幕間 同じ空の下
<○○視点>
ぐあ”あ”~~……
ぐえ”え”~~……
いたいよぉぉ~……
迷宮から戦略的撤退を試み、何とかポイントまで移動してここまで転移することができた。
今は夜。
コンクリートで舗装された閑静な住宅街。木造だったり、レンガや石積みで耐震性皆無の家なんてものはない。どれも鉄筋コンクリート造の一軒家が並んでいる。
胸に穴を開けた奴が歩いていようが騒ぐ奴はいない。まあ、これは昼だろうと変わんないけど。
目の前には目的の一軒家。
2ヶ月ぶり? もうすっかり懐かしい。
ちょうど胸に影が。手をつっこんで、カードキーは……あった。
胸からカギを取り出して、扉にかざすと解錠の音が二つ鳴る。二重ロックの意味は、まあ、ないか。
ドアノブを引き、玄関に前のめりに倒れ、手をつく。
肩で息をする。いい加減キツい。
「うん? リオ、おか――え……? ちょっ、どうしたのそれ!!?」
階段から驚愕した女性の声が聞こえたかと思うと、黒髪ロングを靡かせながら駆け寄ってきた。
女性は、私を映した大きな黒目を心配の念で満たしている。普段であれば、僅かに丸みを帯びる整った目鼻立ちからは凛とした意志の強さが感じられる。
格好はトレーナーにジャージのズボン。大学生かよってなるけど、年齢的にも妥当な格好をしてる。ゆとりのある服の上からでも豊満な二つの果実が揺れ、私の口の端から血が混じったよだれが垂れそうになる。グヘヘ……
「あんたコレ、誰にやられたのよ……最強がしていいケガじゃないでしょ……」
オメェの弟にハメられたんだよ――とは言えず。とにかく楽になりたい。
「トワレ……受肉していい?」
「うん、いいけど……」
女性――『トワレ・ドーマ』の許可も取れたので、抱き着く。
包まれ、溶け出す感覚。正直、この感覚には慣れない。彼我との境界が曖昧になる感じ。
この感覚に頭がいっぱいになる頃、私は世界から消えた。
~~~
『ああ~……トワレのナカ気持ちいい~』
「シンプルストレートにキショい」
オジたんしすぎたカナ。
乗っ取るわけじゃない受肉の景色っていうのは、無理やりVRゴーグルはめられた感じ。主導権が変わらない限り体の感覚はない。ただ心が満たされている。
今はトワレが遊んでいるPCゲーを眺めている。古き良きブロックゲーム。とは言っても、冒険も建築もせずに配布マップのアスレチックで遊んでる。
「う”あ”あ”あ”~……あっ、あっ、あ!! いや! ダメ! ぎゃ~~!!」
上昇系アスレチックで4合目から2合目まで落ちてった。ドンマイ。
トワレはショックだったのか、視線が落ちる。頭が揺れる。どんどん揺れる。
『ちょっ、やめて! 気持ち悪くなる!』
トワレは変わらず頭を振り続ける。視界が揺れまくって酔いそうになる。私に八つ当たりしてきた。受肉を嫌がらせの手段に利用されるなんて……
しばらくすると、トワレはスッキリしたのかゲーミングチェアに寄りかかって天井を見上げる。
そういえば――
『トワレ、ご飯は?』
「ちゃんと自炊して食べたよ。この2ヶ月頑張ったんだから」
トワレはスマホを取り出し、おかずが撮られた写真を何枚も見せてきた。一食に一品だけだけど、学生の一人暮らしと考えたら妥当か。
「つーかさ、そのケガなに?」
『見て分かるでしょ? 魂ごと削られたんだよ』
「魂ごと……まだ強い魔人が残ってたの?」
『んなわけ。500年前に私ら以外は全員潰してるよ。封印してるか、封印するまでもないカスか……今回やってくれたのは人間よ』
「へ~……人間で魂がね。望ましい限りじゃない?」
『自分の身をもって思い知らされるとは思わなかったよ……』
どう攻撃されようと負傷なんてしないし、そもそも攻撃を喰らうことすらないのに、魂までダメージがいくなんて……
HPが3割近く持ってかれるとか初めてな気がする。しかもアレを啓いてもない普通の魔術でしょ? 冗談じゃない……
「そういえば輝星封月はどうしたの? 影にしまった?」
『捨てた。相手がしつこかったから一手潰すために投擲として使ったよ』
「トンデモないリソース割いて作ったんじゃなかったの?」
『知らね。私が作ったんだから、どうしようと私の勝手だよ』
輝星封月は私が迷宮で肩に背負ってたケースのことで、フィーネを躱して迷宮の最奥部から出るために投げつけ、あっさりと斬られた。
私は『無星』を顕現させていないと魔術を発動出来ないから、《天覧》を発動するために『無星』の顕現は必須。ただ、『黒月』の魔力は魔術士の感知にとてつもない不快感を与えるみたいだから、生身で持ち歩くと即座に不審者扱いされる。それを防ぐために、輝星封月を開発した。
このケースに『黒月』をしまえば、強烈な魔力の波動を完全に中和できる。フィーネがケースを斬った時に一瞬光っていたのは、『黒月』がケース内の闇に紛れて掻き消えないようにするための、ただの照明。
私の魔力で精錬した魔石をふんだんに使い、『黒月』の波動を常に中和し続ける逆位相の波を発する機構を備えたオーバーテクノロジーの塊で、製造コストは半端じゃない。壊された喪失感は結構あるけど、どうせしばらく暴れる予定はないし、必要ないもんね。瘦せ我慢じゃないもんね。
とは言え、輝星封月を捨てることになった経緯は完全に想定外だった。
最近暇になったから、《天覧》があれば迷宮パーティに歓迎されると思ってウィレイブをうろついてた。ジョンたちはやる気がある子たちだったから、しばらく一緒にいてもいいかなとか思ってたのに……
そこに麗しの特等魔術士が新衣装で来るとは思わんて! いや、フィーネたんだけだったら普通にウェルカムだったわけよ。一番の問題は横にいた――
『弟探しはどうよ?』
「進んでるわけないじゃん。グランじぃはまだ起きてないんだよ? 蛇竜も全部活動停止してラジコンできないし……せっかく見つけたと思ったのに、白髪の美人に斬られてから後は分かんない。生きてる……よね?」
『特等魔術士だし、大丈夫でしょ』
「出歩いてたんなら、なんか手掛かり知らないの?」
『情報伝達のショボさを考えてよ。SNSがあるならともかく、個人の居場所の特定なんかできないよ。まあ、噂じゃ黒髪黒目の青年がその美女の魔衛士になったって聞いたけど』
「斬ってきた奴に付いてってるの!?」
なんなら本人に会ったけどね。見た目に加えて苗字を聞いた時は震えたね。隙を見て拉致ってやろうかと思ったけど、あんなものを見せられた以上、放逐した方が都合が良い。トワレには悪いと思うけどね。
正直に言って、物心付いてすぐに生き別れた弟にここまで執着するものかな。16年でしょ? う~ん……時間のかけ方でいえば私たちも同レートかな……
「まあ……生きてるならいいや。グランじぃも寝てるし、今は何もできないから久々の自由時間を満喫するよ」
『課題は?』
耳が痛いのか、トワレは大きなため息をついてPC内のフォルダを開き始めた。
「読書感想……政経……あとはCGプログラム」
ファイルをそれぞれクリックし、内容を確かめる。
最後は急須が描画されたウィンドウが映され、光源が移動して急須が日時計の役割を果たしているようなCGになっている。
「あとさぁ、これ……リスト? コンパイルできないんだけど」
『うん? あー、コード見せてよ』
『リストまじくそ.c』というファイルの中身の点検を始めた。
どんなファイル名にしてんの?
~~~
一時間ほどかけて理解してもらった。ポインタは初学者には理解が難しいし、出かける前に見とけば良かったかな。
トワレは微糖コーヒーを飲んで溜息をつく。
「もうちょい課題減らしてくんない? 楽しいは楽しいんだけどさ、こんなにガッツリ私に詰め込んでも仕方なくない?」
『私もやり過ぎ感は否めないけど……まあ、心底嫌じゃないなら教育パパに付き合ってあげてよ。どうなろうと知識として役立つのは目に見えてるんだから。それに、マルチプレイゲームなんて大してできないんだから時間も持て余してるでしょ』
「ん~、あ~、お~、くあぁぁ……! みんなゲームしようよぉ! ちゃんとFPSしたい!」
『モノ触れないんだから仕方ないね』
私はできるけど、数がね……
私だってインクまき散らしたいよ。
「そういえばさ、何をどうすればそこまでのケガすることになったの?」
『迷宮パーティに混ざったらバレた』
「あんた、潜入とかスパイ工作とか向いてないって」
『関係ないって! 《睡伏》で意識落とさなかった奴がいたら何でか聞きたくなるでしょ? そしたら速攻でバレたんだよ! 私じゃなくても皆同じ展開になったよ!』
「言い訳乙。さっさと無力化すればいいのに。で、相手は?」
『ぐぬぬ……はぁ……魔術士のくせに近接ガチ勢がいたんだよ。フィジギフみたいな。私と競り合ってさ、結構楽しかったよ。そんでまあ、色々どっこいしょして……頭のおかしい魔衛士が私らの間に入って不意打ちされて、今コレ』
「最強さんを出し抜くなんて、スゴい奴もいたもんね」
オメェの弟なんだわ。
『つかさ、普段は実力の二割も出せない”最強”ってどうよ?』
「縛りプレイで気持ちよくなってんのかな~って。あと、強いって窮屈なんだなって」
『くそったれ……』
ダサすぎる……いつからこうなっちまったんだろう……
『まあでも? 結構カッコつけましたし? 痛い目にも遭わせましたから? ラブリーチャーミーな敵役として因縁っぽくなったんじゃないですかね?』
「因縁……? そうかなぁ?」
トワレは疑問符を浮かべている。
「因縁ってことは倒さなきゃいけないって感じでしょ? バレて、戦って、痛い目に遭わせて……誰か殺したりした?」
『いいえ?』
「あっちが戦う理由って正直なくない?」
『え……』
「だってそうじゃない? すべてを懸けて倒したいってのがアツい展開の因縁でしょ? リオの場合、ただ暴れて、ケガさせて……ビビらせただけじゃない?」
『するってぇと何かい? 次会ったら逃げられるってか?』
「私ならそうするね」
ああ……しくった。強者ムーブを履き違えた。でもなぁ……殺す気とかなかったし。なんなら嬉しい誤算しかなかったから感謝しかない。慣れないことはするもんじゃないか。
『ねぇ、ステアが英雄になって迎えに来てくれたらどうする?』
私の急な質問にトワレが悩むように唸る。
「とんだ夢物語じゃん。そもそも私が生きてると思ってないでしょ。けど、う~ん……英雄の成り方によるかなぁ。自分の力で成るならいいけど、下手に祭り上げられると碌なことにならなそう。究極、地鳴らし起こして滅茶苦茶にすると思う」
生き別れたくせに随分解像度高そうなことを言うじゃない。
まあ実際、私もそう思う。あいつはメンタルがおかしい。『黒月』に斬られたときの顔、ニッコニコだった。自分の生死なんか気にしない、私を出し抜いた先を望んでた。損失度外視のイカレた報酬系の頭してたわ。
「でも、迎えに来られてもなぁ……ウォシュレットもビデもないんでしょ? ネットもないとか……やっぱ中世程度の文明で生活するとか発狂するって」
それはそう。私も魔人じゃなかったら迷宮に行こうなんて絶対に思わない。
「で? なんでそんなこと聞いてきたの?」
そうなるわな。
『気になったんだよ。トワレの今の夢がさ』
トワレは押し黙る。恥ずかしくなったのかな。
けれど、トワレは言葉にした。
「私は……今も昔も変わんない。ステアと一緒に、世界を進む」
強い意志。揺らがない信念。確固たる魂。
ステア、ちょっと重いねえちゃんを持ったね。
もう、大丈夫かな。
受肉を解き、まさしく幽体離脱のようにトワレから離れ、椅子の横に立つ。
「あれ? もういいの?」
「うん。魂は整えたから大丈夫」
異物感が強いだろうに、私を気遣ってくれた。いい子に育ったもんだよ。ま、育てたのは私だけどね。
今の私は探検用の格好から、ワイシャツに赤ネクタイ、紺のブレザーに、スカートを履いた学生服姿。永遠の17歳にふさわしい装備。
「リオの格好見てると、頭がバグるわ」
出会ったときから変わらない私の姿と成長し続けるトワレのギャップのことだろうね。
「トワレちゃんはエロかわいく成長したじゃない。お胸なんてこ~んなに立派に――」
「バカ! 触んな! 浮気したってチクるよ!」
手を前に出して近づくと全力で抵抗された。チクられるのはマズい。未だにあの人の機嫌の直し方が分からないんだから。
ひとしきりじゃれたところで、トワレに念押しする。
「これから外に出るから、歯磨きとお風呂、ちゃんとして寝なさいね」
「子供じゃないんだけど……」
不貞腐れたようにかわいらしく答えてくれる。
そんなやり取りを終え、マンガが敷き詰められた本棚の影に沈み込み、景色が一変する。
場所は、世界で一番高い電波塔の展望台の上。
地上を見下ろすと、明かりがチラホラ。光害にならない程のため、夜空も星々に彩られている。
改めて、迷宮での戦いを振り返る。
なんやかんやで黒月を伸ばすという天才的な初見殺しは、フィーネにとって不可避だったはず。制御できない高速移動の刺突に完全に合わせた。
もちろん、殺すつもりはない。下手に魂まで斬ったら治療できなくなるから、肩口から少しだけ斬り裂くつもりだった。それだけでも魂には凄まじいダメージが入るはずだから。
問題は、私たちに割り込んだステア・ドーマ。
フィーネを守るために盾を持って降りてくるなんて、見上げた忠誠心……いや、イカレたエゴか。けど、それでフィーネの突進を完全に停止させられるわけない。仮にフィーネが急ブレーキをかけたとしても慣性には抗えない。私の方に吹っ飛ばされるはずだった。
百歩譲ってガディアであれば納得……できたと思う。あいつの体格で、魔力量が多ければあり得るかもしれない。けど、ステアはヒョロい。170cmを超えないタッパに最低限の筋力しかない。スポーツ選手ぐらいの身体能力はあるけど、冒険者はそれぐらいがベース。
にも関わらず、フィーネに背中を貫かせて完全に停止させ、《界斬》チクビームを放ってきた。何が小賢しいって、ステアは胸に刺さった剣を盾で隠してた。暗視能力がある私からすれば、暗闇でも視界は良好。そのせいで見事にブラインドになり、剣の切っ先から放たれる《界斬》を避けるのが遅れた。今は胸の風穴が塞がってるけど、実際に魂は全く回復していない。してやられたもんだよ……
対するあっちも、私が勢い余ってバッサリ斬っても即死しなかった。元を正せば、4・5階層のいくつもある昇降口から運よくピンポイントであそこに落ちてくる? 《睡伏》に耐性があるだけじゃなく、叫んでガディアを起こしたのもそう。
スペック上は燃費が悪い《界斬》をフィーネが長時間発動し続けていたのもおかしい。個人の魔力保有量から逸脱してるし、魔石塗れの輝星封月をあっさり斬ったのもイカレてる。
ただ、《魔取》による魔力の補充なら説明がつく。ステアを斬り、貫いたあの剣が《魔取》を付与した魔導器だったんだ。半世紀前はバカな術式だと思ったけど、考案者自身が拒絶反応なく発動できたなんて。その上で、あの魔力がステアのモノだって言うなら……奇跡的な巡り合わせとしか言えない。
つまり――
『ステア・ドーマ』には、そういう能力がある。私たちが永い時間をかけて求めた力が。
そもそもトワレの双子という時点で気付くべきだった。私のメモリがはち切れてるのが今回でよ~く分かった。
でも、心配なんてない。
あと、少し。
ほんの少し。
「クハッ……ハッ、ハハッ……アハハッ!」
笑わずにいられない!
笑う!
嗤う!!
哂う!!!
空を見上げる。視界にはデカデカと黄ばんだ円が浮かんでいる。
もう何万年も歪むことのない月輪に中指を立てる。
「ようやく!! テメェに見下ろされない夜を迎えられそうだよ!!!」
夜に限り、天にふんぞり返る円に向けて、宣言する。
頼むよ、ステア・ドーマ。
私たちの夢に、導いてね。
第三章完結です。
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それでは、次章『思い描く世界』をお楽しみください。




