第8話 その呪いは渦巻きのようで
自動駆動型掃討ロボット『タイプC』
白の砲身を背負った四つ脚の機体。
大きさは10メートルほど。
鋼鉄の装甲は並大抵の武器では傷一つ付かず、背負った巨大な砲口の放つレーザー砲は、一瞬にして人間を蒸発させてしまう。
もしも戦場で出会ったのならば、それはあなたの死を意味することだろう。
指令 【輸送車護衛任務】 危険度★☆☆☆☆
まずは諸君らに礼を言っておきたい。
F14コンビナート制圧作戦に尽力してくれて助かった。
結果的に、F1~F20拠点の奪還に成功。
資源も大きく回復し、我々の戦力増強は間違いない。
ところで、今回は諸君らに輸送車の護衛ミッションを頼みたい。
敵対勢力が輸送部隊を強襲する恐れはあるが、なに、諸君らにとっては些末な問題だろう。
この頃余りある暴力は任務で発散してくれると嬉しい。
我々は諸君らに期待している。
作戦開始は2171年3月12日。その日の午前9時に格納庫へ集合せよ。
────────
作戦当日の早朝。
訓練場で最終調整を終えた後のことだ。
『自室』へ戻って来ると、思わず眩暈のする光景が、扉の向こう側から飛び込んできた。
「六ちゃんお帰り!」
クラゲのようにゆらりと揺れる桃色が、レトロな室内を、しゃぼんの匂いに浸している。
パタパタと、羽のように動くアホ毛。
間隙、俺は玄関先で立ち尽くし──部屋へと足を踏み鳴らした。
「……」
容赦なく拳を振り下ろす。
小柄な身体はひょいと躱した。
ハウスに戻る犬みたく、薄桃色の髪はとてとてと小走りに廊下を辿る。
間取りから前居住者の古物に至るまで、何をどう勘案しても、ここは俺の部屋そのものだった。
「……なぜ、貴様が俺の部屋に居る」
再び腕を振り上げつつ、辞世の句を聞いてやる。
華奢な指先が、下唇を撫でる。
「……分かんない!でも部屋の鍵あいてたよ?」
「だからと言って、勝手に他人の部屋へ踏み入っていいと思うか?」
「あのね!六ちゃんのためならって、レイちゃんが作戦会議に協力してくれたんだけど──」
朝から本当にうるさい。
蝉の寿命は一週間と言うから、コイツもあと僅かの命なのだろう。
「作戦の共有など不要だ。各々勝手にやれと、俺は以前に言ったはずだぞ」
「うん!わたしも好き勝手してるの!!」
今度こそふてぶてしい笑顔が、ほわほわと快活に言葉を返した。
思わず口を開く。
頭のメモ帳を捲ったところで、そこは白紙だった。
免罪符を得たとばかりに、華奢な身体は左右に揺れる。
「あれ~?どうしちゃったのかなぁ~?」
ちょんとメロディーを弾む小鼻。
このワンルームを埋め尽くす本棚から、前時代の遺物を取り出しては引っ込めたりした。
俺は尻目に舌打ちを残して、漆黒のローブを翻す。
「……あっ、待ってよ六ちゃん!」
背中を追い掛ける阿呆には、もはや見向きもしなかった。
辿り着いた格納庫は、以前と比べて室温を3℃上昇させていた。
その原因は──奴隷のように積み荷を抱えた、モブ以下の雑兵たち。
蛆虫の記憶が頭の片隅を蠢いて、堪らず、舌を鳴らす。
なぜかユンジェは作業を手伝っているが、中二病の意図は計り知れない。
「今日は部外者が多いな」
「彼らの護衛こそが、私たちの任務ですから」
脳内を浸す事務的な冷声に、球状ドローンが目前を浮遊する。
「レイちゃんがね、ドローンでみんなのことサポートしてくれるんだって!」
「いえ。私がサポートするのは六月一日隊長ただ一人ですが」
ぴしゃりと浴びせられた冷水に、凍り付くアホ毛。
「あ、あれ……? わたし達って、チームだよね……?」
「ポンコツなんぞ足手纏いだ。貴様は雑魚共の世話でもしていろ」
「いえ、今度こそは──」
蜂に似た羽音を鳴らすドローンを手で払った矢先──
凍える冬風が、身体の奥底を貫いた。
首を背後へ動かす。
ギラリと、月色の瞳が光っている。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「とっとと死ね」
親の仇でも見るような凄惨な眼光。
漆黒のスーツをピタリと全身に纏ったヨルは、超弩級のスナイパーライフルを背負って格納庫を進んだ。
「……ヨルちゃん?何かあったの──」
不思議そうに後を追うアルナ。
まだ暫く、荷積みには時間が掛かるだろう。
格納庫の灰色な壁面に背を預け、静かに瞼を伏せる。
ザっと、複数の足音が、俺を取り囲んだ。
肌に突き刺さる鋭い殺気。
閉ざした瞼を強く開く。
赤く燃え上がった瞳が、右腕を大きく振り被っている。
「死ねやクソ野郎ぉおおおおおおおッ!!!」
暴風の如き激情が格納庫内を轟き──俺の頬へと、真っ直ぐに拳を突き出した。
扉を殴り飛ばす激しい打音が、格納庫をきつく縛り上げている。
尤も、モブの一撃など喰らうはずもない。
首を傾げて一撃を回避。
そのまま腕を掴んで一本に背負い、青年の身体をコンクリート床へと叩き付ける。
「ぐぁ……!」
眉間に皺を寄せてフードの底に覗けば、今すぐにでも飛び掛かって来そうな取り巻きどもは、ピタリと足を凍り付かせた。
「貴様ら……なんのつもりだ」
この度、俺は輸送隊の護衛任務を請け負ったはずだ。
間違ってもコイツらに襲われる理由はない。
……まさか、ここに居る奴らは全員、俺を裏切ったか。
「て、テメェの護衛なんざこっちから願い下げなんだよ!サッサと失せろッ!!」
赤髪を逆立てた青年が飛ばした唾に、合点がいく。
なるほど。俺に恨みを持つ者達の暴走らしい。
しかし任務と私情を混同するような馬鹿は、ここらで分からせておくことにしよう。
錆び付いたネジを回すような音が、格納庫によく響いた。
「ろ、六ちゃん!やり過ぎだよ──」
慌てたように遠くから駆け寄るアメジストの瞳。
「ふん。俺とて雑魚の御守なんぞ御免だ。それでも、仕事であれば致し方がない。そうだろう?」
「こっちはテメェが信頼できねぇんだよッ!!」
「信頼がなくとも信用は勝ち取ったはずだが」
こんな馬鹿共に足を引っ張られては大迷惑だ。
やはり、今のうちに再起不能にしておくか。
俺は迷わず青年の腕を捩じ砕こうとして──瞬間、
「──悪かったな。うちの部下が粗相をして」
重く鈍い音が、青年の取り巻き共を吹き飛ばした。
30前半ほどの男だ。
モブ以下ではない。
金色のバッヂが、迷彩柄の防弾服に輝いている。
その腹部は風船のように丸々と膨らんでおり……あぁ、コイツは、
「ハサン・ナエフだ。本任務ではよろしく頼む」
セメントに固まる爽やかな笑顔が、取り巻きを殴り倒した手をひょいと差し出した。
当然、握手には応えてやらない。
が、これ以上の敵対は任務に悪影響だ。
舌を鳴らして青年を蹴飛ばせば、取り巻きの馬鹿どもは火事場泥棒みたいにその場から逃げ出した。
右手は軽い身振りへと切り替わり、格納庫に指揮を響かせる。
「各員集合!整列せよ!!」
「はっ!!」
規律の整った返事を合図に、輸送隊は本格的に動き出した。
輸送車は計5台。
俺達は好き勝手、護衛する輸送車を選んでいく。
「六ちゃん!わたしと一緒に──」
「──ヨル。行くぞ」
「……えぇ」
柔らかい感触を軽く振り払う。
ヨルは冷たい表情のまま、軽く頷く。
「……え?六ちゃんいつの間にヨルちゃんと仲良くなったの??」
一層の丸みを帯びるアメジストの瞳を置いて、輸送車の屋上に乗り込んだ。
総員の準備が整い、シャッターが静音に瞼を開く。
柔い陽光が、冬の空気を和らげていく。
輸送車は列を為して雄叫びを上げ、廃都市のひび割れた幹線道路を疾走した。
ロデオのごとき狂乱が、遠く海の見える山道を突き進んでいく。
雪崩れ込む緑の香り。
鼓膜を叩きつける凍てつく突風。
痛いほどに冷え込んだ耳先は、上手く機能しない。
脳内電信を繋げて、意思疎通を図る。
「ヨル、作戦内容は覚えているな?」
「アンタがアドラと交戦している間に──ターゲットを撃ち抜く。作戦とも呼べない単純なモノでしょ?」
雪のような手先が、隣で風にたなびく銀髪を抑えた。
勿論ながら、ただ、アドラを狙撃すれば良いわけではない。
奴は人工知能。
15秒の遅延を縮めて世界を読み込むことが出来るのだから。
なればこそ、奴自身の隙を突く。アドラを壊すにはソレが必要だ。
奴がこれまでに晒した隙は2つ。
1つは、曲がり角でアルナから一撃を貰った時。
1つは、『規格外』達の銃撃に気が付かなかった時。
詰まる所、それは──
「良いか。必ずアドラの『意識外』から致命の一撃を放て」
──奴が、意識にその過程が捉えていたか否か。その1点に尽きた。
アドラは決して無敵ではない。
理由は判然としないが、奴は人間を再現した機械体で活動している。
意識外という概念が存在するのが証拠だ。
要するに──アドラは人間が捉えられない情報を解析することができない。
視界に見えていなければ、それは認識に存在しないも同然なのだ。
「分かっているな?」
ふんと、彫の深い鼻が冷たく返す。
強風と震動に揺れる輸送車の屋根上。
ヨルは1人だけ世界から切り離されたみたいに、狙撃銃を正確に構えた。
重い発砲音が身体に轟いて、茂みに潜む一つ目がガラス細工のように弾け飛ぶ。
「何度も言わせないでくれる?アタシは『規格外のスナイパー』よ」
白い歯がマガジンを咥えて、剥き出しに威嚇した。
過ぎ行く山道に、強襲部隊の生き残りは見当たらない。
仮にも総統直属の特殊部隊が前方3台を護衛しているのだから、当然だ。
四肢を斬り刻まれた機械兵。
眉間に風穴を開けた機械兵。
路肩に散乱する土塗れの死体を早送りに眺める。
「……やはり、退屈な任務だな」
図らずも零したその時──
──黒煙が、遥か前方から吹き上がった。
山道を流れる装甲車が、ドミノ倒しのように緊急停車していく。
冷気に伝う焦げた匂い。
微かに聞こえる銃声。
ヒートソードを腰部から抜き出し、屋上を蹴り飛ばす。
草むらから踊る2つの赤い目玉を目掛けて、光の刃が喰らい付いた。
「雑魚どもが」
この程度で俺を食い止められるとでも思ったか。
勢い余って機械兵を一刀両断。
大地へ滑り込み、踵で地面を抉り込む。
身体を反転させて、小銃を構える機械兵へと接近し──
「死になさい」
沈黙の弾丸が、機械兵の後頭部から眉間を突き破った。
銃弾は螺旋を描いて、俺の額へ迫り来る。
焦る必要は1つもない。
ヒートソードの角度をずらし、銃弾を切断する。
黒い銃口が、屋根上から舌打ちを響かせた。
「馬鹿が。意識の上にある限り、狙撃など当たるはずもないだろう」
次いでとばかりにもう一発銃弾が放たれた。
パワードスーツのアシスト頼りに、輸送車へと跳び乗る。
どうやら、アドラが現れたわけではないらしい。
しかし奴は俺を狙っている。必ずどこかで現われるはずだ。
破壊された装甲車から荷物を乗り換えているうちに、寒空が藍色に移り変わった。
思った以上に、機械兵から足止めを喰らった。
すっかり帳の落ちた薄暗い廃都市。
一夜を明かす形で、輸送車が立ち止まる。
「アドラは現れない、か」
「ほんの少しでも寿命が伸びて良かったわね」
「そうだな。今日のところは、奴にもう少しばかりの余生を楽しませてやるとしよう」
「馬鹿ね。アンタの寿命の話よ」
輸送車の寝室化。
テントの設営。
篝火の準備。
輸送隊+ユンジェがあくせく働いた結果、薄暗い廃都市は小キャンプ場へと変身した。
尤も、俺は廃ビルに寝静まるつもりだ。
出会い頭に殴り掛かってくるような奴らと雑魚寝は御免である。
「……随分と、綺麗だな」
選んだ薄暗い廃ビルは、整備された遺跡のように清潔だった。
野宿の準備を軽く整え、輸送車に並ぶ列へ参戦する。
食糧配給に受け取ったモノは、昼間と同じく完全食のクッキー。
あとは経口補水液。望む者は酒。
漆黒の全身鎧が夜に紛れて、ずんと肩を落としている。
「……廃都市でひもじい思いをすると、苦い記憶を思い出すものだ……」
人気のない瓦礫に腰を下ろし、包装を剥いてぼそぼそとしたクッキーを口に運ぶ。
ドラム缶に燃やされた篝火が伸ばす人影は、ちょとした祭りみたいだ。
賑やかな会話の輪が、アルナを筆頭に部隊を問わず広がっていた。
尤も、死神纏いとして恐れられる銀髪は、篝火の陰りに1人佇んでいるが。
「……」
当然、俺の下には誰も来ない。
時折、呪いの視線が輸送部隊から向けられる。
篝火の弾ける音が耳に響いて、冷たい微風が心地よかった。
「流石に身の程を弁えているらしいな、A006」
けれど安息とは長くは続かないもので、醜く揺れた腹が、ずんずんと近づいてくる。
「お前は部隊の仲間にも随分と嫌われているようだ」
「貴様はよほど、話し相手に飢えているらしい」
売り言葉に買い言葉。
ハッと冷笑を鳴らして応じる。
表面上の爽やかな笑みが、炎の陰影に揺らぐ顔から剥がれ落ちた。
「A006。私は決してお前を許さないと言っただろう」
「それがどうした」
夏の夜にはさぞ似合うだろう冷たい声が、野太く夜空へ響いた。
「この度の任務では、不慮の事故が起きるかもしれんな」
「やれるものならやってみろ。貴様ら如きに遅れは取らん」
「では、せいぜい気を付けると良い」
そう言ってハサンは、死の粉を払うように俺へと手を振る。
けれど、夜明けを迎えることなく、輸送隊は壊滅した。
次回の投稿日は8月22日の金曜日となります。
それでは、また次話でお会いしましょう!




