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第5話 その魔王の名は

 新聞第1349号 『聖女の正体発覚!? 地底の街を救った彼女の現在は──』


 2113年4月14日、我らが地底の街は憎きマーシャによって強襲を受けたが──突如として戦場に現れた金髪ローブの聖女が、その主犯格である悪魔の鎧を打ち破った。


 さて、その聖女とは一体何者なのか。


 誰もがその答えを求め、しかし終ぞ見つけられなかったその真相を、我々太陽新聞社は極秘に入手した。

 単刀直入に述べよう。写真の通り、聖女の正体とは星追いの英雄である六月一日理人である!


 分かっている。諸君らの動揺は大きいだろう。しかしそれが事実なのだ。我々は理人氏に直接インタビューすることで、その真相に辿り着いた。本人からの証言もこの通りである。

 とここで疑問に上がるのが、果たして六月一日理人の性別はどちらであるのかという点だろう。男というには線が細く、しかし女というにはどこか凛々しい。だが金髪のカツラを被ったその姿はまさしく聖女である。

 これは著者の個人的な見解であるが、正直なところ、六月一日理人がどちらの性別であっても構わないのではないだろうか。女性であればその姿はとても美しく、逆に男性であれば我々にとって新たなる扉が開き──


──以下、不適切な発言が続いているので修正を願います。


「裏切り者が、分かっただと……?」


 目まぐるしく回転する思考の歯車が、巨大な時計塔みたいにがしゃりと崩れ落ちていく。

 俺は反射的に木目の天井を見上げ、ポンコツの返答を求めた。


「間違いありません。今からコクピットまで来ていただけますか?」


 果たして、レイの見つけた裏切り者とやらが本当の裏切り者であるかは分からない。

 が、荒い熱気の混じった吐息。

 何かしら、革新的な発見があったとみて間違いないはずだ。


「……良いだろう。すぐにそちらへ向かう」


 寝間着の上にローブを羽織る。

 深夜の基地内は死んだ遊園地みたく閑散としていた。

 じめりとした空気を鎧に纏って、大きく欠伸をした雑兵の合間をすり抜ける。


「お、お疲れ様ですっ!!」


 慌てて敬礼なんぞを取った雑兵は無視だ。

 昼も夜も失った、淡い青の光を保つ白亜の世界を過ぎ行けば、銀色の長髪が、亡き主を待ち望む幽霊みたいにコクピットの闇を佇んでいた。


「夜分に申し訳ございません、六月一日隊長」

「構わん。サッサと本題に入れ」


 真っ白な指先が、水面を揺らすように何もない空間を波紋する。


「こちらをご覧ください」


 マーシャ強襲に際した通達文が、空間ディスプレイを浮かんだ。


「……コイツがどうした」


 ジッと見つめても、文字列が独りでに動き出すような不思議は1つもない。

 眉を顰めて、銀髪に隠れた青白い片目を睨む。


「そうですね。一見すると、これは何の変哲もない指令です」

「それ以上もそれ以下もあるか。俺は帰るぞ」


 舌を鳴らして固い床を叩いた瞬間、豊満な唇は、一歩先の事実へ踏み入った。


「──通達の作成日時が、『マーシャに強襲される前日』であることを除けば、ですが」


 プログラミング言語で書かれたソースコードが、踵を返した行く手を阻ぶ。


「なに……?」


 光る文字盤を覗き込む。

 とすれば、レイの言う通り、


「……前日、か」


 それはまるで、ジャックがマーシャの強襲を知っていたように映る一幕だった。


「あれは完全なる奇襲でした。本来であれば、ジャック総統が強襲の日時を知り得るはずがありません」

「なるほどな。だが、単純にこの通達は、有事に備えて作られたものだという可能性もあるだろう」

「仰る通りです。しかし、であれば通達を指令する前に一切の手直しが行われていないことは疑問では?」


 胸部を膨れた絹白のエプロンが、ぐいとローブを圧迫する。


「……アレックスは部隊に裏切り者がいると答えた」

「ジャック総統は私たち『L7th』の上官です」

「それも部隊に該当すると?」

「そう考えることも、或いは」


 マトリョシカみたいに映り合う翡翠の義眼と青白い瞳。

 言葉のキャッチボールが、短い間隔を目まぐるしく飛び交う。


「もしや六月一日隊長は、ジャック総統が裏切り者ではないとお思いなのですか?」

「……奴は仮にも、レジスタンスの頭だろう」


 特殊部隊の新設。人工知能の撃破。日夜空間ディスプレイに溜まった書類の処理。

 少なくとも、俺の見てきた範囲ではジャックはレジスタンスに尽力している。

 そんな奴が裏切り者だとは、考えづらいものがある。


「貴様の方こそ、やけにジャックが裏切り者だと言い張りたいらしいな」

「当然です。あの男は卑劣にして残酷。何も信用なりませんから」


 どういう訳か、レイはジャックに相当な不信を抱いているらしかった。


「まぁ……貴様の言いたいことは分かった、確かにアイツにも、怪しい部分はあるらしい」

「であれば──」


 パッと大きく開いた青白い瞳。

 更に迫った柑橘系のフレッシュな香りを、俺はぐっと押し返す。


「だが、これ1つをして裏切り者を認定するには、あまりに弱い証拠だ。それは分かるな?」


 現段階でジャックを追求したとして、のらりくらりと躱される未来しか浮かばないのだ。

 ポンコツも分かっているのだろう。

 絶好の機会を失ったとばかりに、豊満な唇がぐっと噤まれる。

 胸元の赤いリボンがローブを剥がれて、真っ白なまつ毛を深く伏せる。


「……承知しております」

「俺もジャックの動向には注目しておく。裏切り者探しは続行だ」


 さてはて、阿呆共と違って身体に触れる機会のないジャックをどうして観察するべきか。

 難しい課題に頭を悩ませつつ、ローブを扉へと翻す。


「今日はもう解散するぞ」

「はい。おやすみなさい、六月一日隊長」


 銀髪メイドは優雅に頭を下げて、扉の向こうへ閉ざされた。






 

 茜色を浴びた工場跡地が、真夏にやられたみたいに影を項垂れている。


 マーシャ強襲を経て、工場区は吹き出す排煙の匂いを随分と薄めていた。

 足裏にコンクリートを固く叩けば、『ナラン工房』の看板が、大きく傾いて人影を2つ出迎える。


「へ~、六ちゃんはここで調整してるんだっ」


 ひょこひょこと、隣を踊る影が一歩前に飛び出た。


 眉毛の上に右手をかざし、遠く海を臨むような姿勢に腰に手を当てる華奢な身体。

 アメジストの瞳が、夕闇を振り返ってキラキラと輝く。

 

「サイボーグの調整しに行くの?だったらわたしも一緒に行きたいなっ!!」


 ひよこの鳴き声を無視して足を進めた結果が、この有様だった。


 まぁ、裏切り者が確定していない今、被疑者の1人を目に届く範囲に置くのは良策ではあるか。

 フードの底で目を伏せつつ、ポツリと相槌を打つ。


「貴様はナランに調整されていないのか?」

「うん!わたしは特別製みたいだから、総統に任せてるの!!」


 特別製だと言うのならば、もう少しマシな動きをして欲しいものだが。

 工房の洗礼を知らぬアルナは、「お邪魔しまーす」などと笑顔で扉を開き──


「うぇ!?」


──ビクリと、アホ毛が硬直する。


 タコみたいに捻じ曲がる紺色の制服。

 レーザー光線は床に焦げ跡が残して、苦く鼻腔を漂う。


「……な、なに?なんなの??」


 突然の危機に、子犬はそそくさと俺の背中へ隠れた。


「……ナラン、いい加減に手荒い歓迎はやめろ」


 嘆息と共に吐き出せば、ゲラゲラと恐竜みたいに大胆な笑声が木色の工房を轟く。


「オレの武器はなぁ、あの程度を躱せねぇ奴には売れないぜ!」


 相変わらず煤だらけの作業着が、肩に槌を抱えて蒸気の向こうからぬっと這い出した。


「今日は彼女さんでも連れて来たのか?えぇ??」

「勘違いするな。貴様の廃産武器を捨てに来ただけだ」


 小銃と呼ぶには些か重過ぎるソレを、剣のように背中から抜き出して投げ捨てる。


「お、おい、なんてことするんだよ!!」


 ナランは高級なグラスでも守るように床へと滑り込み、クソ銃を抱きかかえた。

 程あって、黒く汚れた頬がすっかり紅潮する。


「で……使い心地はどうだったんだ!な?色々聞かせてくれよ──」


 マメだらけの指先が肩を掴む感触。

 まったく、自作武器のことになると周りが見えなくなる奴だ。

 俺は舌を鳴らしながら、ナランを振り払おうとして、



 何故か、柔らかな感触が、追加で俺の右腕を握り込んだ。



「……むぅ」


 背後から覗く、犬の耳みたいな薄桃色の髪。

 ジト目に歪むアメジストの瞳が、乳白色の頬をクラゲみたいに膨らませる。


 くるりと丸まる琥珀色の瞳は、やがて、豪快な笑みを響かせた。


「おっと、こりゃ失礼したな!」


 マメの潰れた手が剥がれて、ガシガシと後頭部を掻いた。

 ついでに阿呆を振り払おうとするも、カメノテに吸い付かれた右腕はピクリとも動かない。

 仕方なく、現状を受け入れて話を進める。


「あの大きさでも有効射程距離が短すぎる。大人しく、固定砲台の形でも目指すんだな」

「やっぱもう2倍ぐらいにはしねぇとか……ムズイなぁ……」


 親指を額に当て、自分の世界に入り浸るナラン。

 今日のところは、もうこの場に用はないな。


 思って俺が、翻ろうとしたその時、



 Vマークを刻んだ漆黒の兜が、蒸気の向こうを浮かび上がった。





 

 

 漆黒の機甲翼をイカロスのごとく展開した全身鎧が、木組みの天井を圧迫している。


「あれ……?」


 同じく気が付いたアホ毛が、既視感に傾いた。

 

 隻腕に握られた大盾。

 捩じ切られた左腕部。

 何をどう見ても、間違いない。


 眼窩に赤い光を失ったソレは、かつてアレックスが操っていたサイボーグそのものだった。


 一閃に裂け割れた胸部の装甲に、至る箇所に掠り傷を刻んだ右腕部。

 主を失った武具はあの日に取り残されたまま、蒸気にまみれた工房を沈黙している。



 その抜け殻を見ていると──奇妙な感覚が、頭の中を再浮上した。



「……?」


 思わず足を寄せる。

 俺は虫眼鏡で精査するみたいに、あらゆる方向から金属鎧をじっくり舐め回してみる。


「……ん?気になるとこでもあるか?まだ弄ってはねぇけど、今度はコイツを参考にドでかい機械兵を──」

「──なんだとッ!!」



 眩い閃光が頭を弾けて、俺はフードを剥がす勢いで翻った。



「きゅ、急にどうしたってんだ」


 胸を突き破る勢いで高鳴る心臓。

 血の巡る感覚が、手先までドクドクと伝わる。


 流れ星みたいな一瞬の閃きを見失わぬように、俺は素早くソレを口に出す。


「貴様、まだアレックスの機体を修繕していないんだな?」

「おう。まだ何も触っちゃいねぇな」


 確かな言質に、俺は再びアレックスの装甲へと目を凝らした。


 漆黒の全身鎧が残すは、掠り傷ばかり。

 ひしゃげるほどの損傷は胸部と左腕部のみだ。

 肝心の右腕部は、俺とユンジェに斬り落とされた傷跡だけである。


 となれば──ジャックから送られた映像に見た、あの『ひしゃげた右腕部の装甲』は?

 

「或いは……あの時の……?」

「……六ちゃん?」


 深く、鋭利に思考の海の水底を目指す。

 俺は闇の水底に砂煙を散らして、深海の魔物を呼び覚ます。


「……ナラン。貴様は以前、ボロボロになったアレックスの鎧を修繕していたな」

「そうだな。あんなに凹んでたのは初めてだったぜ」



「その時、アイツの腕を取り換えただろう。前の腕はどうした」



 ゴクリと生唾を吞み込めば、琥珀色の瞳は過去を思い出すように鋭さを帯びた。


「あぁ……そいつはなぁ……」


 手のひらを滲む汗を、ぎゅっと握り込む。

 鉄を打つ音を聞いているうちに、身体は工房を弾けそうな衝動に疼いて、


「……確か、ジャック総統に渡したぜ!なんでも面白いことを思い付いたとか──」


 その全てを一言一句逃さず耳に収めた俺は、床板を蹴り飛ばしてコクピットへと急行した。







「──つまり、ジャック総統が、廃都市難民の殺害に一枚噛んでいると……?」


 青白い右眼が、透き通る銀髪に隠れて神妙に細みを帯びている。


「あぁ、間違いない」


 先日ジャックから受け取った映像と、ナランとの会話の録音と。

 俺は双方を空間ディスプレイに展開し、深く頷いた。


「映像の右前腕は、確かにひしゃげているだろう」


 薄暗いコクピットの中、真っ白な指先が探偵みたいに頬を伝う。


「しかし……アレックスさんの前腕は、殺害事件が起こった際には新品になっていたと」

「ナランからの証言も得た。潰れたアレックスの腕を、ジャックの奴が持って行ったとな」


 改めて、ジャックから受け取った証拠を見返す。

 映像の前腕はやはり、工房に置かれた全身鎧の腕部と比べてもボコボコだった。


 ある種の決着を見たように、事務的な冷声が嘆息を鳴らす。


「どうやらこれで、裏切り者はハッキリしたようですね」

「勘違いするな。ジャックはあくまでも、廃都市難民殺害に関わったというだけのことだ」

「ですが、いずれにしてもジャック総統の行動は不審です」


──わざわざアレックスの前腕を利用したこと。

 奇妙にも、その腕だけが見えるようにカメラが覆われていたこと。


 それらを加味すれば、レイの言う通り、ジャックの行動は相当に怪しいのも事実だ。


「では、明日には早速、ジャック総統の元へと向かいましょうか」


 毅然と身に纏う白黒のメイド服とは真逆に、まるで浅はかな言葉。

 思わず深いため息が口の端から飛び出す。

 銀髪に隠れた青白い瞳が、ぱちくりと瞬く。


「……む、六月一日隊長?」

「そこのところが、貴様がポンコツである所以だな」



 豊満な唇がむず痒そうに緩んで、雪のような両手にロングスカートの裾を握り締めた。



 コクピットの精密機械音が、生温かく響く。

 俺は軽く咳を払って、本題に立ち直る。


「……仮に、ジャックが裏切り者だったとする。その場合、貴様は奴をどうするつもりだ」

「と、言うと?」

「まさか、そうと知ってみすみす放置するわけにもいかんだろう。幽閉か? 殺害か?」

「……拘束からの拷問でしょうか?」

 

 不正解だ。

 鋭く目つきに力を込める。

 柔らかそうな身体がビクリと震えて、「ひゃい!」と高い悲鳴を上げた。


「腫れ物が動くのだ。どの手段を取ったとしても、そこに信憑性がなければ意味はない」

「つまり……証人を用意すると?」


 腐っても『規格外の司令塔』か。最低限は頭が回るらしい。


「当てはあるんですか?」

「ある。だが、ソイツは俺を酷く嫌っている。そこで貴様の出番だ」


「貴様が仲介人としてコンタクトを取れ。出来るな?レイ」


 真っ白な手が優雅にスカートの裾を抓み上げ、舞踏会のように深々と頭を下げた。


「それが、六月一日隊長のご命令とあらば」


 そうして翌日、俺は待ち合わせの地上に繰り出して、


「……まさか貴様が来るとはな、A006」

「ふん。こうして会話を重ねるのは半年ぶりか?」


 いつか俺を追放したがった、太っちょ幹部のハサンと接触した。




 次回の投稿日は10月9日の木曜日となります。

 それでは、また次話でお会いしましょう!

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