第六話 第一・二階層
俺たちは現在、迷宮第一階層の円形の通路を進んでいる。
「この円形の通路にはネズミやらの小動物程度しか確認できないんですけど、吹き抜けの天井がとんでもないことになってますね」
短距離であれば《天覧》は歩きながら発動可能なようで、リオは親指でこめかみをつきながら内側面の小窓に目を向ける。
松明を持ったフィーネが小窓から吹き抜けの天井を覗くと、生理的な嫌悪感を示す声を発する。
「うわ……キモッ――おっと!」
俺からはフィーネの背中に遮られて小窓の向こう側が見えないが、天井から大きな生き物が小窓に向けて体当たりしているようだ。フィーネが小窓から鏡剣を突き出すと、その動物は不快な奇声を上げる。これで終わりかと思ったが、後から何匹もこちらに向かってきたので、フィーネはリオに松明を渡して流れ作業のように斬り続けた。
一分ほど続けたところでようやく落ち着いた。
「リオ、終わった? もう轢蝙蝠の顔面なんかみたくないんだけど……」
「相当減りましたけど、向こう側に四匹残ってます」
フィーネはげんなりした顔でため息をつく。
轢蝙蝠という巨大なコウモリが吹き抜けの天井に五十匹ほど張り付いていたらしい。
魔獣を討伐した時は、通常の動物が死骸を取り込んで魔獣化しないように燃やさなければいけないため、急いで第二階層に向かう。円形通路を進んでいくと、所々崩れている階段を発見し、慎重に第二階層へ降りる。
敵を一網打尽にする闘技場のような大広間の隅一ヶ所に、フィーネが斬り捨てた轢蝙蝠の死骸の山が築かれていた。リオが松明を天井へ掲げると、彼女の言う通り四匹の黒いデカコウモリが逆さまでぶら下がっている。
奴らは俺らを確認すると、羽を広げることなく落下してきた。
「ジョン、ラビッサはいつも通りだ! フィニアさんは好きにやってくれ! ステア! 不安だったら俺の後ろに付いてジョンと一緒に攻撃しろ!」
ガディアの号令と共にジョンが彼の後ろに付き、ラビッサが走って二人から離れる。フィーネは悠々と前に進み、俺に声を掛ける。
「一匹ぐらい自分でやってみなさい。《火槍》を捌けたのなら楽勝よ」
フィーネは大広間の外縁に沿って走り出した。
ご主人様の言いつけならやりますとも。
逆さまに落ちた一匹のコウモリと目が合った。緑色の獰猛な瞳は俺を獲物として捉え、腕が貫通しそうな程に長く鋭い牙を光らせている。俺と同じくらいの体長の蝙蝠だ。これまで見てきた魔獣図鑑には見覚えがない。迷宮特有の種なのだろうか。
目を合わせた轢蝙蝠は地面に着きそうなところで羽を大きく広げる。
瞬間、目の前が歪んだ。
導線だ。
轢蝙蝠は羽ばたきながら羽をしまい、こちらに突進してくる。
俺は導線が見えた時点で暗器を投げつけながら横に回避。
突進の勢いに暗器は弾かれた。
けれど、速度は《火槍》には遠く及ばない。
フレア(魔人)の《火球》より僅かに遅い程度。
一直線に進むだけの轢蝙蝠を引き付け、回避した側面から剣を振り下ろす。
「よいしょ!」
首は飛ばせなかったが羽を大きく斬り裂き、轢蝙蝠は奇声を上げながらのたうち回ったわけだが――
「やべッ! まずいって!」
轢蝙蝠が暴れ狂う先にはリオがいる。
死に損ないに向けて走り出し、跳びかかって正面から頭を突き刺す。
これで決まったかと思ったがーー
「イデッ!?」
くそったれ!
取っ組み合っている最中に轢蝙蝠が右のふくらはぎを嚙んできた。
剣にさらに力を込めてグリグリと柄を前後させると、轢蝙蝠は力なく羽を広げて一切動かなくなった。
噛まれた傷は浅く、牙を剣で叩き割ってから引き抜いた。血が溢れてくるが、失血死するほどでもない。後でフィーネに治してもらえば無事に済む。
少しダサいが、ひとまず俺の分は討伐完了っと。
松明を持って唖然としているリオと目が合う。俺一人で討伐できたのが意外だったか?
「フゥ……どう? 俺、案外やれるでしょ」
「ステアさん……轢蝙蝠、毒あります」
「えっ……?」
ドヤ顔したのに、そんな……確かに、右足が痺れてきたような――
「フィニア!! 超急いで! 俺を治して!」
フィーネに向かって叫ぶと、あいつは既に一匹を殺し、他三人の戦闘を見ていた。松明の光があまり届かない距離だったが、俺に向かって呆れた顔を向けているのは分かる。
フィーネはこちらに足を向けたので、俺は三人の戦いぶりを眺めた。
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ラビッサは轢蝙蝠が放つ導線から軌道を読み、上手く回避している。
俺以上に動きが速そうに見えるので、身体強化をしているのだろう。
回避後は俺と異なり、コウモリを引き付けることなく素通りさせた。
ラビッサの狙いはコウモリの突進後、天井へ再上昇するための方向転換による減速だ。
コウモリの姿勢が上向きとなり、羽を広げた瞬間をラビッサは見逃さない。
「《水切》」
ラビッサが向けた左手の平から薄い刃のような水がコウモリに高速で放たれる。
その水流は鋭く研がれ、風を切る音を立てながらコウモリに迫り、首を見事に刎ねる。
ラビッサの顔からは何の感慨も伺えず、迷宮では慣れたことだというのが分かる。
一方の脱走貴族二人組。
ガディアの斜め後ろにジョンが控え、残り一匹の轢蝙蝠の体当たりを大盾で何度も受け流していた。
轢蝙蝠は受け流される度に天井まで上昇し、頭から落下してまた突進するという流れを繰り返している。
「ジョン! 次でいくぞ!」
「はい!」
轢蝙蝠の再びの突進にガディアが踏み込んで大盾を押し出す。
その力を顔面で受け止めた轢蝙蝠は吹き飛び、羽を無様に広げて地面に這う。
ガディアが盾を構えながら近づき、ジョンも変わらない距離感で詰め寄る。
ジョンの間合いに入ったところで轢蝙蝠の至る所に槍を突き刺す。
轢蝙蝠が暴れればガディアが前に出てそれを防ぎ、再度ジョンが槍を突く。
これの繰り返しで轢蝙蝠を討伐した。
彼らが十年共にしたことがよく分かる、流れるような連携だった。
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「ステアくん! 大丈夫ですか?」
「そんな騒ぐケガじゃないわよ。はい、治った」
「うん……痺れもなくなった。苦しゅうな――イデッ!」
ジョンやガディアが俺を心配して駆け寄ってくれている内に傷は塞がり、毒によるものとみられる痺れも引いた。治してくれたフィーネを労うと小突かれた。ラビッサに傷口周りを水で洗浄してもらい、服以外は元通りになった。
リオの再探査により、一・二階層に魔獣がいないことを確認。轢蝙蝠の死骸を集めて燃やした。続いて、動物が迷宮に入り込み、魔獣化しないように外部からの通り道を封鎖することにした。リオの探査の下、元から通じていた第二階層から地上への通路を塞ぐ。さらに、袋叩きの戦術で使われた魔術によって崩されたであろう部分が洞窟と繋がっていたため、フィーネが土系統の陣術によって封鎖。
轢蝙蝠は後者から侵入したコウモリが魔獣化したものと結論付けられた。
一・二階層の安全を再度確認したので、今日はこの二層の探索に一日を費やすことにした。
俺とラビッサは第一階層、ガディアとジョンが第二階層を探索。攻略の要となるリオは下層の詳しい探査を続け、彼女の側にフィーネが付く。
今は軍手をはめて松明を持ち、遺物である陶器の破片を慎重に扱っている。
「そんなびくびくしながら持たなくても平気よ。多くはこれまでの迷宮と変わらないものだし、持ち運べる量には限界があるもの」
ラビッサが小窓からジョンとガディアを眺めながら声を掛けてくる。その視線は慈しむように見える。
「あなたたち三人が来てくれて本当に良かった。普段なら大量の轢蝙蝠を狭い通路まで誘導して一匹ずつ処理するのよ。それをフィニアさん一人でほとんどやっちゃうし、ステアも一人で一匹を殺せるぐらいだもの」
「仕留め損ねて噛まれたけどね」
一人だけ負傷したという事実に情けなくなるが、次のラビッサの言葉でそんな諦念も吹き飛んだ。
「リオちゃんを守るために急いだんでしょ? それがなければ導線が見えるステアは安全に轢蝙蝠を殺せたはず」
「……よく分かったな。特異体質で見えるんだよ」
普通に返したけど、クソ焦る。なんで分かった? 自分と同じ景色が見えてる奴の動きは分かるもんか? 特異体質なのは事実だけど、それ以上を察せられたとしたらどうする? フィーネの身元が割れるだけじゃなく、あいつの体質までバレたら面倒どころじゃないぞ。
考えをあれこれ巡らしていたが、ラビッサが言いたいことは別だったらしい。
「あの二人に導線が見えなくて良かった」
「……なんで?」
予想外の発言に聞き返してしまうと、ラビッサは目を細める。
「導線が見えるなら暗闇で視界が悪くても轢蝙蝠を一合で殺せるし、他の魔獣も二人なら難なく倒せるようになるはずよ。そうなれば、私みたいな普通の魔術士の存在なんて一気に価値がなくなる。二人の仲間には入れてもらえなかったかもしれないわね」
えぇ……? 反応に困る……
ラビッサが水系統魔術士であるだけで二人の助けになっていると思うけど、なんでこんな自虐を始めちゃってんだろ……
というか、今の言い方的にラビッサの能力が低くて自己嫌悪しているというよりも――
「そんなに二人と一緒にいたいのか?」
「……ええ、そうね。昨日話したと思うけど、私は大した苦楽もなく魔術士として魔獣を討伐してたのよ。任務中に怪我したことなんてなかったし、お金に困ることなく十分な生活をしてた。ただ、これを一生続けるって考えたら少し怖くなっちゃって……夢中になれる楽しみが見つからない生活に辟易してたの」
まあ、なんとなく分かる。
俺も王都にいた頃は、無事に任務を終えた冒険者たちの打ち上げを眺めるのは楽しかった。確かにあれも『最高の景色』だ。けれど、変わり映えのない景色を見続けていると考えたら、楽しくはあっても充実感があるとまでは言えなかった。
「そんな私の前に現れたのがあの二人。私よりも年上のくせに、割に合わないことをしながら子供みたいに輝かせている目に当てられちゃったのよ。それからは急かされるように二人に迫って、仲間にしてもらった。けど、それは私が水系統魔術士で、ウィレイブ出身で、ついでに二人には導線が見えないからこそ。もし私よりも先にステアみたいな人と会ってたら、私の今はなかったかもしれない……ごめんね。一等魔術士の魔衛士になるのも納得の才能を見て、なんとなく愚痴っちゃった」
ラビッサは憂いを帯びた顔を俯かせている。
イマイチ掴めないな。「だから何?」と言ってしまいたくなる。
結局、今のラビッサの重心はどこなんだろうか。
「なあ、ラビッサの……夢は何なんだ?」
俺の唐突な質問にラビッサの顔が上がる。
憂いを帯びた顔は不敵な笑みに変わっていった。
「夢、か……目標……ちょっと違うかな。迷宮を探すために国中を旅して、真新しい世界に触れて、迷宮を見つけては入って、たまに新発見に立ち会える。この三年間、それまでの人生がこの瞬間に立ち会うための準備期間だと思えるほど、毎日が楽しいの。あの二人といることが今の私の幸せ。追い求めるまでもなく、とっくに私は満たされてるの。そう……だから今、私は夢の中にいるんだよ」
なんだ……結局、愚痴風自慢か? 現実充実し過ぎて今コレってか?
ほんの数か月前までの俺だったら、そんなことが言える奴を僻んでいただろう。
だが――
「奇遇だな。俺も同じだよ」
俺は今、夢の中にいる。
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第一階層の探索が終了し、第二階層へ降りて皆と合流した。
第一階層の調査報告をしようとフィーネらの元に戻ると、リオが小石を使って地面に図形を描いていた。下層についてのものだと思ったが、フィーネに《天覧》の術式構成を説明させられていたらしい。迷宮だろうと軸がブレねぇな。
ラビッサの鑑定によると第一階層に収穫となるものは遺されていなかったようだ。ジョンとガディアの方も収穫は無いようだった。元々迷宮はウィレイブ王国建国以前、つまり五百年前のものだ。大体のモノは朽ちていて当然なのだから、目に見える成果を上げるのは難しいのだろう。
第二階層で休息を取って翌日、迷宮の名の通り侵入者を迷わせる第三階層の迷路に挑む。




