第十三話 彷徨った先
二日寝込んだ分、体は硬くなったが特に不調もないため無事退院。
治療院の入り口にはフィーネ見たさに大勢の見物人が待ち構えていた。
相変わらずの外面で対応しているフィーネを置き去りにしてツルハシ亭に向かう。けれども、宿が見えたところでフィーネに追いつかれて、体当たりで吹っ飛ばされた。こんな馬鹿力と張り合った【堕天】はどんだけの力があったんだ……
時刻は午後二時。
事件直後にも関わらず作業をしている採掘従事者たちはまだ帰ってきていない時間で、玄関広間の空気はスッキリしていた。受付の従業員が俺たちに気付くと呼び止められ、支配人まで出てきて労いの言葉をかけられた。ついでに高そうな茶葉までもらった。
いえいえ、そんな滅相もない。ただ気持ちよくなりたかっただけなのですよ。とは言え、ありがたくいただきますがね。
そうとは言えずに軽く礼を言って階段を上がった。
向かう場所は四〇一号室。扉の物騒な貼り紙はなくなっていた。
扉を叩く。
「は~い」
中から聞こえる、高い男性の声。扉が開かれた。
「あっ……ステアくん! よかった! 意識が戻ったんですね!」
「よっす」
少年……に見える二十五歳、ジョンが満面の笑みで迎えてくれた。
「ステア! 元気そうね!」
続いて寝台の上で背中を丸めているラビッサが声を掛けてきた。手には紙が……いや、寝台も……というか、部屋中に紙が散らばっている。足の踏み場がなさそうだ。
どう部屋に入ろうか悩んでいる俺を否定するかのように、大柄な男が紙を気にせず踏み進んで俺の前に立ち、両肩を掴んでくる。男は今までで一番険しい顔で俺を見てくる。こわい。
すると、右手で鼻の根本をつまみ、口を開く。
「ステア……本当によかった。死んじまったら……俺……」
ガディアが顔を歪ませる。情けない顔しちゃってまあ。
「なんだ? 心配してくれてたのか?」
らしくない大男を笑ってやると、ガディアは鼻を赤らめながら笑う。
「ハッ、してねぇよ! あんだけの大口叩いた奴が簡単に死ねるか!」
互いに笑う。
少しは心配してくれてもよかったよ?
~~~
三人は迷宮の資料をまとめていたようで、本人たちの想像以上に部屋を散らかしていたらしい。紙をまとめ始めたので俺も手伝おうとしたところ、「素人が触んな!」とジョンに怒鳴られた。初めて見せる鬼気にフィーネもビビり、二人揃って部屋の隅で訓練座りをして待っていた。好きなことになると豹変するあたり、ジョンも大概狂ってる側だと思った。
紙の山を三つ作り、全員で卓に着く。六席のうち、一席空いている。
さっきもらった茶葉を淹れ、落ち着くと、ガディアがしんみりと口を開いた。
「ステア……お前、本当にすごい奴だったんだな」
「あ? なにが?」
どうにも、フィーネはこの三人に俺たちの関係を魔力関連も含め、すべて話したらしい。当然、地方庁の楔方を交えて契約した上でだ。俺の王都での記録も開示したらしい。
「お前……しゃべりすぎだろ」
「これが誠意ってモンでしょうが」
フィーネと睨み合っていると、三人とも吹き出して笑った。
「天下の特等魔術士とケンカできるんだから、魔人が相手だろうと怯むわけねぇよな」
そう言って笑うガディアの顔には哀愁が漂っている。なんというか――
「勝手に凄いと思ってくれて構わないけど、俺はジョンの盾役にはなれないよ。少なからず俺ができないことをできるんだから、自信持てって」
俺なりに励ますと、ガディアは手で目を覆う。
「やべぇ……コイツと話してると……」
声と、肩が震えている。俺の話ぐらいで感極まってんのか? ジョンはそんな親友の肩に手を置き、優しく微笑んでいる。
「結果は残念でしたし、不謹慎でしょうが、今回はこれまでで一番良い経験をさせてもらえました。第四階層と第五階層を繋ぐ連絡通路の存在やリオさ……【堕天】が暴いた隠し部屋から分かった正確な勝敗など、ここら一帯の過去の勢力図をより明確に定めることができそうです。それに、何より……兄貴分の想いを、僕たちの夢を再確認することができました。僕たちだけでは、ここまで辿り着けなかった。本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げられる。なんだかくすぐったいな。
返答に困っていると、フィーネがある可能性を指摘する。
「結果的には、だけどね。リオが言うには、私たちが認識干渉魔術で意識を失っていれば暴れなかったそうよ。もしかしたらあなたたちの仲間になってたかもしれないわね。《天覧》の空間把握能力は垂涎ものだったでしょうから、少し惜しかったんじゃないかしら」
魔人が仲間になるという可能性にラビッサが身震いする。
「そりゃあ、気付かなかったら私たちはあの子に頼り切ってたでしょうけど、正体が分かった時は何をされるか……ゾッとしますよ。あと気になったんですけど、二人の認識干渉魔術への耐性っていうのはステアの魔力由来のものなんですかね?」
「うん、そうとしか考えられないのよね。私相手に優勢になれるほどの魔人?が発動する魔術が生半可なわけがないのよ。ステアが叫んでガディアが起きた時なんか本人も目を丸くしてたしね。その後に二人が起きたのもおかしな話なのよ」
「ほう。つまり、ステアくんには導線が視えるだけでなく、魔術を弾くか解除するような能力も備わっていると……」
ジョンが丸メガネの柄を持ち上げ、ラビッサ、フィーネと一緒に俺をまじまじと観察してくる。
マズい。学者さんたちに実験動物にされる!
「あっ、いや、その、そうだ! リオが泊まってた部屋ってどうなったんだ?」
我ながら完璧な話題のすり替え!
全員が思い出したかのように顔を見合わせ、【堕天】がいた四〇〇号室の中を見せてもらった。特に何ともない、宿の従業員が直したままであろう整えられた部屋だった。
現場保存という形で、宿の従業員もここ二日手を付けていなかったようだ。あの戦いの後に【堕天】がここに立ち寄ったわけではなさそう。
「けどよ、奇妙なのが、俺たちが迷宮に行ってから従業員が部屋を整えようとした時点でこの状態だったんだとよ」
ガディアの証言に首を傾げる。
少なからず、布団で寝てたわけじゃないのか。それに、迷宮に持って行かない荷物を置いてすらいなかったのか? この宿は先払いだから、使ってもいない部屋のために金を払ったのか? 魔人かそれ以上の超生物が、一体どこから用意した金を使ってるんだ? またしても謎が増えた。
「フィーネかラビッサが大人しくアイツと寝とけば――」
「「やめて」」
即座に否定された。
話を聞いた感じ、素で女好きのようだし意外とそこが弱点だったりしてな。フィーネとラビッサに風呂を断られて、肩を落としたアイツを思い出すと笑えてくる。あれが【堕天】? しっかり汚点残してるじゃねぇか。
あと確認すべきことと言えば――
「ガディア、ごめん。盾ぶっ壊した。弁償は――」
「気にする必要はないぜ。今回でよぉく分かった。俺は装備頼りのヘタレたバカだってな。これまでだって、ジョンを守っているようで、結局守られてたんだ。初心に帰って自分の力を見直すことから始めるぜ」
内省が激しめなガディアの意気込みに、ジョンが頬をかいて苦笑する。
「まあ、半ば逃亡生活の最中で、家紋が大きく刻まれたあの盾の扱いには困ってましたからね。無理やりにでも手放すことができる機会に恵まれたと思っておきます」
彼らの前向きすぎる思考には脱帽するな。とはいえ、このままというのも個人的に収まりが悪い。
「フィーネ、いいか?」
「うん? ああ……私が許可することじゃないでしょ」
問題なさそうなので、俺らが泊っている四〇二号室に戻り、アレが入った袋を持ち出す。
「はい、これ」
「お前、これは……魔石か!?」
ガディアの前に精錬された魔石を差し出す。ロゼっちによると、俺の剣を十本作れる程度の量を持たされたらしいので、三、四本分使えばしっかりとした盾が出来上がるだろう。
「けど、これじゃ意味が……」
「甘えんな。強い装備で、強くなれ」
下手な拘りで死なれる方がよっぽど不愉快だ。上昇志向であるならば、その意気を衰えさせることなく頑張ってもらいたい。
押し付けるように袋を渡すと、ガディアは悔しそうに金獅子の髪をかく。
「チッ……ああ、分かったよ! やってやるよコンチクショウ!」
ガディアの開き直りに、他の全員で笑い合った。
その後は冒険者組合に全員で赴き、装備を作成する工房を紹介してもらった。そこでガディアの盾と俺の剣を作ってもらうことにする。最終的には剣で換算して残り五本半の魔石が手元に残った。
完成を待つまでの日々は迷宮の資料をまとめるのを手伝ったり、ジョン先生の熱が入った授業を受けたり。大衆浴場に入る時なんかは、採掘従事者たちに迷宮での話をするよう絡まれた。ほぼ毎日のぼせてた気がする。
さらに、地方庁を訪ねて次の目的地である魔術都市に伝書鳩を飛ばしてもらった。内容としては、「訪ねるので心構えをしてほしい」と「フィーネは偽装している」というものだ。ヒカネのようにビックリさせるのも可哀そうだと思ったからだ。到着予定は伝書鳩による時間差も含め、一、二ヶ月と書いた。
「湖を渡るだけで二週間はかかるわよ」
何度も大橋を渡ったフィーネの言葉にげんなりする。いくら見慣れない美しい景色だろうと、二週間はくどすぎる。
~~~
一週間後。
剣と盾が完成した。俺の剣はいつも通り何の変哲もない。対するガディアの盾は前より一回りほど小さくなり、正面を向いていた金獅子の顔は、横を向いて中心に刻まれている。
「お金まで出してもらって……」
盾や剣はフィーネの研究費で賄った。言葉にしたのはジョンだが、他二人も含めて恐縮の極みといった様子だ。
「心配すんな。蓄えるだけで大して使わねぇんだ。少しでも使って経済を回していかねぇと」
「それ、私だけに許されるセリフよね?」
三人を和ませようとしたところ、迷宮で捨てた度のないメガネを買い直したフィーネに小突かれる。
今は朝方。ミディウス大橋の前にいる。
「僕たちはウィレイブでまた迷宮に入ろうと思います。これまで踏破した迷宮の中にも隠し部屋があったはずでしょうから、再度点検してみます」
「私は、迷宮においてはフィーネ様に勝るような魔術士になります。きっと、フィーネ様と同じ位置に名前が刻まれるようにしてみせますから」
ジョンの大変そうな方針とラビッサの途方もない夢を語られる。言うだけタダだし、彼らであれば不可能ということはないだろう。ある意味で、迷宮は誰も踏み込まない穴場なのだから、ここで新発見しようものなら世界中の誰もが手の平を返すはずだ。
「とは言え、お前の方が先に歴史に名前を残しそうだな。五躙獣に魔人……ド級の縁に好かれてるみたいだからな」
「魔人は余計なんだよなぁ……」
他人事のように笑うガディアに頭を抱える。
蛇竜、魔人、【堕天】と、たった数ヶ月で三回も死にかけてるんだ。もう少し楽な旅をしたい。
俺の不安感を他所に、ガディアが拳を差し出してきた。
「精々、生き残れよ。そんでもって、【堕天】を俺たちの前にふんじばってきてくれ。俺たちの迷宮探索を台無しにしたのはマズかったって思い知らせてやらねぇとな」
ガディアは挑発的な笑みを浮かべている。一体俺に何を求めてんだか。
だがまあ――
「やってやるよ……! 一生お前らの案内役をするのがお誂え向きだろうからな!」
こちらも口角を上げ、拳を合わせる。死に目に遭う厄介事は勘弁だが、俺の前ではしゃぐような奴らは漏れなくシバいてやる。フィーネがな!
「それじゃあ、また会いましょう。未知へ挑む若者たち。あなたたちの道の果てが夢見た以上のものであると願っているわ」
「「はい!」」「おう!」
「じゃ~な~!」
互いに手を振り、ジョン、ガディア、ラビッサと笑って別れる。
ミディウス大橋を渡り始める。湖面からの照り返しで周囲が随分明るい。
次に目指すは、世界で最も魔術が栄える魔術都市メンデールだ。フィーネの身術の再構築、そして【堕天】が遺した司祭術の禁書が目的だ。
さすがに面倒は起きないよな?




