第二十四話 種火
<フィーネ視点>
「アタシってさ、天才なのよ」
「……知ってる」
私が斬ったロゼの背中の傷の治療が終わり、ロゼに肩を貸して学校へゆっくり向かっている。
傷は完璧に治し、歩ける状態になっているはず。けれど、ロゼは私に寄りかかり、肩を貸すようにねだってきた。普段の悪ふざけなら彼女の腕を払っているところだけど、今はロゼの重さを感じられることが、心地いい。
魔人が私たちの元までやってきたことから、ステアたちは無事であろうということで、私たちは歩いている。
そんな中、ロゼが急に話し始めた。ロゼが天才という当たり前のことに、私は戸惑いながら返答する。その上で、ロゼは回顧する。
「『類は友を呼ぶ』って言うじゃない? フィーネちゃんに始まり、大壇焔事件はあったけど、周りは大体優秀で……特に不満もなく二、三十代を過ごせたと思うのよ。さすがに一人娘が魔術の才能を全く持ってなかった時にはびっくりしちゃったけどね。ま、今となっては王都の商人組合の頭張ってるんだから、アタシの娘って感じよね。そのままで四十時になって、だ――ブルrrrrr……!」
ロゼが思いっきり首を横に振る。
ありがとう……
「娘が独り立ちして、家にはアタシ一人だけになった。特にやることが見つからないままに、前任のここの校長が亡くなって、アタシが校長にっていう打診が来て……第二だか第三だかの人生始めるか~って思ってたら……ナメてた。アタシたちと比べたらこれっぽっちの才能も無い子供たちに囲まれて、せっかく教えても全くできなくて、校長になったことを後悔したわ」
自嘲するかのようにロゼが笑う。
「校長やめたくてさ、どうすればいいかって考えたとき、原因そのものを排除すればいいんじゃない?って思って。砦に封じられた魔人をぶっ殺そうとしたのよ。フィーネちゃんから魔人を討った話を聞いた時に、アタシもできんじゃね?ってね」
相変わらず、発想と行動力が突飛なのね。
「それで、結界をちょっと開いて砦に入って、魔人を探したのよ。くまなく探したけど、見つからなかった。代わりに、地下室へ続く隠し通路を見つけて入ったのよ。地下室だってのに物凄い明るくてさ、色とりどりの花の蕾が一面に敷き詰められてた。光源は蕾だったの。わけわかんない景色に混乱したわ」
光る蕾……?
「色々重なってね……イラついて、無性に燃やしたくなったのよ」
ロゼから出てきた奇妙な言葉に首を傾げてしまうけど、ロゼは構うことなく星が散らばる夜空を見上げる。
「その時よ。情けない声を出してアタシを止めようとしてきたのは――」
~~~
<ロゼ視点>
二十三年前。
「ちょちょちょちょっとまって、ちょとまてお姉さん! あの、ほんとに勘弁してください! ここまで大事に育てたんです! いま燃やされると私が後でなんて言われるか分かったもんじゃなくて! どうか! 人助けのつもりでその炎を引っ込めてくれませんか? ほんと! 後生です! お望みであればいくらでもどんなことだろうと協力しますんで! ねッ!?」
栗色の髪の若い女が宙を浮きながら土下座してる。格好は薄茶色の長着。
床をすり抜けてきた――
ってことは、こいつが魔人。アタシをこんな環境に放り込んだ元凶。
「じゃ、死んでくんない?」
「ハイ、ムリッ!!」
何だ、協力してくんないじゃん。
構うことなく魔人に《火球》を放つと、魔人の手から水が現れて防がれた。
水系統……いや、相手は魔人。先入観はまずいか。
「ぎゃ~~~~! やめてぇぇ!!」
魔人が絶叫しながら天井をすり抜けてアタシから逃げていく。
久しぶりの運動がてら、この鬱憤をぶつけてやるわよ!!
《火球》に《火槍》と、アタシは魔人に向けて攻撃を繰り出すけど、魔人は避けるか水で防御するのみ。反撃してこない。それどころか、砦の破壊すら防いでくる。
「あの! これでもこの場所に思い入れがあるので壊さないでくれませんかね!?」
「これを防げたら考えてやんよ!!《大壇焔》!!」
アタシ側の面を除いた全方向の《大壇焔》! これで――
「……うん?」
放った大炎はいつまで経ってもその場から消えることなく、留まり続けている。
まるで時間が止まったかと思ったけど、炎の向こうにいるであろう魔人の声が鼓膜を打つ。
「あの! 防いでます! 消せてないけど、止められてます! 私この状態を保つの意外とキツくて! 鎮火させてもらえませんかね! なる早で!」
わざわざ律儀に……
なんだか面白くて、《大壇焔》を消滅させてしまった。
姿が見えた魔人はぐったりしながら宙を浮いている。
なんだか常識的に考えられている、破壊の化身と呼ばれる”魔人”とは違う。発見次第、討伐が義務付けられている存在とは思えない。
研究素体として考えるなら……アリね。
「アンタ、面白いわね! アタシ、ロゼ! 名前はなんて言うの?」
「あぅ……アズサです……鬼畜さん……」
魔人――アズサはアタシを恨めし気に見ながらも、名前を答えてくれた。
この時、アタシは世界の禁忌――魔人と友達になった。
~~~
アズサは話が通じる奴で、キツい教職の傍ら、月に一度の結界確認をする度に会いに行っていた。あえて隙を何度も見せたけど、アズサがアタシに受肉しようとする様子はなく、かえって無防備な姿を男性に見せるなと注意された。アタシ、未亡人なのに……
やることといえば、普通に駄弁るときもあれば、魔術を撃ち合って軽く遊んだり。大体アズサが音を上げて降参してた。魔人という割に、凶暴性が全く感じられない。気を遣われているのかな。
真偽は不明だけど、昔は教職に就いていたみたい。アタシの愚痴を自分のことのように聞いていた。五百年以上前にここに閉じ込められたくせに、やけに子供というものを理解している感じがする。
会話の中では当然、ここにいる理由やあの蕾についても触れることはあった。
「アンタさ、人間に受肉してまで何してたの? もしかして、この蕾を種から育ててた?」
冗談のつもりだったけど、アズサはマジな顔で返してきた。
「そうよ。最初に受肉を許して協力してくれた子がいてね。この地域の戦後に砦の地下室で種を植えて、その子を看取って……そしたら近くに村が出来てて、協力者を求めたら『生贄だ~』って子供を差し出されて、受肉しては肥料やら水やらをやってたの。ようやく芽が出てきたと思ったら、いきなり砦ごと結界に閉じ込められてビックリしたわ。なんとか水やりでも育ちそうな段階だったからよかったけど、そうじゃなかったら頭を抱えてたわね。あっ、一応受肉した子たちとは仲良くやってたつもりよ。魂が隣り合っていたし、嘘はなかった……はず」
急に不安になっちゃってる。これまでの会話から良心の呵責が強そうだとは思ってたけど。
「で? 何百年もまったく育たない花を咲かせようとしていると。なんで?」
「スぅ~~……言いたくないっスね」
「人類に害を及ぼすの?」
アタシが踏み込んで聞くと、アズサはバツが悪い様子で髪をいじる。
「……まあ、そうね。今はこうやってロゼさんと楽しくおしゃべりできてるけど、いずれはひどい目に遭わせるかもしれないわ。そうならないうちにさっさと天寿を全うしてほしいかしらね」
アズサは寂しそうに笑っている。
一等魔術士としては今の”魔人の発言”を重く受け止め、対処しなければならない。でも、アタシにとってはアズサの悲しい顔の方が責任なんかよりもよっぽど重くのしかかってきた。
思わずアズサの頬に手を差し伸べたけど、アタシの手は霊体をすり抜ける。
アズサは泣いてしまった。
~~~
そんなこんなで、アズサと会ってから二年、校長になって三年が過ぎた。相変わらず生徒の指導には苦戦している。
今日も今日とてアズサに愚痴を吐き出している。
「あ~~、もう! ホントに何なの! どいつもこいつもできない奴ばっかで、よくあれで魔術士になろうと思ったわね! 一ヶ月後にはフィーネちゃんに会えるけど、いま会いたい! 会ってアタシの苦悩をあの子の胸にぶちまけたいいぃぃぃぃぃ~~!!!」
地下室に寝転んで手足をジタバタと振り回す。
アズサは魔術で蕾たちに水やりをしている。ドン引きするような視線を感じるけど、知ったもんか。もはや遠慮するような間柄じゃない。
不思議なことに、アタシが暴れて圧し折れた蕾の茎はすぐに直立に戻っていく。光っているから今更だけど、随分と特殊な花を育てているみたい。
アズサが水やりを終えると、半狂乱になったアタシに話しかけてきた。
「思うんだけどさ、ロゼさんって”できる奴”なの?」
「は? 当然でしょ。アタシは【才焔】! 炎系統魔術でアタシの右に出るどころか、足元に及ぶ魔術士すらいないのよ! 今さら何言ってんの?」
「いやね、ロゼさんはたまたま今の世の中にハマった、”できると思い込んでる奴”じゃないかって」
…………ハ??
「この世はさ、魔獣の脅威を退ける力を第一の才能として扱うじゃない。女の子は幼いころから魔術士としての資質を試され、結果的にロゼさんにはすごい才能があって、友人にも恵まれて今の地位にいる。それ自体は素晴らしいことだし、努力もしてきたっていうのは私にはなかった才能よ。でもね、この世が創作物の創出を第一とする世界だったらどうかしら。資質を試される手段は、う~ん……文章力とか、そんな感じの芸術表現だったとき、果たしてロゼさんは”できる奴”になれたかしら。これはあくまで例だけど、ロゼさんの状況に置き換えたらどうかしら? 私が評価するのはおこがましいかもしれないけど、少なからず、今のロゼさんは教師としては”できない奴”の部類に入ると思うわ」
空いた口が、塞がらない……
「私の、”できないこと”に何でも手を出す教え子が言ってたのよ――」
『ヒト一人が生きている間に”できること”の数なんてたかが知れてる。これまでの人類が成し遂げたことのイチパーにも満たない。自分ができないことは大抵他の誰かができることで、きっと、本当の意味で”できない奴”なんて存在しないかもしれない。ただ社会にとって都合が良いかどうかで簡単に埋もれてしまう才能はごまんとある。私は、妥協することなく”できること”を増やしていきたい。”できないこと”があれば、誰かに教えを請い、つながりを増やすことができる。そうすれば、”できること”も増えつつ、友人や仲間も増え、勝手に人生が豊かになる』
何……それ……
「ロゼさんも教えるんじゃなく、生徒たちから教わることが本当はあるんじゃないかしら。貴族の生まれらしいけど、それ以外の子供が送った人生について考えたことはある? きっと今のロゼさんができないことの何かしら一つは、子供たちの誰かができるわよ。そう考えたら……どう? 果たしてロゼさんは誰にでも自慢できるほどの価値がある人間だと言えるかしら? 社会と繋がっている以上、誰もが役割を分け合って共存しているよね。その中で、今のロゼさんの役割は『一等魔術士』じゃなくて『校長先生』なんでしょ? だったらその役割を果たせていないうちは『できる奴』には入らないんじゃない? いっそのこと、”できない奴”同士、子供たちと一緒に……ああ、いや! これはあくまでも私の教員人生を元にした子供たちとの円滑な意思疎通の方法を模索した一つの意見であって! 現在の現場がどうなっているかも知らずにこんなことを言うのは不躾と思いつつ! あッ! やめてッ! 炎を出さないでッ! 燃やさないでッ!」
まだ炎は出してないっての。
それにしても、顔面を鍋で叩かれたみたいな衝撃ね。
私が……”できない”? この歳になってこんな壁にぶち当たるなんて……
「結局、アタシはどうすればいいのよ……」
アタシの態度が意外だったのか、アズサは目を丸くする。やがて心底困ったように顔を歪める。
「わ……かんない。教育に正解と呼べる方法があるなら、私が知りたいくらいよ。でも……そうね……子供たちと対話するしかないんじゃない? 魔術学校に通ったからって、魔術士になることを強制されるわけじゃないんでしょ? 結局、その子が培ってきたもの全てが発揮される職業が、回り回って社会のためになるのよ。そのためには、子供がこれまで経験してきたことを聞き、たまには教えてもらい、その上でロゼさんが培ってきたものを子供たちに伝える。学者だって、何がきっかけで大発見するか分からないじゃない? それと同じで、気長に子供たちの成長を見守るしかないのよ。今のロゼさんみたいに、人生に明確な答えを持ってる人なんているわけないんだから。まあ、せめて癇癪は起こさずに、ね?」
『何がきっかけで』か。《大壇焔》を世界で唯一発動できるアタシが、そんなことを見落として子供たちに接していたなんて。
この日を境に、子供たちへの態度を改め、積極的に交流を重ねていこうと心がけた。それなりに衝突はあったけど、最終的には成長に繋がるように促せたと思う。私も生徒たちのおかげで多趣味になった気がする。娘に直近の流行なんかを聞き出して子供たちとオシャレやら本やらを一緒に楽しんだ。この歳になって元気にはしゃぐアタシに娘は引き気味だったけど。
こんな感じで時間が過ぎ、卒業する子たちはアタシとの別れを惜しんで泣いてくれるようになり、アタシもつられて泣いたり――
加齢じゃないわよ!
教師として成長を続け、校長としての自信を持った勤続二十一年目――
野望にも近い理想を掲げた二等魔術士フレア・アクセサリがアタシの魔衛士になった。




