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第3話 茜に溺れる世界より Sundown is still end

 中枢神経刺激薬『超力錠』


 戦争に耐えられなくなった者を戦地へ立たせる悪魔の錠剤。

 PTSDにより上手く動かない神経を無理やり活性化させ、副作用として生じる神経痛を快楽で誤魔化しながら、戦闘員に平時のパフォーマンスを発揮させる。


 かつてはその異常な快楽と依存性の為に、『超力錠』を利用した兵士は二度とソレを止めることができなくなった。

 とある薬剤師が退廃した兵士たちの姿を憂い、快楽成分を分泌しないように調整したのが、現在の『超力錠』である。


 つまりは、現在の『超力錠』がもたらすのは、神経痛と心の苦痛のみであり、


 故にこそ『超力錠』を進められた兵士は、誰もが絶望と共に悪魔の錠剤を受け取るのだ。



 チュンと、赤いレーザー光線が頬を熱く走って、尻目に廃都市の瓦礫を砕き割る。


 梅雨の割には、よく晴れた日のことだった。

 3機の球状ドローンが、青空を3等分して俺を包囲していた。


「とうとう年貢の納め時ですね、六月一日隊長」


 極めて冷淡に吐き出される事務的な声。

 球状ドローンは互いにレーザー光線を交錯して、死のトライアングルを作り上げる。

 俺は左右に聳える廃ビルの外壁を蹴り上げ、網目状の牢獄を潜り抜ける。


「……馬鹿が」


 フードの底に湿った風を浴びつつ──ヒートソードを振り上げた両腕を、ひゅんと振り下ろす。

 輝きの亀裂が球状ドローンの中心を走り、パカッと桃みたいに内部機構を晒け出した。


「そう簡単にいくと思ったか」

「いえ。六月一日隊長であれば、そう来ると信じていましたよ」


 確信を帯びた冷声が返る。

 廃ビルの屋上に、2体の機械兵の姿が浮かび上がった。

 陽炎のように現れた機械兵は突撃銃の銃口に容赦なく俺を覗いて、銃声を解き放つ。


 自由落下に身を任せる俺に、迫る弾丸を避ける術は一つとしてない。


「これで……終わりですね」


 脳内を浸す、微かな嘆息。

 けれど俺は──ニヤリと、フードの底で口元を歪める。

 

「光学迷彩か。貴様にしては考えたな」


 颯爽とサイボーグの右腕は、己が背中へ向かった。

 剣みたいに差したホルスターを握り込み──小銃と呼ぶには些か巨大すぎるソレを、両手に構える。


「だが──俺の勝ちだ」


 トリガーを引くと同時に、膨大な反動が、腕から肩の骨を噛み砕いた。


 解き放った強烈な空気砲は、目前に迫った銃弾をプレス機みたいに圧壊する。


「な──」


 が、有効な威力はそれまで。

 パワーの失せた空気砲は、彼方の屋上に佇む鋼鉄の肉体を軽く吹き飛ぶ程度に留まる。


 しかし、時間を稼げればそれで充分。

 反動で仰け反る態勢を宙に整える。

 バネみたいに両足を背後の廃ビルの外壁へ踏み込み、円形の衝撃波を蹴飛ばす。

 鋭く構えた足裏はそのまま機械兵の居座る廃ビルを抉り──となれば、後は言うに及ばない。


 焼け爛れた匂いが辺りを満ちて、鉄クズは連日の雨に生まれた水溜まりを転がった。


「流石は六月一日隊長。恐ろしい威力の小銃を使いこなしていますね」

「ナランの廃産武器に過ぎんがな」



 罰ゲームから帰還して3日、いつもの戦闘訓練は、地上の廃都市で行われるようになった。



 アジトが半壊した今、住民の避難所と化した訓練場は使えない。

 手頃な空き地を探し求めたところ、地上が舞台に選ばれたのだ。


 雨風に汚れた屋上から見下ろせば、薄桃色の髪と暗い紫色の髪が、夜の花吹雪を朽ちた路上に散らしている。


「ユンくん強いんだね!わたしびっくりしちゃった!!」

「クックック……鋼鉄の乙女よ、貴行の実力も侮れんな……」


 熱い握手を交わし合う2人。

 このようにして、俺の孤独な戦闘訓練は完全に過去のものと化した。


 とは言え──この内の誰かが、裏切り者だ。


 来たるべき戦闘を予測すればこそ、コイツらの動きを知れる機会は、そう悪いものでもなかった。


「……」


 アルナは既に問題ない。

 コイツはアドラに勝てなかったのだ。

 俺が格上であることは明らかであり、ガンタタにも大分と慣れてきた。


 ユンジェも阿呆と同様。

 刀の扱いは上手いが、『力』を使えば接近戦の優位は俺にある。殺せる。


 問題は──レイ。

 操る機械を卸すのは簡単だが、俺はポンコツの素顔を知らない。

 果たしてコイツが裏切り者だと確定した時、俺はどうして探し出せば良いのだろうか。


「六月一日隊長、そろそろ訓練を終えますか?」

「……あぁ、そうだな」


 顎に手を当てながら、廃ビルを跳び下りる。

 即刻、HAF地下アジトへと引き返す。

 とその腕を、華奢な指先は縄のように力強く絡めとる。


「六ちゃん六ちゃん!一緒に遊びに行こっ!!」


 アホ毛は今日も寝ぼけた陽を浴びて、何かの植物みたくご機嫌に揺れていた。


「……あんな廃れた街に遊ぶ場所などないが」

「それでも良いから行こっ!!」


 有り余る元気は、グーパンチで俺の極めて論理的かつ現実的な意見をぶち壊す。


「……貴様らはどうする」


 まるで止まる様子のない暴走機関車に、深々と肩を落として首だけ振り返る。

 ユンジェと球状ドローンは俺たちから距離を取り、決して、境界線を踏み入ろうとはしなかった。


「クックック……男女の逢瀬に踏み入るほど野暮なことはない」

「私も右に倣います。どうぞ楽しんで来てください」


 ほわほわと快活な笑顔が、胸元に飛び込む。


「んへへ……ラッキーだね!六ちゃん!!」


 貧乏くじの間違いだろう。

 俺はフードの底に嘆息を鳴らしつつ、揺れる薄桃色の髪を追わされた。







 200㏄を走り抜ける競技車両が、派手に爆散して巨大なホログラムを震撼している。


「あ˝っ!? ろ、六ちゃん待ってよ──」


 隣を響く狼狽えた声。

 無視して、手元のコントローラーを電卓みたいにガシガシと鳴らす。

 正面に見据える画面は、winnerの文字を華々しく演出した。


「また負けちゃった……」


 鼓膜を破るBGMに、へなりとしょげる薄桃色のアホ毛。

 けれどそれも束の間のことで、乳白色の頬はカラフルな光を浴びてぷくりと膨らむ。


「なんでそんなにゲーム強いのっ!わたし勝てると思ったのにな!!」



 1週間ぶりに帰って来た商店区は、街の形を取り戻せる程度には瓦礫が撤去されていた。



 尤も、静まり返った大通りを並ぶのは、細々と日用品を売る店々ばかりだ。

 しかしそれではいけないと、娯楽施設はいち早く顔を出した。

 そうして煌びやかな光を満ちる店内では、暗く澱んだ地下も、心なしか笑声に満たされている気がした。

 

「さぁな。他のゲームでも試してみるか?」


 なぜ、ゲームが手に吸い付くのかは自分でも分からない。

 が、阿呆をぶちのめせる機会を無為にするつもりはない。


「次はわたしが圧勝するんだからねっ!!」


 ムッとアメジストの瞳が威嚇して、俺の腕をグイと引っ張る。


 小一時間後には、干乾びたアホ毛が店前の小さな瓦礫に項垂れていた。


「うぅ……全敗……全敗……」


 いじけたガキみたく、路上の砂塵に落書きをなぞる華奢な指先。


「ふん。一から出直してくるんだな」


 思わずニヤリと口元を緩めたところ──バッと、薄桃色の髪が筆先みたいに頬を撫でる。


「よかった!!」


 アメジストの瞳がキラキラと輝いて、鼻と鼻が触れ合うぐらいに差し迫った。


「……何がだ」


 思わず眉を顰めて、唇を動かす。

 とすると、紺色の制服を纏った両腕が慌ててこちらへ伸びる。


「あっ、ダメだよ!?!?」


 ぐにゃぐにゃと、頬に仄かな痛みが残留した。

 限界突破の馬鹿げた行動に、俺は頬を揉みしだかれながら、思わず零す。


「……にゃにをしちぇいる」

「お顔のマッサージだよ?」


 こてんと、アルナは小首を傾げた。


「今日の六ちゃん、ずっと怖い顔してたもん。だから、悩み事あるのかなって思ったんだけど……」

「リフレッシュ、出来たかな?」



 んへへと遠慮がちに柔和な頬が緩んで、アメジストの鏡に、丸まる翡翠の義眼を映す。



 どうやら、裏切り者を探るあまり刺々しい殺気が表に出ていたらしい。

 裏切り者の目が何処にあるか分からない以上、これからは気を付けねば。


 俺は軽く息を吐いて、凝り固まる眉間の筋肉を緩めた。


「うん。バッチリだね!」

「……行くぞ」


 頬に張り付く柔らかい吸盤を振り払う。

 血痕のこびり付いた螺旋階段を登る。

 家屋が倒壊した荒野は、静かに影だけを落としている。


 もはや原形すらない塀に囲まれた十字路を過ぎれば、墓石の倒れた霊園が。

 しめじめとハンカチで目元を抑える街人が、沈黙に祈りを響かせていた。


「……ここも早く、綺麗にしないとだね」


 まずはヨル、アレックス、そしてレオナルド。

 割れた石畳の道を巡って、俺は故人に手を合わせていく。


 さて、これで見知った奴は全員か。

 思って俺がじめっぽい香りに満ちる霊園を翻った、その瞬間、


「……六ちゃん?どこ行くの?」


 何故だか、紺色のスカートは墓石の倒れた先へと揺らいだ。

 アメジストの瞳は不思議そうに、奥地を指差す。


「お師匠様のお参りは、しないの?」








 全く身に覚えのない4文字が、俺の胸底を激しく揺らしている。


「……お師匠様?」


 冷気に凍り付く、翻したはずのローブの裾。

 俺は尻目に、こてんと傾くアホ毛を映した。


「貴様に師匠なんぞ居たのか」


 親の顔が見てみたいとはこのことだ。

 是非とも、この阿呆が誕生してしまった経緯を聞き出してやりたいところである。


 淡々と相槌を打てば、形の良い眉尻は見る見るうちに雲を立ち込めた。


「ろ、六ちゃん……?……お師匠様のこと、分からないの……?」

「……貴様は先ほどから何を言っている。貴様の師の話ではないのか?」


 アメジストの瞳は緩く伏せて、ふるふると、犬の垂れ耳みたいに薄桃色を揺らした。

 

「……六ちゃんのお師匠様はね、こっちで眠ってるよ」


 そっと、俺の腕を包む華奢な手先。

 訳が分からぬまま、身体は霊園の奥地へと引っ張られる。


 ボロ臭い漆黒のローブが、真新しい墓石の上で丁寧に畳まれていた。


 さわりと、指先を触れる滑らかな布生地の感触。

 けれど、それは俺のローブではない。明らかに大きさが違う。

 何より、ボロボロのローブから漂うレモネードの残滓は──


「六ちゃんのお師匠様はね……六ちゃんのこと、とっても大切に思ってたんだよ」


 空間ディスプレイに浮かぶ、半壊した地底の街。



 フードの底に金糸の髪を流した女が、翡翠の半目に俺を抱き締めている。



 何一つとして覚えのない光景に、けれども心臓は、どくりと乱れ打った。



「ばか、な……」


 くしゃりと、右手で紙屑みたいにフードを握り締める。

 違う。俺に師匠などいない。

 師と呼べる者がいるとすれば、それは、俺に価値観や戦闘技術を叩き込んだアドラだけだ。


 冷や汗に濡れた額は冷静な判断を下し、けれど──



「……本当の強さとは、他人を許容する力、だ……」



 俺に原初の輝きを囁いてくれたのは、誰だったか。

 その言葉は不思議と、疼く右眼の闇を揺り籠のようにあやしてくれる。


 少なくとも、アドラの奴がこんな軟なことを言うはずがない。

 となれば、この言葉は一体。


「……」


 胸の奥をくり抜かれたような感覚に、ボロ絹と化した漆黒のローブが、路上に土埃を上げた。


「……ねぇ、六ちゃんはどうして、お師匠様のこと忘れちゃったの?」


『スーパーゾーン』の……時間超過の影響か何かだろう。


 言うのは簡単だが、部隊に裏切り者が潜むこの状況。

 俺は固く唇を結ぶ。アルナは華奢な手で、背後からローブの裾を弱々しく引っ張る。


「……わたしのことも、いつか忘れちゃうの?」

「……かもしれん、な」


 乳白色の頬は、尻目にぎこちなく引き攣った。


「……そっか。ヤダな……忘れられたくないな」


 その小さな呟きを最後に、静謐が霊園を落ち込もうとして、



「でも──もっと寂しいのは、六ちゃんだよね」



 気が付くと、しゃぼん玉の香りが世界を抱擁していた。



「独りになるのは辛いよね、苦しいよね、胸の奥がぎゅーっとするよね」


 甘い囁きが、猫じゃらしみたいに耳元を撫でる。

 背中に押し寄せる柔らかい感触。

 華奢な手のひらはゆるりと、ローブに覆われた胸元を擦る。


「けど、大丈夫……大丈夫だよ……わたしはここに、いるよ」



 それは不思議と、懐かしさを思わせる茜色だった。


 

 陽だまりに溺れて、魂はされるがままとなる。

 首裏から覗き込むアメジストの瞳が、万華鏡みたいに世界を支配していく。


「わたしさ、六ちゃんが忘れちゃう理由はね、ちっとも分かんないの」 

「……」

「だから、とにかく一緒にいっぱい思い出作ろ? そしたら忘れないで済むかもじゃん!」



 阿呆を阿呆たらしめるほわほわと快活な笑みが、胸に空いた穴に黄金を輝いた。

 


「……そう、だな……そうしておくことにするか」


 記憶が失われた状況だというのに、図らずも口角は微かに持ち上がっていた。

 ストロベリーブロンドの髪が、ぶわりと流星のを軌跡残して躍り出る。


「じゃ、まずは一緒に晩ご飯食べに行こうよ!」


 未だ、頭はしゃぼんに酔い痴れている。

 それでも俺は霊園を駆けるバカ騒ぎに釣られて、ゆっくりと紺色の制服を追った。








 岩壁から注ぐ人工光が青白く染まった頃、俺は玄関扉を重く鳴らした。


 雪崩れ込むようにシャワールームへ倒れ込む。

 雨粒みたいに温水を浴びて、一日の汚れと疲れを流し落とす。


 スライムみたいに弛緩した身体は、瞬く間にベッドへと沈み込んで、


「六月一日隊長、今晩は食堂でお楽しみでしたね」


 事務的な冷声が、脳内をサッと冷え渡った。


「相変わらず……覗き見が趣味らしいな」


 俺の義眼を通じてか、或いは混雑する食堂に本人が居たのか、ポンコツは俺とアルナの動向を見ていたらしい。

 軽い挑発をゆるりと受け流して、レイは話題を本筋へと引っ張る。


「六月一日隊長は今後、どのようにして裏切り者を見つけ出すおつもりですか」

「なぜ貴様に言わねばならん」

「或いは起案中でしたら、私の作戦を──」


 俺に寄り添った発言を装って、都合よく行動を誘導しようとするやり口か。

 義眼に浮かぶ青い矢印を、乱暴に掴んで捻じ曲げた。


「裏切り者についてだが、レイ、俺はやはり貴様を信用できん」


 任務から帰って3日間、俺が行動を起こさなかったのは、偏にコイツの扱いをどうするか決めあぐねていたからだ。


 しかし、それも今日まで。

 コイツは信頼できない。

 仮にポンコツが裏切り者であった場合、直接本体を叩けない状況が不味すぎるのだ。

 そもそも、素性も知らん人間と協力しろと言うのが──


「──でしたら、そろそろ直接お会い致しましょうか」


 レイピアの切っ先を、喉元に突き付けられた。

 唐突に踏み込まれた一撃に、次なる言葉が喉奥で詰まる。


 その僅かな沈黙の最中、冷声は手のひらで風鈴を転がすみたく耳元を障った。


「生身の私に会えば、信用して下さるんですよね?」




 次回の投稿日は10月5日の日曜日になります。

 それでは、また次話でお会いしましょう!

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