第九話 敵役
<ステア視点>
最深部の調査を目前に呆けたジョン、ガディア、ラビッサ。見たこともない光源を持ち出したリオの表情は、既視感のある変化をして――
フィーネに首根っこを掴まれてジョン達の元まで瞬時に戻された。フィーネの横顔が険しいものになっている。
リオは祭壇を背に、親指をこめかみに当てている。
フィーネが鏡剣を抜いた。
とりあえず――
「お前、なんなんだ?」
俺の言葉にリオは目を丸くし、次第に口も鼻も大きく開いて、声を上げた。
「お……おお、おおおおお!!! まさか……まさか! 今になってこの口上ができるなんて! え~、それでは僭越ながら――」
わざとらしく咳ばらいをして、芝居がかった動きをする。
「『お前、なんなんだ?』と、聞かれたら! 答えてあげるが世の情け! 世界の――」
「さっさと情けかけろ」
「あっ、ハイ……あの~、その……まじ……魔人を、やらせてもらってます……」
三十秒は超えそうな口上を始めそうだったので、急かすと身を縮めてオドオドと正体を白状した。
魔人……マジかよ。人類の九割九分九厘が遭遇することなく一生を終える存在じゃねぇのか? 三か月の間に二回も出くわしてるぞ。わざわざ会いたいわけじゃないんだよ。つーかこいつ、受肉体か?
『認識干渉魔術の耐性』――言葉通りなら、後ろの三人はリオの魔術によってボケちまってるのか。マズイな。準備していたヒカネとは違って、魔人相手に確実に対抗できるのはフィーネだけ。
とりあえず、ダメ元でも今できることを――
「フィニア、剣を……」
「っ!」
……
こいつ、最高かよ。
フィーネが鏡剣で俺の脇腹を斬った。
「は? 何してんの??」
魔人が引くように顔を歪める。内臓は避けられ、吐血することはない。鋭い痛みに汗が出るが、普段の魔力補充ほどの痛みを感じない。
そう、魔人の相手をさせるためにフィーネの魔力を最大まで満たすように斬らせた。
あとは――
「全員起きろ!!」
「そんだけで起きるなら魔術の意味が――」
「ん? あ……はっ……? お、おい、ステア!? 血が……!」
「ウソダドンドコドーン!!?」
俺の大声にガディアは目が覚めたようだ。魔人にとって想定外だったためか、目をむいて聞き取れない言葉を叫んでいる。
「ガディア、一回で聞き分けろ。リオは魔人だ。他二人も起こせ。最低限の装備を持って逃げるぞ」
「あ、え……リ、オが……? お、おい! ジョン、ラビッサ! 起きろ!!」
最初に意識を戻したのがガディアで良かったな。魔人と対面している俺が血を流しているという場面で緊急性が伝わったようだ。
ジョンとラビッサも順当に起き、事態を把握する。三人とも、初めての魔人との遭遇だろう。困惑、驚愕、恐怖の目を魔人に向けている。
「そんな……」
「ウソ……よね? リオ、ちゃん」
まあ、心情的には受け入れられないわな。
リオはバツが悪そうに頭をかき、改めて告げる。
「誰だ君はってか。そうです。私が魔人です。楽しかったんだけどね。バレちゃったら仕方ない。で、どうする? 戦う? 殺すつもりはないけど、これ以上ない恐怖と苦痛は与えられるよ?」
「いいや、逃げるね!」
フィーネが俺に松明を渡すついでに治癒魔術を施してきた。傷口が完全に塞がり、痛みも消える。
魔人の真意が掴めないが、戦闘になれば足手まといだ。ここは引く。
「しかし、フィニアさんが――」
「どうせここじゃ何もできねぇ! バケモンの相手はバケモンに任せるぞ!」
ジョンが食い下がってきたが、俺の言葉に意を決し、槍と地図を持って最深部から走り去る。ガディアは盾を背負って駆け、ラビッサが別の松明と火打石を持って後ろに続き、俺は予備の地図を持って殿となる。
遠ざかるフィーネに声をかける。
「好きにやれ!」
「ええ、もちろん!」
威勢が良い。現代最強の力を存分に発揮してくれ。
フィーネに振り向いた時、魔人も視界に入った。こっちに手を振っている。一体なんなんだコイツ。
止まることなく走り続ける。小鬼人や大鬼と戦った広場にまで辿り着いた。されど、立ち止まることはない。迷宮を出るまでに、最短経路で休憩せずとも二時間はかかる。少なからず、この三人は生きて帰さないと。
走りながら、ガディアが俺に振り返って顔を引きつらせる。
「ステア……なんでお前、笑ってんだ……?」
ありゃ? 俺、笑ってんのか? マズイな。悪癖になってそうだ。
~~~
<フィーネ視点>
「あの麗しの特等魔術士、【戦姫】フィーネ・セロマキア様とこんな暗い地下で二人きりなんて、何か起こってしまいそうだわ!」
魔人が合わせた手を頬に乗せて私の名前を呼ぶ。
ステアたちが走り去る音は聞こえなくなった。
明らかに私がこれまで遭遇してきた魔人とは違う。少なからず、私と相対しても余裕でいる奴はいなかった。
自信……私に殺されるとは思っていない? どの道、ステアたちが地上に出る時間を稼ぐに越したことはないわね。
取り合うかは賭けでも、魔人に問い掛ける。
「いつから分かってたの?」
「もちろん、最初から。30年前の特等魔術士認定の式典からこっちは認知してたんだよ。私は一度覚えた美女の顔はどう変装しようと必ず見逃すことはなくてね。いや、むしろ色々着こなしてもらった方がこっちも捗るかな。今の白髪も素敵だけど、昔の明るい茶髪だったころも好きだったな~。今よりも柔らかい印象のシゴデキ感でめっちゃスコ。いや、今が悪いとかじゃないよ! 比べることじゃないもんね。こんな感じで『フィーネたん♡』なんて呼んでボロを出したくなかったから『お姉さま』って呼んでたんだよ。そっちも隠したそうにしてたしね」
三十年前から……魔人に気を遣われていたなんてね。
「それで? どれだけ嘘を付いてたの?」
「え~~……そんなだよ。学校は行ってないから卒業研究はフいて~、《天覧》以外にも魔術は使えるでしょ~、魔力は減っていないも同然で~……そんぐらいだよ」
指折り数えて確認している。それだけ? さすがにないでしょ。だって――
「年齢もでしょ?」
「そんなことないもん! 永遠の17歳なんだから17歳で合ってるもん!」
頬を膨らませてムキになってくる。急に子供らしい表情になるわね。
「魔人だったらよっぽど長生きしてるんでしょ? 子供扱いできる私に『お姉さま』なんてよく言えたわね」
すると、魔人は人差し指を立てて横に振り始めた。警戒するけど、取り越し苦労になる。
「チッチッチッ……分かってないね。私の体、見て? 貧相な体つきに、大して特徴のない童顔。それに対してフィーネたんは? 凛々しい目鼻立ちに美しい白金の長髪。胸も邪魔にならない程度の大きさとハリ。抱き着いた時に昇天しそうになったよ。これを『お姉さま』と呼ばずになんと呼べばいいの? もはや年齢の上下を指し示す言葉じゃないの。概念……そう、理! それ《無柩》でしょ? 完全に効果を発揮するなんてね……」
《無柩》を言い当てた……大々的に公開した魔術ではないし、人間の魔術に精通しているのね。
リオは興奮したままに捲し立てる。
「内面はちょっとガッカリな感じするけどそこが良き! もう、騎士風からオフっぽくなったその服装見たときは発狂しそうだったわ。一体誰? ポニーテールに丸メガネかけさせたのは……もうね、神! 需要というものを完全に理解した専門家の仕業でしょ。新衣装出る度にこっちは課金しまくって天井ぶち抜くどころか限凸カンストさせるわ!」
最終的には手を組んで天を仰いでるし……後半に関しては理解できない。言語から違う? モノ扱いされてるのは分かる。
「何言ってるのか分かんないけど、ステアを火蜥蜴で殺そうとしたのも嘘じゃないって言うの?」
「それはぁ、ほんとうにぃ、わざとじゃないんですぅ! 癖で勘違いして間違っただけなんですぅ! 申し訳ないんですぅ! 反省してますからぁ! 塩と砂糖って間違えちゃうじゃない! そんな感じだってぇ! 決してぇ、私は教育に取り残された可哀そうなお友達じゃありませんからぁ!」
それで方角を間違えるの? 顔を歪ませて喚いている様子は嘘を言っているようには……見えない?
「まあ、嘘かどうかは結局確かめようがないわ。それより、なんでジョンたちと一緒に迷宮を攻略しようと思ったの? 魔人であるなら、単身でも余裕で踏破できるでしょ?」
「そりゃあ、ゴリ押しでどうとでもなるけどさ、やっぱ暗い場所で1人は寂しいわけ。《天覧》だけで単独踏破はできたから、今度は誰かと一緒に攻略してみたいな~って。それでウィレイブを回ってたらあの掲示板に巡り合ったってわけよ。普通にここまで降りて~、寝させて~、祭壇壊して~っていうプランでね。認識干渉魔術の催眠にかければ、前後の記憶は飛ぶから何事もなく『寝ちゃいましたね~』とか言って帰るつもりだったの」
寂しいから誰かと一緒に? そんなバカな……それに、祭壇を壊す? なぜ?
何より――
「どうして自分から正体を明かすようなことをしたの?」
「いやいや、ステアとフィーネたんが異常なんだよ。祭壇があるようならさっさと私だけ調べて痕跡を破壊するつもりだった。別に殺したいわけじゃなかったから寝させようとしたわけ。本当だったら5分もかからずに寝させられるはずだったのに、あんたたちはず~~っと起きてるのよ。だったらその理由を聞いた方がいいかなって聞いたら、今コレ。おたくら判断が速い!」
「そうまでして隠蔽したい司祭術は――」
「あれはマジでクソ」
これまでの軽薄な態度がウソかのように冷めた目になる。声からは憎悪が感じられる。外見とはまるで合わない重みの圧に息苦しさを感じる。
「失伝した司祭術を知りたがってたね。現代に伝わってない理由なんて簡単だよ。私たちが関わった奴らを皆殺しにしたから。仲間内だけの研究じゃ発想が凝り固まってたし、新しい魔術の可能性自体は歓迎したわけよ。ただ……あれはないね。フィーネたんにとっても、少なからず諸手を上げて欲しがるものじゃないと願いたい。あんなのが蔓延するようだったら、”計画”に関わらず私だけでも人類を滅ぼすよ」
司祭術は私が求めない魔術?
魔人の言動から無差別殺人を好む様子は感じられない。禁書になった経緯を考えても、司祭術は単に壊滅的な被害をもたらすだけではない不都合な事実があるということ?
「口外禁止の契約は事実なの?」
「そうだよ。相手は楔方じゃないけどね。ポロッと出して広めたくないし。論文も一応書いて、帝都で禁書化したのは私の指示。ろくでもない部分を避けた術式構築をしてもらいたくてね。魔術都市にも所蔵されてるから読んでみなよ。人類の愚かしさに絶望すると思うよ。もちろんここから生きて、戻れたらね」
いい加減、痺れを切らしそうね。あと最小限、知りたい情報は――
「戦いを始めるより先に、これだけは聞きたいのだけど」
「なんだい? 答えて進ぜよう~」
魔人はどこからか髪紐を取り出し、長髪を結い上げる。
「『アズサ』と『光の花園』に心当たりはある?」
私の問いに、魔人は髪を整えてこめかみをつく。
「センセー? あ~、新聞にあったね。『ヒカネの魔人討伐』って。クソ焦ったけど消滅した感じはしなかったし、何ならベソかいたセンセーと再会できたから私も不思議だったの。こういう時さ、不祥事の隠蔽があるあるだと思うんだけど、そこんとこどうよ?」
隠蔽……確かにその通り。アズサを匿ったロゼやフレアが拘束されないためにも真実は明かせなかった。恣意的に事実を歪めたことは否めない。
それでも……あの時、あの瞬間、あの景色を作り上げた全員は――
「主観でしかないけど、誰もが希望を持てる結末になったと思うわ」
「お~! それはよかった。わざわざセンセーに任せてよかったよ」
魔人は頬を緩めて拍手する。
『先生』……もしかして、魔人が『できないことに何でも手を出す教え子』? あの花畑の栽培は魔人が主導してるの?
「なんであの花を育ててるの?」
「う~ん……カッコよく言いたいんだけど。そうだな~……『月に見られない逢瀬のため』……どう? イケてない? もちろん曇りで見えないとかじゃなくてね」
「イケてるかは分からないけど、随分バカげた自由研究ね。月が観測されない夜なんて天文学が根底から覆るわ。好きにやればいいと思うけど……それが人類の存亡に関わるなら話が変わるわね」
私の言葉に、魔人は初めて寂しそうな顔を見せた。
「ハァ……そうなるよね。別に君たちに恨みがあるわけじゃないんだ。ただ、私たちにはどうしても必要なことなの。夢って言えばいいかな。生態系の生存競争とでも考えてよ。弱肉強食。それだけの話さ」
どこか諦めたような哀愁すら漂わせている。アズサがロゼと親しくしたのも本心なのかしら。
暗い表情から一転、魔人は明るく私に提案をしてきた。
「ていうかさ、フィーネたんがこっちに来てくれない? 魔術の専門家は多いに越したことはないわけ。これまで致命的な失敗を何度も繰り返してさ、そろそろお茶目できる段階も越えてきたんだよね。どうでしょう? 我が社に入って頂ければ、生活水準は王族なんかを通り越して底上げされますし、私直々に可愛がってあげますよ。それに、人間には未だに解明されていない魔術理論をご紹介できますよ? 好きでしょう? 新しい魔術。いかがですか?」
新しい魔術……実に素晴らしい提案ね。
でも――
「お断りさせていただくわ。最近になって、魔術以外にも楽しいことがあるって改めて気付けたの。この旅が終わった後なら考えてもいいかしらね」
私の夢のためだけじゃない。ほんの数ヶ月でも、ステアとの旅は充実してた。あいつを魔衛士にして本当によかった。
私の躱しに魔人は不機嫌になるわけでもなく、むしろこれまでで一番穏やかな顔つきになった。
「楽しい旅……いいね。最高じゃん。じゃあ、もう、いいよね? もっと刺激的な体験をさせてあげるよ」
魔人は肩幅に足を開き、私の正面に相対する。握った両拳を合わせ、一言――
「”醒めろ”、『黒月』」
魔人が拳を離すと、間に”黒”が一条。
わずかに揺らめく様子はまさしく、”影”だった。




