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第10話 真昼の夢

 NHスペシャル『バタフライスーツ・改』


 戦闘服『バタフライスーツ』の改良品。

 これまでの超人的な性能を引き継ぎつつ、GPS機能の搭載した。

 繊維にアルミニウムを編み込むことで、電磁波を防ぐことも可能である。


 開発者の思い付きにより、スーツの各箇所に極薄型のライトパネルが光るようになった。

 全体的な性能は向上したが、その煽情性が磨きかかったことで、女性戦闘員からは嫌煙されがちである。


 壁掛け時計の刻むリズムが、目覚まし代わりに薄暗い室内を叩いた。


 うっすらと、瞼が持ち上がる。

 その向こうに見たのは、午前7時18分を示す長針だ。

 けれど、爆発跡にベニヤ板を貼り付けた一室に、インターホンの音が響く気配はない。


「……?」


 長針が更に3つ分動くまでの間、俺は茫然とベッドの上に固まっていた。


「……どうなっている」


 ピタリと、舞台裏みたいに玄関前の廊下を行ったり来たりする足音を止める。

 どうやら今日の阿呆は、インターホンを鳴らすつもりがないようだ。


 或いは俺をおちょくっているのか。

 素早く玄関扉を押し開くも、古びた灰色の廊下はしゃぼん玉の匂いを香らない。

 となると──まさか。


 隣の部屋のインターホンを、人差し指に強く押し込む。

 流れる暫しの静寂。

 とてとてと扉の向こうから音が聞こえて、がちゃりと扉が開く。


「……六ちゃん?」


 ペリドットのペンダントを首から垂らしたアホ毛が、薄紫の寝間着にこてんと首を傾げた。


 最終ミッションの当日に寝坊とは、やはりコイツは、どこまで行っても阿呆だった。


「貴様……今が何時か分かっているか?」


 間違いだらけの答案を突き付けるみたいに、俺は空間ディスプレイの時計を浮かべる。

 華奢な指先が、長いまつ毛をゴシゴシと擦った。


「えっと……7時30分!」

「分かったなら、サッサと着替えて準備しろ」


 俺は淡々と吐き捨てながら、漆黒のローブを翻して、


「六ちゃん六ちゃん。今日はわたしのお部屋で、ゆっくりしよーよ……」


 しゃぼん色の毒牙が、首筋を喰らい付いた。


 背中を押しつく柔らかい感触。

 上目に覗くアメジストの瞳。

 意識はブラックホールに吸い込まれていく。


 甘い何かが頭の中を浸し切る──寸前、俺は華奢な身体をどうにかひっぺ剥がした。


「…………貴様、本気で馬鹿なのか?今日は作戦当日だが」

「いーじゃんいーじゃん。わたし、六ちゃんと2人っきりで過ごしたいなっ!」

「くどい。朝飯を済ませて格納庫に向かうぞ」


 甘く心の底に纏わり付くモノを振り落とすように、ローブを今一度翻す。

 乳白色の頬が、ぷくりとフグのように膨らむ。


「……六ちゃんの意気地なし!こんなチャンスもう2度とあげないのに!!」

「くれると言われても受け取らんが」

「むきーっ!」


 華奢な両手が拳を握り締めて地団駄を鳴らしたと思ったら、バタンと部屋へ引き籠った。


 暫しあって、紺色の制服姿にペンダントが揺れる。

 いつもは猥雑な食堂は、世界から音という存在を消し去ったみたいにそこに人だけを残している。


「わっ……今日はピリピリしてるね」

「最終決戦の当日だからだろうな」


 隣にいる同胞が死ぬことも、自分が死んでいることも極々当たり前の未来。

 待ち受ける正念場に、雑兵共が強張った雰囲気を醸し出すのも無理はない。


 そしてその死のリスクは──俺もまた、変わらない。


「……」


 逃げ出すことはできない。

 ゼウスは俺達『規格外』の命を狙っているのだ。

 安寧の為には、MCを破壊する以外の道はない。


 分かっている。

 何度でも心に言い聞かせる。

 なればこそ──


「……六ちゃん?」


──死の気配が身体を凍てつく度に、コイツを抱き寄せたくなるのは、なぜなのだろうか。


「……いや、気にするな」


 ?マークを形作るアホ毛を──わしゃわしゃと、乱暴に掻き乱したい。

 どくりと熱く燃える心臓。

 唆されて、右手が欲望へ伸びる。

 ぐっと筋肉に力を込めてスプーンを掴み、水っぽいシチューを口に浸す。


 落ち着け。死の恐怖に吞まれるな。

 これは珍しく、生物学的本能が逆立っているに過ぎない。

 これまで通り冷静に……心を穏やかな海に保って、仕事に臨めば良い。


「……行くか」


 次第に味の薄れたゴムみたいな固形物を喉の奥に押し込み、食堂を発つ。

 

 小銃にヒートソード、漆黒のローブの下に戦闘服。

 寄宿舎で整えた武装に違和感はない。 

 準備は、整った。


「アルナ、良いな?」

「……うん」


 二丁拳銃を腰のホルスターに差したアルナが、薄桜色の唇を結んで固く頷く。

 本部のエントランスホールから、地上連絡エレベータへ乗り込む。


 雲の多い空の隙間から、まだらに覗く水色。

 辿り着いた格納庫は、人間を闇鍋みたいにごった返している。


「六月一日隊長、アルナさん。私たちはこちらの装甲車に」


 2メートルほどはある漆黒のロボットが、漆黒の籠手を指し示しながら事務的な冷声を吐く。


 アルナとレイを引き連れて装甲車へ向かい、最後まで雑兵の搬入を手伝っていたユンジェが滑り込んだ。

 総員4名。

 初めて特殊部隊『L7th』で乗り込んだ時と比べて、随分と快適になってしまった後部座席の固い感触に沈む。


「では、共栄都市付近まで出発いたします」


 発進した装甲車に揺られて、俺達は決着の地へと向かった。







 バッファロンの群れみたいに野原の草を捲き上げる装甲車が、雨水にぬかるむ轍を駆け抜けていく。


 栄都市までの道中は長い。

 俺は鉛色の壁面に背を預け、瞼を閉ざして最終作戦に備える。

 しかし、そのようにして平静に道中を過ごせるという事実が、俺にはどうにも気持ち悪い事態だった。


「……」


 肉食獣を刺激せぬよう、ゆっくりと、瞼を持ち上げる。

 乳白色の両手が、膝の上で固く手のひらを握り締めている。


「アルナ、緊張しているか」

「……う、うん」


 俯いたまま、ぎこちなく返事をする阿呆。

 朝から調子がおかしいとは思っていたが、どうやらコイツにも、緊張の2文字ぐらいは頭の辞書にあるらしい。


「……仕方があるまい」


 俺はフードの底に1人零して、座席の固い感触から立ち上がった。


「ついて来い」


 ぽかんと、上向くアメジストの瞳。

 華奢な腕をグイと引っ張り、上部ハッチのロックを力いっぱい外す。


 マンホールから覗いたみたいに、丸い青空が覗いた。

 湿った突風が、ローブの裾を激しく躍らせる。


「掴まれ」


 俺は一足先に梯子を上り、振り返って手を差し伸べてやった。

 阿呆は片手で揺らぐスカートを抑えながら手を伸ばす。

 華奢な身体は、羽のように呆気なく持ち上がる。


 

 屋上へ登ったアメジストの瞳に──白い陽光に輝く青海原が、浮かび上がった。



「わぁ!!」


 影を落とした子犬の顔が、一挙に日の出を浴びる。

 ストロベリーブロンドの髪は衝動的に遥か青い海へと駆け出した。


「馬鹿が。落ちるぞ」


 あわや屋上から飛び出す制服を後ろからを掴み上げる。

「ぐぇ!?」と、カエルの断末魔に似た声が突風を紛れた。


「な、なにするの!」

「そう慌てる必要もないだろう。この任務が終われば、バカンスなんぞ幾らでも出来る」


 ジタバタと宙を暴れる阿呆に、浅く嘆息する。

 ゼウスさえ破壊したなら、全ては終わりだ。

 その後の生活のことなんぞ考えたこともなかったが、少なくとも、外をほっつき回る余裕は生まれるだろう。


「じゃあ、わたしリゾート行きたいな!」

「そんなものはこのご時世に存在せん」

「海水浴でも良いよ!一緒に水着着て泳ごっ!」


 まぁ、レイとユンジェを連れて暫し余暇を楽しむというのも、存外悪くはないかもしれん。

 気の早い未来に夢を膨らませていると、整った眉尻が、への字へ落ち込んだ。


「……ねぇ、MCを破壊したらさ……世界ってどうなるのかな?」



 どうやら、小さな胸を巣食う虫の正体はソレらしかった。



 まぁ、無理もないか。

 コイツはレジスタンスとして俺より長いのだ。

 ジャックを総統として信じてきた連中と同様に、未だ心は愕然としているのかもしれない。


「幹部連中が共栄都市を牛耳るか、或いは向こうの連中と上手くやっていくか。その2択だろう」

「六ちゃんは……やっぱり共栄都市に帰っちゃうの?」

「さぁな。そこのところは俺もよく分からん」


 おずおずと見上げるアメジストの瞳。

 不安を帯びた風に揺れるアホ毛を、わしゃわしゃと柔らかく叩く。


「どちらにせよ、貴様のような阿呆が気にすることではない。俺達はMCを破壊して、安寧に生きられる毎日が手に入れることだけを考えていれば良い」

「そう……だよね。やっぱり、六ちゃんだって死にたくないよね」

「当然だろう。何のためにこれまで血反吐を吐いてきたと思っている」


 淡々と返してやれば、いつものほわほわと快活な笑みが浮かび上がった。


「……わたしはもう大丈夫だよ!中に戻ってみんなとお話しよ!!」







 曇天に沈む廃墟の街が、簡易駐車場と化してかつてない賑わいを見せている。

 

 装甲車からゴキブリのごとく飛び出す雑兵たち。

 車内に詰め込まれた物資を、連なる仮設テントへと運び込む。

 廃ビルは遠望台として見張りの兵士を抱え、既にちょっとした要塞へと変貌していた。


「クハハ!次は我をどこへ導くか──」


 一切のアクシデントなく、前線基地として改造されていく廃都市。

 俺は建物の残骸に佇み、朽ちた道路に溜まった薄紫の雨水を眺める。

 とそこに、小鳥がちょこんと羽を休めに来た。


「六ちゃん、考えごと?」

「あぁ……」


 暫し気味の悪い空を見上げた末に、俺は鏡みたいにローブを映すアメジストの瞳を見据える。


「アルナ、貴様はこの現状をどう思う」

「えっと……どうって?」

「うまく物事が進んでいるように思えるが……まるで、潜入任務そっくりの状態だとは思わんか」


 ビクリと、紺色の制服が慄いた。


 ジャック曰く、人工知能どもは密接にお互いを把握しているらしい。

 となれば、MCはジャックが破壊されたことにも気が付いているはずだ。

 だのに、最終作戦の準備は階段を駆け登る調子でとんとん拍子で進んでいる。


 とは言え──仮にマーシャ達が現状を把握しているのなら、海峡トンネル辺りで爆破でも仕掛けて、俺達を海の藻屑としていることだろう。

 そう来なかったということは、或いは。


「……俺の考え過ぎか」


 自らの言葉を否定するように、微かに頷いてみる。

 パッと、輝く子犬の瞳が俺を覗く。


「やっぱり頭良いね!六ちゃんって!!」


 言われるまでもなく知っていることだが。

 仄かに緩んだ口元から、ハッと吐き出す。



 寸前──紺色の制服に覆われた両腕が、『二丁拳銃』を腰部のホルスターから取り出した。



「……アルナ?」

「だから──」


 それぞれ抜き出された銃口は、忙しなく動き回る雑兵どもを流れるように覗いて、


「──お願い。このまま帰って?」


 空気を裂く発砲音に、周囲の雑兵は朽ちた路上を倒れ込んだ。




 次回の投稿日は10月18日の土曜日です。

 それでは、また次話でお会いしましょう!

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