第三話 魔は伏して
<アズサ視点>
迂闊だった……
買い出しを頼まれて近年人気の串露店に行ってみたら、たくさんの人が並んでた。魔人であることがバレないかドキドキしたけど、魔術士が多いから感知もグチャグチャになるだろうってあの子が言ってたから列に並んだ。後ろにも多く並んでたから早く頼んで待たせないようにしようと思い、オススメを街の人に聞こうとしたら、横に並んでたステアに話しかけてた。
我ながら、注意力が無さすぎる。潜伏しなければならないというのに、周りも確認せずに声をかけるとか……よりにもよって今時あれだけ目立つ黒髪が目に入らなかったなんて。
フレアとロゼさんのその後については気になってたから、当事者から話を聞けたのは……まあ、よかった。
けど、伝言――
『いつでも帰ってきていい』
それを、あの街から私を追い出した張本人から聞くなんて……フレアがステアを嫌う理由がよく分かる。
ステアの目、私がヒカネに帰らないことを不思議がってた。最終的な目標が彼女たちの滅びであったとしても、もう会わない理由にはならないと、本気であいつは思ってる。
そんなはず、ない。
ステアは私を退けた時と同じような意志の強さを、他人にも平然と求めてくる。そうすれば万事上手くいくとでも思ってる、とんでもないエゴの塊みたいな奴。
私はそんな風になれない。
私だって二人に会いたい。それでも、戻ることはできない。私の本当の居場所は、あそこじゃない。この世界が失われるまでの残り時間を、彼女たちがせめて幸せであって欲しいと祈ることしかできない。
もし戻ってしまえば、あの空間に固執する。離れることができなくなる。そんな形で仲間を裏切りたくない。
それが、500年も閉じ籠ってた半端な私の性根。いや、そもそも最初から……
もう、いい。ヒカネには戻らない。最初から決めてたこと。イカレた子供に心を揺さぶられようと、あいつが私に直接どうこうできるわけじゃない。
これで……いいのよ。
~~~
串焼きが入った紙袋を抱えて、とある職員寮までやってきた。手入れが行き届いた木造アパートで、入居者たちの管理意識の高さが伺える。1フロア5部屋の3階建てで、それが5棟ある団地のような形で配置されている。近くには公園も設置され、夕暮れ時に手を繋いだ親子たちがアパートに帰っていく。
私はあるアパートの1階の部屋のドアノブに、手をかけるフリをする。実際には能力でドアを開ける。
中に入るとすぐにリビングとキッチンが出迎え、ダイニングテーブルには――
「お、センセーおかえり~」
黒髪黒目の少女が、下着姿に前を閉めないワイシャツを羽織り、黒縁メガネをかけて私を出迎えた。手に持っている新聞の大見出しには『魔人【堕天】』の文字が。少女が名乗った頭の弱そうな異名が載っている。
「あ、これ? カノシャツ~。いいでしょ」
私の視線が服に向いていると思ったのか、少女はこれ見よがしに腕を伸ばす。サイズが合わず袖が余っていて、メガネも含めて部屋の家主から奪ったものに違いない。
「日中からサカって私に買い出しさせるなんて、いいご身分ね」
「え~……せっかく有給とってもらってお家デートできるってのに、ナニもするなとか拷問?」
私の文句に少女は口を尖らせる。そのおかげでとんでもない目に遭ったのよ。
「そんで? センセーチョイスの串焼きは~?」
新聞を机に置いて私に近寄り、紙袋の中を見ようとする。
「はい、ムネ、つくね、砂肝ね。リクエスト言わなかったんだから文句言わないでよ」
「ふむふむ、まぁええでしょう」
紙袋を渡すと机に座り、袋の中から砂肝を取って頬張り始めた。私も机の近くに浮くと、少女は満足げに串の感想を述べる。
「うん、良き! あのマスクド商人長の串、美味いんだわ! 明らかに怪しい見た目なのに組合長になるなんてすごいよね。いい意味で実力主義というか。お高く留まらずに現場に出て露店開くのも凄いよね~」
確かに彼は凄い。いくらでも逆風があったでしょうに、組合長まで上り詰めるなんて並大抵の才能じゃないし、活かすだけの努力を怠らなかったんでしょうね。
それにしても、美味しそうに頬張るわね。
この子は普通の魔人じゃない。世に明かされていない、進化した魔人――『天人』。
天人
魔人の中でも、極僅かの個体のみが進化した生命体。肉体が魔力のみで構成されている点は魔人と同様だが、霊体ではなく実体であり、人間に受肉せずともモノに触れ、五感が十全に機能する。一方で霊体の特性も有し、受肉やモノへのすり抜けも可能である。
魂の望むままに世界に干渉する存在であり、相応の魂でなければ天人に干渉できない。このことから、どれだけ威力が高い物理攻撃や魔術でも、主体の魂が伴わなければ天人に手傷を負わせることは不可能である。
これだけふざけたスペックだからこそ、少女が迷宮でダメージを受けたという事実はことさら重い。ステアから得た魔力で、フィーネさんが発動する《界斬》がこの子に有効だったということは、彼らの魂が天人に干渉できるほど強靭であることを証明した。私じゃこの子にダメージを与えられない。ここでも格の違いを突き付けられている。
露店ではステアたちが目を丸くして串を受け取った私を見てたけど、私はモノを直接持っているわけじゃない。物体の加速度に干渉し、私に対するモノの位置を操作して手に持っているように見せただけ。
少女が砂肝を食べ終え、ムネを取り出したところで私は必要事項を告げる。
「ステアとフィーネさん、街に来たわよ」
少女が口を開けたところで停止する。しばらくすると、親指をこめかみにグリグリと当て始めた。昔から、考え事をするときに癖でやっている。
「あ”あ”あ”~……おい待ておいおい待て待ておい。いや~、来たか~。う~ん、アリか? いや、ナシでは……ない。うん、アリ! そう考えよう、そうしよう! アリ、ヲリ、ハベリ、イマソカリぃ!!」
リズムよく開き直ると、ムネを食べ始めた。肉を口に詰めながら、私に経緯を聞いてくる。
「てかさ、センセーは二人に会ったの? ステアは? 元気そうだった?」
「少なからず日常生活は問題なさそうね」
「うわ……マジのバケモンや……」
私もそう思う。この子に『黒月』で斬られておきながら、死なないどころか一週間で動けるなんて尋常じゃない。天人の攻撃は肉体のみならず魂にも損傷を与え、魂が弱すぎる相手だと軽く殴るだけで廃人にさせる可能性すらある。
黒月はその力を何倍にもブーストさせる代物で、斬られても平気な顔で歩き回ってるステアは魂からして別格。その割に弱すぎるのが不思議だけど、後先考えずにメチャクチャするのも納得だわ。
「それで、どうすればいいの? あの二人がどういうスタンスでいるかで、こっちの動きも変わってこない?」
今後の方針を聞くと、少女は再度こめかみを突く。
「んぁ~……”問題”が起きたらきっと二人も解決に動いてくれるよ。逆に手間が減ったと考えればいいんじゃない? 二人が頑張ってくれる分だけ、こっちは楽できるし上手くいけば得だし。殺されないように気をつければ大丈夫だよ」
そう言うと、つくねに手を出した。
まあ、ヒカネのことを考慮すれば”問題”を放っておく二人ではないか。あっちも私たちを警戒してるだろうし、今度こそ行動には細心の注意を払わないと。
立ち回りを考えていると、少女は机の影からノートパソコンを取り出し、机に置いて開いた。青白い光に照らされ、画面に映っているであろう内容を読み上げ始める。
「史上最年少で認定された特等魔術士レニット・サーマル13才。かわちぃねぇ~。異名は【煉凛】。魔術は熱量の過吸収と過放出……『先天魔性』、ね。パッと見だと”半冷半燃”っぽいけど、自分からじゃなくて周囲の熱に干渉するわけか。副業で……画家? 本人はこっちにウェイト割いてそうな気がするけど。まあ、飛竜ぐらいじゃ相手にならないね。ほ~ん……キレイな絵を描きなさる。グッドボタンいくらでも押せそう。世が世なら神絵師様じゃん」
大きい独り言の最中にも少女はマウスホイールを忙しなく回す。
現代二人目の特等魔術士が『先天魔性』の子供というのは……なんだかね。
先天魔性
魔術を発動する際は、三元術式のいずれかの方法を用いる必要がある。どれも何らかの前準備を必要とし、生まれながらに魔術を発動できる人間は存在しない。ただし、その例外が先天魔性という生まれついた特性。
身術を発動するためには、魔導路の周辺に術式を刻み、その部位の魔導路に一定以上の魔力を流すことで魔術が発動する。しかし、先天魔性は魔導路そのものが術式の形状をした状態であり、通常の魔力の流れだけで魔術が発動する体質である。そのため、魔力の制御が未発達な赤子のうちから魔術を意図せず発動し、周囲に危害を加える場合が往々にして存在する。この特徴から先天魔性の子供は忌み子として扱われ、村程度の共同体であれば殺処分される場合がほとんどである。
ある意味呪われた生まれだというのに、よく13才まで育ったと思うわ。周囲によほど恵まれていないと特等魔術士になんてならなかったでしょうね。
レニット・サーマルのプロフィールを見終えた少女は額に拳を当て、低く笑い始める。
「クックックッ……熱を司る魔術。それに加え……ここに来て二通りの出口が見えるなんて。最高だね」
「二通り?」
私たちの共通認識は一つだけだったはずだけど……
少女は口が滑った様子で、パソコンを閉じてこっちに悪戯っぽく笑いかける。
「センセーはまだ……知らなくていいよ。知らない方が上手くいくってやつさ」
からかうような言い方。けれど、この子がこう言うときは大体その通りになる。
すると、少女は椅子から立ち上がり、ベッドルームへ向かう。部屋から少女の声が聞こえる。
「それじゃ、私は帰るから……うん……そうだね……お願いね……うん……私も大好き……愛してるよ」
寝室で寝ているであろう家主に歯の浮く言葉を囁いている。いつからこんな誑しになったのか、元々こういう子だったのか……
寝室から出てきた少女は、見慣れた女子高生の制服姿に着替えていた。メガネはかけていない。
「あんた、普段からその格好のくせに【堕天】なんて名乗ったの? これから腕四本にするつもり?」
「うるさいなぁ。四本にはできるけどさ、メリットがないって。なんでそう言われてるのか明らかにされずに終わっちゃった原作よりはさ、私の方が似合ってると思わない?」
少女は口を膨らませながらも、大口を叩く。確かに、”天”に関わることは否定しないけど……パクリなのよね。
「それじゃ、トワレと遊ぶ約束もあるし、帰るわ」
「見ていかないの?」
「あの二人を見たら絶対ちょっかい出す自信がある。こんなすぐに再会してもプレミア感がなくなるからね。”魔人最強”は安売りしないさ。そんなわけで、ここは二人に任せるから。”問題”が”試練”に変わることを祈っているよ」
「そう上手くいくかしらね」
「それは各々の意志……努力次第だよ。高望みするなら、センセーが天人に進化するといいんだけど」
「無理よ。私は――」
「『無理』、なんてことはないさ。いずれ、必ず、センセーは天人に成る。そのためにも弱者メンタル引きずってないで、さっさと開き直ってよね。じゃ、目下“問題”の対処お願いしま~す」
そう言って微笑むと、少女はアパートを後にした。
相変わらず、好き勝手言ってくれるわ……
とは言え、私たちの宿願のためにも起こり得る”問題”を見過ごすことはできない。気を引き締めよう。あの子に任されたんだ。必ずやり遂げる。
いい加減、○○の”先生”に成る為に。




