第一話 魔術都市
<ステア視点>
俺とフィーネは予期せず死にかけたミディウスの迷宮を切り抜けた仲間たちと別れ、今はミディウス大橋を渡っている。
もう、とにかく長い!
石畳の橋の横に並ぶ多種多様な店は傍から見るだけでも楽しめるが、橋の欄干まで行くと広大な湖が馬鹿の一つ覚えのように主張してくる。本当にしつこい。湖面を覗こうものなら照り返しで目が潰され、結構イラついた。
一里歩けば宿屋があるという感じで、五里ほど歩く度にその日の移動を終えて宿泊した。
ちょうど橋の半分まで渡ったところで、関所のような建物が橋の通りを塞ぐように建っていた。ウィレイブ王国とルノワール帝国の国境だ。
両国で運営しているという関所では、身分証の提示に加え、手荷物を厳重に確認された。通行人の身の上というより、危険物を持ち出す・持ち込むことを警戒しているようだ。すぐさま国際問題に発展しそうな可能性はできる限り潰すという意気込みが感じられた。
関所の検問官に偽装した身分証を提出し、怪しまれることはなかった。代わりと言わんばかりにフィーネが持つ鏡剣が検問に引っかかったが、業物と言い切って突破した。これこそ蛇竜を消し飛ばす危険な魔導器ではあるんだが、担当者が新人っぽかったので、ただの剣としてゴリ押して何とか誤魔化せた。
すり抜けた側で言うのもなんだが、こんな体制で大丈夫なんだろうか。それに、存在自体が危険極まりない特等魔術士がこれまで何度も国を往復しているのはいいのだろうか。
結果的には何事もなく関所を通過。偽装身分証は王都の冒険者組合長【組長】ケニドア・マーカスが用意してくれたけど……バレたら問題か?
まぁ、過ぎたことは忘れることにして、俺は初めてルノワール帝国に入国した。
国を越えたところで大きな変化などない。王都にいたままでは見れなかったであろう広大な湖と立派な橋の景色に辟易しながら、全体で二週間かけてミディウス大橋を渡り切った。長すぎ……
橋の後半あたりから南北に連なるドデカい山脈が見えていた。フィーネ曰く、魔術都市メンデールは山脈の中腹にあるらしい。
魔術都市と言われたところでどんな場所か想像できなかったので、フィーネに聞いてみた。
「魔術都市は何が凄いの? 世界で最も栄えてるのは遥か北の帝都だろ? なんでこんなところで魔術が一番栄えるんだ?」
「単純に成立した時期の違いだと思うけど。建国五千年の帝国よりも先に魔術都市が出来上がったのよ。大昔過ぎて正確な年代は明らかじゃないけどね。あの山脈――プサールって名称なんだけど、あそこには飛竜が群生していて元々人が立ち寄るような場所じゃなかったの。そんな場所に一人の男が現れて、飛竜の群れに強力な魔術を放って狩りまくったみたいね。その様子を聞きつけた魔術士が大勢男の元に押し寄せて弟子入りするという流れで、結果的に魔術が最も栄える都市にまで成ったというのがメンデールの黎明期ね」
フィーネもその時代にいればその男に弟子入りしたのだろうか。
ん? 男……?
「魔術を極めるのであればメンデールへっていうのが世界に浸透して、ルノワール帝都からも、海を越えたオストラからも魔術士が今でも集まる場所になったわ。ちなみにメンデールはその男の名前ね。最低でも一万年は前の話だから正しい呼び方なのかまでは分からないけど」
特段、魔力うんぬんの地理的特徴があるわけではなさそうだ。バケモン殺しのバケモンに集っただけか。てか、そのバケモン――
「男とか……絶対魔人絡みじゃん」
魔術を扱えるのは、女性のみ。ただし、魔人に受肉された男性だけはこの限りではない。つまり、魔術都市の起源となったメンデールという男は魔人に受肉された人間ということだ。飛竜を殺しまくってたというのも、その魔人の思惑によるものかもしれない。もしかしたら、魔術士を集めて魔術都市を作り上げたのも、思惑の範疇という可能性も……
「そんなこと言ったらキリないわよ。ヒカネ然り、この世界で魔人に由来しない場所なんて存在するのかしら。リオの言葉を考慮したら、あいつがウィレイブの統一に関与した可能性すらあるのに……」
フィーネは諦めた顔でボヤく。
まあ、それもそうか。明らかに長寿だもんな。アズサ・リオ一派に至っては訳分からん花畑を世界中に作ってそうだ。花を植えるために国を創ったのだとしたら意味分からな過ぎて笑えるな。
直近でいえば、メンデールで魔人に出くわさないことを祈ろう。
不安が拭えない目的地へは、公営馬車を乗り継いで向かう。ミディウス大橋からメンデールへは道が整備されていて、途中の村や町を各駅停車として馬車が行き交った。二十の町村を経由し、一週間かけてプサール山脈の東側の麓に到着する。
「今はそんなに感じないだろうけど、メンデールは標高が高くて結構冷えるわ。念のために上着を買っておきなさい」
「買っておけって……お前の分は?」
「……そっか、私もか」
これまで身体強化で寒さを克服していたらしい。俺がいる間は普段の生活で身体強化など使わせん……!
麓の服飾店で厚手の青色の上着を買った。フィーネは白だ。
そんなわけで上着を手に持ち公営馬車に乗る。この馬車がメンデールまでの最後の馬車だ。
フィーネの言った通り、山を上がるほど体感気温が下がっていき、上着を着ることになった。フィーネは久々(どころじゃない)に感じる寒気にうんざりしていた。
~~~
馬車に乗って三時間、山の中腹の広大な盆地に鎮座する魔術都市メンデールに到着した。
都市の外から目立つのは、互いに等間隔に位置しているであろう三つの塔。そのうちの一つが奥に見えるあたり、塔が三角形の頂点を担う位置関係なのだろう。フィーネ曰く、三種の干渉系統それぞれの研究に特化した建物らしく、塔の周囲にはその派生・系統に関わる人、モノが集まっているらしい。
全体は巨大な円形の都市となっていて、西半分が自然干渉魔術、南東が身体干渉魔術、北東が認識干渉魔術を主とした区画となっているようだ。自然干渉が幅を利かせている理由は、四大系統を始めとした単純な系統分野の多さが影響しているのだろう。都市と言っても城壁に囲われているわけではなく、何事もなく馬車で都市に入り、都市東部の停留所に降ろされた。
やはり魔術都市。道を行き交うほとんどは女性だ。たま~に男性を見かけるが、役所勤めであろう制服を着ているか、俺と同じ魔衛士であろう冒険者が魔術士である女性の横にいる程度だ。
女性のうち、二割しか魔術士として魔獣を討伐できる程の才能を有さないとヒカネの授業で習ったけど……この都市にこれだけ魔術士が集まるのは大丈夫なのか? 王都にいた頃は、討伐任務に魔術士がいない場合も少なくなかった。しかし、冒険者の補助や討伐の決め手として、魔術士の有無は心身ともに影響が大きい。現場の冒険者の意見としては、この街の一割程度でも故郷に帰って魔獣討伐に勤しんで欲しい。逆に言えば、これだけ魔術士が集まらないと飛竜を退けることが出来ないのかもしれないけど……
道行く魔術士達を見ながら益体もないことを考えていると、自然に都市の街並みに目が行く。基本として都市らしい大通りが交差しているが、路地裏に一歩入れば薄暗く入り組んだ様子が垣間見える。治安が悪いというより、学者たちの秘密の研究所が乱立していそうな感じだ。悪く言えば、フィーネが拠点にしていた王都の家の二階――汚部屋が街の規模になったとも捉えられる。割とフィーネみたいな、私生活がガッカリな魔術士は多いのかもしれない。
「そんで? 夕方だけど、どうする?」
「う~ん……すぐにでも庁舎に行って禁書を読みたいけど――」
「ダメだ。完徹になるだろ」
「そう、よね。だったらもう今日は大人しく宿舎に泊まるわ。高位の魔術士とか、その魔衛士が滞在する時に使う宿舎なのよ。伝書鳩で伝えた一ヶ月だし、そっちの宿舎にも連絡がいってるでしょ。きっと私とステアの部屋を用意してくれるわよ」
ミディウスで連絡させてもらってよかった~。
もし事前に知らせもせずに宿舎に行ったら従業員が大騒ぎしただろうし、最悪フィーネの部屋だけ用意されて俺は他所で泊まる必要があったかもしれない。最悪宿が見つからないなんて事態になるのは避けたい。前もって準備するという重要性を再認識した。
というわけで、その宿舎とやらに向かう。
場所は北東地区。こっちは路地裏も整理された感じがする。
「認識干渉魔術の地区で、結界系統だから空間を気にして、それで最低限の整頓はできてるのか?」
「あんた……あんまり反感買うようなこと言わないでよ? 帝都の人たちほどじゃないだろうけど、何でプッツンするか分からないぐらい拘りが強い人たちが多いんだから」
さすがに迂闊か。そう考えると、新しい魔術に発狂するだけで、周りに当たり散らすような性格じゃないフィーネは精神面では良心的か。肉体面では……まあ、な? 仕事ですから、精一杯斬られさせていただきますとも……
こんな軽口を交わしながら歩いていると、人集りができている場所に出くわした。乱雑に入り乱れているというより、整然と列になっている。近づくと、なんだか香ばしい匂いがしてきた。
香りと列の先を辿ると、露店が設置されていて、肉を焼いていることが分かった。焼いている店主は、たぶん背が高い、男。目以外の顔を手ぬぐいで覆い隠し、どんな人相なのか分からない。いかにも怪しい。
あんな奴が作っている肉のためにこんな並ぶか? なんかヤバいのが入っているか、よっぽどうまいか……フィーネもメンデールで初めて見る光景なのか、少し驚いている。
「どうする? 冒険……してみるか?」
「う、うん……食べてみましょうか」
怖いもの見たさか、好奇心を抱いて列の最後尾に並ぶ。いや、これは調査だ。そう、間違いが起きないように特等魔術士とその魔衛士が検査するのだ。その上で、美味しいのであれば一向に構わない。むしろ歓迎する。
アレ? 早速面倒ごとに首を突っ込んでるか?
列は四列となっていて、店主はくぐもりながらも最後尾までハッキリ聞こえる声の大きさで注文を捌いている。溌剌としていて活力に溢れた男だ。遠目から見た感じ、提供しているのは串焼きっぽい。よくもまぁ、いくつもの注文を同時に対応しているよ。
「ん……?」
店主を観察していると、隣でフィーネが声を漏らした。眉をしかめた、疑問符が浮かぶような表情で首を傾げている。それに、鏡剣に手をかけている。なんで?
フィーネの様子に緊張を感じていると、隣に女性が並んだようで、俺たちに話しかけてきた。
「あのぉ、すみません。この街で一番美味しい串焼きが食べられるって聞いたんですけど、何味が――」
「いえ、俺たちもここに来たばっかで――」
振り向く。女性の姿を確認する。
「あ……?」
「えっ……」
「は……? なんで……ここに……」
フィーネが疑問、謎、不可解を口にする。
そうだよな。見間違えじゃないよな。あの時は遠目で見ただけだけど、本人だよな?
栗色の短髪、茶色の瞳、俺より少し年上ぐらいの見た目……
「お前……アズサか……?」
「あなたたち……」
女は、信じられないものを見たという顔をしている。
確定だ。こいつは、ヒカネでフレアに受肉し、俺の腹に穴を開けた魔人――アズサだ。
メンデールに着いて一時間足らず。もう、魔人に会っちゃったよ……
って、オイイイィィィィィィィィィィィ!!!
再会が早すぎだろォォォォォォォォォォ!!!




