第11話 クリティカル・リベンジャー
NHスペシャル試作型『カラミティバースト』
数ある試作機の中の1つ。空気を銃弾化を目指した何かの成れ果て。
デトネーション効果による衝撃波を利用し、空気の塊に殺傷性をもたせることを考案した。
尤も、それが単なる空気砲に過ぎないことは言うまでもない。
おまけに、デトネーションによる発熱が小銃内部の機構を溶かしてしまう始末。
連発不可。かつ反動はサイボーグでの運用前提。
試作と言うのも烏滸がましい欠陥品だ。
小銃というコンパクトな形で空気を殺傷性を持つ弾丸にする試みは、まだ道の半ばである。
「六ちゃんおはよっ!」
すくすくと育った薄桃色のアホ毛が、岩壁から降り注ぐ地底の日差しを浴びている。
任務失敗から3日目。その日の午前7時15分のことだ。
インターホンに扉を開けたところで、ちょっとした音波兵器が部屋を軋ませた。
「商店区にケーキ屋さん出来たんだって!一緒に行こっ!!」
爛漫と輝くアメジストの瞳に、共栄都市で見たしおらしい様子は欠片も見当たらない。
元気が良い。いや、少し良くなり過ぎたか。
フードの底で浅くため息を鳴らす。
「俺は無駄な間食をするつもりはない」
「じゃあご飯屋さんにしよっか!わたしも行きたいところあってね──」
隣であれこれと響く高声を聞き流しつつ、まずは食堂へ。
雑兵に塗れた空間では、相変わらず、ユンジェがモブ以下に奉仕している。
朝食を済ませて、いつものルーティーン通り一日を始める。
けれど、この戦闘訓練漬けの毎日で1つだけ変わったことがあとすれば、それは、孤独な戦闘訓練が出来なくなったということだ。
「昨日は射撃訓練だったし……今日は模擬戦だよね!」
小鳥の足取りが、ゴム質な床ををひょこひょこと踊っている。
一瞬のためらいもなく、俺は右手に握り締めた小銃のトリガーを引いた。
紺色の制服は、慌てて訓練場を蹴り上げる。
「わっ!六ちゃんやる気満々じゃん!じゃあわたしも張り切っちゃうもんね!!」
漆黒と銀色の二丁拳銃が、俺の身体を銃口に捉えた。
「やぁっ!!」
一際大きく張り上がる声に、案山子へ射撃演習を行う訓練生共が振り返る。
時差的に放たれた2つの銃弾は、薄桃色の髪と共にヒュドラの如く迫った。
アルナの得意とする格闘型銃撃──ガンカタだ。
身を捩って銃弾を躱せば、振り下ろされる拳銃の先端から逃れる術はない。
左腕を頭上に掲げて、防御を合わせる。
腕を貫く鈍痛。
奥歯を食い縛り、華奢な身体へ重心ごとタックルを仕掛ける。
「あ˝ぅ……!?」
ゴム質な床に跳ね転がるアホ毛。
俺はキュルリと床に音を鳴らして、天井の高い訓練場に三日月を描く。
「チェックだな」
訓練用の模擬剣が、乳白色の首筋を浅くなぞった。
間隙の沈黙が流れて──訓練場を木霊する疎らな拍手喝采。
やがて華奢な両手は降参の意を示し、アメジストの瞳を上目に向ける。
「ん、へへ……やっぱり六ちゃん強いね……」
「ふん。貴様が『全身サイボーグ』の割に弱すぎるだけだがな」
まるで魂と肉体が分離したような、スペック頼りの動き。
機械兵相手には十分。しかし強敵には勝てまい。それが阿呆だ。
尻餅をついて息を切らすアルナがひょいと伸ばす手を、仕方なく引っ張ってやる。
とここで、時刻は午後3時。
気が付いたアメジストの瞳は、キラキラと星屑みたいに輝いて出口を指差した。
「訓練時間おーわり!早く遊びに行こっ!!」
本当に、訓練後に街中へ連れ回されることを除けば、コイツとの訓練はそれなりに有意義なのだが。
どうにかならんものか。
いや、淡白に断ってやれば良いだけだ。
しかし一度そうした時、アルナは共栄都市の時のような危うい雰囲気を滲み出した。
もはや下手に触れることはできない。
一度関わったら最後、放逐厳禁の外来種なペットである。
「今日は何しよっか!商店街でお買いものなんかも──」
しかし今日のところは、正当な事由で子犬を放し飼いできた。
「悪いが、この後は医務室で検診だ」
「……そっか!じゃあまた明日遊びに行こうねっ!!」
明日になろうと、貴様とどこかに行くつもりは毛頭ないのだが。
布で磨き上げた模擬剣を籠に返却しつつ、騒がしい後ろ姿へ肩を落とす。
俺は漆黒のフードを深く被って、『とある』ことを訊き出すために医務室へと足を向けた。
卵色の医務室は、珍しく清涼な空気を着飾っていた。
扉を開けた矢先に流れ込んだ消毒液の香りに、俺は図らずも立ち止まった。
入る場所を間違えたのだろうか。
思った所で、青いドクターチェアがくるりと回転する。
「やぁやぁ、眠り姫くん。早速検診を始めようか」
白衣を纏う乾燥した手先は、ガイコツみたいに丸椅子へと俺を誘った。
下瞼を刻む真っ黒なクマへと近づく。
とそこで、包帯を巻いた右腕が阿吽の呼吸に聴診器を差し出す。
「ん。ありがとう、ユンジェくん」
リリーは慣れた調子で受け取って、ひやりとした金属の感触を俺の胸元へ触れた。
「……ん?」
何度かまさぐるうちに、細い眉毛は微かに釣り上がる。
まさか、身体に何か、異常が見つかったというのか。
「……おかしいなぁ。大体の男の子は、私にこういうことされると心拍数が上昇するんだけど」
「……下らんことを言う暇があったら検診を続けろ」
検診の結果自体は良好。
白衣を纏うリリーは、細い顔立ちに満足げなえくぼを作る。
「君にしては上々の帰還だ。これからもその調子でよろしく頼むよ?」
「ふん。当然だ」
「そう言えば、まだアレックス・ベルトランが検診に来てないんだけど……何か聞いていたりする?」
「いや、知らんが」
鎧のせいで顔など見たこともないが、アイツも肉体の検診ぐらいはするのだろうか。
俺は剣を斬り返すように唇を動かす。
「では、俺からも1つ聞かせてもらうぞ」
「なにかな?」
「任務先で気が付いたが、俺は共栄都市での記憶を喪失しているらしい。心当たりはないか」
散々、俺の治療をしてきたリリーだ。
何かしら、記憶喪失に関して知っていることがあるかもしれない。
そしてその推測は、どうやら当たりだったらしい。
乾燥した唇が、ケロッと吐き出した。
「あぁ……色覚異常の話をした時に伝えたよね?君の脳内にシナプス結合が焼き切れてる部分があるって」
初耳だった。
「なんだと!?聞いていないぞッ!!」
思わず丸椅子から立ち上がる。
乾いた唇は、落ち着いた声を返す。
「私は報告の一連できちんと説明したよ。君が聞いていなかったんじゃない?」
あまりにキッパリとした物言いに、俺はあの日を詳細に振り返って、
『はい、お水だよ!!』
まさか──アルナが乱入したあの瞬間か。
確かにあの時は、アイツの異常な鬱陶しさに気を取られていたような気がする。
……クソ。阿呆のせいではないか。
「記憶はニューロンからニューロンに送られる電気信号によって保存されているからね。そこを繋ぐシナプス結合が駄目になったら、記憶が消えちゃうこともあるでしょ」
まるで他人事とばかりの軽い言い草に、乾いた指先が空間を叩いた。
「もしかして、眠り姫くんにも思い出したい記憶があるの?」
「いや、もう要らん記憶だ」
「それなら良かった。ゼウスの使う記憶施術はよく分かっていないからね」
記憶を失う以前のことになど興味もない。
ただし、この記憶喪失が──MCの支配に関係したものであると言うならば、
俺の安寧の為にも、ゼウスは必ず破壊せねばならないだおる。
「邪魔したな」
「私に会いたくなったらいつでも会いに来てね」
ひらひらと揺れる白衣を背に、卵色の扉をスライドする。
深紅の瞳が、目前を浮かび上がる。
「ッ!!」
思わず後退って腰を落としたところで──その正体に気が付いた。
「六月一日隊長か。奇遇だね」
「……貴様も医務室に用か」
「と言っても、リリーさんから薬を受け取りに来ただけだよ」
特徴のない顔に微笑みが浮かぶ。
どうやら、身体は充分に快復したらしい。
であれば、コイツには伝えておいた方が良いだろう事柄が1つある。
「レオナルド、今から時間はあるか」
「あるけど……六月一日隊長とのマンツーマンは遠慮したいかな」
「そうではない。今から俺に付き合え」
呆気にとられた深紅の瞳を先導する形で、俺は住宅区へと足を向けた。
リードに繋がれた飼い犬が、ハッハと涎を零して地底に生えた街路樹を周遊している。
塀に見通しの悪い道筋へと至れば、いつものガキが3人、飽きもせずに燥いでいた。
「あ、おにーさん!!」
が、今日は不審な全身鎧の姿は見当たらない。
「貴様ら、今日はアレックスは居ないのか」
「うんn……よろいさん、用事あるって忙しそうだったから……」
みるみるうちに沈む、幼気な表情。
「でもおにーさんは暇だよね!!」
俯いた顔が、一挙に輝いて俺の手を掴んだ。
「暇ではないが」
短く反駁するも、ガキが納得するはずもない。
レオナルドは慣れた調子で多頭飼いの散歩をこなしながら、苦く頬を引き攣る。
「はは……意外だな、六月一日隊長が子供と遊んでるなんて」
「アレックスの奴に巻き込まれているだけだ」
ギロリと睨んで言葉を返す。
ガキ共とじゃんけんをして鬼ごっこ。
当然、手加減などしてやらん。
あっという間にガキ共を捕まえ、いつものように不平不満。
そうしてガキ共に付き合っている最中、大人の影が、不意と十字路の白線を立ち止まった。
「あぁ……英雄様がよろいさんだったのですね……!」
ほうれい線の目立った女が、合点が言ったように大きく頷く。
英雄様とは、コイツもアドラの号外に脅された人間の1人らしい。
仄かに舌打ちを零す。
「いつも娘がお世話になっております。あの子もよろいさんと遊ぶのを楽しみにしているようでして……」
ずいと、両手に携えた菓子包みが差し出された。
どうやら、盛大な人違いをしているようだ。
「勘違いするな。俺はよろいなどと、ふざけた名前ではない」
「……は?」
豆鉄砲でも喰らったかのような表情。
硬直する手から紙袋を強引に掴み取り、端的に続ける。
「よろいのヤツは、今日は都合が悪いらしくてな。代わりに俺から伝えてやろう」
「そうですか。ありがとうございます」
それを機に、母親は少女を呼び寄せた。
人影が二つ手を繋いで、夕焼けの住宅路に消えていく。
残されたガキ共も散り散りに家へと帰り、子守りの時間は終わりだ。
巨大な墓前で、今日も静かに手を合わせた。
「お墓参りが付き合いだったのかい?」
「半分は、な」
そしてもう半分は、レオナルド、貴様のことだがな。
夕食の灯りが洩れ出す家々の窓辺を、住宅路に過ぎ去る。
俺は薄暗がりの道筋から向き直り、深紅の瞳を淡々と見据えた。
「レオナルド、復讐なんぞに囚われるのは止めておけ」
その瞬間、一刻前まで夏の海原のように晴れやかだった顔は、瞬く間に暗雲を立ち込めた。
「それは……どういう意味かな?」
深紅の瞳が鋭さを帯びて、明るい茶髪の向こうから覗く。
「なに、特段難しい話ではない」
コイツと共に共栄都市へ潜入、そして脱出する中で分かったことがある。
俺は迷わず、正論を叩きつける。
「貴様は復讐に向かん性質だ。憎悪に身を焦がしたところで、碌な未来はないだろう」
盲した大声が、前も後ろも分からずに暴れ回った。
「向いていないだって……?そんなのは僕自身が決めることだッ!!」
まるで感情ばかりが先だった思考。
やはり、コイツは自らの深奥に気が付いていないのだろう。
かつて本質から目を背けた、俺と同じように。
「恨みつらみと言うのは、当人に後味の悪いものを残す」
「だったら……今あるわだかまりはどこに吐き出せば良いって言うんだい?」
憤怒の炎に上ずった声が肌を逆撫でる。
俺はローブの肩を落として、浅くため息を吐く。
「アレックスの奴も恨んだ人間はいたが……月日が経てばその気持ちも薄れたらしいぞ」
「……無責任だ!所詮は他人の分際でケチを付けるなッ!!」
決して消えない憎悪の衝動は、俺へと犬歯を剥き出しにした。
「僕の復讐は……過去から一歩を踏み出す為のモノだ!僕はマーシャを殺すことで初めて、宿命に決着を迎えることができるんだ!!」
荒々しい息遣いが、地底の街に溶け込む。
闇に伏せた深紅の瞳は、次の瞬間、冷たく漆黒のローブを反射した。
「……残念だよ。六月一日隊長は僕と同じで、復讐をする側だったのに」
「俺は復讐なんぞしたことないが」
「結局は綺麗ごとを吐き出す連中と……いや、違うか。変わってしまったんだよ、君は」
ハッと、憐憫に歪む口元。
レオナルドは俺を追い越して、濃い影の中へと突き進む。
その背中を追うことはない。
しかし最後に1つだけ、俺は伝えてやった。
「貴様、偽物のマーシャの死体を見たのだろう? そのとき何を思った? なぜ青い顔で狼狽えた?」
「その意味をよく考えるんだな」
その忠告は鎖のようにレオナルドの足に纏わり付き、やがて、強引に引き破られた。
次回の投稿日は9月7日の日曜日となります。
それでは、また次話でお会いしましょう!




