第十一話 堕ちた先
青年の落下から少し遡って――
<ステア視点>
非常時に際し、ヒカネでの戦いから解決策を模索してみる。
俺はフレアのイカれた殺意の塊《大壇焔》から奇跡的な生還を果たした。
当然、俺の力じゃない。健気な四人の少女たちの尽力によるものだと強調しておく。
その上で、申し訳ない気持ちは十分にあるのだが、ハッキリ言わせてもらう。
魔術によるアクアの水流、ソーラの土壁は意味を成していなかった。周囲の雑木林を燃やすどころか焼き落としたところを見ると、弱めるという方向で《大壇焔》を対策することはできないのだろう。”魔術狂”フィーネと【才焔】ロゼという二人の天才から生まれた魔術らしいイカレっぷりだ。
そんな才能を前に、吹けば飛ぶような俺が生き残った最大の要因は、”防ぐ”のではなく”避ける”点にある。
そのため、あの場面の最善の行動で俺を救ったのは、陣術で落とし穴に逃がしたライザだ。次善は上昇気流を発生させたエリーになる。上昇気流がどれだけ効果的だったかは分からないが、何もしなければトンデモ熱波を振りまいた業火に触れずとも焼き焦がされていただろう。
ここで重要なのは、動く方向だ。
万全の状態であっても、《大壇焔》から逃れることはできなかっただろう。なぜなら、同じ面の動きであれば速い方が勝つからだ。
つまり、違う面――上下に動けば、少なからず横の動きで競う必要性は小さくなる。射程距離がやけに長いバケモン共を相手にするには、この点を意識する必要がある。
とにかく大事なのは、上下だ。
~~~
リオが魔人と判明し、フィーネが相手をしている最奥部から逃げ出して第四階層の中頃まで進んできた。
アズサと同じくらいおしゃべりで、ついでに暴力的な行動に出ないでほしいが、リオのふてぶてしい態度が気になる。
ヒカネでのアズサはフィーネを相手にしようとはしなかった。少なくとも、特等魔術士の力量を甘くは見ていない様子だった。対するリオは『フィーネお姉さま』と言ったあたり、相対している奴の正体は把握してるはずだ。その上で、あの態度。ナメていないのであれば、相当な自信があるのだろう。危ういかもしれない。
すでに考えはまとめている。あとは実行するだけ。
ジョン、ラビッサ、ガディアの様子を見てみると、疲労の色が濃い。ほぼ寝起きの状態で走り続けてるのだから当然か。身体強化しているであろうラビッサの疲労が顕著だ。脚力は強化できても体力は男に並ぶことはできない感じだ。
そういう俺も結構キツい。どうせ終点だ。歩こ。
前を走る三人に声を掛ける。
「タンマ! 一回落ち着きたい!」
三人は俺に振り返り、息を切らしながら足を止めた。
「ラビッサ……大丈夫ですか?」
「うん……はぁ、はぁ……」
「非常用の水だ……飲んどけ」
ガディアが腰に差していた筒をラビッサに渡す。ラビッサの魔力がなくなったときの保険の水は持ってたか。
俺も息を整えながら、ガディアに手を差し出す。
「ガディア、盾をくれ」
「は……? お前、ここで戦うのか?」
「あー、そう。俺に考えがある。俺に持たせてほしい」
「あ、ああ……」
ガディアから盾を受け取る。
ぐえっ……持ち上げれねぇ。引きずんねぇと……
「それじゃ、身軽になっただろうからお前らはさっさと迷宮を出て庁舎でも組合でも行ってくれ。重たっ……えっほ、えっほ、魔人が出たって伝えなきゃ。えっほ、えっほ――」
「ス、ステアくんだけなんて!」
「私たちも……!」
ジョンとラビッサが付いて来ようとしてくる。来られても仕方ないんだよなぁ。
すると、慌てる二人とは対照的な大男が俺に迫ってきた。
「おい……おい!! さっきから何なんだお前は!!」
ガディアが胸倉を掴んできた。大盾が手から離れる。持ち上げるのにまた苦労して――
「何をニヤついてんだ! 状況分かってんのか? 魔人だぞ! 一等の英雄たちでも死んじまうような化け物相手に盾持って何ができるって? 轢蝙蝠ぐらいでケガしてるような奴がヘラヘラしながらどうするってんだ! 死んじまったら全部お終いなんだぞ! 遊びじゃねぇんだ!!」
ガディアの怒号が迷宮に反響する。
笑ってるのは……癖になってるみたいだけど、まあ……不謹慎か。
けどな……『遊び』?
チッ……それだけは言っちゃぁならねぇ。
俺もガディアの鎧の首元を掴む。
「遊びじゃねぇから命懸けんだろうが! 大盾を振り回せるぐらいガタイが良くて頼りがいのあるアニキ分なだけの奴が俺に指図すんじゃねぇ!!」
「それ……褒めて……」
思ったことが全部出てきてしまった。
俺の返しに怯んだガディアの掴む力が緩む。
「それでも……ステアがいたって――」
「いいや、俺の存在自体があいつの力になる。最悪、死んでも意味はある」
死体から魔力を補充できるか分からないが、俺の魔力が特別なら足しになるだろ。
それでもガディアは食い下がる。
「死んだら、何もかも――」
「分からないか? これまでの努力とか関係ないんだ。ただ、今、命を懸けるだけで望んだ未来を得られるかもしれないんだ。逆に何もしなかったらフィーネは死んじまうかもしれない。俺はそんなの嫌だ! 不愉快だ! そうならないためなら俺はなんだってする!」
「後悔しないだけのために……?」
「お前、何か……そう、勘違いしてないか? もしかして、『やらないよりやって後悔』みたいな発想になってないか? そんな後ろ向きな理由がないと挑戦ができないのか? 違ぇだろ!! やった先の、『最高の景色』を見たいから挑むんだろ! そうじゃなきゃ、なんでお前たちは金にならない迷宮なんかに夢を見てんだ!」
ガディアの手が俺の首元から離れる。顔は引きつっている。
そういえば、聞いてなかったな。
「ガディア、お前の夢はなんだ? なんで十年もジョンの盾役をやってるんだ?」
「そんなの……今――」
「いいや、とても……とても大事なことだ。俺の未来に……夢に、お前はもう関わっている。これからの俺の行動は、ガディアのどういう夢を背負っているモノなのか……それを俺が知ることが今の最優先だ」
ガディアの目が泳ぐ。口が震える。体格に見合わないほど気が小さくなっているのが分かる。
ガディアは細々と語り始めた。
「俺は……何でもない……力だけが自慢のバカだった。ジョンは領主の息子で、貴族で、頭が良かったけど、俺の力に憧れてくれてた。ジョンには自信がなかったんだ。ただ親に、周りに言われた通りの勉強をして、望まれた振る舞いをするだけの自分が怖かったんだ。他人に作られた自分に意味があるのかって。そんな奴が、迷宮を知った途端に明るくなったんだ。帝歴が五千年経っても、未知なままの秘境に夢を見たんだ」
ガディアの呼吸が荒くなる。
「それなのに……セブリックの奴らはジョンの夢を邪魔したんだ! 『貴族の跡取りだから』、『迷宮なんか行っても意味がないから』。そんな理由でようやく明るく笑うようになったジョンを抑え込もうとした……あいつら、何もわかってねぇ! ジョンは凄い奴なんだ! 領主なんて器に納まる奴じゃない、デカい男なんだ! こいつ以上に歴史を解明してる人間なんてこの世にいない! 昔にどれだけの国があって、生きて、戦って、その上で俺たちが生きてるってことを証明してくれる! ジョンは歴史を紐解く偉人になる男なんだ! そんで成り行きでも、俺はジョンに選ばれた名誉ある男なんだ! ラビッサもそうだ! 俺たち以外にジョンの道を守れる奴なんていない!」
『セブリック』……ジョンの家名か? まあ、それはどうでもいい。
「それで? お前の夢は『ジョンの夢を叶えること』か?」
ガディアの目が大きく開く。されど、首を強く横に振る。
「いや……それだけじゃねぇ。ジョンは偉人になる。子供が読む教科書に名前が載るんだ。伝記だって作られる――」
ガディアは目尻に涙をため、精一杯叫ぶ。
「俺は、偉人ジョン・ダウナーの偉業を支えた男として伝記に名前を残したい! 俺たちがいなきゃ偉人なんていなかった! 後世で迷宮に夢見るバカは生まれなかった! そう言われたい! ガディア・シルダーが、ラビッサ・レースが、ジョン・ダウナーがこの世にいたって証を遺すんだ!」
「ガディア……」
ジョンが、親友の名前を呼ぶ。彼の目からはとめどなく涙が溢れている。
ラビッサも口を押え、嗚咽を漏らしている。
『歴史に名を遺す』、か。
バカで、アホで、ガキみてぇな夢だ。
「ステア……これで……これで満足か……? 笑うか!?」
ガディアに問われる。
確かに笑える。けど、笑わねぇ。
「お前たち……最高だよ!!」
こいつらが歴史に名を遺す未来に、俺も生きていたい。
大盾を持ち上げる。浮かせて運ぶことは出来ないが、重さはもう感じない。
ガディアが目をこすり、口を開く。
「ジョン、ラビッサ、先に行ってくれ。どの道、お前らより俺は足が遅いし、戦う道具もない」
「ガディアはどうするんですか……?」
「俺は、今、俺より凄い奴が何で凄いのか、見届けて、知りたい! こいつらから逃げるような奴が、歴史に名を遺せるわけがねぇ!」
感じられるのは覚悟だけ。心地いい。
「好きにしろ。どうせ俺じゃ、ガディアをどうこうなんてできない」
ジョンとラビッサは意を決し、この場から離れた。
予備の地図を手に持ち、俺はガディアに手伝われながらも、大盾と共に迷路内の小部屋に来た。ここには第五階層と物資をやり取りしたであろう通路のような空洞がある。ちょうど小鬼人と戦った広場の上あたりだ。
剣を抜き、大盾の後ろに構える。
「それで、何をするんだ?」
「時機を図って、落ちる」
「それだけ!?」
ガディアが目を丸くする。
やる必要がないならそれでいいんだけどな。高いし、絶対骨折する。
「そういえばさっきフィー――」
下が白く明るくなった! 黒いのが通り過ぎてる! 向きを調整して――
「いってきま~す!」
「お、待て!!! ステ――」
ガディアの大音声が響く空洞を落下していった。
~~~
で、今コレ。
痛いとか……熱いとか……そういうんじゃ……
目の前が……赤色白色黒色白あかい黒い赤しろいクロ赤ジロあかくろろ――
「――ア……!!」
血が巡る音に、響き渡る耳鳴りに紛れて、聞き慣れた声が聞こえる。きっと、フィーネだ。
口からビジャピチャと溢れ出る。色んなとこから……いっぱい出てる。
体が浮いてる感じ。
そりゃそうか。盾も剣も、左肩から斜めに斬られて、血もいっぱい出てる。剣を構えてた左腕は肘下から切断されてる。軽いはずだよ。胴体の傷は……心臓には届いてないと思う。
さっきまで明るかったのに、今はすっかり暗い。何も見えない。
聴覚が正常に近付いたところで、俺を減量させた犯人の残念そうな声が前から聞こえる。
「上でウロチョロしてるのは感知できてたけど、もっと建設的な援護なりをすると思ってたよ。せっかく暗器なんてイカすモノ持ってんだから、チョロチョロ投げてればよかったじゃん。落ちてきたところで……フィーネたんの身代わりにはなったかもしれないけど、君も含めて避難させるのがそっちの第一目標でしょ? それなのに自分から……この先、対抗手段になったかもしれない『自分』という手札を捨てに来るなんて……無駄な一手だったね」
魔人の声には呆れも混ざっている。何か期待でもしていたのか?
ハッキリ言って、フィーネの身代わりになっただけでも俺からすれば万々歳だ。
けど、このケガは俺にとって想定外だ。俺の安全を確保するための準備であって、フィーネを守る準備はしていない。にも関わらず、飛竜の革装備に、魔石を含んだ剣に大盾と、これでもかと底上げした防御を紙でも破るかのように斬られた。
俺が落ちてきた意図は別にある。
魔人のわざとらしい溜息が聞こえてくる。舐め腐ってる。せっかくだ。教えてやろう。
何とか肺を動かし、声を絞り出す。
「一手ってのは……なにも……ひとつだけで、今にしか……限らないわけじゃないだろ……次の行動を速くして……強める一手に……時間が経つほど……利く一手も……あっていい……」
「ハァ? そんなバフみたいな話は今関係――」
魔人のハッキリと呆れた声が聞こえる。
あー……もうダメだ。我慢できねぇ。
何とか右手で構えてた大盾の残骸を胸の位置から下ろす。
今、俺の右胸から鏡剣が生えている。
フィーネは俺の背中から、右胸を貫いている。
いい加減、魔力の補充は十分だよな?
俺の右胸が、光輝く。
魔人の姿が照らされる。俺を見る目は驚愕で丸くしていて、細っこい黒いのを手に持った体が左へ傾く。
だが、もう遅い。
「五人分だ……受け取れ……!!!」
「《界斬》!!!」
フィーネの喚声と共に、切っ先から極光が放たれる。
極光を向けられた少女の体を中心に、世界が白く染まって――




