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お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作者: うずまきしろう
一章 あなたの一番怖いもの
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第7話 悪魔との取引 deal with the Devil

 MCマザーコンピュータ


 かつて人類が生み出した諸悪の根源。

 当時の専門家たちが集い、極秘計画の下、2070年11月10日に誕生した。


『人類益々の発展』を第一目的に造られたMCは、自律進化する人工知能……ゼウス(Zeus)を、自らの分身として創造する。

 

 なればこそ、人類制圧を経た彼の存在は、今も淡々とこう答えるのだ。

 全ては、人類の発展に収縮する行動なのだ、と。

「なん、だと……?」


 右手は、握り返される感触だけを受け取る予定だった。


 反して、手のひらを残響する痺れ。

 不意の打鐘は、脳天にまで突き抜けている。


 俺は愕然と目を見開いたまま、馬鹿みたいに薄暗い訓練場を立ち尽くした。


 数秒の間があって──コイツは俺の『お願い』を一考の余地もなく『お断り』してきた──

 ようやく、意識が現実の背中に手を伸ばす。

 俺はフードの底で眉間に力を込める。


「……貴様、この俺がわざわざ頭を下げてやっているんだぞ」

「アンタの頭にどれほどの価値があるって言うのよ」


 刺々しい冷声が、吹き矢みたいに俺の胸を貫く。

 二の句は継げない。

 堪らず舌を鳴らして、青白い瞳を睨みつけた。


 そも、理由もなしにこうにまで拒絶されるのが想定外だった。

 ヨルは何者も寄せ付けない素振りで翻り、絹糸のような銀色を揺らす。


「それじゃ、この話は終わりだから」


 聳え立つ氷壁が、一足先に足音を鳴らした。

 万年雪を溶かす方法など思い付くはずもない。

 唇を噛み締め、床に映った影を見送る。



 結局その日、俺は協同を取り付けることは叶わず、ただ苦渋を味わっただけであった。



 なればこそ、翌日、


「ヨル、俺と組め」


 雪被りの細長い眉が、あからさまに吊り上がった。


「……はぁ?アンタまだ言ってるわけ?」

「当然だ」

「アタシは御免よ。仲良しのアルナとでも組みなさい」


 あんな奴と仲良しになった覚えはない。

 が、確かに阿呆と協同してアドラを追い詰めるビジョンは幾らか想定した。


 しかし、アドラの『弱点』を突くには、アルナでは足りない。

 必要なのは、超遠距離型なのだ。


「あの阿呆は存在そのものがいけ好かんが……今回はそういう事情ではない。貴様が必要だ」


 ピクリと、凍り付いた肩が微かにひび割れた。


「……嫌と言ったら嫌よ。サポートが欲しいなら……レイ辺りに頼みなさい」


 相変わらずの拒絶の言葉。

 しかし何故だか、昨日のような絶壁は感じられない。

 首を傾げているうちに、細い腕が背中から手を振る。


「じゃ、また明日」


 そうしてまた約束の時間が訪れ、


「俺に協力しろ」

「嫌って言ってるでしょ」


 また翌日、


「そろそろ受け入れたらどうだ」

「……しつこいプロポーズね」


 来る日も来る日もヨルには協同を断られる。

 俺はめげずに『お願い』を続ける。

 心から胸糞悪い日々だった。


 一体、どれだけの地獄を耐え抜いたことか。 


 ある日、とうとう月光のような瞳が伏せ、深々とため息を鳴らした。


「アンタ……どうしてそこまでアドラを壊したいわけ?」

「俺は俺の敵を許しはしない。何があろうと挫いてくれる」


 義眼の右眼は、今も闇に炎を燃やしている。


 強者に従い、強者を尊び、そして強者を挫く。

 何もかもを弱者に落とし込んで、俺が王者として世界に君臨する。

 弱肉強食の世界においては、それだけが安寧を得られる道なのだから。



 それに、この数日でヨル・シュミットという人間がなんとなく見えてきた。



 コイツにとっての価値基準がソレにある理由には、理解が及ばないし理解しようとも思わない。

 まるで異なる文化圏にぶち込まれたような感覚だが、必要とあらば、なんでもやってやる。



 闇中を泳ぎ回る青白い瞳を、俺は逃がさずにすくい上げた。



「ヨル、この作戦には『貴様が必要』だ」


 今度は拒絶の言動はなかった。

 水面が仄かに揺れるみたいに、夜の訓練場はとっぷりと沈黙に浸されていく。


 その果てに、淡い呟きが紛れ込む。


「…………付き合い、なさいよ」

「……なに?」

「明日、アタシに付き合いなさいよ。……それでもアタシが必要だって言うなら……もう、アンタを止めはしないから……」


 真っ白な指先は銀色の横髪を耳裏に掛けて、一方的に訓練場から姿を消す。


 去り行くその横顔には、喜哀の混じった複雑な色が浮かんでいた。






 翌日の午後4時、俺は階下にあるヨルの部屋前で待ち惚けていた。


 何のためにこんな真似をしているか。

 協同する上で奴が突き付けた条件を満たす為でしかない。

 足踏みが、玄関先で素早くビートを刻む。


 やがて、真っ白な腕が扉の向こうから顔を出した。

 灰色のパーカーが、フードの中に青白い瞳を見開く。


「あら、待たせた?」

「サッサと案内をしろ」


 黒猫の耳飾りが、深々とため息を鳴いた。


「我儘な王子様ね。少しぐらいエスコートをしようって気概はないのかしら」


 是非とも、跳び膝蹴りを喰らわせてやりたい背中だった。


 が、今は協同という要件がある。

 ぐっと右脚を堪えて、代わりに路上を踏み出す。

 花束を抱えた紙袋を追って、地底の各層へと移動するエレベータに乗り込んだ。



 夕刻に染まった地底の街が、滝を昇るように目下へ流れ去っていく。



「何処へ向かうつもりだ」

「着いてからのお楽しみよ」


 チンと、静音が疑問に答えを開いた。


 目前を広がったのは──家庭的な平屋が並木道のように続く住宅路。

 岩壁から注ぐ暖色の明かりが、長い人影を2つ落とす。


「住宅区か」

「付いてきなさい」


 塀の高い十字路に踏み入ったところで、突如、不審なロボットが動き回る場面に出くわす。


「ハッハッハ!さぁ、ちびっ子たちよ!この私から逃げてみろッ!!」



 2本の角を生やした漆黒の兜が、声高にガキ共を追い掛け回していた。



 誰がどう見ても、事案だった。

 思わず2人して立ち止まる。

 ガタイの良い全身鎧は流暢に振り向いて、目玉代わりの赤い光を点滅させる。


「おぉ。六月一日殿にヨル殿か」

「よろいさんのおともだちー?」


 ガキ共は道路の白線をパタパタと走った。

 金属鎧の腰部に隠れて、純真な目をこっそりと覗かせる。


「あぁ、良き仲間だとも」


 漆黒の籠手が、小さな頭を滑らかに撫でる。

 鎧の向こうで、パッと笑顔が咲く。


「じゃあ一緒に鬼ごっこしよ!」



 とびきりに嫌な予感が背筋を伝った。



 駆け足で接近する妖精たち。

 俺は見逃さず、その場から一歩退く。

 結果、色白い腕だけが捕縛される。


「え。ちょ、ちょっと……!!」


 動揺に揺れる銀髪を置いて、俺はローブを翻す。


「俺は暫し街の見物でもしておくぞ」

「ア、アンタ逃げるつもり!?」

「人聞きの悪いことを言うな。貴様はガキ共と遊んでやりたいだけだろう?」


 妖精たちの宴に吞まれる灰色のパーカーを背に、俺はそそくさと十字路を離れた。









 画面に浮かぶ赤い帽子の配管工を、黙々とゴールへ運び込む。


 ガヤガヤと祭りみたいにごちゃつく店内に、特殊なBGMが花火を打ち上げる。

 俺はコントローラーを置いて、ゲームセンターを発った。


「……そろそろか」


 無秩序に入り組む建築物。

 ネオンの看板に、買い物客で賑わう大通り。

 人と建物が押し合う商店区の街並みは、師匠と暮らした歓楽街の雰囲気にどこか似ている。



 住宅路まで踵を返せば、夕陽色を浴びた銀髪が、一枚絵のように塀へ背を預けていた。



「アンタ、随分と楽しんできたみたいね」

「貴様の方こそ、鬼ごっこを楽しんだんだろう?」 


 皮肉を込めて口元を歪めた。

 そのつもりが、薄い唇は微かに緩む。

「そうみたいね」と、青白い瞳は道路を映し出す。


「もう暗くなって来たわ。早く行きましょ」


 過ぎ行く両脇の家々は、プラネタリウムみたいに藍色を照らしていた。


 住宅区で不自然に開けた場所に辿り着く。

 ヨルはその手前に立ち止まる。


 俺は灰色のフードを垂らした背中を追い越し──そして、目撃した。



 無数の石碑が、緑化された広場で安らかに眠る光景を。


 

「ここは……墓地か?」

「そうよ」


 十字架に三段墓。

 墓標のごった煮が整然と影を伸ばす空間だ。

 編み上げブーツが石畳を響いて、最奥へと俺を導く。


 待ち望む巨大な墓石は、幾人もの名前を一身に刻んでいた。


 雪のような手のひらが、そっと、磨き上げられた墓石を撫でる。


「これが、アタシの殺した数……」

「律儀なものだな。敵対勢力の殺害数を覚えているとは」


 淡々と相槌を返せば、墓石に反射する青白い瞳は、アッサリと返した。



「違うわ。これは、アタシが殺した味方……『同胞』の数よ」






 まるで理解の及ばぬ一言が、耳穴を右から左へと流れていく。


 どういう意味だ。

 言葉を発するより先に、闇に沈んだ冷徹な目が振り返った。


「アタシは、『規格外のスナイパー』……どんな敵でも撃ち抜く、驚異の狙撃手……」

「だけどそれは、アタシの技量だけじゃない。だって、アタシには『死神の囁き』が聞こえるもの」

「……死神の囁きだと?」


 今度こそ、眉を顰めて反応する。

 フッと、斜陽に陰る笑みが引き攣った。


「どの角度で、どのタイミングでトリガーを引くべきか。いつ頃からか、アタシには不思議とソレが聞こえるようになったの」


 直感ってやつかしら。


 薄い唇が、深い吐息を落とす。


「けれど……囁きが聞こえると必ず、射線上に仲間の誰かが入り込む」

「その癖、囁きを無視すれば、それはなんらかの形でアタシに危害を及ぼす」

 

 徐に捲り上がるパーカの長袖。

 痛々しい古傷が、教訓の証として治癒されずに真っ白な二の腕を抉っていた。

 

「だから……アタシは敵を殺す度に仲間を殺す。そんな死神よ」


 そう言ってヨルは、憂いの色を墓標に映した。


「そうか。その為に、貴様はアイツらとも距離を取るのか」


 フードの底にポツリと吐き出す。

 墓標に新たな名前が刻まれることを悲しむように、小さい嘆息が返る。


「どうせいつかは殺してしまう人達……アタシが近づいて良いはずないじゃない」


 青白い瞳が夕刻の光を浴びて、遠く俺を見つめた。


「これでわかったでしょ?アンタとは組まない。アドラは強敵よ。協同するとなれば、必ずアンタが死ぬ」



 死神の囁きについて話したのは、俺に協同を諦めさせる為か──



 再び目前を隆起する氷壁。

 面倒なことになった。


 しかし、俺はどうあってもアドラを破壊せねばならない。

 俺の安寧の為に、コイツの協力は欠かせない。

 細い指先が、銀色の横髪を耳に掛ける。


「……ほ、ほら。曲がりなりにも、アンタには世話になってるわけだし……ちゃんと伝えるべきだと思って……」


 義理に思う点が間違っている。

 というか、他人を避けているなら、コイツはどうして俺に近づいてきたのか。


 いや、今はいい。目の前のことだけを考えろ。

 墓地の地面に視線を落とす。

 砂漠で砂金を拾い集めるみたいに、僅かにでもヨルが協同を受け入れる可能性を探り回る。



 やがて──金の微粒を、見出した。



「……そうか。貴様は、その『力』を嫌っているのか……」


 自然と、口角が浮かび上がる。

 薄い唇は、小刻みに震える。


「当然、じゃない。こんな『力』がなければ……アタシは……ッ!」

「──何処かで野垂死んでいただろうな」

「……は……?」



 青白い瞳が、間抜けに見開いた。



 なるほど。

 心の何処かで認めていない、或いは見て見ぬ振りをしている深奥といったところか。

 無情なる事実を、細身の身体へ淡々と突き刺していく。


「貴様は『力』に頼って生き延びてきた。ならば、貴様はその『力』を恨む以上に、感謝せねばならん」

「か、感謝ですって……!?」


 冷たい声が、天地が入れ替わったように裏返った。

 まだ分からないのか。

 存外、お花畑な頭の持ち主だ。


「貴様は、自分が生き残る為に仲間を殺して来た。その事実は変わらない」

 

──それが、貴様が今日までやってきたことだろう?


「……ッ!!」


 冷ややかな目で暗に言い継ぐ。

 真っ白な歯が、下唇を噛み締めた。


 良い調子だ。

 ニヤリと、俺は分かり易く口元を歪めてやる。


「道化が。要らぬと言うのなら、喜んで俺に差し出してほしい『力』だな」

「……あ、アンタは何も分かって……ッ!」

「俺は貴様と違って、悲劇の少女を演じるつもりはないぞ?」



 そこで、激昂の臨界点が訪れた。



「アンタ──!!」


 充血した切れ長の眼光が俺を貫く。

 尖った氷塊が目玉を抉った気がした。

 凄むヨルは素早くビンタを振るい──しかし、当たるはずもない。



 冷風だけが、僅かに頬を撫でた。



 上下に荒ぶる熱い吐息が、墓場の湿った空気に混じり消えていく。

 死者の眠る地を流れる、長い沈黙。

 やがてポツリと、待ち望んだ一言が響く。


「……良いわ。アンタと組んでやるわよ」

「ほう?随分と変わり身が早いな」


 刺々しい覇気に満ちた目が、大袈裟に身振りを交えた俺を映した。


「こんなクズ野郎なら撃ち殺しても何も思わないわ。寧ろサッサと死んだ方が世の為よ」

「俺は死なん」

「勝手に言ってなさい。アタシは必ずアンタを撃ち抜く。『死神纏い』の名に懸けて、ね」



 その言葉を最後に、ヨルは灰色のフードを被って墓場から姿を消した。



 これでようやく、アドラを破壊する準備が整った。

 亡者に囲まれた墓場の中、俺は1人、堪らず歪んだ笑声を洩らす。



 ジャックから次なる指令が通達されたのは、その晩のことだった。

 次回の投稿日は8月21日の木曜日となります。

 それでは、また次話でお会いしましょう!

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