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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第二章 燻る青春
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第二十五話 飛び火

<ロゼ視点>


 アズサと出会い、”教育”に本腰を入れるようになってから、常駐教員についてアズサと何度も議論していた。


 現在の魔術学校は、現場の魔術士が本業の傍ら学生たちに講義をするという形で何とか保てている。当然、本業で緊急の仕事があればそっちを優先され、丸一日授業のない学級があるなんてザラだった。その中でも学生たちは自学自習を怠らず、高位の魔術士になれるようにやりくりしてきた。


 この状態にアズサは長年物申していて、担当教員がいることによる指導の手厚さや子供たちにとっての安心感をくどくどと言われ続けてた。


 確かに魔術士としての適性が並以上でも、それを活かすだけの才能に乏しい子供たちは多い。そのための指導をしようにも、アタシ自身が新入生の個性や特性を把握するのに一年はかけ、ちゃんと意思疎通ができるようになるのは二回生になってからだと思う。

 担当教員はこの一年の差を埋められる存在としてアタシもアズサの考えに同意していた。だから、これまで誰一人として任命していなかったアタシの魔衛士を、教員になることを条件に募集してみた。下手な奴には任せられないから、二等以上の魔術士に絞ったんだけど……


 一年、二年……と誰も来ることはなく、アズサもアタシも頭を悩ませた。


 そして、苦節六年。ようやく現れたフレアは教員なんてサラサラやる気のない意気込みで弟子入りを申し込んできた。


 不安ながらも試験的に、新入生だったエリー、ソーラ、ライザの学年を担任してもらったけど、戸惑いながらも愚直に教師をしてくれた。年齢が近いことと、生徒たちが素直だったおかげで、アズサが危惧した”学級崩壊”とやらは起こらなかった。


 フレアは大層な理想を掲げているのに反し、生徒たちの悩みには真剣に応えていたと思う。小さなことでも軽く考えず、妥協しようとはしなかった。加えて、アタシが他学年の生徒をウチに招いて懇談会を開いた時も、フレアは進んで準備をしてくれたし、受け持っていなくても生徒たちの相談に乗っていた。


 フレアは生徒たちの考えとか意見も自分の糧としている様子だった。この点は二十年前の私なんかよりも遥かに先んじた価値観だと思う。


 そんな教師生活の合間に修練していたわけだけど、生徒たちに見せている顔が嘘じゃないかってぐらいに鬼気迫る感じでフレアは取り組んでいた。


 見てるこっちが怖くなり、フレアに目標の具体的な度合いを聞いてみた。


「フレア、強くなるってどれくらい?」


「とりあえず私を殺せる生き物がいなくなるくらいですかね」


「それは……アタシとかフィーネちゃんも?」


「はい」


 怖っ。真顔で即答って……


 ステアくんとやらに助けられたことがきっかけみたいだけど、目の敵にしてるみたいで彼には同情してしまう。ただ、後になってステア本人を実際に見ると、その考えも改めなければならなかった。


 マジでどうかしてるよあの小僧。


 奴のことは置いておき、フレアの実力はすでに戦力としては完成されていた。私よりも発動間隔の短い《火槍》と生徒たちへの観察力を考慮すれば、討伐隊の部隊長として輝かしく活躍できる水準だった。


 これより強くなるっていうと、一等魔術士――大都市に一人いるかいないかってぐらいの強さに引き上げるのは難しい。身体的成長は終わり、魔導路の拡大は見込めない。


 炎系統魔術の中で、教えられるのは《大壇焔(だいだんえん)》しかなかった。


 《大壇焔》自体は二等魔術士の魔導路でも十分発動可能な術式ではある。問題は器術を身術に入力するための処理能力と集中力。

 フレアに灼杖(しゃくじょう)を贈って試してみたけど、発動はしなかった。ひどい時には鼻血を出して気絶することもよくあった。


 集中力は十二分でも、処理能力がフレアに備わっていなかった。


 それでもフレアは挫けずに修練を続け、生徒たちの教師をし、アタシの身の回りの世話までしようとしてくれた。アタシのことを「師匠」と呼び、この歳になって弟子を持つことの喜びを教えてくれた。


 だからこそ……


 正直、見ていられなかった。


 昔のフィーネちゃんは魔術を扱えなかったけど、新しい魔術やら新理論を次々に考案し、進んでいる感覚はあった。


 けど、フレアは違う。もう伸びしろなんて残されておらず、ただ何も変わらずに理想と現実の狭間でもがき続けている。


 いや……


 健気な努力が報われ、大成したフレアの姿を見たいというアタシの理想と、決してそうはさせない現実との乖離(かいり)に、アタシが耐えられなかった。


 だから、生徒の信頼厚い教師であり、熱心に修練を続ける弟子であり、魔導器を贈れば年相応にはしゃいだ少女に向けて、こう言った。


「フレア、禁忌に手を出してみない? 意外と拍子抜けするだろうけど」


 アタシは、愛弟子を禁忌に(いざな)った。



 ~~~



 フレアが魔衛士になって一年。秘密を打ち明けるために月に一回の結界の確認と称してフレアを砦まで連れてきた。

 フレアはアタシの誘いから察したようだけど、言いふらすこともなく灼杖を持ってついてきてくれた。


「ロゼさん、本気……?」


 アタシたちを出迎えたアズサはアタシに確認してきた。魔人のくせに、アタシなんかよりよっぽど常識があるわね。


「本気よ。このままじゃ何も変わらない。今まで黙ってあげてたんだから、ここで()()してもらうわよ」


 アタシの言葉にアズサはしかめっ面で黙り込んでしまう。

 アタシの方が人間じゃないみたいね。


 アタシたちのやり取りをフレアは身震いしながら、灼杖を握りしめて聞いている。

 しばらくの静寂の後に、彼女が口を開いた。


「あ、あなたは……魔人です……ね。どうして、師匠と……いや、そもそも師匠が……」


 震え声でフレアが話す。


 無理もないか。魔獣よりも恐れられる破壊の権化。討伐が義務付けられた魔人を目の前にしてるんだし。


「あ~、一応……大丈夫よ。めちゃくちゃ会話が成立するし、人語を介する魔獣とでも思えば、かわいいもんよ」


「ちょっ! 言い方!」


「うっさいわね、犯罪者予備軍! アンタがガタガタ言う番なんて来ないのよ! それとも何? ここで『魔人討伐講座』始めちゃっていいのよ!!」


「やめてぇぇ!!」


 アタシたちの言い合いを他所に、フレアは未だに震えている。


 口喧嘩(軽く火が出た)が落ち着いたころ、フレアが口を開いた。


「師匠、私は、もう、自分の力じゃ、強くなれないんですか……?」


 苦しい。


「ええ、そうよ。少なからずアタシは方法を知らない。唯一アンタを強くできる方法は、魔人に受肉体になって、ただの人間から次の段階に進むしか道はない」


 アタシが断言すると、フレアは俯き、アズサが腕で×を作ってフレアの周りを飛び回っている。


 本当に、十六歳の少女にこんな選択を迫ることしかできない自分が嫌になる。


 フレアがアタシの元に来なければ――


 アタシが思わず下を向くところで、フレアの顔が上がる。

 覚悟を持った瞳で灼杖を掲げ、声を上げる。


「分かりました! 魔人に受肉体になり、私は強くなります! そして、魔人さんよりも強くなって、暴れる気すら起きないほどの力を持ってみせます!!」


「「……は??」」


 アタシとアズサで顔を見合わせる。なんか……ズレてる感じが……


 でも、フレアの目は本気で、茶化してはいけないんだけど、二人揃って笑ってしまった。

 自分の言っていることのちぐはぐに気付いたのか、フレアが恥ずかしそうに縮こまっていると、アズサがお腹を抱えながら声をかける。


「アッハハ! 君、ロゼさんの弟子らしく、言ってることがめちゃくちゃね。でも、そういう考え方、いいと思う。自己紹介がまだだったわね。私の名前はアズサ。見ての通り魔人だけど、ロゼさんとは二十年近い付き合いよ」


 アズサの申し出に対し、フレアは晴れやかな表情で答える。


「フレア・アクセサリです。これからよろしくお願いします。アズサさん」


 そう言う二人は手を差し出して握手しようとしたけど、すり抜けてしまった。


 フレアとアズサは吹き出して笑っていた。



 ~~~



「で、受肉ってどうすんの?」


 肝心の方法についてアズサに聞いてみた。


「極論、私が勝手に入り込めばいいんだけど、受肉体の拒絶反応で結局は弾かれるのよ。だから、受肉を安定させるために痛覚を無くす認識干渉魔術を掛ける。完全に定着するかは個人差があるけど、それは私が手動で何とかするわ。あとは、思わぬときに魂が反発しないように、”契約”が必要かしらね。絶対にやってほしくないことがあれば言ってほしいかな。私の望みとしては、地下室の花の世話をしてくれれば、フレアの内にいるだけで構わない。五百年ぶりに外に出れるだけ儲けものだからね」


 地下室の蕾は長い年月で少しずつ開いていき、満開まであと一割もないといった状態まで成長している。


 契約について、当事者であるフレアが口を開いた。


「契約は、人やモノを故意に破壊しない。生徒たちの前や修練では『私』でありたいです。それ以外であれば、アズサさんが前に出ても構いません。あっ、その時は髪飾りを外してほしいです。両親からもらった、大切な物なので」


 そう言いながら髪飾りを撫でるフレアを、アズサは慈しむように見ていた。


「よし! 決まりね。ロゼさん、これから契約の陣を描いてもらうから、確認しながらやってくれない?」


 モノを持てないアズサの代わりに、アタシが魔術陣を描くことになった。

 以前、楔方(くさびがた)の術式構成を見せてもらったことがあったけど、そのために陣術を用いてはいなかった。原創陣(げんそうじん)のように大きく、初めて見る陣だったけど、条件設定やその内容の部分は普通の術式と変わらなかった。


「長生きしてる分、魔人にはまだまだ隠していることがありそうね」


「そりゃあ、当然よ。この陣だって、安心・安全を目指した私の仲間が頑張って作ってくれたんだから、易々と見せる代物じゃないのよ」


「へ~~、仲間……どんな?」


「スぅ~~~……早くやりましょうか……」


 アタシの呟きに、自慢げに優秀な仲間の存在を露呈させたアズサは、バツが悪そうに段取りをフレアへ説明しに行った。


 敵?のくせにこっちが心配になるくらいに口が軽い。思わず自慢したくなるほど大切な仲間なのかしらね。


 そんなわけで、砦の練兵場広場跡に陣を描き終えた。

 認識干渉魔術の陣は正方形を輪郭としたもので、フレアとアズサはその対角に向き合って立っている。


「では、最終確認です。フレア・アクセサリ。貴方は人ならざる存在、魔人と交わり、その人生を狂わせる覚悟は、できていますか?」


 アズサがフレアの意志を問う。対するアズサは声を上げる。


「私はたった一人の、力のない男に魂を焼かれました。私の命が揺らごうとも、魂が揺らぐことはもうありません。魔人如きが変えられないほどに私の人生はすでに狂っています。なので、覚悟は二年前に、もうできています」


 フレアの言葉に、アズサが微笑み、私に声を上げる。


「それでは、ロゼ・クリスタの立会いの下、受肉の儀を始めます! ロゼ・クリスタ! 陣に魔力を!」


 陣に魔力を流すと、描いた部分が輝き、アズサの体が光の粒子となって消えていった。


 陣の輝きがなくなり、フレアに駆け寄ると、笑顔を向けて口を開く。


『ねえ』「師匠」『どっちが』「どっちでしょう?」


 口調が代わる代わるといった感じで、フレア(アズサ)が聞いてきた。


「一発芸を仕込むのが早すぎるのよ……」


 アタシは思わず苦笑いをしてツッコんだ。


 アズサがフレアに受肉した生活が始まった。

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