第五話 負の遺産
翌朝、俺たちは北山の山道入り口に集合。
迷宮慣れしてる四人で買い出しをしてくれたようで、保存食やその他諸々が入った背嚢を渡された。制限時間である二週間分が詰められているため、ちゃんと重い。
全員の装備を確認してみると、俺とフィーネは普段の格好から特に付け加えるモノはない。
ジョンは急所のみを隠した魔狼の革装備に、自分の身長を優に超える槍を手に持っている。
ラビッサはジョンと同様の革装備で、彼女は無手だ。
ガディアは全身を鉄装備で覆い、重厚感あふれている。これに加えて大盾を背負っているんだから、肉体構造そのものが違うんじゃないかと疑ってしまう。
リオは非戦闘員として開き直り、肌を露出しないだけの長袖だ。単独踏破もこの格好で成し遂げたのだろう。
リオは軽装だけでなく、俺らと異なる荷物を持っている点も気になった。全員が食料を背負い、松明などを分担して抱えているのに加え、金属製と思われる薄い箱を肩にかけている。額縁に収められた絵画がちょうど入りそうな大きさだ。
「リオ、その箱に何が入ってんの? 持とうか?」
「いえ、大丈夫です。中身について話すことはできません。知られていない方が上手くいきますから」
男手として気を遣ったわけだが、遠慮された。全員が首を傾げている発言だが、俺自身そういう仕込みをよくしているため、詮索する気にはならない。
「それでは、行きましょうか」
山道には入らず、ジョンを先頭に北へ十分ほど歩くと、大規模な露天掘りの採掘現場に到着した。すでに採掘従事者たちが汗水流して働いている。周囲からすれば異質な風貌をしている俺らは注目を集めている。好奇の視線か、腫れ物扱いの目つきを向けられている。
確かに郡の制圧隊が迷宮をさっさと潰せばいいところを、ジョンたちの研究のために引き延ばされていると見られるのが自然だ。迷宮の脅威が留まる時間が長いほど採掘従事者の上がりが悪くなる。
俺らが歓迎されていないのは百も承知だが……ガディアが周囲に対して攻撃的になる理由もよく分かる。
露天掘りの坂を下っていくと、ある横穴の前に騎士が立っている。この横穴が迷宮に繋がってしまったという坑道の入り口なのだろう。
見張りであろう騎士は俺たちに気付くと、気さくに声を掛けてきた。
「おはよう、三人とも。後ろにいるのが募集で集まった人たちかい? 全員で、六人……研究熱心なのは分かるけど、危険なんじゃないのかい?」
「心配する必要はないぜ。今回の攻略隊は迷宮に入り続けたこの十年の中で最高の面子になってる。なにせ、あの中の一人は一等魔術士なんだからな」
ホントは特等だよ~。
「一等!? そんな方が迷宮に同行してくれるなんて頼もしいな! まあでも、万が一ってのはある。何かあったらここまで知らせてくれよ。いま動ける限りの騎士団の人員だけでも派遣するからな。くれぐれも気を付けて」
迷宮内で何か問題があったとして、深部に進んでいるほど地上まで伝えられないよなぁ……いざとなったら最悪、フィーネの《界斬》で地上に極光の柱を立たせるしかないな。巻き込まれる人間がどれだけになるか分からないけど。そもそも、フィーネでも手に余る事態なんて郡如きの増援で対処できるとは思えない。
それでも親切にしてくれた騎士に礼を言い、坑道の中に入っていった。ジョンたちに理解のある人たちもいるんだな。
坑道はガディアが少し屈む必要がある広さ。盾は手持ちにして角度を気にしないと、すんなり通れない。
フィーネが先頭に立ち、火打石で松明に火をつけた。坑道が一気に明るくなり、二分ほど歩いたところで大きな空間に出る。
人生で初めて迷宮に侵入した。
坑道でもそうだったが、迷宮内はさらに涼しい。単純に地下だからか、迷宮特有の空気が漂っているからかは分からない。
今いる地点は生活空間のような小部屋だ。食器だったであろう陶器の残骸が転がっている。地面は洞窟のようにゴツゴツしておらず、しっかり削られた平らな床だ。
周囲を確認。今のところ脅威がないことを確認しながら、リオの周りを残りの五人で円形に警戒する。
「それではリオさん、お願いします」
「はい。これより、術式を発動します」
ジョンの指示に対して、リオが背嚢から小箱と紙を取り出した。あぐらをかき、右親指でこめかみをついて左手は床に置いている。
「《天覧》」
魔術を発動したようだ。誰もしゃべることなく沈黙が続く。
リオは左手を床から離し、周囲の前後左右上下に手の平を向け始めた。
この動作を続けて二分ほどが経ち、リオが声を上げる。
「おっ……おおっ! イイ……! いいですよッ! キテますキテます!!」
なんか……大丈夫か?
様子がおかしくなったのも束の間、リオは小箱から筆を取り出し、紙に何かしら描き始めた。一枚、二枚……と描き出し、最終的には六枚の紙を描き上げた。
「出来ました! これは横から見た全体図。全五階層ですかね。あとの五枚はそれぞれの階層を上から見た図になっています。色が違うのは、大雑把ですけど魔獣とか罠ですかね」
「すごいね、リオちゃん! これがあれば探索の効率が上がるだけじゃなくて危険度も下がるわ!」
リオの詳細な地図にラビッサは大喜び。ジョンとガディアは地図を手に取って声にならない喜びに悶えている。フィーネは地図をまじまじと見つめている。《天覧》という魔術の精度でも確認してる様子だ。
地図によると、俺たちが今いるのは最上階――第一階層。円形の空間がいくつもの部屋に区切られている。俺たちがいる小部屋はそのうちの一つだ。内側の側面には多数の小窓が空いていて、中心に向けて弓矢や魔術を放つ階層になっている。
その矢は第二階層、吹き抜けとなった円形の大広間に向かっていくようだ。本来は第二階層から地上に繋がっているようで、攻めてきた敵を四方八方から矢と魔術が出迎えるといった構造となっている。
第三階層は複雑な迷路。細い通路に数多の別れ道が分岐している。所々に小部屋があり、小窓から通路に向けて槍を突き出し、進行を止める構造になっている。
第四階層は第三階層より単純な迷路になっているが、そこら中に罠が埋まっている。現在も稼働するかは不明らしい。
最下層――第五階層は籠城中の居住空間となっている。その中には一際大きな空間が広がっており、ここで司祭術の準備をしていたと思われる。
手狭な第一階層を除いて満遍なく魔獣が生息しているようで、もっと深い位置で坑道を掘っていたら大惨事になっていたかもしれない。
「この所々繋がっていない空間は隠し部屋か? もしかしたら、踏破したといっても案外探索しきっていたとは言えないのか……」
ガディアが気落ちした様子で過去に踏破したはずの迷宮を振り返ると、魔術士としての戦術的な視点からフィーネは慰める。
「確かにその可能性はあるでしょうけど、戦略的に考えれば敵を隔離したんじゃないかしら。例えば……迷路内のここ」
フィーネが地図を指している場所は、直線の道が区切られたように二つの空間に分かれている。
「虱潰しに迷路内を探索しようとすれば、侵入者は奥まで進むでしょう。そんな侵入者がある程度進んだところで、土系統魔術で壁を作れば容易に分断、確実に戦力を削れるわ。通常の武装程度じゃ障壁を破壊できないし、多用された戦術なんじゃないかしら? あとは、逆に障壁で兵を隠しておいて、進行度によって障壁を解除。侵入者の背後を襲うという手段も取れるわ」
ヒカネで会ったソーラを思い出すと、彼女が作った土壁はただの剣で斬りつけるだけなら全然傷が付かなかった。魔石の剣であれば話は変わるだろうが、今でも量産できない代物を大昔の奴らが持っているとは思えない。
背後から襲うという手は単純にえげつない。分岐路で戦力が分散している中でまとまった戦力が伏兵として攻撃してきたら一溜まりもない。もし現場にいたら発狂する自信がある。
だが、どちらの策も壁の形成・崩壊の時機によってご破算になる可能性がある。戦況を正確に把握する指揮官と綿密に連絡する手段が必須だろうな。
考えを巡らしていると、最下層にも隠し部屋のような空間があった。
パっと見は金銀財宝の宝物庫かと思った。確かにその役割はあるはずだ。
ただ次に……嫌な想像が、頭に浮かんだ。
俺の代わりに、リオが言葉にする。
「財産を隠すということもあるでしょうけど、たぶんそれだけじゃないですよね……」
……
「最期……子供を入れる空間にも……」
松明が燃える音だけが響いている。
見事に言語化された。
これほど広大な地下空間で、最深部を居住区にするというのはおかしな発想ではない。当然、戦争なんぞをおっぱじめたバカタレ共だけでなく、何も知らない子供たちも日の当たらない場所に潜っていったはずだ。下層への一方通行でしかない以上、逃げ場なんてない。この地下要塞がどういう結末を辿ったかは分からないが、少なからず歴史上には陥落した迷宮があるはずだ。
こんなものを作り上げた上で負けようものなら、どうなるか……
各々が考え、想いを巡らしている中、ジョンが口を開く。
「僕は古代の神秘、迷宮に憧れました。ある意味で、当時の人々の英知が詰め込まれた空間……それを攻撃のために利用し、そうまでして殺意を他者へ向ける理由とは何なのかを知りたいがために貴族という身分を捨て、ここまでやってきました。けれど結局のところ、やっていることは墓場荒らしと何ら変わりません。迷宮は戦争の道具として、悲しみを振りまいた以上の成果は上げなかったでしょう。きっと、迷宮の存在は使われていた当時も、現在であっても益をもたらさない無価値なものなのでしょう」
人類史の“負の遺産”という現実を前に、ジョンは拳を固く握る。
「それでも、僕は迷宮を進み続けます。幼い頃に焼き付いてしまった探求心を諦めきれないから。それなのに、僕一人じゃ迷宮を十歩と歩けない。ですので皆さん、ご協力していただきたいのです。今を生きる僕たちが、何を積み重ねた世界の上に立っているのか……この先に、世界でも決して多くない、迷宮を踏破した僕たちにしか見えない景色があることをお約束します! きっと、日が差す世界がこれまで以上に輝いて見えるはずです! どうか、よろしくお願いします!!」
ジョンが頭を下げる。ガディアも、ラビッサも続けて頭を下げる。
俺たちにしか見えない景色――
「なぁ……その景色ってのは、あんたらにとって『最高の景色』なのか?」
思わず聞いた。きっとこの回答を聞かなくても俺は日が当たらないこの”世界”を進むだろう。
けれど、約束された人生を捨ててまで望むほどの景色とはなんだろうか。
ただ、気になった。
三人が顔を上げて見合わせ、力強い視線を向ける。
「「「間違いなく、『最高の景色』……!!」」」
そうか……
なら、いい。
フィーネと目を合わせる。あいつは微笑み、頷くのみ。
ただの研究資料じゃない、挑む目標として迷宮を見据えたようだ。
すると、リオが立ち上がって頭を下げた。
「すいません……シラけたことを言いました。私は元より、案内役として全力を尽くします。よろしくお願いします」
あくまで現実的なことを言ったまでだ。責めるような奴はここにいない。
聡明な少女であるリオを全員で励まし、歩を進める。
心機一転、俺たちは迷宮に挑む。




