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お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作者: うずまきしろう
一章 あなたの一番怖いもの
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第4話 神へと至る100秒間

──極限集中


 人間が変性意識に没入することで生じる現象。

 ガンマ波の増加と内側前頭前皮質の低下により、驚異的な能力を発揮する。

 主に、スポーツ選手や芸術家が自在に使いこなす。


 曰く、「身体が勝手に動いた」「ボールの着地点が見えた」「時がゆっくりと動く感覚だった」


 ゾーン状態を知る者は、上記のような体験を語る。


 けれど、それが本当にゾーンであったのかは、本人さえ預かり知らぬ話なのだ。

「理人……その『力』は危険、だ……むやみやたらと、使ってはいけない……」


 それは一体、いつのことだったか。

 目を覚ますと、見知らぬ天井が俺を見つめていた。


 翡翠の半目が椅子をガタリと立ち上がって、ベッド脇から見下ろす。


「……なぜだ、師匠。俺は極限集中を扱えるからこそ、師匠の動きも分かるんだ」


 なればこそ、俺は上手く『力』を使って強者に成り上がるべきだろう。


 目線で問う。

 彫刻みたいに整った顔立ちは、難しそうに歪んだ。

 やがて、色白い手が金色の長髪を柔らかく掻き上げる。


「理人……お前のソレは、極限集中ではないのだ……」

「……なんだと!?」


 思わず目を見開いて、ベッドを跳ね起きた。


 精神が一点に集中し、世界が鮮明に映し出される感覚。

 一秒後が明確に認識できる世界との一体感。


 廃都市生活時代から、妙に身体を動かしやすく感じる場面は多々あった。

 アレがゾーンでなければ、なんだと言うのだ。

 

「正確に言えば……理人の『力』は、異常なんだ……」


 人形みたいな頬に血が巡って、真冬の低声を珍しく流暢に響かせる。


「そもそも……人間が意識で見る世界は、15秒前の過去を平均化した姿……ゾーン状態とは……そのギャップを僅かに縮めるものでしか、ない」


「だが──理人が『力』を全開で行使すると、認識のラグが大幅に消失する」


 ラグの消失。

 確かに、この『力』にはゾーンとは似ても似つかない感覚がある。

 師匠の言葉は、砂糖水みたいに身体をしっくりと染み渡る。


「意識と無意識の、接近……限りなく真なる世界を体感する力……言うなれば、『スーパーゾーン』……!それが、理人だけの持つ『規格外の力』なんだ……!!」


──スーパーゾーン。


 それが、俺だけの持つ特異な力。

 これがあれば、間違いなく圧倒的強者へ至れる。


 身体の奥底が震えて喜色に沸き立った。

 自然と歪んだ口元を、手のひらで覆う。

 とそこに、師匠は再度忠告を促す。


「だが……その『力』に頼っては、いけない……」

「なぜ──」

「フルパワーで使い続ければ……理人は何かしら、『致命的で不可逆な損傷』を、脳に負うからだ……」


 固唾を呑む音が、やけによく響いた。


 詰まる所──利用するには、代価を支払わなければならない『悪魔の力』。

 どうやら、この力を頻発するわけにはいかないらしい。


 しかし、それはそれとして、全能的な力を使うに使えないこの状況。

 ベッドから上体を起こしたまま、密かに拳を握り締める。


 とすると、桜色の唇が小さく緩んだ。


「100秒、だ……」

「……?」

「どうしてもと、判断した時は……100秒のリミットで……『スーパーゾーン』を使え……」


 予想外にも、『力』の行使を許可された。

 らしくなく、俺は口を開けて師匠を見上げる。


 それでも──強きに従い、強きを尊び、そして強きを挫く。


 根幹は今も変わらぬのであればこそ、返す言葉もまた決まり切っていた。


「……それが師匠の命令なら、俺はそれに従う」

「良い子、だ……」


 フードの底で、揺れる木漏れ日の微笑み。

 いつもの感触が頭を伝って、わしゃわしゃと、柔らかい手が髪を掻き乱す。

 


 窓1つない地下病棟の中で、陽だまりに溺れたような気がした一日だった。









──故にこそ今この瞬間、俺は自らの『力』を全力で行使する──


「来るか!A006ッ!!」


 スッと、瞳の奥に光が宿った。

 意識と無意識が融け合う。

 知覚と同時に認識される現在。

 超極限の集中に意識を没入した瞬間から、目に映る全てが、恐ろしく繊細に捉えられる。 


 脱ぎ捨てられた黒の外套が、舞い落ちる木の葉のようにゆっくりとパイプ群を飛び去った。


「──どこを見ている?」


 指輪の光る右拳が、顔面へと迫り来る。


 俺は、見る人が見れば紙一重と表現するだろう至近距離で首を傾ける。


「……なにッ!?」


 虚空を穿つ鉄拳に、愕然と見開く黄色い瞳。

 俺は黙々と左脚を大きく踏み込み──空間を断つ勢いで、ヒートソードを斬り上げる。


 冷風を纏って、ニヤリと、口元を歪めた。


「取ったぞ!アドラッ!!」



 ビュンと風切り音が鳴って、ヒートソードは妖艶なる肉体へと吸い付く。


 

 じとりと、薄いマゼンタ色を濡らす白シャツ。

 鉄錆の匂いが潮風に乗って、鼻腔を澱む。


 勝気な顔は斬り裂かれた豊満な胸部を見下ろし、その表情を神妙に張り詰めた。


「……やはり、『規格外』は危険分子だな。不確定要素は排除せねばならん」


 金色のヒートソードが、黒のハイソックスを展開する。

 剣の腹がパシンと、露出した太ももを揺らす。


 義眼に表示された100秒間は刻一刻と磨り減っている。

 決着を急がねば。

 コンビナートの床材を蹴り上げる。

 呼吸を置き去りにして、変幻自在にヒートソードを振るい尽くす。 



 鏡のように迎え撃つ刃が、間一髪に致命傷を防いだ。



「チィ……ッ!!」

「おいおい、話をしている暇もないのか?」

「貴様の方こそ、無駄口を叩いている暇があるか?」


 舌戦の末に、お互いのヒートソードが中央でかち合った。

 爆竹みたく盛大に弾けるスパーク。

 刃と刃が闘牛のようにぶつかり合って、力押しの震えが両腕を伝う。


 斬り傷に濡れた頬が、恍惚と赤みを帯びる。


「……良い!良いぞ!A006!!やはり貴様は人の皮を被った化物だな!!」


「『規格外の忘我者』としてのお前を上回ってこそ、格付けは意味を為すッ!勝利こそが人を人たらしめる本質なのだッ!!」


──あと40秒。

 時間までに決定打を与えなければ、待つのは死──


 胸底に芽を出す僅かな焦燥が不味かった。

 強引に鍔迫り合いを押し切る。


 つもりが、合気道のように力を利用された。


「焦ったな!A006!!」


 ふわりと、大地の感覚が足元を薄れる。

 ヒートソードは俺の喉仏を貫かんと、涎のように血を滴っている。


「ま、だだ……ッ!!」


 思い切り首を捻れば、死神の大鎌は浅く鋭利な熱を走るに留まった。

 俺は前のめりに倒れ込む形で、地面へ手のひらを突き──路上を踊るように足払い。


「ぐっ!?」


 緋色のポニーテールが、不安定に宙を舞う。

 隙を逃さず、ヒートソードを横薙ぎする。


「う……ぉぉおおおおおおッ!!」



 裂帛の雄叫びが、空気を咆哮した。



 狙うは、軍服を纏った胴体──ではなく、奴が脇腹の前に構えたヒートソード。


 剣の切っ先が、切断力を持たない剣の腹へ噛みつく。

 キィンと、硬質な金属音が耳をつんざき──



──アドラのヒートソードが、半ばから砕け散った。



「しまっ──」


 ヒートソードの弱点部位を狙った、武器破壊。

 獰猛な笑みが剥がれ落ちる。

 反して俺は、焦げた匂いを吸い込んでニヤリと黄色の瞳を覗く。


「小癪な……ッ!!」


 苦しみ紛れの脚撃が腹部へと捻じ込まれる。

 宝石の耳飾りが風に揺れて、後方へと退いていく。



 けれど、それは『力』で既に『分かっていた』から、俺は事前に身体の軸をずらしている。



「……ッ!?!?」

「逃がしはせんッ!!」


 蹴撃の重みを受け流せば、勝気な形相が、蒼白に染まった。


「ば、馬鹿な──」


 そこまで予期していなかったらしいアドラは、迫り来る牙突を唖然と黄色い瞳に映し──



──けれど、会心の一撃が、豊満な胸部を貫くことはなかった。



「……?」


 あと一歩。

 あと一歩迫れば、勝利が確定したところで、



「が……ぁぁぁぁぁあああああああああッッ!?!?」



 地獄を叫ぶ激痛が、頭の中を燃え上がった。









 脳天を、アイスピックか何かで叩き割られている──



 唐突に頭部を襲った痛苦は、鋭利な刃物の形をしていた。



「ぐぅぅぅうううッッ!?!?」


 反射的にヒートソードを投げ出す。

 両手で頭を抑え込み、頭部を貫く巨大な針を必死にまさぐる。


 なのに、見つからない。

 痛みの根源が消えてくれない。


 煙を吹く火炎車が脳みそを灼き溶かす。

 頭皮を蠢く指先は、頭蓋に軋み音を鳴らすほどに力んでいく。


「ぐぁぁぁいぎぃい……ッ!!」


 口の端から溢れる獣の喘ぎに、安堵に満ちた声が紛れ込んだ。


「102秒経過……どうやら、時間切れのようだな」


……じかん、ぎれ……?


 遅まきながらに俺は気が付く。



 義眼のタイムリミットは、既に100秒を超過していた。



 だが……それがなんだというのだ。俺はアドラに勝てた!奴よりも強者であるはずなのだッ!!



 歯を食い縛って、足を震わせる。

 途端に膝から力が抜け落ちた。

 すぐ傍に落ちたヒートソードにさえ、藻掻けない。


 猛禽類の瞳が、真夏のふ頭に打ち上げられた魚を見下ろしている。


「やはり、人間の上位種たる私こそが勝者らしいな!!」


 支配の愉悦に恍惚とした表情が、血濡れの両手を空に投げ出した。


「悔しいか? A006。クロの仇も討てずに、道半ばでその命を終えることが」

「……だ、まれ……ッ……!!」


 荒く掠れた呼気だけが響く。

 身体は、一ミリも言うことを聞かない。

 軍服を捲し上げた艶やかな腕が、俺のヒートソードを拾い上げる。


「我々に負けた弱者同士、あの世で仲良く慰め合うんだな」


 光の刃が、アッサリと死を告げた。


 痙攣して動かぬ筋肉。

 霞む視界。

 剣の切っ先が影を落とし──そこに割り入る、しゃぼん玉の柔らかい香り。


 ふわりと羽毛のような感覚に包まれて、俺は気が付くと、止めの一撃を回避していた。


「ふん……またお前か」

「六ちゃんのことばっか虐めて!わたし怒ってるんだからね!!」


 鈴のように澄んだ声。

 平衡感覚を失った頭を、ゆっくりと動かす。



 アメジストの瞳が、心の奥底を鋭利に射抜いた。



「六ちゃん!だいじょうぶだった?」

「放、せ……!邪魔だ……ッ!!」


 反射的に藻掻き暴れる。

 そのはずが、糸が切れたみたいにピクリとも動かぬ身体。


 薄桃色のアホ毛はキッとアドラを睨み──華奢な人差し指を、突き付けた。


「みんな!出番だよ!!」

「なにッ!?」


 合図に人影が石油タンクを飛び出す。

 凡人、全身鎧、中二病。

 3人の『規格外』が、銃撃の雨を四方から降り注ぐ。



 見開く黄色い猫目は──弾幕を『避けることも叶わず』、全方位から浴びた。



「な、ん……だと……?」


 思わず掠れた声が洩れる。

 アドラであれば、問題なく避けられる攻撃だった。

 だというのに、奴はなぜ、鋼鉄の腕で防御の姿勢を──


「……サッサと脱出しなさい。2発目はないわよ」


──冷たい声が、病熱に朦朧とする脳内を囁いた。


 赤い閃光が破裂して、巨大な火柱を昼間のコンビナートに眩く燃え上げる。


 ヨルの仕業だ。

 散弾が石油タンクを貫いたように見せかけて、何処からか狙撃を行ったのだ。


「チィ……旧人類どもがッ!!」


 地面を浮かび上がる、管パイプの幻影。

 戦場を横断する炎の障壁は、肌をジリジリと焼き尽くす。

 アルナは俺を抱いたまま、颯爽とその場を脱出する。


「六ちゃん……っ!しっかりして──」


 アドラの奴が追って来る様子はない。

 そのことだけを確認して、吐き気を伴うマグマのような頭痛に、意識は暗転した。

次回の投稿日は8月18日の月曜日となります。

それでは、また次話でお会いしましょう!

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