第十二話 【堕天】
白く染まった世界。
極光に焼かれた網膜は、次第に正しく世界を捉え直した。
目の前には、鏡剣から放たれる光に照らされた、黒髪黒目の少女がいる。左胸に大きな風穴を開け、おびただしい量の血を口から吐き出している。
凄惨な見た目に反し、その口角はつり上がっていた。狂気的な笑み。しかし、眉を歪め、悔しそうにも見える。
「やって……くれたねぇ……!!」
少女は後ずさりし、崩れた建造物の瓦礫の上に座り込んだ。
鼻息荒い呼吸を続けている。
明らかな致命傷。にも関わらず、目の前の少女の人格は魔人のままのように見える。
そもそも受肉体じゃない? しかし、モノにはがっつり触ってた。
脳内を疑問が埋め尽くすが、あちらも同じように視線を落としてブツブツと呟いている。
「私が……こんな……いや、そっか。ここに来て……あはっ、あはは……よかった……マジで……」
笑い声が聞こえた気がしたが、すぐさまこちらに顔を向けてきた。口から下を血に染めたその表情は晴れやかだ。
「さっきのは……ゴメン。ナメてたよ。いやぁ、してやられたね……本来の目的以上の収穫は得られたし、しんどいからお暇させてもらおうかな」
「何がお暇よ! 待て!!」
風穴を開けたまま平然と立ち上がり、この場から離れようとする魔人にフィーネが叫ぶ。
対する魔人は穏やかな口調で俺を指差す。
「待つのはそっちさ。相棒をよく見てごらん。苦しそうだよ」
「っ!? まだ……治ってない!?」
フィーネの驚愕した声が響く。
あれ? 鏡剣刺しっぱはともかく、胸や飛んだ腕の傷は放置されてたのかと……マズいか? もしかして、修復を上回るほどに体を分解する毒とか? まぁ、いいや。考えても仕方ない。
「重ね重ねで……悪いが……待てよ……何か……言い残すこととか――」
振り絞った俺の言葉に、悩む素振りで魔人はこめかみに親指を当てる。
「う~ん、これと言って……そうだ!」
魔人は不敵な笑みで告げる。
「私のことは【堕天】って呼んでほしいかな。それじゃ、バイバイ。チートコンビ。フィーネ・セロマキアに、ステア・ドーマ。次に会う時は、私がマジになれるくらいになってね」
【堕天】はその言葉を最後に、光の当たらない影へと消えていった。
残されたのは俺とフィーネの二人。フィーネは唸っている。治癒魔術をかけているのか? 思えば、落下したときに折れたであろう足の痛みは感じない。左腕と胸から血が溢れ続けている。
「ステア! いま治すから! 意識を保って!」
何十秒か、何分か……フィーネの言う通り耐えてみるが、傷が治るどころか止血すらされない。
もう、無理……
意識が――
~~~
深く、沈み込む。
朧げに、それでも確実に、搔き消えていく。
欠けて、割れて、砕けて、薄れて、乱れて、揺らいで、震えて、融けて、解けて、崩れて――
影に、覆われる。
虚しく、寂しく、それが何一つ変化しない黒い海を漂う。
もうどれだけ流されたのか分からないでいると、温かい何かが流れ込んできた。
満ちて、繋がって、直って、濃くなって、整って、止まって、留まって、固まって、結わえて、定めて――
白い光が、色と形を照らし出して――
~~~
突然の光に、意識が覚醒する。
瞼の裏が見える。
少し明るい。
重たい瞼を開ける。
見慣れない天井。窓の端から日の光が目に差し込んでいた。まあまあな寝心地の寝台の上で寝ている。危険性はなさそうだ。
もう一度目を閉じて状況の整理を――グヘェ!!
それなりの重さの柔らかい物体が覆い被さってきた。目に映るのは、白金が流れる長髪。
「ステア……よかった!」
「あ、ああ……フィーネ――いたッ! 痛いかも!」
フィーネがとんでもない力で寝ている俺に抱き着いてきた。フィーネの背中をなくなったはずの手で叩き、精一杯唸り声を上げてようやく解放される。見た目はシゴデキ、中身は“魔術狂”の美女が瞳を潤ませ、安堵の笑みを浮かべている。
主にこれほど案じられることを喜ぶべきか、心配させてしまったことを悔いるべきか。
まあ、とりあえず、体を起こして一言――
「今、どういう状況?」
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迷宮に入ってからの経緯を振り返ろう。
順調に最奥部まで進む。ジョン、ガディア、ラビッサの意識が混濁する。リオの仕業で、あの少女は魔人だった。フィーネの偽装も見破られ、戦闘が始まる。俺はガディアと口論しながらも第四階層から落下。わけわからん黒線に斬られたが、フィーネに魔力を補充し、《界斬》が発動。致命傷を負わせたはずだが、リオはケロリと【堕天】と名乗って姿を消した。俺が負った傷はフィーネの治癒魔術でも即座に治らず、意識を失った。
その後――
フィーネは第五階層に留まり、俺の治療を続けていたらしい。俺が意識を失っても魔力を補充し続けられたようで、鏡剣を胸に刺したまま最大出力で治療を施していた。徐々に流血は止まり、傷が塞がり、最終的には何の問題もなく俺の体は修復された。
フィーネが俺を治療している間、ガディアも第四階層から落下してきたようで、着地を失敗して動けなくなったらしい。こいつもついでに治療したわけだが、通常通り瞬時に治療できたそうだ。フィーネの治癒魔術に異常が起きたわけじゃない。
その後はガディアが俺を背負って迷宮を脱出。出る頃にはジョンとラビッサがミディウスの騎士団や冒険者、魔術士を引き連れたが、軽く経緯を説明してその場は解散。
今はあれから二日後の昼。治療院の寝台の上で丸一日は意識が戻らなかったようだ。その間、組合、地方庁へ詳しい経緯の報告を終わらせたらしい。市井は大きく混乱したようだが、フィーネが身元を明かし、何とか鎮静化。
戦っている最中のリオの様子についても聞いたが、終始戦闘を楽しみ、祭壇の破壊以外に明確な目的はなかったようだ。愉快犯か? アズサの生徒?らしいが、二人揃ってよく分かんない魔人たちだな。
病院食を食べながらフィーネの話を聞いていたのだが、こいつは終始浮かない顔をしている。
近況の確認が終わったところで、フィーネが頭を下げた。
「本当に……ごめんなさい」
「ん? お前、また何かしでかしたの?」
「そうじゃなくて……私が迷宮に行こうとしたからステアはこんな目に……目的でもなんでもない私のわがままに付き合ってくれたどころか、ステアが助けに来てくれなきゃ死んでた。本当に、なんて言えば……」
そういう話……なんか、どうでもいいかな。
ハッキリ言って清々しい。達成感でいっぱいなんだよな。思ったよりも楽だったのもあるが、迷宮探索は楽しかったし、【堕天】の鼻を明かせたのはマジで気持ちよかった。結果的に何の問題もなく生き残れたのだから、上出来すぎて震えるね。
「フィーネ、俺は迷宮に行って悪かったと思ってない。お前に謝られても下がる溜飲なんて端からない。むしろ、無理やりにでも新しい体験をさせてくれるフィーネには感謝するばかりだ」
「それでも私は……!」
納得しないフィーネの前に手を出す。
「待て待て待て。じゃあ、分かった。迷宮に行ったからこそ新しく知れたことでも挙げよう」
俺が提案すると、フィーネは思案するように目を伏せた。フィーネは一つ一つ言葉にして確認する。
「《天覧》という魔術。土壁による隠し部屋の存在。アズサと関わりのあるリオという魔人。あいつが持つ『黒月』。司祭術の危険性と失伝した原因。致命傷を与えても受肉体から離れない。それに――」
「「”月が観測されない夜”」」
同時に口に出していた。
真ん丸月が跡形もなくなる夜とは? 結果実現させたとして、それが人類を滅ぼす理由になんのか?
まあ、とにかく――
「な? 行って良かっただろ?」
「そう……ね」
フィーネが渋々頷く。
謎がとんでもなく増えたわけだが、知らないよりはマシだと思った方がいいに決まってる。
うん……魔大陸に行くはずがそれ以上の面倒に巻き込まれそうだぞ?
「大体さ、寄り道で死にかけるのはダメで、西極圏で五躙獣相手に死にかけるのはいいのかよ?」
「そういうわけじゃ……ないけど」
「だろ? 俺はもう、ヒカネであの景色を見た時点で人生の最高到達点みたいなもんなんだよ。逆にあれぐらいのことをしないと満足できなくなってそうだ。そのためには命でも何でも懸けて『最高の景色』を必ず見に行ってやる。それに見たか? リオのあの悔しそうな顔。舐め腐った奴を出し抜いてやったんだぞ。よくやれたもんだよ。お前もこのぐらいで落ち込んでないで、従者に謝る必要なんかないぐらいの……何か……こう~……えーっと……分かんないけど! 努力をすればいいんじゃないか!」
具体的な解決策を示せずに叫ぶことしかできなかった。
情けなくなってくるが、フィーネは目を丸くして俺を見ている。すると、自分の頬を勢いよく挟むように叩いた。何してんの?
「そう……そうよね。後悔よりも、進歩に目を向けないと。私は最強じゃないんだから」
「いや、あの……そこは最強であってもらって……」
誰も貴女に及ばないという自覚を持ってもらわないと。そうじゃないと俺が走り回って援護しなきゃいけなくなるし、なおさら大怪我しやすくなるんだが。
俺の願いとは裏腹に、フィーネは頬を赤く腫らしながらも晴れやかな表情で窓から覗く青空を見上げている。下手に落ち込まれるよりはマシか。
「それで、次にリオと戦って、勝てるのか?」
現実に引き戻す質問に、フィーネは眉を寄せる。
「正直に言えば、良くて相打ちね。戦いを振り返ってみても、リオは全力を出していなかったわ。本人自身、”あれ以上”があると仄めかしていたし。私は《界斬》を鏡剣に纏うという切り札を使っても、傷一つ与えることすらできなかった。力技では突破できない技術があったのよ。たとえ、戦場を変えて《界斬》を放つことが出来る環境で戦っても容易に躱されそうだったわ。魔力自体もジリ貧で、本当に今回はステアの機転とリオが油断してくれたおかげ――あっ……」
フィーネは思い出したかのように顎に手を当てる。
「そういえば、私は鏡剣と打ち合える黒月という刀に驚いたわけだけど、あっちも驚愕した様子だったのよ。正しいかは分からないけど、リオは魔力のせいだと言ってたわ」
「俺の?」
フィーネが頷く。
今さら俺の魔力がどう特別とか……考えたところでな~。
「つーか普通に疑問なんだけどさ、魔石を含んだ大盾と剣、さらには飛竜の革装備を一振りで斬り裂くなんて可能なの?」
言ってる内に色んな意味で背筋が寒くなってきた。斬られた感触を思い出したし、ガディアから大盾をぶんどった挙句壊しちゃったよ。弁償どうしよう……
俺の焦りに関係なく、フィーネは頭を抱える。
「いや、私でも難しいかもしれないわ。極論、《大壇焔》でも革装備まで破壊できないと思うのよ。ステアは焼け死ぬでしょうけど。《界斬》でもそう。魔石はそれだけ魔術、ひいては魔力への耐性が高いのよ。ロゼが精錬してくれたんだから尚のこと。それをリオは……」
やっぱりアイツおかしいのか。まあ、未知のすげぇ魔術とかなら理解はできる。ただ、既知の常識を見事に破りやがったのが――
「アイツ、受肉体じゃなかったのか?」
フィーネはこれでもかと顔を歪ませた。
「それが……そう、一番おかしいのよ! 胸に風穴開けといて致命傷にならないなんて人間じゃないのよ。ステアもアズサを直接見たから分かるでしょうけど、致命傷を与えたら受肉は維持できなくなる。逆にあれで霊体だった場合、霊体にとっての致命傷かまでは断言できないけど、荷物を背負ってたり松明を持ってたのが矛盾するのよ。うん……え? どゆこと?」
こっちが質問してるんだがな……フィーネが分からないんじゃ人類の誰もこの問いに答えることはできないだろう。
ここは深いことは考えず――
「自分を魔人だと思い込んでいる、未知のバケモノと定義しとくか?」
「うん……あぁ、う~ん……ぬあああああん!!」
体を揺らして発狂し始めちゃった。未知過ぎて”魔術狂”でも許容量を超えたか。
「アイツ、次があるみたいなこと言ってたぞ。どうする?」
「……味方を増やすしかないんじゃない? せめて、私が魔力を補充する隙を任せられるぐらいの。理想はステアも戦えるぐらいの何かしら――」
「よし! 【仙斧】に会おう、すぐ会おう! きっとバケモノを相手できるバケモノに違いない!」
変なお鉢が回ってきそうだから適任にさっさと回そう。
何となく、リオ相手にはどうにもできないことが分かった。一番怖いのが、愉快犯みたいな思考してるところなんだよな。
振り返りや今後の方針がさらに明確になったところで、あまり考える必要がなさそうな謎が頭に浮かんだ。
「あいつが言ってた『ちーとこんび』とはなんぞや?」
フィーネも首を傾げる。
「知ってる単語でも内容が訳分かんなかったし、それ以外にも聞いたことがない言葉を連発してたわ。まあ、よほど辺境の言語とか古代語とかじゃない?」
まあ、そうなるよな。
本当に、訳分からん奴に出くわしたもんだよ。




