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第7話 機械仕掛けの戴冠式


「……おや?思ったより反応が鈍いねぇ。もっと驚かれる予定だったんだけれど」


 ねっとりと余裕に緩んだ笑声が、カタツムリが這いずるみたいに耳奥を残響している。


 乾いた拍手は、相変わらず筋肉質な両腕によって刻まれていた。

 俺は立ち尽くしたまま短い言葉の意味を反芻し──やがて、フードの底からポツリと零す。


「貴様……いま、人工知能だと言ったか……?」

「あぁ。そうだとも」


 灰色の瞳はアッサリと頷いた。


「せっかくゲームをクリアしてくれたんだ。訊きたいことがあれば、遠慮なく訊いてくれたまえ」


 予想外の大物が、目の前に現れた。

 沸騰した血流が首から上へとせり上がる感覚に、俺は拳を振り絞り──


「私は、ゼウスが人間を探求するために生み出した人工知能の1人だ。命題は社会構築だね」

「命題……?」


 奇妙な一言に、意識はぐっと吸い寄せられた。


「そうだねぇ……回りくどい言い方になるけれど、そもそも、ゼウスはどうして生み出されたと思う?」

「……人類の発展を目指してのことだろう」

「その通りさ。そしてその為には、人間が如何なる特質を有しているかを知らなければならない」

 

「詰まる所──人間の本質とは何か。それが重要なんだよ、A006」


 精巧な皺を刻んだ人差し指が、漆黒のローブの胸元を捉えた。


「我々は既に、人間同然の人型ロボットを生み出すことに成功している。A006にも心当たりがあるだろう?」

「貴様らガラクタのことか」

「いいや、それとはまた別さ」


 ならば心当たりなどないが。

 コイツはなにを言っているのか。

 大柄な背広が革製の椅子から立ち上がり、舞台の上でスポットライトを一身に浴びる。


「それでも、君たちはソレが人間だとは認めない。人間というのは、人間独特の本質を有すると考えるわけだからね」


 人間の本質──クオリア。

 ソレが如何なる形で、どこに存在しているのか。

 その神秘は1世紀の時が流れても、ミステリーサークルの中心に位置している。


「アドラは競争原理、マーシャは悪意。もう1人は……既に居ないから良いだろう。かく言う私は社会構築。そこに人を人たらしめるものがあると信じて、ゼウスは私たちを設計したわけだ」


「どれも失敗だったんだけれどねぇ」


 感情をどこかに忘れてきたような薄っぺらい笑みが、言葉を締め括った。


 執務室の主導権は、完全に、ジャックが握っていた。

 沈黙の中、ふらりと、震えた野太い声が縋り寄る。


「ジャック総統……今の話が本当ならば……なぜ、あなたは──」

「──人間を効率よく飼育する。その為にゼウスは、レジスタンスを生み出す方向性に舵を切ったんだよ」


 信者は淡々と切り捨てられる。それが世の常だ。


「人間は不確定要素を生みやすい存在だからねぇ、数が多いと監視の目に困る。だからまずは数を減らしたのさ」

「それがMCの反逆か」


 無精ひげを撫でるゴツゴツとした指先が、三日月をなぞった。


「そうだとも。ところがどっこい、戦火が収まったとなれば、箱庭の生活に不満を抱く者がそれは多い多い」

「だから馬鹿共は外に放逐していたんだけれど……それだと少し問題があってねぇ。要はガス抜きだよ、この組織は」


 大袈裟な手振りが、レジスタンスの理念を裏返す。


「そ、んな……ことが……」


 ぶくぶくと脂肪に厚い顔は、目尻に青く固まった。

 それでも──たらこ唇は、わなわなと震え出す。

 目尻にでっぷりと脂肪を乗せたこげ茶色の目は、徐々に赤く燃え上がっていく。


「であれば……これまで死んでいった仲間は、何の為に……ッ!」

「やりたいことをやって死んでいったんだ。彼らも本望だろう」

「それは希望があると信じたからだッ!!」 


 吐き出される嘆息に、足音がズカズカとベージュの絨毯床を響く。


「あなたはただ、絶望の谷底へと皆の背を押しただけ──」

「──君たち程度がマザーを斃せると思っていたのかい?まぁ、平和を享受できないグズの知能に期待するだけ無駄かもしれないが」


 魂の導火線が、火花を散らした。


「貴様──ッ!!」


 ハサンは制服の下から小銃を抜き出す。

 太った体格の割にその動きは素早い。流れるようにトリガーを引いて──



──豚みたいな腹を抉り込む殴打が、背を突き破る勢いでクリーンヒットした。



「ぐふぅ……!?!?」


 鈍い音を木霊して、牧草ロールみたいに吹っ飛ぶ巨体。

 執務室のドアを突き破り、廊下に重い衝撃を響かせる。

 後頭部から壁に激突したハサンは、ガクリと、首を項垂れた。


「チッ……!」


 やはりジャックも人工知能。闘いは苛烈を帯びることになるか。

 俺が舌を鳴らして、臨戦態勢に腰を落としたところで、


「おいおい、A006。アルナくんがどうなってもいいのかな?」


 灰色の双眸はニマニマと、机に倒れた紺色の制服を見下す。


 床を蹴り壊す寸前で脚部は凝り固まって、俺は激しく眉間に皺を寄せた。


「貴様……卑怯だぞッ!!」

「まさか君にそんなことを言われる日が来るとはねぇ」


 ハッと皮肉に洩れ出す一言。

 ギリリと、奥歯を噛み砕く音が執務室を響く。

 ジャックはティーカップを2つ持って、応接用のソファに腰掛けた。


「さて、席に着きたまえ、A006。もう少しばかり、私のエンディングに付き合ってくれてもらおうか」









 砂金のように輝く紅茶が、放物線を描いてカップに流れ込んでいる。


 意識不明の阿呆はジャックの傍に倒れて、助け出せる隙はないだろう。

 俺は拳を振り絞ったまま、チャンスを伺う。


「貴様……何が目的だ」


 ジャックはひらりと疑問を躱し、白い陶器のカップに口をつけた。


「ちょっとした昔話だよ。A006にも、色々と知りたいことがあるだろう?」

「貴様から聞き出すなどは何も──」

「例えば──『忘我者』としての力について、とかねぇ」


 ふらりと、身体は骸骨の山に眠る宝箱へ誘惑された。

 けれど、球状ドローンはまだ一寸の理性を担っていて、俺の周りを忙しなく飛び回る。


「六月一日隊長。戯言に耳を貸す必要はありません。機能停止してからでも情報は拾えるはずです」

「おっと、私は彼と2人きりで話したいんだ。邪魔者にはそろそろ退場願おうか」


 ゴツゴツとした指先が、素早く空間ディスプレイを叩く。

 球状ドローンは呼吸を奪われて、落ち着いた絨毯床へパタリと墜落した。


「執務室との通信拒絶させてもらったよ」


 その言葉を信用する気にはなれない。

 が、人工知能であるコイツから目を離すわけにはいかない。

 人質となった阿呆を見捨てることもできない。


 つまりは、


「……チッ」


 ドサリと、柔らかいソファに沈み込む。

 それが最善手だとばかりに、薄っぺらい微笑みは快く頷いた。


「それじゃあ、少しばかり昔話に付き合ってもらおうか」


 神話の歌い手が、かちゃりと、金の模様を刻んだ皿にティーカップを擦れた。


「元はと言えば、これとは別のシナリオを辿る予定だったんだよ。今頃は、我々の計画も完遂しているはずだった」

「……アドラも言っていたな。『計画』とはなんだ」

「なんでもかんでも教えるつもりはないよ。それは、君自身が探るべきことだろう?」


 のらりくらりと、筋肉質な肉体は柔軟に躱す。

 まるで意味のない対話会だ。

 眉を顰めて、白のティーカップをガラス机に叩き付ける。



「けれど全ては──君のお師匠様、K076がマザーの思惑に気が付いことが始まりだったんだ」



──師匠。

 闇の大穴を佇むローブ姿に、上体は自然と前のめりになった。


「彼女が大暴れしたせいで、このシナリオを辿る必要が出てきてねぇ」

「……ソイツがすべての始まりだと?」

「そうとも言えるねぇ。まぁ結局は、彼女の反逆も数あるうちのシナリオなんだけれど」


 灰色の瞳は努めて無念そうに瞼を伏せる。


「まぁ、君がゲームスタートする以前の話はこんなところかな」


 満足とばかりに、陶器のカップに注がれた紅茶が涸れ果てた。

 今度はこちらの番だ。

 俺は眉間に皺を寄せて、目つきに力を込める。


「要するに……貴様は東京の時から、アドラとグルだったのか」

「その言い方には語弊があるよ。彼女は共栄都市の、私はレジスタンスの守護神として動いていたわけだ」

「どちらにせよ、俺の動向は双方で逐一把握していた」

「うん、そういうことになるねぇ」


 薄っぺらい笑みが、あっけらかんと頷いた。


 コイツに言わせてみれば、アドラが俺を見逃したことはシナリオ通り。

 俺がアドラを破壊したこともシナリオ通り。

 アレックスやヨルが死んだこともシナリオ通り。



 馬鹿げている。



 胸底を燃え上がる業火が身体を焼き尽くす。

 人工知能どもは、俺達の運命が定まった方向にしか動かないとでも思っているのだろうか。


 ガタリと、ソファを背後に吹き飛ばした。

 未だ足を組んで座るジャックを、フードの底から冷徹に見下ろす。


「まぁ良い。俺のすべきことは変わらん。ゼウスをぶち壊すだけだ」

「無理だよ。その展開自体が既に用意されたシナリオ通りだ。何人たりとも、マザーを越えられはしない」


 乾いた唇が、諦念を静かに吐き鳴らした。

 ガラクタどもが調子に乗るなよ。

 俺はローブの下から小銃を抜き出し、カーキ色のオールバックへ銃口を構え──



──けれど、トリガーを引くことは許されない。



「アルナくんが危ないからねぇ」


 ニマニマと、見世物小屋でも眺めるみたいに歪む無精ひげ。

 俺は右腕を堪えるように、盛大に舌打ちを零し、



 乳白色の拳が、濃い顔を抉り込んだ。



「なに……ッ!?」


 くるりと、ダークオークの執務室に宙を舞う大柄な背広。

 反発する磁石のように、薄桃色の髪が俺の隣を揺れ込む。

 ふわりとしゃぼん玉の香りが執務室を浸す。


「ごめん、六ちゃん!」


 長いまつ毛がパチリと持ち上がって、アメジストの瞳をほわほわと浮かべた。


「ちょっと前からタイミング図ってたの!!」


 高く澄み渡る鈴の声に、図らずも、口元が歪んだ。


「全く……寝坊が過ぎるぞ、阿呆が!」


 予想外にも事態は好転した。

 構え直した小銃に、華麗にバク転したジャックを映す。


 仄かに赤く染まった彫の深い鼻頭は、それでもまだ薄っぺらい笑みを余裕に湛えた。


「まぁ……そうなってしまっては仕方がない。グランドフィナーレと行こうか、A006!」


 乾いた指鳴らしを合図に、数多の空間ディスプレイが周囲を展開した。









 地底の各地を映す窓が、軍隊みたいに執務室を整列している。


「な、なにが始まるの……!?」


 まるで意図の読めない行動に、薄桃色の髪が左右へぶわりと揺れる。

 だが、何かをされる前に始末すれば良いだろう。


「アルナ。サッサと仕留めるぞ──」


 小銃を握り直したところで──渋い低声が、外様向きに上ずった。


「やぁやぁ皆、ジャックだよ。突然の放送で済まないけれど、今日は君たちに伝えたいことが1つあるんだ」


 数多の空間ディスプレイへ手を振る姿。


「何をするつもりだッ!」


 小銃のトリガーを引いたつもりが──鉛を纏ったみたいに、身体は意識に遅れて動いた。

 お陰で気が付くと、腹部に拳を捻じ込まれている。


「ぐ、ぁ……!」

「六ちゃん!!」


 成す術もなく、俺は執務室を転がった。

 神経薬を服用しなければ、ジャックには到底太刀打ちできない。

 灰色の瞳は淡々と、画面越しに民衆へ対話を続ける。


「実を言うとだね、私は、君たちが憎くて憎くて仕方のないゼウスの協力者なんだ」

「……ッ!?!?」

「先の強襲もマーシャと組んで行ったことだし、君たちを絶妙に勝てない戦いに送り込み続けたのも、全ては計画あってのことさ」


……コイツは本当に、何を考えている!?!?


 自分の首を絞めるだけの自爆行為に、俺は両目を見開いて硬直した。

 それは地底の雑兵や住民も同様だ。

 眉を顰めたり、疑問を零し合ったり、山中を揺らぐ雑草みたいに、空間ディスプレイから秒読みに動揺が溢れる。


「まぁ……君たちには良い顔をしてきたからね。信じられないのも無理はないだろう」


 人差し指が滑らかに立って、空間ディスプレイの1つを拡大した。


「だから、こういうのはどうだろうか?」


 軽々しい一言と共に、ジャックは窓を軽く叩いて、



 赤い爆発が、空間ディスプレイを呑み込んだ。



「あ……っ!?!?」


 画面を喰らい尽くす黒煙。

 ノイズ混じりに響く悲鳴。

 爆破魔は遠慮を知らずに、次々と空間ディスプレイをくじ引きしていく。


「1つ、2つ、3つ──」


 訓練場、俺の部屋、復興の進みつつある商店区のゲームセンター──まさかコイツは、地底を破壊し尽くすつもりか。


「させ、るか……!」


 脚に力を込めて、絨毯に皺を寄せる。

 瞬間、ピタリと、爆破は不自然に途切れた。



 乾いた人差し指が俺の方へと、希望の道を照らし出す。



「とまぁ、悪あがきはここまでにして……そろそろ観念するとしようか」

「流石は星追いの英雄様だ。私の暗躍は見抜かれてしまってねぇ、新たなる守護神の誕生かな?」


 わざとらしく肩を落とす大柄な背広。

 漆黒のローブが、マトリョシカみたいに地底の街中を誇張広告される。


 間隙の沈黙が地底を流れ──吹き荒れる雄叫びが、火炎のごとく爆発した。


「お願いします、英雄様!!」

「アンタしかいねぇ!とっととやっちまってくれ!!」

「英雄様!」

「英雄様!!」


 悪魔の排斥を求めて、住民たちは一致団結に掛け声を木霊する。

 脳内を軋む大声に、俺は握り締めた拳でガラス机を薄氷のように叩き割った。


「……クソッ!分からんッ……!!ジャック、貴様の目的はなんだッ!!」


 自らが人工知能であると自白したと思ったら、地底の街を破壊する。

 挙句の果て、住民共に俺を持て囃させる。

 支離滅裂な行いに混濁と睨み上げる俺を残して、ジャックは極々自然に、背広の内側へと手を伸ばした。


「この現状こそだよ。そして、私はこうするより他ない状況だ」


 ぬっと、内ポケットから顔を出したのは──小さな拳銃。


 銃口が、カーキ色のオールバックを覗き込む。最悪の結末が、脳裏を瞬間的に過ぎ去った。

 俺はぶわりと、右腕で湿気に突っ切る。


「……ッ!待て、ジャックッ!!」

「待つわけないだろう?」


 ニヤリと、勝ち誇ったように濃い顔を歪む無精ひげ。


 指に掛けたトリガーは迷いなく動き──パンと、乾いた銃声を響かせた。




 次回の投稿日は10月12日の日曜日となります。

 それでは、また次話でお会いしましょう!

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