める。


「……なぁ、レイ」


 閉ざした真っ白なまつ毛は、つぼみが開くようにゆっくりと持ち上がった。


「はい、なんでしょうか」

「今日は……1人で散歩に出かけてもいいか?」

「もちろんです。いつ頃からお出掛けを?」

「今から行くよ」

「では、玄関先までは」


 ゆるりと振られる真っ白な腕。

「いってらっしゃい、理人くん」とレイは見送る。

 俺を欠片も疑っていない青白い瞳に、胸奥はギシリと軋んだ。


 陽光が厳しく降り注ぐ、初夏の午前。

 蝉しぐれを重ねる青々とした緑の木陰に隠れる。

 

 俺は最も真実に近いであろう場所へと、真っ直ぐに歩みを向けた。







 ガラス張りの構造物が、陽炎に揺れる芝生の海に汗を流している。


 ボール遊びへ夢中になる子供たちを横目に、木板の道を進んだ。

 エントランスドアを潜れば、ふわりと、冷たくかび臭い香りが鼻腔を貫く。


「……懐かしいな」


 いつか読書感想文に突き動かされて、1度だけ訪れた図書館。

 溢れ返る太古の匂いに肺底は苔に蝕まれて、幾か年を食ったような気になる。

 俺は緑のじゅうたんを歩き、奥の閲覧室へと向かう。


 個室で回転チェアに腰掛け、360°に空間ディスプレイを展開した。

 青く暗い空間に、仮想キーボードがテンポ良く鼻歌を鳴らす。


「どこだ。どこにある──」


 調べる内容は──第二区画で起きた殺人事件についてだ。


 昨晩に少女から受け取ったあの動画では、確かに、俺が2人の共犯者を連れて街中を暴走していた。

 事件の詳細を読み解けば、空白の3年に関する謎が明らかになるかもしれない。



 思ってハイエナのごとくインターネットを漁るも──数少ない記事はそのほとんどが、内容を酷似していた。


 

 事件発生日は今より2か月前、4月14日。

 主犯格は、レオナルド・アンダーソン。

 俺が背負っていたと思われる茶髪の青年だ。


 そして被害者は、その妹であるマーシャ・アンダーソン。

 犯人は防犯ロボットを振り切って、現在も逃走中。

 都市管理局は目撃情報を求めている。


「俺に関する言及は……ないか」


 ならばと、更に深く深くへ情報の海を潜り込む。

 そしてようやく見つけられたのは、被害者の顔写真ぐらいなもので、


 明るい茶髪のツインテールが、モノトーン調に映し出されていた。


「な、に……!?!?」


 衝動的に立ち上がるあまり、回転チェアが床とぶつかる音が個室を響く。

 俺は金糸の触覚を頬に揺らして、前のめりに空間ディスプレイを覗き込んだ。


 見間違えではない。

 写真の少女は──昨晩に出会ったあの子と瓜二つだ。

 マーシャという少女は、事件で死んだのではないのか?あの子は一体──


「……いや、冷静に考えろ……」


 漆黒に染まった半袖を強く握り締める。


 恐らくあの子は、双子とか親戚とかそういう類だ。

 被害者の家族として、都市管理局から情報を受けている。

 とすれば、貴重な映像証拠を持っていたことにも納得はいく。


「そもそも……なぜ、映像はどこにもないんだ……?」


 殺処分されたはずの俺が載っているのが不味かったのか?

 というか、どうして映像を取った人物は削除されたことを不審に思わないのか? 


 空調に良く冷えた個室の中、たらりと、首筋に汗が流れる。


「……落ち着け。疑問をあちこちに伸ばし過ぎだ」


 自らに言い聞かせるように頷く。


 少なくとも、分かったことは2つ。

 少女の言う殺人事件は存在したこと。

 俺はその主犯格と連携していたこと。


 或いは、あの動画がフェイクである可能性もある。

 が、レイ、不良青年、ハサンと呼ばれる太った男。

 彼らが俺を知っている風である点から見ても、空白の3年に俺が何かをしていたことは、もう間違いないだろう。


「……殺人の片棒を、担いだのか」


 頼りなく嘆息が洩れて、回転チェアの柔い背もたれに倒れ込む。

 両手に金糸の髪を搔き上げたまま石像と化すことしばらく、無理やり身体をひび割って、俺は自宅へと踵を返した。





 


 ブランコに揺られる人影が、日傘を差して話し込む貴婦人に紛れて、重く落ち込んでいる。


 図書館からマンションへと引き返して、30分。

 俺は自由の刑に課されて、今日何度目かの落胆を口の端から吐き出した。

 

「……はぁ」


 覚えがないとは言え、俺は、殺人ほう助を行ったのだ。

 二重人格者の犯した罪を背負わされたもう1つの人格とはこういう気分なのだろう。身体が上手く動かず、こうして公園に囚われているのである。


 殺人ほう助。

 それはきっと、見て見ぬ振りをしていた方が良い真実だ。

 それでも──管理局のオブザーバーたるレイに、自らの罪を告げなければならない。

 それが、人間の善性であると思っているから。



 ではない。



 俺が罪を告白するのは、空白の3年に何があったかを聞き出したいからだ。



「……」


 指を振るって、例の動画を空間ディスプレイに展開する。

 意識は、流星のように流れるストロベリーブロンドの髪だけをひたすらに追い掛ける。


 彼女は俺の知り合いなのか。

 今はどこに居るのか。

 会うことはできるのか。


 

 畢竟、一瞬にして俺の心を掻っ攫った少女について知ることだけが、求める道筋だった。



「決まり、だな……」

 

 ゆっくりと、揺らぐブランコから立ち上がる。


 或いは、殺人ほう助を打ち明けることが更生プログラムの終わりなのかもしれない。

 そう思えば、踏み出す足の重さも少しはマシに思えた。


「──近頃、セントラルタワーで起きたとされる騒動の隠蔽!都市管理局が何かを秘匿していることは明らかでしょう!!そうです!奴らは人工知能が影から統治する共栄都市の操り人形であり──」


 住宅街の路上。

 人世学会の連中が、コウモリみたいな軋み声に傍迷惑な陰謀論を響かせている。


 通り抜ける人々は、早足に教徒たちから距離を取った。

 俺も同じように金糸の長髪に顔を俯けて、じめじめとした空気を切り裂く。



 しかしその歩みは3歩と続かないうちに、ピタリと立ち止まった。



「……?」



 スッと、死神の通り抜ける冷たい感覚が、背筋を確かに過った。



「ッ!?」

「また、第二区画での殺人犯に関する動画の削除──」


 半ば無意識に身体を捻る。

 黒光りした弾丸が俺の右頬を浅く削ぐ。


 凶弾はそのまま、マイクを握った人世学会の教徒の後頭部を貫いて──



 ボンと、赤い花火が真昼に弾け飛んだ。




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