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第4話 再上映

 NHスペシャル試作型『カラミティバースト・改』


 前作の失敗を改良した空気砲。殺傷能力の低さを補うために砲身を巨大化した。

 改良によって、冷却機能と相応の瞬間火力を有することに成功。ただし、全長1.1mと巨大に仕上がっている。

 重量も比例して増加し、クーリングタイムを置かねば内部の機構が溶けてしまう点も相変わらずだ。


 ナラン・ハーネスはこの結果を踏まえ、寧ろ小銃ではない形を模索しているらしい。



 途切れぬインターホンの音が、寄宿舎の階段を伝って空気を震動していた。


 独りでに瞼が持ち上がり、俺はベッドに沈んだ体を起こす。

 遮光カーテンも捲らず、寝ぼけた足取りは玄関口へ導かれ──


「おはよ、六ちゃん!朝ごはん行こっ!!」


 今日も時間通りに玄関先を登った日の出は、返事を待つこともなく、俺の手首を柔らかい手錠に掛けた。


「六ちゃんは今日何食べるの!」

「なんだって良いだろう」

「わたしは鮭定食だよ!!」


 まったく、毎日飽きもせずに同じものを食う奴だ。


「偶には培養肉にでもしたらどうだ」

「本物じゃないならヤだ!!」


 乳白色の頬はぷくりと膨れ上がって、玩具みたく俺の腕を振り回した。


「……」


 その華奢な腕へ微かに触れつつ、これで『21目の細工』は完了だ。

 腕を振り払い、本部の絨毯に足音を響かせる。

 その静かな鼓動は、目的地へ近づくにつれて、震動を伴う喧騒に押し潰されていく。


「わっ、座れるかな……?」


 辿り着いた食堂は、定員超過のレストラン会場と化していた。


 避難民の食事場所として開放されているのが理由だろう。

 ガキ共が笑顔を咲かせて、朝からカレーライスにがっついている。


「兄ちゃん!すまんが箸1つ持ってきてくんねぇか!!」

「クハハッ!命を運ぶ2対の魔道具か──」


 食堂を利用する人数が急増しようと、ユンジェは今日もあちこちを駆け回る。

 それでも、助けを求める声は至る所で顔を出し、猫の手も借りたいという状況だろう。


「アルナ、俺の代わりに列を並んでろ」

「え?」


 ひょいと銀色のトレイを差し出す。

 アホ毛はマッスルポーズを取って、お盆をバランスよく受け止める。


「おい、ユンジェ」

 

 俺は適度に破られた制服の肩を叩き、これにて細工は2人目にも完了だ。

 エプロンを掛けた紫色のウルフカットが、バッと振り向いた。


「クックック……星追いの英雄か……」


 シュババッと、戦隊モノみたく無意味に洗礼されたポージング。

 やがて義手の上に巻かれた包帯は顔前に止まって、ニヤリと口元を歪める。


「貴行も花を望むのであれば、我の征く道を後追うのもまた一興──」

「──確かに、それも面白いかもしれんな」


 割り入るように返せば、桃色の瞳は、ぽかりと丸みを帯びた。


「……?」


 わざわざ手ずから眼帯が開かれる。

 正常なる桃色の瞳は、病熱者でも見るみたいに翡翠の義眼を映した。


 俺は無視して、席手を挙げた奴らの元へと足を運ぶ。


「おい、貴様ら。足りないものがあるなら俺に言え」


 ピタリと、野郎共は食事の手を止めた。

 やがてお互いに顔を見合わせた奴らは──下品な笑い声を大合唱する。


「おいおいてめぇら!英雄様に働かせるわけにゃぁいかねぇよなぁ!!」


 雑兵たちが席を立って必要なモノを取り始めたのを皮切りに、周囲の者達も挙げた手を降ろして自発的に行動し始めた。


「クックック……貴行は存在そのものが、人々に花を分け与えるということ、か……」


 結果として、すべきことはなくなった。

 思うように運ばぬ現実に眉を顰め、いつもの喧騒な朝食を摂る。

 食器返却口のベルトコンベアみたいに、普段通りの一日が流れていく。


「六ちゃん、これからどうしよっか!トレーニング?それとも瓦礫のお掃除手伝いに行く──」

「悪いが別件がある。ここからは別行動だ」


 これから俺は、会わねばならない奴がいる。


「……一緒じゃダメ?」

「あぁ、駄目だな」


 しょぼんと甘い声に俯く子犬。

 仕方がない話だ。

 裏切り者探しに関わる人間を、これ以上増やすわけにはいかない。


「用を済ませたらすぐに合流してやる。そこからはいつも通りだ」

「……うん。じゃあ六ちゃんのこと待ってるね」


 その言葉を最後に俺は阿呆と別れ、レイ本人が居るはずの場所へと足を向けた。






 二の腕を刻む指先が、ドラムみたいに素早さを帯びて待ち惚けている。

 

 その日の午前10時、俺は本部前の裏口で立ち往生していた。


 何のために、こんなことをしているのか。

 ポンコツの正体を暴くためでしかない。

 約束の時間から10分が経過したところ、事務的な冷声が脳内を響き渡る。


「六月一日隊長、お待たせしました」


 ゆっくりと、フードを左右へ揺らぐ。

 火事場の跡を残した本部の裏口は、閑散と静まり返っている。


「サッサと正体を表したらどうだ」

「マップ情報を送信しますので、そちらに従って来て頂ければと」


 どうやらレイは、ホームに持ち込んで俺を殺害する腹積もりのようだった。


 ローブの下に仕込んだ小銃を握り締める。

 俺は空間ディスプレイの矢印通りに、紺色の制服を纏った雑兵たちと肩を掠める。

 人声に満ちていたはずの廊下は、奥へ奥へと迷い込むほど、不思議な静寂を染み渡った。


「……」


 それはまるで、神隠しにでもあったような感覚だ。

 絨毯を踏む音が強張る。

 それを耳聡く聞き分けたみたいに、くすりと、魔女の吐く氷の笑みが脳内を浸す。


「そう警戒しないでください。取って食べるつもりはありませんよ」


 人魂みたいに弱々しい青の光が、地下へと続く階段を薄暗く誘った。


「……どうだかな」


 フードの底に浅く零して、踊り場を浸す闇を踏み躙る。

 固く閉ざされた扉が、孤独の地下を沈黙している。


「いま、ロックを解除しますので」

 

 ピロリと作動音が鳴って、緑に点灯するランプ。

 そして、目前を広がったのは──


──いつか地下東京で見た、薄ら寒い光に満ちた白の世界だった。


「……ッ!!」


 猛禽類の瞳が脳裏を過って、思わず息が詰まる。


 肌を撫でる冷たく渇いた空気。

 一切が根絶された梅雨の気配。

 物音という物音はなく、胸底を叩く心臓が、廊下を微細に胎動しているようにさえ思える。


「研究棟です。現在は主に、アドラの残骸から情報を読み取っています」


 自然と足音は焦った。

 矢印に従い、青白い光を反射した廊下を過ぎ去る。

 のっぺらぼうみたいな壁面に扮した扉の枠組みが見える。


 俺は扉を開くべく、己が右手を壁面へ伸ばして、


 雪のような手のひらが、壁に触れようとした手を、ふと重なる。


 月光を思わせる青白い瞳が、扉の向こうを浮かび上がった。







 柔い白色に染まったまつ毛が、透き通る銀髪の奥に覗いている。


 前髪の分け目に隠れた青白い瞳に吸い込まれて、間隙。

 白と黒に落ち着いたメイド服は、豊満な唇を柔和に緩める。


「お久しぶり……いえ、初めまして、ですね?六月一日隊長」


 真っ白な手のひらがくすりと口元を覆い隠す様に、俺は微動だに出来なかった。


「き、さまは……」

「──ヨル・シュミットと似ている、といったところでしょうか?」


 月光に似た青白い瞳に、透き通る銀髪。

 けれどアイツと違って、出るところがしっかりと出た身体つき。片目を隠した長髪。

 加えて、俺と同じ程度と思しき年齢。


 見るからに、ヨルとは違う人間だ。


 それでも──身代わりでも前にしたみたく、俺は思わず瞼を強く擦る。

 人差し指は陶器のような頬を触れて、青白い瞳に黒の天井を映す。


「確かに、彼女とは遺伝的に合致する部分があるのですが……まぁ、そちらは後でゆっくりとお話しても構わないはずです」


 雪のような手のひらにたくし上がる、メイド服のスカート。

 ペコリと、胸元に垂れる銀髪は優雅に俯く。


「改めまして、レイ・アーシュリットです。『規格外の司令塔』として、このコクピットで活動しています」


 ふわりと柑橘系の香りが空気中を揺らいで、俺の意識を室内へと導いた。


 青い光が、一室の薄闇を青和らげている。

 数々の空間ディスプレイをパノラマに飾るその姿はまるで監視室のようだ。


「尤も、既に声でお分かりだとは思いますが」

「あれが変声である可能性もあるだろう」

「私が六月一日隊長に対して偽装を働く理由がありません」


 事務的な冷声が打てば響く鐘のように返る。


「とにもかくにも、これで私は一定の信用を得たと解釈してよろしいですね?」

「……約束は約束だ。良いだろう、貴様を信用してやる」

「それは良かったです」


 細い手先が豊満な胸を抑えて、深々と吐息を鳴らした。


 と言っても、誰が裏切り者かハッキリとしない状況だ。

 本気でコイツを信用するつもりはない。


 となれば、この場で俺が果たすべき仕事は、ただ1つであり、


「……レイ」

 

 ぐっと、ローブの端から腕を伸ばす。

 ガラス細工みたいにか細い肩を、うっかり砕きそうになる。


「ひゃ……!?」


 ふわりと羽のように軽い身体を引っ張って、俺は真正面に銀髪に隠れた片目を見据えた。


「……あ、あの……!」

 

 朱色に溶けた雪の頬が、青白い瞳を宙を彷徨う。


「……い、いくら理人くんでもですね、いきなりそういうのは──」

「……何を勘違いしている。貴様の力には期待してやる、というだけの話だ」


 浅い嘆息にパンと柔い肩を叩き、これで全員分の『細工』は完了だ。


「……ッ!!」

 

 ルーレットみたいに色を変えていく頬は、最後には茹蛸のように染め上がり──細い両手が、俺を思い切り扉の向こうへ突き飛ばす。


「貴様!?いきなりなんだ──」


 返事はない。

 自動ドアは手動に勢いよく閉まる。


 空調の鳴る静寂だけが研究棟の廊下に放逐されて、俺は寄宿舎へと踵を返した。







 レイと顔合わせを終えてから3日が経過した。

 

 その間、裏切り者は次なる工作を仕掛けてはいない。

 間違いはないはずだ。

 アルナ達に取り付けた発信機が、妙な位置情報を示すことはなかったのだから。


「……動きはない、か」


 ある者は食堂に、ある者は寄宿舎に。

 密かに取り付けた発信機は、平常な情報だけを知らせている。

 

「コイツは持久戦になりそうだな」


 果たして裏切り者は、あの3人のうちの誰なのか。

 思ったところ──低く渋い声が、脳内に練り飴みたいな余韻を残す。


「やぁやぁ、A006。突然の連絡で済まないねぇ」

「……ジャックか。珍しいな、何の用だ」


 ベッドの上で慌てて振るう指先。

 発信機の情報を示す空間ディスプレイを消去する。

 奴も忙しいのか、素早く結論へと移る。


「廃都市難民を殺害した人物が判明したんだ。監視カメラの映像を見てくれ」


 

 ひしゃげた漆黒の腕が、布で覆われた隙間を映り込んでいた。



「な……ッ!?」

「どうやら、隠し切れなかったみたいだねぇ。犯人はアレックス君だ」

「あ……あり得んッ!!」


 俺はベッドから上体を跳ね起こし、冤罪者みたいに声を荒げる。


「おや?キミは監視カメラの映像を信じないのかい?」


 信じる信じないの問題ではない。

 USBメモリの会話履歴に、廃都市難民の殺害は指示されていなかったのだ。

 他者の未来のために自らを投げ出せるアイツが、自発的に他人を殺すはずなど──

 

「君の気持ちも分かるけれど……どちらにせよ、証拠は挙がってしまった」

「馬鹿な……そんなはずは……」

「殺人鬼は既に、この世にはいないのさ」


 映像が導く唯一の事実に、汗粒が眼窩を塩辛く溜まった。


「連絡は以上だよ。それじゃあ、今日はもうゆっくりと休むと良い」


 プツリと、唐突に消失する脳内電信。

 糸が切れたような静謐に、俺は空間ディスプレイに映ったひしゃげた漆黒の腕部をただ見つめる。


「……」


 ジャックの言う通り、本当にアレックスが廃都市難民を殺したのか? 

 確かに、空間ディスプレイの切り取る過去はそう物語っている。

 だが……この映像、何か妙な気が──


 赤く光る踏切を前にしたような感覚に、俺はフィルムを擦り切る勢いで何度も映画を再生して、


「六月一日隊長っ!裏切り者が誰か分かりましたッ!!」


 焦燥を孕んだ早口が、新たなる情報をトンカチで頭に叩き込んだ。




 次回の投稿日は10月7日の火曜日です。

 それでは、また次話でお会いしましょう!

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