第七話 第三・四階層
景色が開けた第二階層から一転、第三階層は途端に見通しが悪くなった。迷路となっている第三階層は通路が広くなったり狭くなったりを繰り返し、迷わせるだけでなく進軍の足を緩める構造になっていた。
「この迷路……《天覧》で全貌を描きましたけど、全部調べるなら相当時間がかかりますよ?」
第三階層を目視して、改めてリオが今後の方針を尋ねてきた。
階層の全体図が予め分かったため、隅々まで探索したくなる。物資が許す限り探索したいところだが、肝心の時間制限は残り十日余り。迷路の広さや複雑さに加え、魔獣の討伐を考慮するとこの階層だけで一週間はかかりそうだ。
この問題にフィーネが解決策を提案した。
「私と他五人に分かれて探索区域を分担したらいいんじゃないかしら」
「しかし……いくら何でも危険なんじゃないでしょうか?」
ジョンの心配をフィーネは経歴で払拭する。
「もう一枚地図を作ってくれれば大丈夫だと思うわ。私自身、迷宮に入るのは初めてではないし、成果は上げられなかったけど単独制覇を果たしたもの」
懸念点があるとすれば魔力が足りているかどうかだが……本人曰く俺から魔力を補充すれば、睡眠と食事を抜いた生活を一年は軽く続けられる魔力量になるらしい。道中の魔獣からも魔力は補充できるだろうし、一人で動いてもらっても心配はない。
再度リオに《天覧》を発動してもらい、第三階層と、念のために第四階層の現状を描いた地図を持ち、フィーネは第三階層の奥半分を単独で探索しに行った。
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「フィニアさんは凄いよねぇ。力があるだけじゃなくて、それを活かせるだけの行動力がある。私もあんな風だったら、迷宮にのめり込む以外の人生があったのかな」
「やめてくれ……」
「ラビッサがいなければ僕たちは途方に暮れてましたよ……」
ラビッサの感想にガディアとジョンが頭を抱える。昨日からラビッサの情緒が掴めなくて怖い。けれど彼女に他意はないようで、足取りは軽い。
五人で探索を続けていると、リオが警戒を呼びかけてきた。
「北の方向、魔獣がいます。形状から火蜥蜴だと思います」
「北……ジョン、どっちだ?」
「地図からだと……真っ直ぐかと」
いま歩いている場所は、直進と左折に分かれる分岐点。ガディアが正面を警戒して盾を構える。リオが持つ松明に照らされている範囲では魔獣の姿は見えない。
リオの方を見てみると、彼女は首を傾げた。何か変化があったのか?
分岐点に差し掛かったところで俺は左を警戒する。ガディア、ジョン、ラビッサは前方を警戒しているため、念のためだ。
三人が分岐点を越える。
俺は剣を構え、左の道を見渡す。リオが俺の斜め後ろから松明をかざす。
道は突き当りになっていて、向こう側の壁面が見える。壁には不自然な出っ張りがあった。
まるで生き物が張り付いているような……
壁から火の粉が吹き出て、明るく――
「やっぱそうですよね!」
「ハッ……? イヤアアアアアア!!?」
”壁”から炎が吹き出るという光景に呆気に取られていると、後ろからリオに体を引っ張られる。情けなく悲鳴を上げながら分岐の手前で尻餅をつき、炎から逃げることが出来た。
「なんだ!?」
ガディアがこっちの異変に気付き、盾を構えて炎を防ぎながら左の道に入った。後ろにはラビッサが付いている。
”壁”から放たれる炎が途切れた。
「今だ!」
「《水切》!」
ガディアが声を上げると同時にラビッサが前に出る。
”壁”のものであろう奇声が一瞬上がると、あたりに静寂が訪れた。
あれが火蜥蜴だったようだ……
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「待て待て待て。皆、一旦落ち着こう。何事も冷静な判断力が求められる。まずは状況の把握。問題点を挙げ、解決に向けて頭を働かせよう。非常事態に皆が正気でいられないのも分かる。けど、まずは冷静になろう」
「一番冷静じゃないのはステアだけどな」
俺の早口をガディアが冷静にツッコんだ。
今は周囲を確認し、焚火を五人で囲んで軽食を食べながら休息を取っている。
大惨事になりかけて口がメチャクチャ回る。
マジで……剣と革装備を残して燃えカスになりかけた。
俺をこうさせた本人に詰め寄る。
「リオ、お前……左右盲か?」
明らかな指示違いに他の三人もリオに視線を集める。リオは申し訳なさそうにしているが、自分の正当性を主張してきた。
「北って、左の道の方だと思って言ってたんですけど……」
リオの言葉にジョンが真剣に地図を確認する。
「西向きの坑道から入って、階段を合わせると……う~ん……やっぱり北は直進だったと思うんですが……」
俺も確認してみるが、ジョンが正しいと思える。
するとラビッサが十字を地面に描き、それぞれの先端に印を付けた。
「リオちゃん、北はどっち?」
リオが指をさす。
「それは……西だね」
「え……?」
リオの反応に誰もが口を噤む。
案内役が方角を理解していない……だと?
すると、ガディアが沈黙を破った。
「方角を直角にズレて覚えてねぇか?」
「あ~~! それだぁ!」
リオは納得したように何度も頷く。
この案内役、集団を率いるのに向いてないよ……自分一人なら問題はないんだろうが、誰かと情報を共有すると致命的な事態になりかねない。
これを解決するためには――
「時刻で方角を言えない? リオの正面を十二時にしてさ」
「「「あ~~!」」」
俺の提案に三人が声を上げる。リオもひとまずは納得した様子だ。
念のためリオの方向感覚を指差しで確認する。
「はい、じゃあ確認するよ。十二時」
「正面!」
「九時」
「左!」
「五時、十時」
「右後ろ! ぐる~っと左前!」
最後は体を時計回りに回して指を差した。問題はなさそうだ。
大惨事になる前に気付けて良かった……
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リオの案内問題を解決し、探索を再開した。
迷路の壁面には当時の侵略者が付けたであろう目印のような傷があちこちに見られた。戦時中にリオのような魔術士がいれば拉致誘拐が横行してただろうな。
やはり五百年の時間は大きく、遺物は特に見つかることなく進み続けた。
道中はネズミや蛇、カエルが魔獣化したものを討伐。隠し部屋か、進行を分断するためかと思われる土壁をラビッサの《水切》で破壊。魔術によるものであるためか、俺の剣でもサクッと斬れて気分が良かった。
だからといって収穫があるわけではない。まあ、冒険してる感はあって結構楽しい。
俺たちが探索する区域は丸二日で完了した。休憩の度にリオは《天覧》を発動し、フィーネの位置を調べていた。どうやら移動速度が速いようで、”読み込む”処理に手間取ったらしい。さらには第四階層にも行き来していたらしく、フィーネは既に三割ほど探索していた。
というわけで、第四階層へ続く階段付近でフィーネと合流し、長く休息を取ることにした。
リオの方角間違いを話に出すと、フィーネは被害に遭わなかったことを安心した様子だった。
「まあ、リオの魔術のおかげで罠の位置を簡単に避けることができたわ」
リオはフィーネの言葉にご満悦な様子。
ラビッサが切り出し、残りの魔力量を女性陣で確認し合った。
「私、休憩の回復量含めて残り半分程度なんですけど、フィニアさんはどうですか?」
「一割も減ってないわね。リオの方が心配なんだけど……」
「三割弱ぐらいですかね。残り二層と考えれば十分足りる計算です」
フィーネは俺から吸収した魔力量を自慢げに誇示している。ラビッサは順当に魔力を消費し、リオは残り僅かなようだ。
しかし、ラビッサはリオの魔力量に驚いている。
「処理が煩雑な認識干渉魔術を大規模展開しながら、まだ魔力があるなんてすごいね」
「そう……ですね。これで自然干渉魔術に適性があれば一端の魔術士になれたと思うんですけど……ままならないですね」
リオは自嘲気味に笑っている。彼女は戦える力が欲しかったのだろうか。
すると、フィーネが軽食をつまみながら口を開いた。
「リオの才能は素晴らしいものよ。単純に魔力が多いだけじゃない。術式を実行し続けるだけでも高度な能力が求められる認識干渉魔術を実行できる。何より、自分ができることを最大限模索する意志は限られた人間しか持ち得ない代物よ」
そう言いながら、フィーネは俺に視線を向けてくる。俺のことを褒めてんのか?
「リオの理想は現状から遠く離れたものかもしれないけど、私たちが夢にも思わなかった理想的な力を手にすることが出来た。それだけでリオという魔術士は唯一無二の存在なのよ。《天覧》という魔術もね」
フィーネは片目を閉じ、リオに笑いかける。過去の自分と重なるところでもあったのだろうか。
フィーネの言葉を受けたリオは感無量と体を震わせ、大音声でフィーネの胸に飛びついた。
「お姉さま抱いて~~!」
「いや、それは――グオッ!」
抱きつくのも一瞬、反射的にフィーネから引き剥がされたリオは、今度はラビッサの方に飛びついた。ラビッサは諦めたように受け止め、リオの頭を撫でている。
彼女たちはそのまま魔術の専門的な話を始めてしまった。
「俺たちも使えたらいいなって魔術の妄想でもする?」
他の男二人に提案すると、結構乗り気で話してくれた。
「僕は遺物を復元できる魔術がいいですね。時代背景の考察が捗るはずです」
ジョンは彼らしい魔術を欲しがった。時間に干渉する魔術が完成すれば実現できるだろうか。
「俺は受けた攻撃をそのまま跳ね返す魔術だな。防御が最大の攻撃になるぜ」
ガディアは意外と陰湿な魔術を欲しがった。あの大盾で使われたら攻めにくくて仕方ないだろうな。
「ステアくんはどんな魔術がいいですか?」
当然、俺にも回ってくるか。けど、あんまり考えたことなかったな。
「なんか……スゴいの飛ばしたいかな」
二人はシラけた目で俺を見てきた。
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翌日。
第四階層に降りた。フィーネが探索した部分の経路は無視し、サクサクと進んでいった。
迷路の構造は第三階層と大差ないが、階層の広さはそれほどではない。ただし、罠と思われる部分を避ける必要があったため、これまでよりも慎重に進んでいく。
ここは第三階層と同様に小部屋が点在し、膝あたりの位置に内側から通路に槍を突き出す小窓があった。
上層と異なり、部屋の床にはヒト一人通れる穴が空いている。今は朽ちたであろう滑車を使って、居住区である第五階層と物資をやり取りしていたと思われる。
「この構造は見たことがありませんね! 下層への入り口を作ってしまうのは危険でしょうが、これまでの階層で敵を多く減らす自信があったのでしょう!」
新発見らしく、ジョンが興奮しながら考察している。これまで収穫がなかったため、全員で盛り上がった。
これまでよりは魔獣の数が少なく、足を止めることなく順調に進めている。
「何の問題もなく進んでるけど、罠は本当に起動するものだったのか?」
俺が何となく呟いた言葉にリオが反応した。
「じゃ、試してみましょうか。お姉さま、ついてきていただけますか?」
「分かったわ」
二人は次の分岐点を越え、リオが下を向いて足を突き出していると、彼女の体が僅かに沈んだ。
「動かないでくださいねー!」
リオが声を上げると同時に地面が小刻みに震え始め、地鳴りが次第に大きくなる。全員が周囲を警戒していると、右から分岐点を塞ぐように岩が転がり込んできた。通路いっぱいの巨岩のせいで向こう側の様子が分からない。
残された四人で呆然としていると、フィーネの声が聞こえた。
「全員後ろに下がって!」
念のため大きく下がり、ガディアが構えた大盾の後ろに三人で身を隠した。
「いいぞ、フィニア!」
フィーネに向けて合図すると、鈍い音が何度も鳴り、岩が粉々に砕け散った。
「すげぇ……」
大盾を持ち歩くガディアが青ざめるのも当然だ。フィーネは拳で岩を殴りつけたらしく、その手はきれいな色白のままだ。
「こんな感じで動く罠もあるでしょうから、保護者の目の届く範囲で試してみてくださいね」
「保護者がいてもどうにもできないよ……」
リオはいたずらっぽく笑っている。この案内役、危険すぎる……
その後は罠により一層の注意を払いながら探索を進めた。動物や魔獣によって起動した罠もあったようで、地形が変にくぼんでいたり、矢の刺さった死骸が転がっていた。
魔獣を狩り、燃やし、隠し部屋も含めて三日かけて第四階層の探索を問題なく終えた。
俺たちは最下層に足を進めた。




