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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第三章 彷徨う夢現
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第八話 最下層

 第五階層――最下層に降りると、これまでの迷宮から様子が一変した。地面は舗装され、壁も均一に削られている。居住空間として利用されていたことが(うかが)える。

 しかし、戦時中唯一の安息の空間というには、至る所に破壊された痕跡がある。


「これは……負けた側かもね」


 ラビッサの所見を誰も否定することはなかった。


 探索を始める。


 六坪(約20㎡)ほどの部屋がいくつも並び、机の脚と思われる石柱の残骸がある。一部の部屋は入り口が破壊されており、この迷宮が辿った末路を容易に想像できる。

 ある部屋には、俺の腹から首の位置にかけて不規則な間隔で刻まれた傷があった。もしこれが子供の成長の記録なのであれば、少なくとも五年は迷宮に子供を押し込むご時世だったわけだ。


 さらに進むと、舗装されていない土の地面があった。


「ここは……農畜の区域か?」


「動物はともかく、こんな地下で野菜を育てられるか?」


 ガディアの考えに疑問を示すと、ジョンが土を触りながら天井を仰ぐ。


「今は塞がっているのかもしれませんが、当時は太陽光を取り込む構造だったのかもしれません」


 俺も天井を見上げると、第四階層へと物資を運んでいたであろう穴がいくつも空いていた。第四階層の小部屋が制圧されたときの想定をしなかったために、この穴から第五階層に侵入されたのだろうか。


 考えを巡らしていると、壁が崩れる音がした。

 慌てて音の発生源に振り向くと、フィーネが鏡剣で壁を切り崩していた。地図に描かれていた隠し部屋を暴いていたようだ。全員が集まり、中の様子を見てみる。


「うわ……」


 声に出したのはリオだ。しかし、誰もが彼女と同じ気持ちになっただろう。


 第五階層に並んでいる部屋よりも一回り小さい小部屋。魔術によって形成されたであろう滑らかな床、壁面、天井となっている。

 中には白骨がいくつも散らばっている。数から、一人や二人ではない。大腿骨であろう大きめの骨を測ると、おおよそ子供のものと推測できる。骨の他には、玩具であろう木彫り人形、笛のような楽器の残骸があった。

 魔術によって部屋を形成したためか、ここまで朽ちずに遺っているモノをこの迷宮で初めて見た。


 子供にこんな末路を歩ませた戦争に果たして意味はあったのだろうか。

 この歴史がなければ今のウィレイブにはならなかったのか。

 俺も……生まれることはなかったのだろうか。


 何にせよ――


 不愉快だ。



 ~~~



 探索は続行している。皆の口数は明らかに減った。

 あの部屋以降、隠し部屋を開いてはいるが、特に遺されているモノはなかった。財産でも入れて朽ちたのだろう。


 順調に第五階層を進んでいると、リオが警戒を呼び掛けた。


「この先、集会場のような広場があります。合計二十ほどの魔獣の群れを感知しました。形状、大きさから小鬼人(こきびと)大鬼(おおおに)だと思います。大鬼二体以外は全部小鬼人ですね」


 リオがその方向を指差すと、松明(たいまつ)の火を消した。俺は驚いたが、他の奴らに動揺はない。

 フィーネ、ガディア、ジョン、俺、ラビッサ、リオの順に縦列で並び、広場へ向けて進む。しばらく進んでいると、宙に浮いている炎が見えた。


「ステアくんは初めてでしょうけど、小鬼人、大鬼は人型の魔獣で、魔術を扱うことができます。強くても二等魔術士程度の能力です。加えて武器を扱い、高度な連携を取ってきます。ガディアの後ろに控えて横に回り込んできた奴らを倒していきましょう」


 人型? 初めて聞いたな。


 魔獣を視認できる位置まで移動し、崩れた建造物の陰に全員で隠れる。円形に一段下がった広場の中心に、二種類に分けられる人のような生き物が群れていた。

 一方は四尺(約120cm)程度の小柄な緑肌の生き物。耳や爪、歯が尖っている。持っている武器は個体それぞれで、こっちが小鬼人だと分かる。

 もう一方は十尺(約3m)は超える巨体をした赤肌の生き物。小鬼人の特徴に加え、下顎から突き出た犬歯の牙が特徴的。こっちが大鬼だ。二体の内の片方は無手だが、もう一方は建造物の柱を角材のように肩に担いでいる。

 ちなみにどいつも局部を隠していない。


 ガディアが盾を構え、物陰から魔獣たちに姿を現した。

 無手の大鬼が彼に気付くと、咆哮を轟かせる。

 他の魔獣もこちらを向き、雄叫びを上げる。

 ガディアに向けて指を差し、魔獣同士目配せしているので、高度な意思疎通能力があることが窺える。

 そんな分析をしている内にフィーネが飛び出し、柱を持っていた大鬼の首を即座に鏡剣で刎ねた。


「うおおおお!!」


 ガディアもフィーネに続いて雄叫びを上げながら魔獣の群れに突撃し、三体の小鬼人を盾で吹っ飛ばす。

 ジョン、ラビッサ、俺も後に続く。


 大鬼の瞬殺に小鬼人はたじろぐが、ガディアに向けて石器で各々攻撃してきた。

 当然、大盾に阻まれて逆に弾き返されるだけに終わる。

 横から攻撃してくる小鬼人が五体ほど、ガディアの後ろにいる俺たちを狙ってきた。

 盾を持った小鬼人を先頭に、長剣、短剣二本、槍、斧を持った小鬼人がいる。

 あっちは見る限り普通の盾。

 ラビッサの水圧で距離を取らせれば――


「ッ!? 導線か!」


 迫ってきている五体の小鬼人の逆方向から、視界が一直線に歪んだ。

 俺とラビッサでその発生源を探す。

 振り向くと、右手をこっちに向けた小鬼人が離れた位置で口角を上げていた。

 松明に火をつけていたのはこいつか?


 挟み撃ち……だが、やれるはず!


「ラビッサ! 近接を押し流せ!」


「分かった!」


 ラビッサが視線を戻し、五体の小鬼人に手を向ける。

 反対側の小鬼人の人差し指に炎が灯る。


「ジョン! 大回りでいい! 魔術の方に向かって走れ!」


「はい!」


 言い終わる頃には小鬼人から《火球》のような炎の塊が放たれる。

 轢蝙蝠(ひきこうもり)の突進よりも遅い。

 俺は魔石の剣で火球を斬り、霧散させた。


「《流傾(るけい)》!」


「とりゃあああ!」


 ラビッサは近接五体をきれいに押し流し、ジョンは火球を放った小鬼人に迫って槍を喉に突き刺した。

 たぶんジョンの方が俺より足が速いな。


 その後は体勢を完全に崩した五体を俺が斬り殺し、ガディアに弾かれる小鬼人どもを三人で処理していった。

 一瞬、突風が吹いたが、直後には無手の大鬼が絶叫しながら倒れ込んでいた。

 それと同時にフィーネが空中から降り、第五階層の魔獣の討伐は完了した。


 例の如く魔獣の死骸を燃やしている間、なんとなく小鬼人の死体が俺の目を見ている気がした。



 ~~~



 とうとう迷宮の最奥部に到着した。

 想像以上に楽な道のりではあったが、この空間を見ると達成感が湧いてくる。


 第二階層と同じくらいの広大な円形空間の中心に、円筒を積み重ねた建造物が鎮座している。積み重ねるごとに円形は小さくなり、最上段は人が座れるくらいの円の大きさだ。この建造物は魔石で造られているようで、所々欠けているが、原型は保たれている。これが司祭術で使われた祭壇なのだろう。周囲には祭壇を囲うように図形が描かれている。恐らく魔術陣として機能するものだ。


 つまり、ここで司祭術の準備がされていたのだろう。


「快挙です! これまで一ヶ月は掛けていた迷宮の攻略を一週間足らずで終えてしまうなんて!」


 ジョンが到達の興奮のままに声を上げている。他の奴らの表情も晴れやかだ。俺は祭壇に飛びつきそうになっているフィーネの服を引っ張って、何とかこの空気を壊さないようにしている。


 祭壇周りを調査する前にひとまず休息を取ることにした。

 フィーネは携帯食と松明で両手を塞ぎ、祭壇の周りをグルグルと観察している。あいつを横目に残りは焚火を囲んで休んでいた。

 携帯食を食べている間、リオは肌身離さず持ち歩いていた金属の箱を膝に挟んで揺らしている。その様子を呆然と見ていると、リオが俺に話しかけてきた。


「ステアさん、疲れました?」


 唐突な言葉に目を丸くするが、他の三人も俺を伺うように視線を向けていた。

 隠す理由もないか。


「大鬼は分かんないけど、小鬼人同士の意思疎通とか、戦略的な連携とか……人間とそんなに変わらなかったなって。冷静に考えると、俺たちがあいつらの家に攻め込んできたわけで……言葉が通じれば戦う必要なかった可能性があったと思うと、なんだかな~ってね」


 焚火を見つめる。燃やした小鬼人の頭が――目が、そこにある気がする。


「ステアさんって、優しい……というか夢見がちなんですね」


 リオの言葉に、跳ねるように顔が上がった。リオは俺を見透かすように目を細め、笑みを浮かべている。


「要するに、彼らのことを知りたかったってことですよね?」


 その通りだ。頷くことしかできない。


 リオは俺の反応に吹き出す。


「ハハッ、それができるなら最高ですね。彼らと言葉を交わせるなら、どのように生まれ、生き、何を想い、望むのか。そこに人との差異はあるのか。そして、彼らが地上へ進み、文明というものに触れれば、どんな反応をするんでしょうね。例え本質が人とそう変わらなかったとしても、社会に与える影響は計り知れないでしょう。ただ、やってみることに価値がある。そういうことを夢見ることができるというのは、素晴らしいことだと思います」


 これまで見せていたおどけた態度とは真逆の、理知に溢れた瞳で俺が言語化できなかった全てを言われる。


『最高の景色』――そこに人間以外の生き物が加われば、どのような光景になるのだろうか。


 妄想を膨らませていると、ラビッサがリオに同意する。


「リオちゃんの言う通りよ。そもそも小鬼人と大鬼は迷宮にしか確認されていない魔獣で、その生態が全く明らかになっていないんだよね。動物が一定以上の魔力によって変異したものが魔獣と定義すると、小鬼人と大鬼の元になった動物は人間ってことになりそうなのよ。けどさ、人間は魔獣を食べても肉体が変異するわけじゃないし、一等魔術士にもなればどんな魔獣よりも多い魔力量を保有するから、定義と矛盾しそうなのよ。だから、超高密度の魔力が形を成したものが小鬼人と大鬼って説もあるぐらいなの」


ラビッサの解説に加え、ジョンが祭壇を眺めながら言葉を継ぐ。


「それに司祭術で身体干渉魔術を発動すれば、人間を新たな段階に進化させることもできるかもしれません。不謹慎ですが、その進化先が小鬼人と大鬼で、何百年と生きられる可能性も考えられます」


ある意味フィーネが求める司祭術の効果だ。進化によってフィーネ自身の魔力を得られるようになれば俺が斬られることもなくなる。


それでも研究のためとはいえ、あの魔獣らを殺した事実に変わりはない。未だに割り切れないでいると、ガディアが俺を励ますように声を掛ける。


「ま、解明できればいいなって話だ。ステアの指示は思い切りが良いもんだった。初見の魔獣相手に善戦できたって考えようぜ」


 魔獣に夢を見る俺を否定するような言葉は皆から出なかった。これが探究する者たちに共通する姿勢なんだろうか。


「いつかゴブリンやオーガみたいな魔獣が創作物の主人公になる時代がくるかもしれませんよ?」


「ご……? でも、魔獣が主人公か。前衛的過ぎるな」


 リオが聞いたことのない単語で魔獣を表現してきた。(なま)りみたいなもんか?


 とは言え、リオの発想こそ夢見がちだ。けど、面白い。

 そんな未来を五人で笑い合う。


 今は、この出会いを喜ぶことにしよう。



 ~~~



 一時間ほど休憩した。

 ジョンは虚ろな目で焚火を眺め続け、ガディアはぼーっと祭壇を眺め、ラビッサは訓練(体育)座りのまま顔を伏せて寝てしまった。

 迷宮のお目当てを前に気が抜けているのが意外だ。一週間という攻略の速度で思わぬ疲労が溜まったのかもしれない。


「ジョン。陣の模写、俺がやっちゃうよ?」


「…………ハイ」


 ギリギリ聞こえる程度の返答だった。

 リオも、俺と三人を交互に見比べて不思議そうな顔をしている。


 俺とリオは紙と筆を持ち出し、祭壇の方へ向かった。フィーネは床に張り付いて陣を観察している。【戦姫】とはもう呼ばないことにしよう。


 とりあえず、松明を床に置いて近くの図形から描き取ることにする。


 紙を三枚ほど描き詰めたところで、リオから一直線に光が伸びていることに気付いた。見てみると、リオの手に持っている(懐中電灯)から眩しい光が放たれている。フィーネも気付いたようで、リオに近寄る。


「何それ? もしかして新型の魔装具?」


「え? これは……えーっと……そう、ルルー迷宮で見つけた遺物です。ちょっ! 貴重な物ですから! お姉さまでも、おいそれと渡せませんって!」


 フィーネに首ったけなリオでも、迫ってくるあいつに貴重な代物を渡そうとはしなかった。あれだけの光量なら松明なんて必要ないのだから、当然ではあるか。


 フィーネは渋々諦め、司祭術についての考察をリオと始めた。禁書の契約のためか、リオの言葉はたまに途切れている。肝心なところで喋れなくなるリオに歯痒い面持ちを見せながらも、フィーネは考察を進めていった。

 その間、俺は二人の会話を紙に走り書きしている。後で見返すためにも必要だと思い、何気に初めての助手らしい作業に面白さを感じていた。


 考察に一区切りがついたのか、リオがこめかみに親指を当てて口を開いた。


「あのさ~……ステアとフィーネお姉さまって……認識干渉魔術に耐性とかあんの?」


 ?


 今、なんて――


 気付くと、フィーネに襟を掴まれ、ジョンたちの元まで移動していた。


 リオは目を瞑り、ため息をつく。

 その表情に少女らしさはない。


 この感じはフレアの時と――


「あ~あ……終わりか~」


 リオはこめかみをグリグリとついている。

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