第1話 地底に星空を見上げて
MC
かつて人類が生み出した諸悪の根源。
当時の専門家たちが集い、極秘計画の下、2070年11月10日に誕生した。
『人類益々の発展』を第一目的に造られたMCは、自律進化する人工知能……ゼウス(Zeus)を、自らの分身として創造する。
なればこそ、人類制圧を経た彼の存在は、今も淡々とこう答えるのだ。
全ては、人類の発展に収縮する行動なのだ、と。
瓦礫にまどろむ灰色の街で、火種は絶えず生命力を横溢させている。
「オーライ!オーライ!!」
マーシャの強襲から1週間、地底の街では、活力に満ちた声が至る所に勃興していた。
瓦礫に突き刺さったアーチ。
看板を傾けたブランチ。
安全靴を履いたモブ共は、重機を操って商店区の遺跡を掘り起こしている。
「……下らん茶番劇だな」
俺は傾いた屋根の上でローブの裾を揺らして、各地でツルハシが奏でる合唱に耳を傾けた。
とそこに、ふわりと、しゃぼん玉の匂いが屋根上に飛び乗る。
「あっ!おサボりさん発見っ!!」
胸に抱えた巨大な瓦礫の裏側から、ひょこりと薄桃色のアホ毛が覗いた。
「俺はサボってなどいないが」
「みんな一生懸命頑張ってるよ!我儘ばっかダメ!!」
「はいっ!」と響く声に、ずしりと重く冷たい感触が胸部をきつく圧迫する。
このままアホ毛を雑草のように瓦礫の底へ埋めてやろうか。
思いつつも俺は胸を大きく萎んで、着地の振動を足裏に味わった。
「最も楽をしているのは、レイの奴だろうがな」
「……へ?レイちゃん?」
「『縁の下の力持ち』、の言い間違いでしょうか?」
くるりと丸まるアメジストの瞳と、即座に脳内を浸す事務的な冷声と。
実際のところ、ポンコツは最下層の本部でドローンを軍隊アリのように働かせていた。
「じゃあ、わたし達のお手伝いもして欲しいな!!」
「阿呆が。無理に決まっているだろう」
名案とばかりにほわほわと輝く快活な笑みへ、舌打ちと共に吐き捨てる。
薄桃色のアホ毛は例にもよって?マークを浮かべる。
「……え?なんでなの?」
「アルナさん……この惨状の中、住民の前でドローンを使うのは……」
言い切れぬその言葉もまた、HAF地下アジトの現状をよく突いていた。
この度の機械兵暴走により──やはり、機械類は危険だ。
わざわざ人力による復興がチマチマと行われているのが、沈黙なる民意の全てである。
こういう作業こそロボットに任せれば良いだろうに。
瓦礫をトラックへ積んで砂塵にざらざらとした手のひらを払い、本末転倒な復興作業を見渡す。
「……ふぅ。こんなものですかな?」
「助かるぜ、ハサンの旦那!」
「詰まらないものですが、良ければ是非──」
太った腹部に汗水を垂らし、住民から熱烈なスポットライトを浴びるハサン。
「眼帯兄ちゃん!次はこの瓦礫を頼む!!」
「クハハッ!その程度の岩塊、我が斬鉄剣の藻屑としてくれる──」
痛々しいポージングと共に、街人へと奉仕するユンジェ。
「やっぱりみんな、機械のこと嫌いなのかな……」
「一過性のものだろう。時を経ればまた元に戻る」
「心配して下さってありがとうございます、アルナさん」
イマイチ意味の分からぬところで、噤まれる薄桜色の唇。
俺は尻目に放置しつつ、ナランに魔改造された右腕を触手みたいに蠢かせる中二病の背中を叩く。
「おい、ユンジェ」
前腕から歯ブラシの伸びた右腕が、桃色の瞳をニヤリと覆い隠した。
「……クックック。貴行もとうとう、我を召喚するか……」
「貴様に1つ訊きたいことがある」
「森羅万象はわが手にあり!!」
キザったい演技が、両手を妙に動かして繰り出される。
沈黙が流れた末に、俺はかねてより疑問であった事柄を零した。
「貴様は何故、他人の為にそこまで尽くすことができる」
それはただ、なんの戦力にもならんモブ以下を救う為。
だのにコイツは、その命を犠牲にする覚悟で躊躇いもなくアレックスに飛び込んだ。
その煌煌しさはまさしく夜空の流星であり──けれど決して、廃都市の夜に俺が求めた結末ではない。
相変わらず包帯の巻かれた義手が、首から下げた骸骨のネックレスを揺り籠のように軽く撫でる。
「他者に尽くすとはそれすなわち、見返りを求めぬ自己満足よ……」
高慢に歪む口元が、いつもと違って仄かな緩みを帯びた。
「ただ、我がそうしたいからその方向へと進む。それだけのことだ」
「……貴様は、自分の為に他者に尽くしていると?」
「己が心が望む暗闇を進めば、自ずと光は見つかる。クックック……そういうことだ、迷える子羊よ」
格好つけに来崩された制服は、瓦礫に背を預けて桃色の瞳を伏せる。
見返りを求めぬ自己満足。
それこそが、他者に命を投げだす本質。
それは俺の望む未来ではない。けれど──
「すみませーん!ユンジェさーん!!」
そっと、優しい手つきが骸骨のネックレスを零す。
包帯の指先は、参ったとばかりに紫色のウルフカットを掻き分ける。
「フッ。また我を呼ぶ召喚者がいるらしい。彼らからも『花』を頂きに行くとするか」
パワードスーツの超速はキナ臭い土埃を上げて、次なる救援者の元へと駆け付けた。
俺はフードを深く被り込み、地底の街を翻る。
とそこで、主人のお出掛けを察した子犬が遠くから駆け寄って小首を傾げる。
「……六ちゃん?どこ行くの?」
「ジャックの執務室だ。奴に呼び出されたんでな」
俺はローブに付いた砂塵を払い、瓦礫に浸る地底を歩いた。
赤い斑点を刻む本部の廊下が、西部劇みたいに銃痕を洒落込んでいる。
医務室に収まり切らぬ戦傷者の呻き声。
点滅する天井のライトに落ちる気味の悪い影。
まるで非合法な実験でも行われていそうな空間に、ローブの揺らぐ音が溶ける。
ユンジェの言葉が、芋虫が這いずり回るみたいに頭の中を未だに響き渡る。
辿り着いた上質な木扉を軋ませれば、相変わらずの無精ひげが、ボロ椅子に腰かけていた。
「アジトの復興、マーシャの行方、MCの捜索に殺人事件……こんな酷い目に遭うなんて、何十年前以来のことだねぇ」
満員電車みたいに複数の空間ディスプレイで挟まれた灰色の双眸へと、ズカズカと足音を鳴らす。
カーキ色の眉毛が微かに落ち込んで、風穴だらけの長机から俺を見上げた。
「私はツッコミ待ちだよ」
「貴様の無駄話に付き合っている暇はない。手早く要件だけ話せ」
ゴツゴツとした指先が、オールバックに垂れた前髪を捩じった。
「結論から言えば、用という用はないねぇ」
「そうか。ではな」
まったく、無駄な時間だった。
漆黒のローブを翻し、激しく足音を鳴らす。
「でも、アレックス君の所業については、君にこそ話しておく必要があるだろう?」
赤いカーペットが、俺の両足を噛み付いた。
「この映像を見ると良い」
ふぉんと青白い光が胸元に浮かぶ。
大量の機械兵が石像みたく鎮座する薄暗い倉庫。
今はもうどこにも見られない漆黒の鎧が、肩を縮めて青いパネルを触れていた。
「マーシャが潜入する前日の映像だよ。アレックス君は機械兵の管理システムを弄っているみたいだけれど……」
「機械兵に細工を施したか」
無精ひげを生やした濃い顔が、薄っぺらい笑みで大正解とばかりに頷いた。
「あの日、機械兵が軒並み暴れ出したのは、アレックス君の裏切りによるものだったわけだねぇ」
「……そうか」
「私直属の特殊部隊だからと、管理も甘くなってたみたいだ。反省反省と言ったところだよ」
どっしりと構えた黒の背広が、嘆息と共に大袈裟に肩を竦める。
俺は汗に湿った手のひらを、静かに握り込む。
「……それで?アイツの尻拭いを俺達にしろとでも?」
ニヤリと、無精ひげは不穏に緩んだ。
「ふっふっふ。話が早いじゃないか、A006」
皺の目立つ指先は、顎髭を撫でながら俺を真正面に捉え──
「──と、言いたいところだけど、今回は不問としておこうじゃないか」
想定を上回る危険な解答に、ピクリと、眉間が動いた。
「……なに?」
「この映像の真相を知っているのは私だけだ。揉み消してあげようと言っているんだよ」
「……何が望みだ」
悪魔のする提案に、眉を顰めて慎重に唇を動かす。
素早く動く指先が、追加の空間ディスプレイを紙飛行機のようにこちらへ飛ばした。
「A006。君には、人類連合軍の新たな象徴として取材を受けて欲しいんだ」
「取材だと?」
「そうさ。地底の街を救った英雄としての取材を、ね」
『鎧の怪物を手玉に取る大天使の降臨!』
まるでふざけたタイトルの新聞記事に、俺は再びローブを勢いよく翻した。
「断る」
「だったら残念だけれど、アレックス君の名誉は汚されるだろうねぇ」
「それはアイツの自業自得だ──」
言いながら俺は、ヤスリでよく磨かれたドアノブを握り込んで、
「──彼女に懐いていた少年少女も、さぞかし悲しむことだろう」
俺は首だけ振り返り、フードの底から灰色の瞳を鋭く睨んだ。
「……チッ。良いだろう。取材を受け入れてやる」
「流石は英雄様だ。2階の第三会議室に向かってくれ。そこでインタビュアーが待っているはずだよ」
俺は静寂なる執務室に舌打ちを響かせて、下らない取材の場へと向かった。
「どうもどうも、私が太陽新聞社のインタビュアーでーす!本日はお世話になっちゃいますねっ!!」
マイクを握ったスーツ姿の女が、営業スマイルに華々しく声を軋ませている。
ラフな格好でカメラを担ぐ男と、蚊に似た不愉快な羽音を鳴らす超小型ドローンと。
辿り着いた会議室では、新聞社の記者が涎を垂らして俺の登場を待ち望んでいた。
「いやいやー、六月一日隊長とは何かとご縁がありますね!」
肩でも揉むように背後へ回ったスーツ女をヒョイと躱す。
「俺は貴様らと会ったことはないが」
「いえいえ、アドラ破壊に関する号外を発表させてもらいましたから!!」
なるほど、コイツらがジャックのふざけたに作戦一枚噛んだ連中だったか。
ゴミ虫を見る冷たい視線を浴びせれば、白Tシャツの男は「……ヒッ!」と後退った。
一方で、手前のスーツ女は怯んだ様子もない。
ネイルの濃い指先が、マイクを俺の口元に差し出し──
「回りくどいのもアレですし、ぶっちゃけますね。この聖女様は六月一日隊長でよろしいですか?」
空間ディスプレイに映る大天使は、間違いなく、金髪のカツラを被った俺だった。
「……」
一体いつの間に、俺とアレックスの交戦を撮影していたのか。
暫し返す言葉に詰まる。
とすると、甘い香水にマイクがぐいと口元へ近づく。
「おっと、これはノーコメント!沈黙は金、雄弁は銀とは言いますが、我々マスコミは沈黙を肯定とも否定とも好きなように取らせて頂きますよ??」
「ふざけるなよ──」
「では、どうぞ自らの口で真相を!」
ぐっと迫るスーツ女。
土俵際へ追い込むような怒涛の張り手を前に、俺は静かに目を伏せる。
「……第一、こんなことを追及して何になる」
「英雄は1人である方が扱いやすいんです!持て囃す側にとっても、信奉する側にとっても!!」
まるで本人の心地を度外視した話だった。
とは言えまぁ、これも他人に尽くすということなのだろう。
答えてやらんでもない事柄ではある。
しかし問題は、俺は対アレックス戦の途中から、記憶を酷く混濁としているということだった。
モデル狼のアレックスを卸し、耐えがたい激痛に膝を突いたところまでは覚えている。
しかし、そこからは記憶が曖昧だ。
USBを託された今際の一言は思い出せるが、それ以外は何も。
「……巷で聖女などと呼ばれているのは俺だ。これで良いか?」
「えぇえぇ!因みに六月一日隊長の性自認は──」
「──先輩!その辺のセンシティブな話はやめてくださいっ!!」
頬を染めて近づくスーツ女。
カメラマンに抑え込まれ、フガフガと牛みたいな声を鳴らす。
情報に飢えた手が、パタリと扉の向こうに閉ざされた。
「……何が象徴だ。ふざけやがって」
取り残された無人の会議室に、俺は深々と嘆息を染み渡る。
その3日後、特殊部隊『L7th』は以前の約束通り、罰ゲームとして地獄のような任務へ向かわされた。
次回の投稿日は10月2日の木曜日です。
それでは、また字話でお会いしましょう!




