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第13話 メッキの少女は譲らない

 対カミキリ病ワクチン『アルファ6』


 カミキリ病を完治させる特効薬。

 レジスタンスに所属する女医が完成させた。

 ワクチンを日々体内に服用することで、カミキリ病を死滅させることが出来る。


 人工知能さえもが匙を投げたワクチン開発。

 それを完徹したのは女医の狂気なる情熱なのかか、それとも、誰かを想う献身であったのか。


 どちらにせよ、彼女の血が滲むような努力は称賛されるべきものだろう。


 粉々と砕け散ったガラス片が、華奢な指先の隙間に仄かな陽光を反射している。


 じわりと、後頭部は血管が破れたみたいに熱を澱んだ。

 宙に投げ出された漆黒のローブは──ぶわりと、浮遊感のある突風に包まれる。

 眉を顰めた先には、上空へ伸びた薄桃色の毛先が映る。


「き、さま……ッ!!」

「大丈夫だよ。ちょっと気絶しててもらうだけだから」


 普段と違って、阿呆の声はぶっきら棒に響いた。


 ギリギリと、こめかみが軋み声を叫ぶ。

 このまま頭蓋を潰されるわけにはいかない。

 俺は足先を振り子のように大きく揺らし──純白のドレスの腹部を、柔らかく蹴り飛ばす。


「う˝……!!」


 視界を奪った乳白色が、頬に深い爪痕を残して剥がれ落ちた。

 けれど華奢な腕はすぐさま、背中に隠した二丁拳銃を構える。


「させるかッ!」


 秒読みに迫る芝生の海。

 目下にヒートソードを振り抜き、翡翠とアメジストが縺れ合う彗星のように地上へ落下する。

 血肉に赤い芝生が湿った土煙を澱む。


 乱れた呼気が鉄臭い広場を混じり合って、砂塵に光る視線に冷戦を散らした。


「貴様がこの俺を再起不能にするだと?」

「それがどうしたの?」

「ふん。随分と粋がるようになったな」

「わたしにはそれだけの実力があるもん」


 まるで自分の方が強いとばかりに、淡々と澄んだ声は返る。

 そして阿呆は微かに視線を落として、ポツリと呟く。


「……ぜんぶ、思い出したから」


 俺はヒートソードを力強く横薙ぎ、滞留する土煙をひゅんと払った。


「その『思い出した』とはなんの話だ。共栄都市で取り乱したアレか?」

「……六ちゃんは知らなくて良いこと」


 ふいと、ハーフアップに露見したうなじが顔を見せる。


「ならば、質問の仕方を変えてやる。廃都市難民を殺害したのは……アルナ、貴様だな?」


 見上げたアメジストの瞳は、のっぺらぼうのように頷いた。


「そうだよ。わたし、六ちゃんを傷付けたお姉さんのこと大嫌いだったから」

「……嫌い、だと?アイツを助けたがったのは貴様だろう」

「それは聞きたいことがあったからだよ」


 思わず詰まった息を吐き出せば、アルナは一切の迷いなく斬り返す。


「まぁ……良い。言い訳の続きは、貴様を地底の街に連れ帰ってからたっぷり聞き出してやる」

「違うよ。六ちゃんはこれから、わたしに倒されちゃうの」


 ガチャリと銀色と漆黒の銃口が、薄膜に透き通る純白のドレス越しに俺を覗いた。


「ちょっと苦しいかもしれないけど、ぜんぶ終わるまでの辛抱だから、我慢してね?」


 終わるというのは何の話か。

 アドラやジャックが話していた『計画』とやらか。

 疑問を頭の片隅に積み重ねつつも、俺は芝生を力強く踏み込んで、



 足元に転がる赤い腕部が、『血濡れの包帯』を巻いていることに気が付いた。



「ユンジェッ!!」


 バッと、勢い強く顔を上げる。

 目前の二丁拳銃を差し置いてフードを左右へ揺らす。


 全身を引き裂かれたユンジェが、至る所を散在して血濡れの顔に目を伏せていた。


「ユン、くん……?」


 今更になって、子犬の顔は青く染まる。

 俺はゆっくりと翻り、ポツリと声を飛ばす。


「そんな顔をするのならば、こちらへ戻って来い。ユンジェはその為に命を費やしたのだ」

「…………やだ」


 それはまるで、人の心を解しない鉄クズ同然の姿だ。

 俺は静かに目を伏せて、大きく息を吐き出す。


「……やはり貴様も、所詮は人工知能の仲間か」


 刹那、アメジストの瞳は、爆発寸前の惑星みたく膨れ上がって、


「わ……わたしは人工知能なんかじゃないっ!!」


 乾いた銃声が、セントラルタワー前の広場を木霊した。








 螺旋を描いた弾丸が、牙を見せた蛇のごとく俺の四肢を穿たんとする。


 輝く刃先は銃弾に火花を散らし、その軌道を逸らした。

 とその最中に、懐へ潜り込む純白のドレス。


 小銃を握った華奢な肘が、鳩尾を重く波紋する。


「が、ぁっ……!!」


 ドンと、心臓をプレス機に押し潰したような衝撃。

 肺が空気圧に破裂して、息を泡のように溢れる。


「もう体ボロボロだもんね。頑張らなくていいよ、六ちゃん」

 

 間髪入れずに曲線を描くガラスの靴。

 堪らず後方へと大地を蹴り、頬がナイフに裂かれたみたく熱を弾ける。


 と思ったら、漆黒の銃弾が右前腕を喰らい付いている。


「だから、これで終わりだよ」


 カチリと、下トリガーを引く華奢な指先。

 途端に赤い爆発が目下を熱く照らして、腕部の骨にまで震動を轟いた。


「ぐ、おぉ……!?!?」


 ぶらりと、骨が折れたみたく垂れた腕を抑え込む。

 視線を腕部へ落とせば、サイボーグの前腕は、サメみたいな歯跡を残して肉を抉れていた。


 俺は疑似的な痛みの信号に下唇を噛み締め──片膝を、芝生に落とす。


「ほら、やっぱりわたしの方が強かったじゃん」


 まるで瞬間移動でもしたみたいに、ふわりとストロベリーブロンドの流星は空間をブレる。


「でもね、もう立たなくていいよ」


 アルナは芝生に項垂れる人影を踏んで、皆既日食みたいな黒い笑みをほわほわと浮かべた。


「だってね、ゼウスが約束してくれたもん。わたしと六ちゃんだけは、生かしてあげるって」


 はらりと、ヒートソードを構える左手から力が抜け落ちる。


 林檎飴みたいな赤らみを帯びる乳白色の頬。

 ハーフアップの薄桃色が揺れて、むず痒そうに耳飾りが揺れた。


「2人っきりでね、ここじゃない何処かで暮らすの」

「なんにもない場所だけど……怖いことだって1個もない、安全な世界だよ」


 おいで、とばかりに両手を広げて胸元の開いた純白のドレス。

 ばくりと、心臓が乱れ打つ。

 抉れた前腕は、アメジストの瞳へ吸い込まれていく。



 が──俺を構成する根幹が、血と屍の祈りであればこそ、



 心を絡め取る甘いツタは、豪熱に焼き千切れた。



「……ゼウスは俺たち『規格外』を処分する。そんな甘い話があるか」

「……約束してくれたもん。それに、わたしに勝てない六ちゃんがゼウスに勝てるわけないと思うな」


 華奢な右腕が催促するようにぐいと伸びる。

 俺はその手を取ることなく、ヒートソードに重心を預けて立ち上がる。


 幽霊みたいにほつれたローブを映すアメジストの瞳は、仄かに鋭さを帯びる。


「……なんで断るの?六ちゃんは死にたくないんでしょ?」

「貴様の言っているソレは死と同義だ。俺は二度と、何者かの支配下で生きるつもりはない」


 目を瞑れば今でも思い出せる。

 廃都市で散々に利用された日々。

 邪悪なる支配者に首輪を握られるのは、もう御免だ。


 湿った風が、彼岸みたいな広場を血みどろに吹き抜けた。


「下らん言葉遊びは終わりだ……一気に、肩を付けてやる」


 気に喰わんが、今の阿呆を叩きのめすには『スーパーゾーン』を使うより他ない。


 スッと、鉄錆の香りに呼吸を整える。

 意識は熟練のダイバーみたく深層へと潜ろうとした寸前、アメジストの瞳は大きく見開いた。


「──だ、ダメッ!!」


 気が付くと、華奢な拳が頬をめり込んでいた。


「ぐ、ぁ……ッ!?!?」


 頬骨を軋む砕け散る音。

 肉体は大地を跳ね転がり、血だまりを浴びる。

 節々の痛みを堪えて膝を震わせるも、脳が揺らいで、千鳥足にふらついた。


「き、貴様……!!」


 さてはコイツ、俺に『スーパーゾーン』を発揮させないまま勝負を決める気か──


 眉間に皺を寄せて、霞んだ純白のドレスを睨み上げる。

 とすると、アルナは臨戦態勢を解き放ち、消え入りそうな声を静寂に溶け込ませた。


「六ちゃん……SP(solitary Potential)症の副作用は、使わないで」








 まるで耳に覚えのない3文字が、嵐みたいに揺らぐ羊水を彷徨っていた。


 俺は口の端から流れる血を手の甲に拭い、ゆっくりと立ち上がる。

 荒い呼気を吐くと同時に、思わず訳の分からぬ一言へ訊き返した。


「エス、ピー症……?……なんだ、それは」


 ふるふると、左右に拒絶するアホ毛。


「べつに……六ちゃんは分かんなくて良い。でも、とにかくスーパーゾーンはダメなの」

「なぜ貴様に指図されねばならん」

「お願い。ちょっとはわたしの言うこと聞いてよ」

「裏切り者の願いなんぞ訊いてやるわけないだろう」

 

 淡々と斬り返せば、くしゃりと、端正な顔が泣き出す寸前のガキみたく悲痛に歪む。


「忘れて欲しく、ないもん……!」


 不安に揺れた金切り声。

 吸い込まれかけた心を、ぐっと、平静を保つ。

 アメジストの瞳は仄かに揺れながら、純白のドレスに開けた緩やかな胸部に叫び出す。


「これ以上……六ちゃんに何も忘れて欲しくない!傷付いて欲しくないッ!!だから、わたしは……!!」


 阿呆の語る行動原理を知った瞬間──ふさりと、ヒートソードは芝生に倒れた。


「そう、か……」


 アルナは堪えるように俯いて、頬を食い縛っている。

 俺は導かれるように、左手のひらを伸ばす。


「……アルナ」

「ろ、六ちゃん……!!分かってくれたの……!?」


 ハッと見開くアメジストの瞳は、同じく俺の手を掴もうとして、



 指先が触れ合う寸前、俺は左拳を引き絞って柔らかい頬を殴り飛ばした。



「う˝、ぁ……ッ!?!?」


 受け身も取れず、血と泥に赤黒く汚れる純白のドレス。

 俺はヒートソードを拾い上げ、よし、問答を繰り返しているうちに意識の揺れは収まったな。

 握ったり開いたりする手のひらに、ピントが合うことを確認する。


 画素を拡大したみたく詳細に映る赤く腫れた頬はぽっかりと口を開き、やがて奥歯を食い縛った。


「だ、騙し討ちなんて──」

「──卑怯だと?馬鹿が。ここは戦場だぞ?」

「……っ!!」

 

 サッと突き付けられた銃口。

 けれどそれは既に見えているから、稲妻みたいに素早く足を捌く。

 左脚を横薙ぎ、純白のドレスごと華奢な右腕を蹴飛ばす。

 乳白色の肌は歪に凹んで、ごきゅりと生々しい悲鳴を響かせた。


「あ、がぁ……!」


 意趣返しとばかりに掴む小さな顔面。

 容赦なく地面へと叩き伏せ、ハーフアップの薄桃色を土に汚す。


「さて、今度は俺の問答に付き合ってもらおうか」

「や、やだ……!!」


 藻掻く隙は与えない。

 俺は見下すアメジストの瞳へ、チェックメイトを掛けた。


「──貴様。アルナ・ミュラーの複製体だな?」


 次回の投稿日は10月23日の木曜日です。

 それでは、また次話でお会いしましょう!

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