第2話 ゲームスタート
汚染ガス中和剤『雪風』
汚染ガス『PZ305』を浄化する唯一の方策。
空気中に散布することで、土壌や大気に蓄積した毒素を分解する。
ナノロボットを介して体内に服用することで、汚染地帯での活動をも実現可能だ。
『雪風』の登場により、共栄都市の外では、清浄された土地に大農園が開かれている。
【共栄都市潜入ミッション】 危険度★★★★☆
特別ミッションの時間だ。
共栄都市へと潜入し、現地のスパイと共に暗躍に努めてくれ。
やるべきことはただ1つ、人工知能マーシャの動向を掴むことだ。
あわよくば、その場でマーシャの破壊を決行してくれても構わない。
臨機応変な対応は、全て諸君らに一任する。
尤も、共栄都市の防衛システムが強固であることは周知の事実だ。
総員の潜入は困難を極める。
よって、本ミッション参加者は3名に絞って欲しい。
人員の選抜が終了次第、私に連絡をくれ。
────
「──と、言うわけだ。任務に参加したい奴は手を挙げろ」
ここはいつもの地下アジト。
訓練生の掛け声が窓枠からよく響く、会議室。
俺はホログラムに投影した通達を背に、それぞれ個性的に丸テーブルへ着いた『規格外共』を見渡す。
「はいはいっ!わたし行きたい行きたいっ!!」
真っ先にピンと伸びるのは、白い天井を目指すアホ毛。
初夏のセミみたいに自己主張の激しい声が、ベージュ色の壁紙を染み渡った。
場の空気を理解しないその態度は、潜入任務に対する適性の乏しさをこれでもかと披露しているだろう。
「おい、俺は挙手をしろと言っている」
「……え?わたし立候補してるよー!」
ブンブンと横に揺れる紺色の制服。
当然流す。
気ままに本を読む凡人に、会議室の天井付近を遊覧する球状ドローン。
他の規格外共は、先日のように好き勝手に過ごしている。
まるで俺が目に映らないとでもいうような態度に、頭の奥底で、プチリと赤い糸が切れる感覚が充血した。
「……貴様ら、いい加減に俺の言うことを──」
「クックック……やれ好きにしろ、やれ従え……秋の空の如き手のひら返しだな」
不敵な笑声が、耳奥を突き刺さった。
間隙、身体が硬直する。
程あって、氷点下の視線を、円卓の端に足を組む中二病へと浴びせる。
「……なにが言いたい」
ニヤリと、桃色の瞳が高慢に歪んだ。
「1人死なせてようやく後悔か? 我らは、人に尽くさぬ隊長に命運を託すつもりなど毛頭ない。相応の誠意というやつを見せて貰わなければ、な」
視界が、真っ赤に染め上がった気がした。
炎に焼かれた漆黒のローブが一歩前へと揺れる。
背後から絡みつく華奢な腕を、強引に捩じ切った。
「貴様……ッ!!」
そして俺は、衝動に導かれるがままに拳を振り上げて、
漆黒の籠手が、グッと、俺の左腕を掴み上げる。
俺はキッと、兜に光る赤い眼窩を覗き込んだ。
「……なぜ、貴様が俺の邪魔をする、アレックス」
「喧嘩、競争、大いに結構。ただし、未来を奪おうとするのはやり過ぎだと私は思うのだ」
全身鎧の重さに掴まった腕は、ピクリとも動かない。
「私は分かっているつもりだとも、六月一日殿が変わろうとしていることは」
「ならば──」
「なればこそ、六月一日殿にも分かるのだろう? ユンジェ殿の言わんとすることも」
中性的な機械音声が、柔和に俺の奥底を見透かした。
まるでふざけた現状。
しかし、作り上げたのは俺だ。
磁石みたいに震わせた右腕から、すっと力を抜く。
「……チッ」
「流石は六月一日隊長。聡明なる判断です」
どうやら、コイツらと共に闘っていくためには、まずはチームを一丸にするところから始めなければならないらしい。
「良いだろう。今回ばかりは貴様らに主導権を委ねてやる」
「クックック……かつての盟友に参かるというのも、また一興」
「ふむ。私もかねてより共栄都市という場所には興味があったが……」
「貴様らはやめろ。見てくれがあまりに特徴的過ぎる」
全身鎧に中二病ファッション。後者は不審な言動のおまけ付き。
潜入任務とは水と油の関係性だ。
改造制服の胸元に垂れた骸骨のネックレスを弄る中二病。
しゅんと縮こまる大柄な全身鎧。
とそこに、良く張った声が割り入る。
「──だったら、僕が共栄都市に行くよ」
深紅の瞳がやけに真摯を帯びて、両目が翡翠の義眼となった俺を映した。
──共栄都市の元スパイ。レオナルド・ブレグマン。
こんな凡人に暗躍が務まるとは思えんが、いや、その平凡な見た目が活きたのかもしれない。
元より、薬にも毒にもならなそうな奴だ。コイツは連れて行くつもりだった。
これで1名は確定。
隊長である俺は当然参加する。
となると、後は。
「レイ、貴様はどうしたい」
「残念ですが、共栄都市では私は役立たずとなります。妙な電波のせいで、ドローンを内部で操ることができませんので」
プロペラの羽音を鳴らす球状ドローンは、極めて現実的な解答を下した。
けれど、それは俺にとって悪夢のような一言だ。
アメジストの瞳が、希望に輝いてひょこりとモグラ叩きみたいに隣からひょこりと顔を出す。
「だってさ!六ちゃん!!」
もはやコイツの参加を見送りにできるのは、俺の身勝手な言い分だけだった。
「……仕方があるまい。貴様を作戦に組み込んでやる」
「やったー!!」
ストロベリーブロンドの髪が靡いて、小バエのように会議室をはしゃぎ回る。
こんな阿呆を連れて行くのは不安しか残らない。
が、頭の中はさておき、コイツは見た目だけは真っ当だ。
或いは、潜入任務で役立つ時が来るかもしれん。
「共栄都市っておやつ持って行っても良いのかな??」
「……いや、使えんか」
乳白色の指先で下唇に触れる姿を前に、堪らず、嘆息が溢れた。
毒々しい曇り空の下、荒野に眠る朽ちた街が、後部ハッチの外を待ち受けている。
各々が綿密に装備を厳選した結果、出発の準備が完了したのは、3日後だった。
HAF地下アジトから共栄都市までは凡そ半日。
レイが遠隔で操る装甲車に揺られる。
阿呆の騒がしい道中を過ごした果てに、荒っぽい風が、フードを砂利に叩きつける。
「六月一日隊長、たぶんアレだね」
荒野を浮かぶダムのように分厚い巨壁が、量産型大学生に変じたレオナルドの指差す先で、影を落としていた。
──共栄都市を取り囲む環状壁。
義眼を凝らせば、その麓に、大型トラックが影に隠れている。
「早く本物のお肉食べに行こっ!!」
懐かしくも苦々しい涸れた大地に、いつもの紺色な制服が躍り出す。
まったく、コイツは本当に、なんの目的を以て共栄都市に潜入するつもりなのか。
乾いた大地に足音を響かせる。
苔むした灰色に近づく度に、砂塵の向こうに男スパイの姿が浮かび上がる。
「あなた方が六月一日御一行でしょうか?」
「貴様が手引き人か」
「えぇ。ジャック総統よりお話は伺っております。どうぞトラックへ」
鈍色に閉ざされた荷台の扉が、軋み音を鳴らす。
多種多様な機械製品が、薄暗い空間を整然と並んでいた。
光剣の入ったギターケースを男スパイに預け、狭苦しい荷台に乗り込む。
とそこで、名残惜しそうに脳内電信が繋がる。
「……六月一日隊長。どうかご武運を」
不安に揺れた言葉を最後に、パタンと、荷台は闇に包まれた。
天気の悪い海を征くみたいに、トラックは荒野を粗く揺れる。
やがては静穏な道へと移行し、行き交う車の走行音を外から震動した。
お盆のように製品を被ったストロベリーブロンドの髪が、おずおずと薄闇を揺れる。
「これ、いつ着くのかな?」
「僕たちを安全に下せる場所を探しているんだと思うよ」
荷台に充満する過剰な金属臭が、肺底を淀んだ。
水面に差す太陽を求めるように、自ずと腕は扉の隙間に浮かぶ光へ惹かれる。
程あって、ぷつりと、エンジンの胎動が途絶えた。
「……到着かな!」
荷台から解放されることがよほど嬉しいのだろう。
阿呆も凡人も、互いに表情を緩めて顔を見合わせている。
淡い光が、暗がりの世界を浄化した。
キィと軋み音に目覚める扉。
血に汚れた肉体が、平和の光に風化していく。
清廉とした眩しさに、思わず、腕で目元を覆う。
やがて解き放たれた扉の先には──真っ青な大空、春を思わせる花の産声──
──『まだ新鮮な鉄錆の香り』。
「ッ!?」
鼻腔を刺激する平和とかけ離れた匂いに、思わず瞼を見開く。
ビル群が競い合うように天を目指していて、いや、それ以前に。
黒い背広に覆われた左胸が、白亜の手のひらに貫かれていた。
「が……は……!」
ごぽりと溢れる、生温かい血液。
それをドレスコードのように、純白の機体は纏い浴びる。
無機質な平顔がゆっくりと振り返って、機械的な笑声を閑寂なる丘陵に響かせた。
「ようこそ共栄都市へ!あなた達は既に、鳥籠のカナリアなのです!!」
さて、これから共栄都市編のはじまりはじまりです。
次回の投稿日は8月29日の金曜日となります。
それでは、また次話でお会いしましょう!




