第十話 影打
魔人の拳の間に、一線引かれる黒い影。
腕の長さほど伸ばすと、影は左手から離れ、右手から伸びるように提げられる。その形状は――
「刀……?」
「おお~、知ってるねぇ。最近帝都でようやく流行ってきて、流派も出てきたんだけど……時機のせいかな。ウィレイブまでは流行んなそうだよね」
そう言いながら、影の刀を軽々と振り回している。
受肉している魔人からは感じられないのに、あの刀からは禍々しい魔力を感じられる。生まれて初めて経験する、腹の底からむせ返るような強烈な不快感……本能があの影を否定している……?
《火似刃》のように、刀を結界で形成してから”何か”で満たしているのかしら? でも揺らめいているあたり、定型でなければ成り立たない既存の結界系統魔術では説明がつかない。これまでに確認されることのなかった『影系統魔術』? いや、それよりも戦術的な考察が必要ね。
魔人の最たる特性は膨大な魔力による大規模な魔術じゃないの? ここに来て近接手段を持つ魔人を相手にするなんて。
目の前にいる少女をただの魔人と思ってはいけない。
だとしたら、こっちも手を抜く余裕なんてない。
魔力の消費量が多すぎてまともにやったことなかったけど、ステアの魔力を最大まで補充した今なら――
「《界斬》――」
「「眩しっ……」」
魔人どころか私も呟いてしまった。
地下とは思えないほど周囲が明るくなる。光源は鏡剣。もはや自分でも剣の輪郭を捉えられないほど眩い輝き。極光というステアの表現にふさわしいわね。
蛇竜を消し飛ばすほどの斬撃を放出する魔術《界斬》。その威力を剣に纏い、近接能力を最大限まで引き上げる。
偽装用の度が入ってないメガネを外して適当に放り投げ、改めて目の前の光景を正視する。
魔人も含め、周囲は白く照らされているにも関わらず、あの刀だけは一貫して”黒”を主張し続けている。
異質。
私以外にこいつを止めることが出来る奴なんて、この世にいるのかしら……
とにかく、魔人をあいつらの元へは行かせない。
輝く鏡剣を構え、魔人へ宣言する。
「これまでおふざけが過ぎてたけど、これ以上は好き勝手させないわ」
私の言葉を受け、魔人は嘲笑うかのように口角を上げる。
「あ~、どっかの五番隊隊長も言ってた。強い言葉を遣うと弱く見えるって。けどさ~、もっと強い言葉を選びなよ。儚く見える」
言い終えると同時に、互いに踏み込む。
双方、接近は一瞬。
黒い影と、白い光が交錯する。
「ッ!?」
「うおっ、壊れない!?」
鏡剣の光に魔人が眩しく照らされる。
狂気的な満面の笑みを浮かべている。
信じられない……目の前にいる魔人は私と競り合っている。
ただの力比べで私と張り合うことができる生き物の相手なんて初めて。蛇竜相手にも、一撃入れれば斬れずとも大きく吹っ飛ばせることができるのに。しかも、今は《界斬》を纏った一撃にも関わらず、黒い影が晴れることはない。蛇竜を一瞬で屠る一撃よ?
まだ見ぬ魔獣――五躙獣が相手というなら分からないけど……
つまり、魔人は永い間語られてきた伝承に匹敵する存在ということ?
互いに距離を取る。
魔人は目を丸くしながらも口元がだらしなく緩んでいる。
「ハハッ、すごいね! 黒月で斬りつけても壊れないモノとかほぼ初めての経験なんだけど! その魔導器……術式? いや、魔力かな。さすが現代最強。なかなか面白いよ」
あちらとしても想定外はあったようね。
魔力……これはステアのモノ。やっぱりあいつの魔力は特殊なのね。
再度魔人に迫り、上段から剣を振るう。
「速ッ!」
「ついてこれてるじゃない!」
驚くような反応をしながらも私の攻撃を難なく受け止める。
一歩引き、側面から一閃しようにも”影”に阻まれる。
魔人は”影”を滑らせながら私へと踏み込んで腹部に蹴りを放つ。
「ぐっ……!」
異様に重い……!
身体強化で並みの刃物を通さない程度には防御を上げているにも関わらず、魔人の蹴りは腹部に強く響く。
内からこみ上げるモノを堪え、自己治癒を施しながら再度魔人へ斬りかかる。
どれだけ攻撃しても容易に受け止められ、反撃は常に的確。決して魔人からは仕掛けず、返しで私を削ることを目的としていそう。
蹴りを喰らってからは反撃に注意して回避できている。ただ、治癒しているのに腹部の痛みを消し切れない。魔人の魔術によるもの? 治癒できるからといって、単純な攻撃でも軽く見ることは出来ない。
「その影は何!? 魔術? 魔導器? 影系統魔術なんて聞いたことないわ!」
「影系統なんて私も知らないよ! 黒月のことなら私が教えてほしいぐらい!」
魔人の斬り上げを受け止めても耐え切れず、大きく後退してしまう。
強い……
これまで大抵を一撃で終わらせていた私にはない、”技術”がある。受けてからの反撃、次手の組み立て。流れるような剣術。力だけでない、研鑽による強さがある。
剣戟を続けている間、魔人は楽しそうに笑っている。
「現代最強気持ち良すぎだろッ! 30年も頭張ってるだけはあるね!」
「あんまり自分のことを最強とは思えないんだけどね! 史上最年少の特等魔術士も現れたわけだし!」
それに、ステアを見ていると最強の称号に意味があるのかとも思う。
距離を取り、地面スレスレの低姿勢で迫って斬り上げる。
が、これは受けずに避けられる。
「おっと、低スギィ! そんな不安になることなんてないよ。【煉凛】はカワイかったけどね~、まだガキだね。将来性に期待、カナ!」
謎に慰められる。
再度打ち合い、距離を取る。
そういえば、目に見えた魔術を使ってこない。認識干渉魔術が私に通用しなかったみたいだけど、自然干渉魔術なら物理的に私を攻撃できるはず。さっきの蹴りを考慮すると、高度な身体強化に加えて治癒魔術を阻害する魔術を展開している?
手札を吐き出させるためにも、まずは攻める!
「ぐっ、重たッ! マジで身体強化に全振りしてんの? にしても魔導路恵まれすぎでしょ! 力技で押されるとか魔人の名折れなんだが!」
「軽々と反撃しておきながらよく言えるわね! まだまだ余裕そうじゃない!」
「いやいや、クソ焦ってるって! 長いこと生きてると脳ミソが2つあるみたいになってね。片方を本能、もう片方を理性で処理してるからこれで済んでんの! 本能側は警報ビンビンよ! マジあえんびえん!」
剣戟を繰り広げながらも魔人は笑みが絶えることはない。
剣だけじゃ有効打にならない。全身を使え!
反撃を許さず鍔迫り合いに持ち込み、横顔に向けて足を蹴り上げる。
「グオッ!」
すんでのところで腕に防がれるけど、宙に蹴り上げることはできた。
魔人の体は祭壇を挟んで反対側に飛んでいく。
目測はできた。着地を狙って《界斬》を――
「っ!?」
禍々しい魔力が近づいている。
祭壇を突き破って”影”が私に向かっている。
投擲?
けど直線的な上、大した速度じゃない。
少なからず、今の魔人は無手。
高速で回り込んで次の手札を使わせる!
アレができるなら、さっさと使わせて――
祭壇を半分ほど回ったところで、悍ましい魔力が消え失せる。
回り込んだ先に、魔人の姿が見える。
その手からはさっきまで感じていた悍ましい魔力の影が伸びて――
「お一人様、ごあんな~い!」
「チッ!」
待ち構えられた横一閃を跳躍して躱す。
魔人を飛び越え、空を天井として魔人へ蹴り飛び、鏡剣を振り下ろす!
「うおおお!! 空を蹴りやがった!?」
“影”を両手に支えて受け止められる。
魔人の足元に亀裂が走る。
歯を食いしばって耐えている。
不意打ちを躱されたのは想定外だったようね。
さらに力を、魔力を込める。
このまま押し潰す!
瞬間――魔人の食いしばった口が動いた。
「”昇れ”ぇ! 『黒月/無星』!」
“影”の形が鏡剣を押しのけるように変異する。
剣を払い、魔人から離れる。
着地点を含め、最奥部のあらゆる場所から噴き出るように景色が歪んだ。
導線――魔術!
導線のない位置へ――
いや、ステアと戦った時のアズサは――
足元に鏡剣を振るう。
直後、魔人の呟きが聞こえる。
「《穿岩》」
導線をかき消すように極太の岩槍が飛び出て、祭壇が粉微塵に破壊される。予想通り、導線のない位置からも槍は生えてきた。後者の方が大きさ、鋭さ、勢いが強い。やっぱり導線は囮ね。
崖のように飛び出た岩の上から魔人が私を見下ろす。
「うへぇ~……寝起きにいかがかと思ったのに。その剣、導線ごと魔術を斬れるんだ。囮もあっさり見抜かれるし、自信なくしちゃうな」
「そもそも寝てないから寝起きを気遣われる謂れはないし、何なら永眠になるところよ。囮のことなら、ステア相手にアズサが実技試験をしてくれたみたいでね。予習のおかげで引っかからずに済んだわ」
「はぁ……試験前に出題傾向教え過ぎだって。平均点上げても今さら教師として評価されないのにさ~」
ボヤきながらも、手に持っている”影”の形状が変わっている。全長は変わらず、包丁のような形状で幅が大きくなった。しかし、刀身全てが影に満たされているわけではなく、穴あき包丁と表現するのが適切な形状。
『黒月』……一体なんなの? 《界斬》と打ち合えるだけじゃない。投げてきたとき、一瞬だけ気配がなくなった。その後は魔人の手に戻っている。影だから? 意味不明。
これまで使わなかった自然干渉魔術も使ってきた。『無星』と呼んで影を変形させてから導線が現れた。魔導器と解釈するのが妥当?
正直に言って魔人を倒す算段を付けられない。手札は切らせていると思うし、初見の不意打ちや大技でも無傷で対処できた。けれど、決定打がない。現状、ステアたちは迷宮から脱出している最中。《界斬》を制御して放っても、地下が倒壊する可能性がある。それでは意味がない。
《界斬》を纏っているからこそ、今の均衡を生み出せている。しかし、魔力は目減りしていく一方。先に限界が来るのは私。どうすれば――
考えを巡らしているうちに 魔人が口を開く。
「あ~、意外に強すぎるなぁ。これ以上やったらみんなに怒られそうだし、どうしたもんか。う~ん……もういいや。戦いってのは先に弱点を突いたもん勝ちっしょ!」
魔人が肌身離さず背負っていた金属の箱を私に投げる。
ここに来て箱? いや、魔導器……ないしは私に有効と考えられる魔装具。
何かが起こる前に箱を斬る。
箱はあっさりと斬れ、一瞬だけ眩い光を放った。
ただ、それだけ。
何ともなく箱の残骸が地面に散らばる。
魔人はその間に私を素通りし、最奥部を走り去ろうとする。
こいつ……! ステアたちを狙って!
私に背を向けて異常な速力で走る魔人を追いかける。
「ハハッ! フィーネお姉たまに捕まえられる、カナ??」
「クソガキ!!」
心底ムカつく!
走りながらも魔人は後ろ手に岩槍で進路を塞ごうとする。加えて、火の玉、大量の水、強風と風の刃、氷の槍や雷撃までも放ってくる。
これまで相手にしてきた魔人の中でも、比にならないほど多様な魔術が私に襲い掛かる。
躱し、斬ってはいるけど距離を縮められない。
これだけの魔術を上層に放たれたら迷宮が崩壊してしまう。
「どうせ埋め立てる予定だったんだから、その手間を無くしてやってるってわけ!」
「ほざけ!」
気付けば、大鬼たちと戦闘した大広間まで走っていた。
猶予がない。
開き直って《界斬》を放つ?
たとえこれで崩れたとしても瓦礫の除去は容易。
私の移動速度で魔力感知をすれば助け出せる。
即死さえしなければ治癒はできる。
魔力がなくなっても、ステアをさっさと見つければ――
「っ!」
魔人が天井に手を向ける。
上層を破壊する気?
でも、妨害されないなら追いつける。
《界斬》を放つまでもない。
全力で突く!
「”醒めろ”、『黒月』」
上へ向けた手から、最初に見せた細い“影”が伸びる。
魔人がこちらに振り向く。
誘われた?
それでも“影”の間合いはたかが知れてるし、振り下ろし始めたけど、その速度も異様に速い。
魔人が目測を誤った?
その速度なら空振りした後に私の突きが通る。
致命的な隙を確信したのも束の間、“影”が近づいたように見えた。
「”影”だからね。決まった形はしてないんだな~、これが」
“影”は元の長さから、間合いを伸ばして私に迫っている。
やられた……
もう止まれない。
方向転換はできない。
跳んだところで変わらない。
確実に当たる。
私が速すぎるせいで、自分から両断されるようになってしまっている。
死――
…………
……
「は……?」
上から大きな『影』が私の前に落ちてきた。
私の横を鮮血が飛び散る。
目の前にいるのは、見慣れた後ろ姿。
自分よりも大きい盾を持った、黒髪の青年が――




