表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作者: うずまきしろう
二章 遥か大空より天翔ける地底を見上げて
31/59

第12話 分裂するアイデンティティ

 NHスペシャル『ミュンヘンMk-2』


 アレックス・ベルトランを構成する特殊なサイボーグ。

 籠手に隠されたガトリング砲、足裏のジェット噴射による空中移動、そして味覚細胞の再現と、戦闘から日常までを幅広くカバーする至高のサイボーグだ。


 主にエネルギー源は電力。

 出力をフルスロットルに引き上げることで、漆黒の全身鎧は青い稲妻を纏う。


 切り札も幾つか隠し持っているようだが、これまでの戦闘で使用された気配はないようだ。

 その日のインターホンは、常識外れに朝早いものだった。


 不意と耳を潜る、間の抜けた機械音。

 靄が立ち込めたように薄暗い室内が、ぼんやりと浮かび上がる。

 秒針は静寂に時を刻み、午前5時30分を指していた。


 こんな早朝に他人の部屋を訪れるとは、あの阿呆はどこまで阿呆なのだろうか。


 寝間着の袖に瞼を擦る。

 廊下へ足音を引き摺り、扉を強く押し開く。



 朝闇に浮かぶ中世の亡霊が、玄関先を圧迫していた。



「六月一日殿、今日も良い朝だな」


 全く想定外の訪問者に、暫しぽっかりと開いた唇。

 やがて早朝の仄かに冷たい空気が肺底へと流れ込んで、俺は眉間に皺を寄せる。


「貴様……今が何時か分かっているのか?」

「重々承知しているとも。しかし……時間がないのだ」


 軽く頭を下げる二本角の兜。

 漆黒の右腕部が、サッと紙袋を差し出す。


「今からコレを着て私と出掛けて欲しい」


 純白のワンピースと、金髪のカツラと。

 突き付けられた紙袋を前に、春の生温い静寂が流れ込んだ。


「どうやら……寝ぼけているらしいな」


 俺は即座に、左腕を引き絞る。

 辞世の句を、玄関に影を落とした西洋鎧へ訊いてやる。


「いや、昨日から一日中起きっぱなしだ。私の頭は冴え渡っている」

「ならば過労だろう。よし、俺が今から永遠の眠りに誘る」


 迷わず左腕を打ち放った。

 一撃を受け止める漆黒の籠手。

 朝からご近所迷惑な衝撃波が寄宿舎に染み渡り、隣の部屋から、ゴトっと落下音が聞こえる。


「今日は私が男役、六月一日殿には女役を演じてデートしてもらいたい」


 まるで不理解な提案に、ずいとアーマープレートへ迫って睨み上げた。


「阿呆を抜擢すれば良いだろう」

「友が求めたのは、限りなく中性的な美しさを持った者なのだ」

「だったら街中でナンパでもするんだな」

「全身鎧の不審物がうら若き女性を捕まえられるとでも?」


 まぁ無理だろう。

 正常な判断能力を持った大人であれば、こんな謎物体には近寄らない。

 言葉の応酬の果てに、二の句に詰まる。


「実現可能性を持っているのは、六月一日殿だけなのだ。重ねて言うが、」

「……良いだろう。そこまで言うのならば、付き合ってやる」


 舌を鳴らして、漆黒の籠手から紙袋をぶんどる。

 紙袋にはご丁寧に化粧品まで用意されていた。

 変装道具を巧みに扱い、昨日受け取った菓子を持って玄関を出る。



 金糸の髪を胸上に伸ばした可憐な少女が、漆黒の金属鎧を反射した。



「これ、は……」


 チカチカと、信号機のように点滅する兜の赤い光。

 籠手の冷たく固い感触が、俺の肩を握り込む。


 骨が潰すような力が肩を重く圧し掛かった。

 堪らず身を捩ったところで、ふしゅりと白い蒸気が、兜の隙間から吐き出される。


「元の適正もあるのだろうが……中々、堂に入っているのだな」

「昔から少女に変して貴様らのスパイを殺すことがあった」

「なるほど。私はてっきり六月一日殿の趣味かと」


 柔く笑う機械声帯。

 ガキの母親から受け取った菓子包みを乱暴に胸部へ押し付ける。


「俺を何処へ連れるつもりだ」

「春と決まれば、行く場所は決まっているだろう?」


 漆黒の人差し指が、得意げに地底の天井を示した。







 

 朝に漂う寝ぼけた活気が、岩壁の人工光を浴びて少しずつ目を覚ましている。


 エレベータから見下ろす地底には、人影が幾つか点在していた。

 窓ガラスが岩壁に包まれた頃、事務的な冷声が、知り合いの逢瀬を見たように脳内を戸惑う。


「……む、六月一日隊長。その……それは……」

「アレックスのままごとに付き合っているだけだ。何か用か」


 端的に現状を説明したはずが、冷声は脳内を二転三転とひっくり返る。


「わ、私は理人くんのご趣味を否定するつもりはございません、よくお似合いですので。本当の親子のようにそっくりですよ!」


 訳の分からんことを滅茶苦茶に口走るレイ。

 とうとう、頭までポンコツに錆び付いてしまったのだろう。


「おい、聞いているのか」


 キッと、鋭くテレパシーを浴びせる。


 とそこで、事務的な冷声は現実に戻って来た。


「……ご報告です。昨晩、廃都市難民の2名が殺害されました」


 床板を支える感覚が、凍てつく気配に遠のいた。


 受信する2枚の写真。

 素早く空間ディスプレイを展開する。

 鋭利な刃物で急所を抉られた跡を残して、『彼女』は不可逆に冷え固まっている。


「犯人はまるで掴めていません。本日より、秘密裏に捜索が開始しています」

「そう、か……」


 念願だった『彼女』の末路を前にして、しかし心は、ぽっかりと空白に落ち込んだ。


「……六月一日隊長、もう1点ご報告が」

「……まだ、何かあるのか」


 硬直した心に鞭を打ち、薄れた床板の感触を強く踏み締める。


「昨日、アレックスさんが『六月一日隊長に頼まれて』と、機械兵の保管庫へ立ち入りを求められましたので……一体、なんの御用だったのかと」


 思わず首を傾げる。

 そんなことは言った覚えはない。

 第一、俺は昨日アイツと会っていないが──


「訓練用に使われるつもりでしたら、是非とも私の試作機を、」

「いや、俺は知らんぞ。そんなことをアレックスに頼んではいない」



 目を丸めたような間があって、事務的な声が慌てて頭を下げた。



「わ、私の思い違いだったようです。失礼しました」


 一方的に通信が切断される。

 何が、どうなっている。

 顎に手を当て、暫し思考の海を暫し泳ぐ。


 時間切れの声が、エレベータを小さく響いた。


 開かれる扉の隙間から、眩い朝日がフードの陰りを照らし上げる。

 嗅ぐわう陽気な春風が、胸元に垂れた金髪を掻っ攫う。


「六月一日殿、さぁ、こちらだ──」


 そう言ってアレックスは、しおらしくワンピースの前に組まれた手を導こうとして、



「ぐ……うぉ……ッ……!!」



 痛苦に痺れた喘ぎが響き、ガシャンと、全身鎧は朽ちた路上を崩れ落ちた。







 ムンクを叫ぶ漆黒の兜が、花びらのへばり付いた道路を這いつくばっている。


 それは、単なる頭痛では済まされない苦しみ様だった。

 すぐさま大地を蹴り上げる右脚。

 硬質な背中へ左手を添えれば、じゅわりと、鉄板に触れたみたいに異様な熱が皮膚を焦がす。


「どうした、アレックス!」


 漆黒の兜はふるふると、頼りなく首を横に揺らした。


「い、や……なんでも、ない……気にしないでくれ……」

「言っている場合か。すぐにリリーのところへ向かうぞ──」


 漆黒の腕部を掴んだところ──暴れ馬のように俺の左手を振り払う籠手。


「待ってくれッ!!私には、『時間がない』んだ……ッ!!」



 切羽詰まった声が、春に微睡む廃都市に閑散と響き渡った。



「……時間が、ない?」


 震える黒光りした籠手は、空間ディスプレイを叩いた。

 浮かび上がったのは、お花見の項目を始めに残された仲間たちの祈り。

 振り向いた兜の赤い目は縋るように俺を見つめて……あぁ、そうか。


 そうだと言うのならば、もう、仕方がないのだろう。


「……今のは、忘れてくれ……だが、私はまだ──」

「──貴様がそうしたいのならば、そうするべきだろう。向かうのはお花見か?」


 春風に金糸の長髪を揺らして、俺は桜色の絨毯へと足を踏み出す。


 ローブを揺らして背後を覗けば、やがて、漆黒の籠手は尖った胸を柔く撫でた。


「……恩に着るよ、六月一日殿」


 それからは、ひたすらにアレックスに付き従った。

 廃都市の丘でお花見をしたり、チャペルに行ったりドライブをしてみたり。


 そうこうしているうちに、地底は橙色を帯びていく。

 アレックスは仲間の祈りを素早く、しかし丁寧に浄化していく。


 いつの間にやら差し掛かった、いつもの住宅路。

 ガキ共の影が複数、路上に爛漫と手を振る。


「よろいさーん!!今日はいっしょに遊べ……あっ、デートなんだね!」

「あ、ぁ……」


 一日中、突発的な頭痛に悩まされているせいだろう。

 中性的な機械声は、風に揺れる蝋燭の炎のようだ。


 だのに、大柄な背中はガキ共へ応える。


「そう、だな……少しばかり、遊ぶとしようか」

「良いのか、アレックス」

「……構わないさ。彼らと一緒に居ると……懐かしい気分になるのだ……」


 そうして俺もガキ共に囲まれて、恒例の鬼ごっこ。

 まずは鬼決め。

 皆で円を作って手を出す。


「じゃんけんぽん!あっ、よろいさんが鬼ね──」


 見事にアレックスの1人敗け。

 ガキ共はキャッキャと叫びながら、住宅路のあちこちへ走り出す。


 そして少女が振り返った、その瞬間、


「……へ?」


 アレックスは漆黒の腕を振り被り──『少女の身体を、平手に吹き飛ばした』。







 何が起こったのかは分からずとも、身体はすぐさま動いていた。


 路上を蹴り上げ、吹き飛ぶ影の背後へ回り込む漆黒のローブ。

 腕から全身へと、波のように衝撃が突き抜ける。


 間一髪で、俺は胸に小さな身体を受け止めた。


「……?」


 少女は何が起きたのかを理解していないのだろう。

 困惑の表情で、俺とアレックスへと交互に首を振っている。


 そしてそれは、俺もほとんど同義であることに変わりない。


「アレックス……何をしているッ!?!?」


 思わず目を見開いて、2本角の兜を見上げた。


 好んでガキを相手にしている奴が、唐突に振るう暴力。

 全く意図が掴めず、中性的な機械音声を求める。


 漆黒の全身鎧は、平手を作ったまま展示品みたいに固まっていた。


「ち、違う……私は……なんで……!?」


 この世の絶望という絶望が詰め込まれた声。


「まだ時間は……ッ!?!?は、話がちが──」


 戸惑う二本角の兜は、素早く遥か岩壁を見上げ──


「ぐァァァああぅおぉおおおお……ッッ!?!?」



 地獄を呼び寄せる痛苦が、静寂を破り割った。



……なんなんだ。先ほどから、何が起きている。

 不可解な現状に思考のペダルが空転して、たらりと首筋に汗が伝う。

 続けて地底の街が火を吹く……火を吹く!?


「今度はなんだッ!!」



 聞き覚えのある悪意に満ちた嘲笑が、地底の街中を響き渡った。



「こんにちは~!レジスタンスの皆さん!!マーシャ・ブレグマンだよー♪」


 ばくりと、心臓の音が乱れ打つ。

 地底を爆ぜる爆音が、不規則に共鳴した。

 薄ら寒い空気を払うように首を振れば──住宅区を乱射する機械兵たちが。


 その現状が意味するところは、つまり、


「ま、まさか……ッ!!」

「私はもう本部の方まで来ちゃってるので……死にたい人からどうぞ掛かってきてね!」


 マーシャがHAF地下アジトに侵入している──


 なぜ奴がこの場所を。

 いや、それよりも今は防戦に移らなくては。


 思い直したところで、手元に武器はない。

 おまけにワンピースなんぞ着ているせいで、戦闘服も寄宿舎に置いている始末だ。


「……チッ」


 尻目に覗く立ち尽くしたガキ共を前に、ごくりと、生唾を呑み込んだ。

 

 少なくとも、今の俺にガキ共を守る余裕はない。

 フードを勢いよく翻し、銃声の響く街に声を飛ばす。


「良いか、よく聞け。貴様らは逃げろ。そして強い奴に寄生しろ」


 少女のガキが、ぽかりと唇を開く。


「お、お兄さんなの……? でもよろいさんが──」

「──つべこべ言わずに黙って行けッ!貴様らまとめて死にたいかッ!!」


 眉間に皺を寄せて一喝を浴びせる。

 ガキ共は狼狽えながらも、混沌とした住宅区を走り去った。


 とそこで、獣の呻き声を洩らしていた全身鎧が、緩慢に立ち上がる。


「……アレックス」


 言葉に応えるは、青白い稲妻。

 漆黒の巨体はスパークを迸って、兜の赤い光を不安定に膨張させる。

 ノイズの混じった声が、うわ言のように揺れる。


「ssu済まナい……六月一日、殿……」


 次第にその中性的な機械音声は、金切り声へと乱れ狂って、


「だが、wawawa私にiiは……時間が……kikiki規格外を殺せばbabaaaaa、wa,wあ私は──ッ!!」


 籠手の内部に隠されたガトリングが展開し、勢いよく火花を散らした。






 アレックスが、ゼウス側へと寝返った──


 バク転で塀の後ろに身を隠し、鈍い銃声がコンクリート壁を轟く中、俺は未だ暫しの硬直を強いられていた。

 機械兵に怯えて、家の中に縮こまる一般人。

 窓の向こうに広がる災害の光景を横目に、こうなった以上、やれることはただ1つか。


 俺は一直線に寄宿舎へと駆け出す。

 ジェットエンジンの黒煙が頭上から落ちて、漆黒の鎧は鬼門を守る番人のように立ちはだかった。


「に、ニがすわけには……いカないのダ……!」

「……クソがッ!!」


 戦闘服がなければ、コイツを振り切ることはできない。

 ガトリングを躱す策もない。

 煙の奥から睨む回転式銃口が、心身を圧迫する。

 手足の先から、血の気が一挙に失せて──


「コれで……oわriダ……ッ!!」


──銀色の一閃が、漆黒の鎧へと走り込んだ。


 キンと、瞬きの火花を散らす硬質な音。

 骸骨のネックレスがキラリと揺れて、桃色の瞳を反射する。


「クハハッ!星追いの英雄よ!!その道化のような姿はなんだ?」


 高慢に歪む口元に、眼帯を隠す包帯を巻いた右手。

 思わぬヒーローが、硝煙の香る住宅路を踊り出した。


「戦乙女よ、貴行は貴行の道を行くと良いッ!」


 ユンジェは何か黒いモノを投げ渡し──俺の戦闘服だ。


 助かった。

 言う暇もなく、忍者刀の連撃が全身鎧を住宅路の彼方へ押し込む。

 これさえあれば移動は問題ない。

 炎に吞まれる屋根を跳び移り、煙を颯爽と切り裂いて寄宿舎へと向かう。


「レイッ!聞こえるか──」

 

 脳内電信で応答を求むも、反応なし。

 指を振るって空間ディスプレイを展開。

 レオナルドは位置情報を拒否している。

 まるで息の合わない個人行動だ。


「チッ……」


 その一方で、アルナの奴は。

 棚だらけの部屋に掛けたいつもの武器を握り込み、巨大なアーチが半ばから崩れ落ちた広場へ急行する。

 2つの流星が、機械兵と人間の屍の山に舞っていた。


「あ˝ぅ……!!」


 とその一方が、派手に蹴飛ばされる。


 薄桃色の星屑はあわや大地へ墜ちかけて──寸前、俺が首根っこを掴んでやった。

「うぇっ!?」と奇怪な声を洩らして、紺色の制服はカエルみたいに大人しく摘まみ上げられる。


「どうやら、苦戦しているらしいな」

「ろ、六ちゃん……!」



 斬り傷だらけの顔が、救いを見てパッと輝いた。



 瓦礫を踏みしめる硬質な足音が、業火に揺らめく商店区を響く。

 蜃気楼の向こうに浮かび上がるのは──フードに隠れた翡翠の半目だ。


「……師匠」


 鉄製の轡に縛られた唇は答えない。

 やはり、もうやるしかないな。

 俺はヒートソードを腰部から重く抜き出して、横目にアメジストの瞳を覗く。


「俺が手を貸してやる。2人で一気に叩くぞ」

「……うんっ!!」


 その言葉を最後に俺は大地を蹴り上げ、アルナと共に師匠へ襲い掛かった。




 ストック切れたので毎日投稿は今日で一旦終了します……すみません。

 なので次回の投稿日は9月13日の土曜日です。


 それでは、また次話でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ