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お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作者: うずまきしろう
二章 遥か大空より天翔ける地底を見上げて
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第14話 仇討ち凡夫は心に盲す

【緊急任務:HAF地下アジト死守】 緊急度★★★★★


──やられた。

 マーシャが奇襲を仕掛けてきた──


 どういうわけか、HAF製の機械兵までもが我々に反旗を翻している。

 頼りになるのは己と隣人だけだ。

 充分に注意してくれ。


 各員は隊の指揮に従い、民間人の救助、及び拠点の防衛に努めて欲しい。



────



──マーシャが行方不明になった。



 その知らせを聞いた当時、胸底が夏の青空みたいに透き通ったことを、僕は今でも良く覚えている。



 僕が10歳で、妹が6歳の頃のことだ。

 家族でハイキングに出掛けたっきり、マーシャは山で迷子になってしまった。



 特段、仲が良くも悪くもない兄弟だった。



 いや、どちらかと言うと僕は幼子の癇癪を嫌っていたかもしれない。

 まるで異星人ごとく、理不尽に我儘を振り撒く生命体。

 僕は妹という存在に、ある種の嫌気が差していたのだと思う。


「父さんと母さんは管理局の方と話してくる。留守番を頼むぞ」


 だからその晩、項垂れる両親と裏腹に、僕は心地良い夜の沈黙に身を委ねて、



 けれど、3日も経てば人の心は変わるものだ。



 玩具を残して静まる部屋の半分。

 見るに堪えないお絵描きの跡。


「……僕が間違っていました。お願いです。マーシャを家に帰してください」


 悶々とした靄が黒い毛玉と鳴って脳内を滞留し、終いには、いるかも分からない何かに必死こいて祈りを捧げるようになった。



 その1週間後、機械の神々は僕の祈りを気まぐれに聞き入れた。



「お兄、ちゃん……」


 病室の白いベッドから伸びる、ミイラのように痩せこけた右腕。

 僕は傍に立ち尽くして、ただ、喉を震わせる。


 昨夜、マーシャは泥だらけで麓に降りて来たところを、『偶然にも』発見されたのだ。


「マーシャ……!」


 導かれるように左手を伸ばす。

 冷たくふっくらとした手が、指と指を触れ合う。

 瞬間──僕は生まれて初めて、幸せの手触りを確信した。


 それは両親も同じだったらしい。

 疎らだった家族で囲む食卓は、毎日に。月に1度のお出掛けは、週に1度に。 


 以前のマーシャは年相応に身勝手な奴だったが、1週間も遭難したことが効いたのだろう。

 随分と利口な子に早変わりして、家族の中心を踊っていた。


「お兄ちゃん!いつもありがと!!」


 上目に覗く深紅の瞳。

 クレヨンで描かれた愛らしい絵が、ぐいと差し出される。

 僕は人差し指で頬を掻きながら、お返しを差し出す。


「こっちこそ、いつもありがとう。これ、マーシャに似合うと思うから」 


 手のひらに乗った青いシュシュに、ぽかんと、赤い唇は大きく開いた。

 それから、柔らかい口元はむずかゆそうに緩む。


「……大事にするね!」


 そうやって少しずつ、家族の絆は強固に結ばれていって、



 だからその日、僕は下校先に見た光景が信じられなかったのだ。



「お帰り、お兄ちゃん♪」



 惨殺された両親の傍には、返り血を浴びた綺麗な笑顔が浮かんでいた。








 B級映画にしか見たことのない世界が、西日に浸る家内を溶け込んでいる。


 ぱしゃんと、右手から零れた通学鞄が、赤い水面に音を鳴らした。

 血だまりに斜陽が揺らいで、不自然に固まる父と母へと、意識を導く。


「……は……?」


 その腹や頭からは内臓が露出しており──途端に鼻腔を突き刺さる異臭。


「う、ぇ……」


 温かくてすっぱいものが、喉奥からせり上がった。

 僕は口元を手のひらで抑え込み、けれどぐっと引き攣る喉を締め上げて、血濡れの家内へ首を振る。


 何者かが、家の中で殺人事件を起こしたのだ──

 

 逢魔が時の家内に、殺人鬼の影は見当たらない。

 分かるや否や、僕はすぐさま、血だまりに佇む安全の象徴へとよろけた。


「何が、あった……お前は無事なんだな……」


 身体の震えを誤魔化すように、僕は小さな身体を強く覆い隠して、


「何言ってるの?お兄ちゃん。パパとママを殺したのは私だよ???」



 こてんと傾く深紅の丸い瞳は、手に握る『血の滴った長包丁』を映した。



「……え?」


 ジグソーパズルを嵌め間違えた絵がそこにあった。


 明るい茶髪のツインテールが、くるくるとキッチンカウンターの前を夢の中みたいに回る。

 血飛沫に化粧した小顔は爛漫と輝き、包丁を握った手を大きく広げた。


「愚鈍なお兄ちゃんの為に種明かししちゃいまーすっ!!実は、私はマーシャちゃんの成り代わりでしたー!!」

「……は?」

「愛しのマーシャちゃんを誘拐したのも私!殺したのも私!!全ては計画通りなのです!!」


 邪悪を帯びて吐き出す文字列が、上手く、頭の中で分解できない。


 だって、マーシャはすぐ目の前に居るではないか。

 それに、父さんと母さんを殺しただって?

……そうか。マーシャはきっと、この異常な事態に気が動転しているのだ。


「落ち着け……お兄ちゃんが一緒だからな」


 僕は言いながら、一歩、血溜まりに映るマーシャを踏み締める。

 歪む深紅の瞳は意外そうに、水面の中で軽く見開く。


「お兄ちゃんはまだ私のこと妹だって思ってくれてるんだね。嬉しいなぁ。ここまで頑張った甲斐があったなぁ!」


 小さな指先は踊るように、背後のキッチンを指差して、


「でもほら、マーシャちゃんの死体はここにあるよ?」



 床に倒れたドッペルゲンガーを、真っ白な素足は思い切り蹴飛ばした。



 悪魔のような笑顔が、自らの手でカポリと取り外された『部品だらけ生首』を浮かべた。



「て……めぇえええぇぇえええッ!!」



 赤い爆弾が、脳内を弾け飛んで意識を塗り潰す。



 振り絞る右拳に、ターンを踏む軽快な足取り。

 素人のパンチが命中するはずもない。

 背後から腕を掴まれて、骨の軋む音が家内を響く。


「ぐ……ぁ……!!」

「残念でした~!」


 少女とは思えぬ怪力に、堪らず床へ膝をついた。

 僕はすぐさま烈火に燃える視界を睨み上げて──小さな足裏が、頬を踏み落とす。。



 嘲笑に濡れた笑声が、ニヤニヤと僕を覗いた。



「あれあれぇ?私なんかに捕まっちゃったねぇ??」


 家族を殺したクズが、目の前にいる。

 まだ生温かい血だまりを吸った制服で藻掻くも、身体は少しも動かない。

 真っ赤な唇が、弾む声を洩らす。


「ねぇねぇ、これからお兄ちゃんはどうするのかなぁ?」

「殺すッ!……殺してやるッ!!」


 喉から声を猛り狂えば、深紅の瞳は、嬉しそうに頬を赤らめた。


「じゃあ、頑張ってみるのも一つの道じゃないかな?」


 あっさりと解き放たれる拘束。

 ふっくらと幼い手は窓ガラスをいとも簡単に叩き割り、緩やかに決別を告げる。


「またね、お兄ちゃん!家族で過ごす数年はすっごく退屈だったよ!!キャハハッ!!」


 邪悪な笑顔は僕を見据えて、目にも止まらぬ速さで街中の何処かへと走り去った。








 それからの日々は、散々なものだった。


 世紀の虐殺事件として僕は世間の見世物となり、マーシャは数年前に殺されたマーシャの死体を以て、その場で死亡したと判断された。

 偽物のマーシャが居るという言い分も、懇切丁寧に精神科を薦められる始末だ。



 この世界は、何処か歪んで間違っている。



「──君の追うマーシャは、ゼウスに生み出された人工知能だよ」


 夕陽の落ち込む住宅路を、1人で下校している時のことだった。

 人類連合軍のスパイが、悪魔の正体を耳元に囁いた。

 そして僕は、平穏なる生活の全てを捨て去った。



 必ずこの手で、マーシャを殺してやる。



 その一心だけを、この胸に。



 だから──マーシャが地下アジトを訪れた瞬間から、僕の行動は一貫していた。



「皆、私に続け!!悪魔の手から民間人を守り抜くんだ!!」


 火の粉が花吹雪のように蔓延って、逃げ惑う人々の足音を入り乱れる地底の街。

 前線に立つジャック総統が、身振りを込めて兵士を鼓舞している。


「どいて、くれ……ッ!!」


 僕は機械兵に狙われた誰彼を押し退けて──瓦礫を飾る広間に、ツインテールの影を捉えた。


「えぇ……お兄ちゃんもう来ちゃったの? せっかちだなぁー」


 深紅の瞳は手元に夢中で、僕の姿を映すことはない。

 小さな両指が、ゲーム機のコントローラーをガチャガチャと鳴らしている。


『規格外の中二病』と闘う空間ディスプレイ。

 やがて、幼女らしくキラキラとした靴が、紺色のコントローラーをぐしゃりと踏み潰した。


「今はアレックスちゃんで遊ぶのに忙しいんだけど……まっ、そろそろ飽きて来たしいいや♪」

「殺してやるぞ……マーシャッ!!」


 相変わらず、人の命をなんとも思わぬ機械人形。

 溢れる憎悪が、ヒートソードを正眼に構える。

 銀色の刃を反射して、深紅の瞳は本気で驚いたようにくるりと丸みを帯びる。


「……え? まさかお兄ちゃんごときが私を斃せると思ってるの??」

「当然だ……僕は、お前を殺す為に積み上げてきたんだ──ッ!!」


 目前に迫った夢への到達点へ、声を張り上げて大地を蹴り捨てる。

 黄色いエプロンドレスへと、実直に剣を振るう。


「遅い遅い~♪」


 ふわりと一撃を躱して、幼い右手は小銃から硝煙を吐き出す。

 肩を熱く燃える感覚に奥歯を噛み締め、もう一太刀斬り込む。


「またまた残念っ!」


 古びた青いシュシュはまるで刃を掠めない。

 弾丸の傷跡が身体中を生まれては、ナノロボットが急速に修復する。

 機械兵を相手取るとは全く違うハイスピードの戦闘に、両足が惑う。


「私はどこに居るでしょう~?」

「く、くそ……!」


 僕を囲むようにあちこちの瓦礫を蹴り飛ばすマーシャ。

 駆け回る残像が、多面鏡のように様々なポーズで嘲笑を響かせた。


「ねぇねぇお兄ちゃん知ってる?このご時世、近接戦闘なんて頭のネジが外れた化け物にしかできないんだよ?」

「ど、どこだ……ッ!!」

「ヒートソードを持てば私に勝てるとか思っちゃったのかなぁ?実力は凡人の癖に」


 くすりと洩れた笑い声に──背面から飛び出す影。


「がぁ……!?!?」

「大当たり~!」


 血管が破れたような激熱が、重く後頭部を響き渡った。


 どさりと、顔面を引き摺る土の匂い。

 揺れる視界を無視して膝を震わせるも、喉奥から胃液が溢れ出た。

 身体が言うことを聞かず、大地から起き上がれない。

 深紅の瞳が、悪意に歪んで泥まみれの僕を見下す。


「あ……がぁ……!!」

「お兄ちゃんにストーキングされるのも飽きて来たし……今日で終わりにしよっか?」


 土を握り締めて震える両腕。

 なのに、僕はあの日と同じように見上げることしか出来ない。


「……く、そ……ッ!!」


 どうしようもなく苛立ちを吐き出せども、現実が好転することはあり得ず、



 なればこそ、世界を変えるのはいつだって『イレギュラー』なのだ。



「じゃあね。私の悪意がお兄ちゃんを壊せたことだけは、とっても楽しかったよ♪」


 突き付けられた銃口が火を吹く寸前──漆黒のローブが超速に割り入って、黄色いエプロンドレスを吹っ飛ばした。







 凶星のごとく戦場を飛来した漆黒が、世界の注目を一身に奪い去っている。



「……」


 すらりと彫刻みたいに細長い脚部が、飛び膝蹴りの姿勢に硬直した。

 やがて緩やかに瓦礫の路上を叩いて、砂埃を舞い上げる。


「な……!?K076……ッ!?!?」


 ぺけ字に構えた白いフリルの向こうで、深紅の瞳がカッと見開いた。

 フードの底に光る翡翠の半目は、ギラリと、大地を這う僕を映す。


「……借りて、いくぞ……」


 色白の腕が、大地に投げ出されたヒートソードを拾い上げた。

 柳の下の亡霊みたいな美女は、手に馴染ませるようにヒートソードを数度振り──


「けほ、けほ……!!」


──大地に片膝を突いて、激しく血色を咳き込んだ。


 いつの間にか大きく距離を取っていたマーシャは、ニヤリと、赤い唇を歪めた。


「あれあれ~?」


 爆炎が次々と爆ぜる街中を、散歩でもするかのような歩調。

 明るい茶髪のツインテールが傾いて、路上に崩れた金糸の長髪を覗き込む。


「どうしちゃったのかなぁ?調子が悪いのかなぁ~??」


 メリーゴーランドに乗ったみたいに、マーシャは沈黙のローブを周回した。


「かつては私たちを半壊させたクロも……もう随分と弱っちゃったみたいだね~!!」


 童女らしいあざとい高声が、気の向くがままに煽りを弾ませる。


 散々、呑気なスキップを響かせたマーシャは、遂には満足したように小銃を構えて、


「そんな状態で、私のこと倒せるわけないじゃん♪」


 色白の拳が、幼気な頬を抉り歪ませた。


「ぐ、ごぉ……ッ!?!?」

「な……!?」


 少女らしかぬ苦痛の声に、真っ白な前歯が1つ吹き飛ぶ。

 黄色いエプロンドレスは大地を転がり、小銃を零して土色に塗れた。


 下馬評をひっくり返す現状に、僕は這いつくばったまま思わず声を零す。

 漆黒のローブは、細い手に血を拭って立ち上がった。

 フードの底に光る翡翠の半目が、灯火に熱く燃え上がる。


「これ以上……理人に負荷は、かけさせない……!今ここで壊れろ……マーシャ!!」



 弱り切ったあの姿は、マーシャを油断させるための餌だったのか──



 卓越した戦闘経験の成す技に、ごくりと生唾を吞み込む。

 赤く腫れた頬が、土煙の中をよろけながら立ち上がる。


「が、ガキを拾ったぐらいで母親面しやがって……ッ!!」


 ギリリと響く歯軋りの音。

 明るい茶髪のツインテールは──すぐさまその背中を見せて走り出した。


「は……!?」


 いっそのこと清々しいまでの敗走。

 息を切らして血走る深紅の瞳に、驚愕が零れ落ちる。


「……逃がすわけには、いかないな……ッ!!」


 幽鬼のように揺らぐ漆黒は瞬く間にその背中へ追いついた。

 光の軌跡が黒煙を斬り裂いて──血のオイルが飛び散る。 


「ぎゃぁ……ッ!?!?」


 呆気なく片足が吹き飛んで、再び地面を転がり込むマーシャ。

 細長い脚が、幼気なエプロンドレスを踏み付ける。


「これで……終わり、だ……!」


 僕は反射的に右手を伸ばして、ギロチンの舞台へ這い寄った。


「ま、待ってくれ……!」


 けれど、いつの世であろうと、衆人の声が執行人に届くことはなく、



 光の刃は小さな喉元へ突っ込もうとして──かしゃんと、路上に零れ落ちた。



「ぐ……ぅ……」


 瞬きの流星が、大気圏を燃え尽きていく。


「……あと一歩……が、届かない……か……」


 漆黒のローブは黒煙を吹き上げて、永遠の沈黙に眠った。


 執行人の失せた処刑台を、暫し漂う沈黙。

 片足を失ったマーシャが不安定に路上を立ち上がり、固まる漆黒のローブを殴り飛ばす。


「ふざける、なよ……このダボ女が……ッ!!」


 悪態を突く金切り声に、フッと、意識が舞い戻った。


 足を失った蛙は、地上を目指して無様に這いつくばっている。

 その背中を見過ごす理由はない。

 膝を震わせて回り込めば、深紅の瞳は、戦慄の表情に固まった。


「とうとう、裁きの時が来たようだな……!!」

「……ッ!!」


 血の気が失せた右手に小銃を握り締め、土に汚れた小顔を覗く。


 あとは押すだけ。

 これで、家族の敵討ちは終わり。分かっている。


 だのに、指は震えたまま、トリガーに止めを刺せない。


 目前では、あの日の病室と同じように、小さな手が僕を求めている。


「……お兄、ちゃん……!」


 赤い唇が不意に零した一言が、僕の深奥を突き動かした。


「マーシャ……!」


 右手を零れ落ちる小銃。

 地に伏せる小さな身体へと、腕を伸ばす。

 深紅の瞳は呆気にとられたように見開きながらも、短い腕を懸命に震わせる。


 幸せの象徴だった小さな指先が──指先と、触れ合った。


「……お、お兄ちゃん……」


 瞬間、驚愕に固まった小顔は、しかし思い出したように邪悪なる笑みへと塗り替わり、


「……馬鹿でありがと♪」


 エプロンドレスから第2の小銃が飛び出して、僕の胸をタンと穿った。




 来週から投稿頻度を徐々に上げていける気がします……!! 

 [´・ω・`]

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