第4話 裏切りは謎解きのあとで
サイボーグ化技術『2nd Stage』
義体を神経系と接続し、鋼鉄の肉体を獲得する技術。かつて不治の病から逃れる為に生み出された。
肉体老化の遅延。軍人の超人化。脳内チップによる統制。
その技術は、次第に崇高な善意からかけ離れた道へ突き進む。
それが人間と無機物の境界線を揺らがせることを、誰もが心の何処かで解しておきながら。
※すみません。以下は前話からの追記です。
主人公くんの名前は『六月一日理人』と書いて『むつつか、りひと』。
『A006』と書いて、『アルファゼロゼロシックス』のつもりでした。
言葉足らずで申し訳ないです。<(_ _)>
では、気を取り直して第4話をどうぞ!
初めて訪れた東京は、焼け爛れた匂いを充足していた。
全面、黒煙が大波のように、廃都市を覆い尽くしている。
数日前、アドラの手により壊滅した旧東京は、今もなお至る所で赤い炎を吐き出していた。
「悲惨な光景だな」
「全て貴様がやったことだろう」
細々と設営されたキャンプ地。
火に掛けられた大鍋。
義眼となった俺の右眼越しに遠望して、皮肉な低声が脳内を染み渡る。
「秩序を乱す不穏分子など、抹消して当然の存在だろう?」
冷笑を込めた一言に、微塵も悪びれた様子はなかった。
が、正義がどちらにあるかは言うまでもない。
旧東京に潜むレジスタンスこそが悪だ。
緑の繁茂した廃都市を進めば、あちらこちらで焼死体を前に泣き腫らしているだろう大人子供の嗚咽が聞こえた。
寂しく響く足音が、廃都市を彷徨う。
ときおり吹き込む冬の鎌鼬が、鋼鉄の皮膚を斬り去っていく。
翡翠の義眼を凝らして瓦礫を登ろうとしたところ──瞳孔の輝きが、瓦礫の闇に映り込んだ。
「……ヒィッ!」
巣穴を洩れ出す、掠れた悲鳴。
小動物のような双眸が、ガタガタと慄いている。
徐に右手で小銃を遊べば、ゴキブリは慌てたように瓦礫の底を飛び出した。
「ま……待ってくれ!お前、新入りだろ?俺ぁはお前に荒野を教えてやったじゃねぇか!!」
それはまるで、顔見知りだとばかりの言い草だった。
「……何者だ?」
フードの底で眉間に皺を寄せて、骨と皮ばかりの薄汚れた身体を睨む。
そして──『どす黒い右頬のあざ』に、俺は気が付く。
「貴様……」
萎んだ頬を引き攣らせるのは、いつか、俺を裏切った男だった。
「お、おい、忘れたとは言わせねぇぜ!一緒にやってた仲じゃねぇか!!」
「……確かに、貴様からは教わったことが1つあったな」
必死こいて唾を飛ばす男へ応えるように、小銃を腰のホルスターに収める。
とすると、やせ細った顔はみるみるうちに希望を輝く。
「へへっ……だろ?それより新入り、随分と顔色が良いじゃねぇか。何か良い場所でも──」
男が調子よく手を揉んだところで──颯爽と、ホルスターから抜き出す小銃。
俺はニヤリと、フードの底に口元を歪める。
「──だが、ここは『そういう』場所だ。恩に仇で応じられても文句は言えまい?」
再び銃口に男の額を捉え、カウントダウンをするみたいに、ゆっくりと引き金を押し込んだ。
なぜこんなところにコイツがいるのかは分からぬが、さてはレジスタンスの一員か。
疑わしきは殺めよ。
蜘蛛の糸を切り落とされた男は、愕然と口を開く。
皮膚を貫く冷たい夜風が、真冬の廃都市を流れた。
痩せこけた顔はみるみるうちに苦渋に歪み──瞬間、その場から弾け飛ぶ。
「く、クソ──!!」
「逃がすわけにはいかんな」
相変わらず、やせ細った人間とは思えぬ疾走だ。
しかし追い付けない道理はない。
朽ちたコンクリートを蹴り飛ばし、男が走り去る先へと、漆黒のローブは既に回り込んでいる。
「なッ!?」
「じゃあな、裏切り野郎」
それで終わり。
一発の銃声が叫び上げ、硝煙が突風に流れ去る。
「腕に狂いはないようだな」
「当然だ」
潰れた蛙みたいに瓦礫を横転した男を見て、アドラは呟く。
俺はふんと鼻を鳴らし、改めて一歩を踏み出して、
「では、この調子で裏切り者の始末も頼むぞ?」
ピタリと、漆黒のローブは吹雪に凍り付いた。
「……分かっている」
俺は右拳を強く握り込み、空間ディスプレイのマップを辿った。
地図の終点は、砂埃塗れの残骸だった。
小さな滝みたく廃ビルを流れる雨水を横目に、無心で廃墟の街に足音を溶かす。
潜り抜けるように、歪んだ廃屋へ侵入した。
精巧な白のエレベータが、瓦礫だらけのエントランスで静かに陽光を反射している。
「コイツは動くのか?」
「残念だが、ここはもう駄目になってしまった」
「そうか。ならば、ルートを迂回する形で、」
「おいおい。お前ならば強行突破できるだろう?」
水を差すように囁く低声。
踵を返した足をぐっと押し戻し、固く閉ざされたエレベータへ向き直る。
右腰に下げたヒートソードへと手を伸ばし──銀色の一閃が、ひゅんと風を切った。
白い光を縦に走って、真っ二つに溶け割れるエレベータ。
後は腕力を使って、強引にこじ開ける。
「中々どうして使いこなしてくれているらしい」
「もう随分と手に馴染んだ」
扉の向こうにエレベータの籠はない。
闇に浸された遥か下層を見下ろし、俺は散歩でもするみたく、軽やかに身を投じる。
盛大なる着地音が、何重にも響き渡った。
足元も見えぬ濃い闇中。
一歩進めば足音が木霊し、耳を澄ませば水のせせらぎが聞こえる。
息を吸い込めば、すえた匂いが鼻腔を通り抜ける。
「下水道か」
「このルートを辿れば目的地まで一直線だ」
アドラは癇に障る女だが、仕事には実直である。
闇を淡く光るマップに従い、四つ角を曲がる。
鬼火のように浮かぶ光が、3つ、遠く霞んでいた。
……なんだ? アレは。
思った瞬間、ぬっと、闇の奥から銃口が這って、
「……なにッ!!」
閃光の如きマズルフラッシュが、下水道を薄明るく瞬いた。
鳴り止まぬ機関銃の爆音が、逃げ場のない下水道を反響している。
俺は身体を丸めて四つ角へと転がり込み、抜刀。
ヒートソードを左手に握り締め、思わず眉間に皺を寄せた。
「おい、どうなっている」
一瞬の間を置いて、低声が脳内に応える。
「……クロの排除に機械兵を先行させていた。動くもの全てを排除するように命じておいたのだ」
「ならば、もう壊して構わないな?」
「あぁ、存分にやってくれ」
間隙、射撃が止んだ。
その隙を見逃しはしない。3つの鬼火を目掛けて下水道を疾駆する。
複数の銃口が、一斉に吹雪く。
下水道の壁を走って絶えず照準をずらす。
それでも躱せない銃弾はヒートソードで焼き斬る。
あっという間に鬼火と思われた機械兵との距離を詰め、袈裟斬り。
肩を断たれて火花を散らす単眼から身体ごと振り返り、横凪ぎ。
近くに敵影は見えない。
残心を経て、ヒートソードを鞘に収める。
「アドラ、機械兵の命令を書き換えろ」
「私を誰だと思っている。既に終えた」
お飾りとなった赤い単眼の合間に、悠然と足音を響かせた。
闇中の下水道を、研究所のライトが灯台のように照らしている。
俺はもうすぐ師匠を殺す──
──落ち着け。大丈夫だ。
宇宙にでも放り出されたような感覚に、ぐっと、息が詰まる。
「フッフッフ……どうした?A006。動きが鈍いぞ」
「……問題ない」
浅く膨らむ胸元を抑える。
開きっぱなしの扉から、音のない研究所へ踏み入った。
白を基調とした廊下は、情熱的な赤を壁紙に飾っていた。
人間、機械兵。
種別を問わず多くの屍が、点滅するライトの下で腐臭を漂わせている。
俺は1人静かに、過去に取り残された研究所を忍び歩く。
目標地点の研究室は、乱雑な印象だった。
整然と並ぶ量子コンピュータ。
青い培養液の満ちた水槽。
大がかりな冷凍庫、溶解炉。
各分野の専門的な機材が、ブラックボックスみたいに詰め込まれている。
ここが、師匠の姿が映し出された研究室か──
空調設備が壊れているか、肌に触れる空気は痛いほどに底冷えている。
白息を短く吐き出し、室内を隈なく探索する。
とそこで、不審な点に1つ気が付く。
雑多な研究室は、ふわふわとした埃を新雪のように溜め込んでいた。
「……おい。ここが師匠の出入りする地点なのか?」
脳内電信に返事はない。
幾つもの赤い一つ目が、研究所の景色をロウソクのように浮かび上がる。
なるほど。アドラが増援を配置してくれたらしい。
ガシャリと、銃口は俺を覗く。
「A006、悪いがここで死んでゆけ」
直後、機関銃が一斉に火を吹いた。
次回の投稿日は8月13日の水曜日になります。
それでは、また5話でお会いしましょう!