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第9話 彗星が割れた日


【最終ミッション:ゼウス破壊】 危険度★★★★★


 ミッションの概要を説明します。

 セントラルタワー最上階に到達し、ゼウスを破壊してください。


 MCの在り処に間違いはありません。

 ここでミッションを成功させなければ、人類の敗北は濃厚となります。


 作戦に志願される勇者を、我々は待ち望んでいます。



────



「おい、なんだこのふざけた通達文は」


 横断幕みたいに円卓を浮かぶスクリーンに、何処か既視感のある通達文が映っている。

 昼下がりの会議室には、特殊部隊『L7th』の総員が集結していた。


「ハサンさんの提案です。通達文がなくなっては、兵の調子が下がるとのことで」


 事務的な冷声を響かせるは、白の天井付近にプロペラを回す球状ドローンだ。

 ポンコツ本体は相変わらず、コクピットに引き籠っている模様である。


「とうとう終末戦争の刻か……クックック、ノストラダムスの大予言はすぐそこまで……」

「ノストラダムスの大予言は、前世紀に終了しているがな」


 円卓の端に刺々しい靴を掛けたユンジェへ淡々と刺し込む。

 途端に不敵な笑みが硬直して、エセ中二病は受験生みたく、胸ポケットに隠した単語帳をぺらぺらと見返した。


「ねぇ、六ちゃん……この戦いって、わたし達も参加しなきゃなの?」


 アメジストの瞳が、ペリドットのペンダントを揺らしながらおずおずと覗く。

 施錠したはず心の底へ首を突っ込まれたような感覚に、ぐっと、喉が詰まった。


「この作戦は……あくまでも、立候補制だ」

「じゃあ──」

「尤も、私たちの参加は推奨されますが」

「イレギュラーこそ、戦場の求めし存在であるがゆえ……!!」


 しゅんと小さく縮こまる薄桃色のアホ毛。

 スカートの下に覗く乳白色の膝へと俯く。

 流石にコイツも、MCという強大な敵を前にして尻込みしているのだろう。


「作戦開始の日時はまだ決まっていませんが、その心積もりで準備をお願いします」


 これで会議は終わり。

 怪盗みたいな笑声を響かせて窓から外へと飛び出す者が1名。

 俺もまた立ち上がり、隣の座席にクイと指を動かす。


「アルナ、俺は今から工房に向かう。貴様も来るだろう?」


 強張った笑顔は、首をゆっくりと横に振った。


「……ううん。今日はちょっと、やめとこっかな」


 ぽっかりと開いた唇が、アメジストの瞳に浮かび上がる。

 程あって、華奢な両手はそれぞれ別の生き物のごとくあたふたと暴れる。


「ほ、ほら!今度の作戦はすっごい難しそうだからさ、わたしも色々考えたいの!」

「あ、あぁ……」

「じゃ、また明日ねっ!六ちゃん!!」


 中途半端に伸びた右手。

 アルナは犬の耳みたく薄桃色の髪を揺らして、バタリと椅子を吹き飛ばした。


「あらあら、アルナさんにフラれてしまいましたか」

「……妙な言い方をするな。少々呆気にとられただけだ」


 脳内を徒に響く冷声。

 舌を鳴らし、ズカズカと出入り口へ足を進める。

 球状ドローンが扉前を躍り出て、お辞儀のように優雅に空中を降下した。


「それでは、代わりに私がお供いたしましょう。工房には用がありますので」







 雷に打たれた大樹みたく抉れた煙突群が、物寂しげに工場区を見下ろしている。


 爆散に風穴を開けた工場地帯は澄んだ空気を満ちていた。

 黒焦げた工房の看板が見えたところで、俺は隣を浮かぶ球状ドローンに横目を向ける。


「貴様が工房に何の用がある」

「それは見てからのお楽しみです。六月一日隊長にとっては、サプライズにもなりますから」


 扉を引き開く。

 球状ドローンと工房内のレーザー光線が、手持ち花火みたいに衝突した。

 目を焼く光が消え失せた矢先、鉄の延べ棒を大勢胸に抱えたナランが、豪快な笑みを響かせる。


「おっ、時間通りだな!」


 ドバーッと、鉄の延べ棒が机の上を騒がしく転がる。

 いつにも増して煤に汚れた作業服は、路上に干乾びたガムみたいに変色していた。


「随分と慌ただしいな」

「おう!これまではこう……アイデアの蛇口が一滴垂らすぐらいだったのによぉ……最近はもうドバドバ出て来るようになったんだよ!」

「ジャックによる思考制御が解放されたからだろう」

「戦闘機!マシンボーグ!!なんで今まで思いつかなかったんだろうなぁ!!」


 俺の肩をグラグラと揺らしたのも束の間、油に黒く汚れた親指が、グッと立ち上がる。


「つっても、ご注文には手を抜いてねぇぜ。ほら、電磁波対策の戦闘服だ」


 作業台へ丁寧に折り畳まれた、漆黒のパワードスーツ。

 手に取ってみれば、ふむ、何やら改造が施されたらしい。

 半透明の太いラインが、シルクみたいにすべすべと薄いスーツに刻まれている。


「位置情報が分かるようにカスタマイズしたぜ!ついでに、光る機能も追加だ!」


 ピカリと、戦闘服が電球みたいに翡翠の光を発した。

 俺は唖然と戦闘服を見つめてから、輝く琥珀色の瞳をジロリと睨む。


「……後者は何の役に立つ」

「見 た 目 が カ ッ コ よ く な る !!」


 頬を覗く満面の八重歯を前に、泡のように、フードの底からため息が零れた。


 この光で敵に捕捉されたら、一体どう責任を取ってくれるつもりなのか。

 聞く間もなく、ヘアバンドに掻き上がった緑髪は。球状ドローンへと向き直る。


「アレはもう準備は出来てるぜ。いつでも接続してくれ」

「分かりました。では」


 金属の擦れ合う重い音が工房の奥を轟いた。

 何が起きた。俺はフードを揺らして、音源の方を向き、


 黄金のV字を将軍のような兜に刻む、漆黒の全身鎧を見た。


 青い灯火が、兜の眼窩を宿る。

 見覚えのあるダークヒーロー然とした全身鎧が、確かに息吹を吹き返していた。


「ナランさんがアレックスさんの装甲を改造して下さりました。これで私も、これまで以上に戦力として機能するはずです」

「街の連中は怖がってるけどよぉ……あんなに良い作品なんだ。あのまま腐らせるのはもったいないだろ?」


 ガハハッと、陽気な海賊みたいに豪快な笑みが鼓膜を響いた。

 立ち尽くす俺の背中に、マメに凸凹とした手のひらがバシンと響き渡る。


「色々と新機能も追加したからな、『ミュンヘンMr.3』、是非是非上手く使ってくれよ!!」


 微かに熱を帯びて、口元が緩む。

 操作に悪戦苦闘するレイを置いて、俺は次なる目的地へと足を向けた。







 卵色の医務室は、紫煙の名残りすら感じないほどに消毒液へ浸かり込んでいた。


 マーシャの強襲から1カ月。

 医務室は未だ、足音を乱れ響かせている。

 扉を潜ると、黒い三日月が皆既日食みたいに軌跡を残した。


「眠り姫くんか。薬ならそこにあるよ」

「貴様も中々に忙しいらしいな」

「最近はドンパチやられてるからね、怪我人が絶えないんだよ、まったく……」


 ふぅと、紫煙の代わりに吐き出される盛大なため息。

 暗く澱んだ目が、垂れ下がった濡羽色の前髪の奥から幽霊みたいにジィっと俺を見上げた。


「今度の作戦はMCの破壊なんでしょ? 私も戦場医として向かうけど、キミも充分に気を付けてね」

「どうだかな」

「毎回瀕死で帰って来られると面倒なんだ」

「善処はしてやる」


 ふんと鼻を鳴らして、医務室を翻る。

 寂れたエントランスを繰り出せば、傾いた橙色の光が、岩壁の天井から顔を焼きいた。


「……」

 

 来たるべき最終決戦に向けて汗を流す者。

 影に煙草をふかして項垂れる者。

 夕陽が樹木を境に袂を分かつ2つの道に、漆黒のローブの光と影が真逆の道を進んでいく。


「俺は……」


 安寧を手に入れるために、強さを求め続けてきた。

 夢見た黄金の王座に着くためには、ゼウスを破壊しなければならない。


 けれど、それは魂を焼いた強さとは真逆の存在で。

 なのに、心は安寧を求めて止まなくて。

 結局のところ、俺はいつまで経っても右眼の闇に囚われているのではないか。


 惑う漆黒のローブは、答えを求めるように崩れ去った霊園へと導かれる。


「あっ、お兄さん!」


 以前と比べて、少しばかり瓦礫が脇へと寄せられた住宅路。

 塀に見通しの悪い十字路に、小さな影が手を振った。


「……貴様らは生きていたか」


 わらわらと寄り縋る3人のガキ共。

 ポンと手のひらを乗せてやると、少女はしゅんと俯く。


「……でもね、よろいさんは居なくなっちゃって……3人じゃ鬼ごっこも詰まんないの」

「ならば、4人でやるか」

「……うんっ」


 夕焼けに沈む住宅路に、4つの影が駆ける。

 きっとアレックスなら、コイツらガキどもの為に迷いなく命を賭せるのだろう。

 ならば、俺は──


「今日のお兄さん遅いー!」


 混濁とした心は終ぞ晴れぬまま、レジスタンス最後の作戦が始動した。




 次回の投稿日は10月16日の木曜日です。

 それでは、また次話でお会いしましょう!

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