第二十三話 大団円
《大壇焔》の対処
noobの場合
<二等冒険者の場合>
月がきれいだなぁ。星々はそれぞれに色付き輝いて、夜空を彩っている。
俺は今、穴の中で仰向けになって空を見ている。
「なんで穴?」って思うだろ? 奇遇だね。俺も思う。
これまでの経緯を確認しよう。
フレアに受肉した魔人と戦う。フレアを斬って引き剥がした。フレアとロゼは魔人と仲が良さそう。フレアは俺に憧れてたみたい。でも、俺が目障りで殺したいらしい。そんで、俺にとんでもない炎を撃ってきた。
で、今コレ。
潔く「来い!!」とか言ってみたけど、体が全く動かなかったから俺が灰になるだけだったはず。
全身がヒリヒリするあたり、安らかな死後の世界ってわけじゃないな。
なら、『保険その一』が動いたのか?
ひとまず起き上がり、穴から出る。
穴は膝下程度の深さで、立ち上がると目の前には壁の残骸みたいな物体があった。あと、空気が湿っぽい感じだ。
周囲を見ると、雑木林が大炎上していた。けれど、林道に近い木々は燃えるどころか焼け落ちている感じで、俺が焼かれるような危険はなさそう。でも、煙いからとりあえず林道を出る。
校庭の相変わらずの位置で、フレアがうつ伏せに倒れているのが見える。
しかし、視線は眼光鋭く俺の方に向いていた。
「なん……で……」
聞こえたわけじゃないが、口の動きからそんな風に言っていると思った。どんだけ俺のこと殺したいんだよ。
ひとまず応急処置か。とはいえ、これからフレアを担いで砦に向かってフィーネに治してもらうのか? もう、疲れた――
あ……?
俺の横を四つの影が通り過ぎ、フレアの方へ向かっていった。
通り道が水に濡れている。
「「「「せ”ん”せ”~~~~!!!」」」」
大声を上げながらフレアの元に駆け寄ったのは、彼女の四人の生徒。エリー、アクア、ソーラ、ライザだった。
「え、なん……で、あんたた――デッ! 痛い! 痛いって! なんでここにいるの!?」
「こ”め”ん”ね”!!」
「こ”ん”な”に”な”や”ん”て”た”な”ん”て”!!」
「も”っ”と”か”ん”は”る”か”ら”~!!」
「し”な”な”い”て”! な”お”っ”て”!!」
彼女たちはフレアを押しつぶす勢いで彼女に飛び掛かった。
四人は大号泣で口々に喋り、ライザは布に描かれた魔術陣を取り出す。治癒系統か? それを掛けられているであろうフレアは魔力の拒絶反応に苦しみ、絶叫を上げている。
これぞ阿鼻叫喚。
フレアは苦しみに耐えながら、俺に説明するよう睨みつけてくる。
いや、俺も混乱している……
『保険その一』はアクアだけのはずだったのに――
~~~
「先生のこと、好き?」
時は昨日の訓練、アクアと体を乾かすために焚火を囲んでいた頃に遡る。
俺の突飛な質問に、アクアが怪訝な顔をしつつ、答えてくれた。
「それは……優しいですし、強いから、尊敬してますし、大好きですよ。え……? 何ですか? もしかして……私と先生でそういう妄想を――」
「違う」
意思確認ができたのはいいが、この年頃はそういう方向に考えるようにできてるのか? とっとと本題に入った方がいいな。
「俺さ、フレアと喧嘩するつもりなんだよね」
「はい……?」
俺の言葉にアクアは口をあんぐりと開けて疑問符。もちろん、魔人が相手になると分かっている以上、喧嘩程度の規模で済むなんて思っていない。
「なんで……ですか?」
そうなるわな。さて、どう理由付けするもんか。とりあえず、違和感から詰めてくか。
「なんでフレアは魔衛士になって三年が経つのに、ロゼっちと修練してるんだ?」
「それは……生きているうちに最適な術式構成を見つける魔術士の方が珍しいですし、校長先生にご指導いただくのは当然かと……」
「わざわざ夜中、睡眠時間を削ってまでか? 昨日行ってたけど、前はいつ修練してたんだ?」
「校庭の状態から……先週行ってたと思います」
「学生たちと同じ頻度でやるもんか? 年齢的に魔導路の成長はしないんだろ?」
「……」
俺の質問攻めに黙ってしまった。
「俺はさ、フレアが悩んでると思うんだよね」
魔人が受肉しているほどだし、少なからず思い通りの人生を歩んでいるとは思えない。
俺の言葉に、アクアは反論するように返してきた。
「先生が……悩む? 王国随一の魔術士である校長先生の魔衛士で……教師としても順調な……自慢にはなりますけど、私たちの成績は例年よりも――」
「お前、何か……そう、勘違いしてるかもしれないけど……フレアの人生はお前たちの『先生』だけに費やされるものじゃないよ?」
「っ……!!」
アクアが息を吞む。
「今、アクアは学生で、やればやるだけ成長を感じられて、近くには目標があって、さっき言ってたような悩みはあるけど、お前の未来はなんだかんだで明るく見えているかもしれない。でもそれはさ、割と子供の特権で、俺やフレアみたいな年齢になると常識と現実が結構未来を暗くするんだよね」
アクアが、おさげを両手で握って聞いている。
「それでも、いくつになっても夢は見たいものなんだよ」
アクアの目が見開かれる。
「俺は幸運にもフィーネと出会い、魔衛士として新しい夢ができた。フレアが何を理想としているのか分からないけど、きっと今でもそれを追い求め、達成することが出来ないまま、三年が過ぎた。たぶん、停滞してるんだよ。これまで、ロゼっちとだけしか修練してなかった。変化を求めるなら、これまでやってたことから変えていかないと」
「それが……喧嘩となんの関係があるんですか……?」
当然の疑問だな。
「これまでのやり方が間違っているとは言わないけど、それを変えてもらうためには強い言葉をぶつけて、本音をさらけ出してもらわないと。自分の”今”を認めないと、前進はできないからね。ただ……どのくらい詰めればいいか分からないし、加減を間違えるとブチギレた挙句、こっちが被害を被るかもしれなくて――」
「……もしものときは私が仲裁しろ、と……え? 恥ずかしくないんですか?」
ジト目がキツい。容赦なく刺してくるな。
「世の中には”過失致死”という言葉がありまして……」
「あ~……まあ、なんとなく分かりました。でも、疑問です。なんで今そんなことを言ったんですか? この話は私だけにしてますよね?」
その答えは”喧嘩”でも”殺し合い”でも用意してある。
「単純に、水の魔術系統。ライザはまだ分からないけど、他二人よりも実戦向きで賢い。これ以上他の奴らに喋ったらフレアに漏れるかもしれないからな。あとは……フレアみたいな教師になりたいって言ったからかな。憧れるのはいいけど、誰にだって他人に見せない一面は持っているし、フレアの苦悩は将来アクアも抱えるものかもしれない。悪い意味だけど、未来の自分を見ることができるっていう経験は生きているうちに早々できるものじゃないでしょ」
「薄々感じてましたけど、ステアさんって性格悪いですよね」
アクアが眉を曲げて目を細める。
まずい! ここで反感買うと協力されないかも……!
何か、よさげな売り出し文句を――
「でもよ? 大人のわけわからん喧嘩の仲裁を経験する学生なんていねぇよ! もはや武勇伝……うん、才能あるアクア・ディーネの偉業の一つ目にぴったりだと思うな~……なんて……」
さすがに苦しいか?
けれど、アクアの頬は緩んだ。
「なんですか、それ。でも……フフッ……そうですね。いいかもしれませんね」
どうやらお気に召したようだ。
すると、アクアは決意の眼差しで俺に問う。
「最後に……一ついいですか?」
「うん?」
「どうして先生をそこまで気にかけてくれるんですか? 恋人……ではなくても、ステアさんにとって大事な人なんですか?」
決して茶化すことのない真剣な目で、俺の目を見る。嘘は言えない感じだな。
ただ、俺は知っている奴がどうにもきな臭いという事実を不愉快に感じているだけで、それ以上は――
あっ……
「一方的にもらった手紙の返事を伝えてなかった、からかな」
俺の言葉に、アクアは眉をひそめた。俺自身、何を言っているのか分からないが、この理由がぴったりだと思った。
このやり取りの末に、『保険その一・アクアの協力』を取り付けることができた。
騙し討ちのような形になったが、魔人相手にわずかでも時間稼ぎができる要素が欲しかった。
情けなく、弱々しく、頼りない保険ではあったが、俺にとっては非常に心強いものになった。
けれど、魔人相手に俺とアクアだけでは荷が重い。そのため――
「魔装具、欲しいんだけど」
「え~~……」
アクアに頼むと、めちゃくちゃ嫌な顔をされた。貴重な品ということは分かっているが、魔人を相手取ることはそれ以上に稀だろう。
魔衛士の権限だの、フィーネにどうにかさせるだの、理由を付けてアクアに盗ってきてもらった。
体が乾き、他の奴らが訓練に夢中になっているところを見計らって事務室へと向かった。幸いにも行儀のいい女子生徒ばかりのためか、事務方に「授業で使う」と言ったら疑いもせずに土と水の魔装具を渡してくれたそうだ。管理体制終わってんな……
校庭に戻る途中、アクアに日時について聞かれる。
「それで、いつやるんですか?」
「ん? 知らね」
「は!?」
「いやまあ、近いうちの夜とかでしょ。合図はするから、校庭が見える位置で様子を見ててよ」
行き当たりばったりな俺の計画にアクアは呆れた目を向けてくる。
フィーネとロゼが砦に向かう日取りを決めなければ、魔人を誘い出すことはできないから仕方ない。
ところがどっこい、校庭に戻ってからはロゼが俺の剣を渡し、フィーネが結界の魔導器を試験するために俺を呼びに来た。
翌日、つまり今日にも決行することが分かっていた俺は、学校が休みであることを知っていながら「また明日な~!」とバカらしく挨拶して帰った。
アクアの様子から、合図が伝わっただろうと確信していた。
~~~
で、今コレ。
四人全員が揃ってるのは知らないよ?
後で聞いた話になるが、アクアは校庭が見える雑木林の中で様子を伺っていたらしい。彼女は俺たちの戦闘を見て、喧嘩では済まない様子に面食らったようだ。
すぐさま街の北西、学生寮に戻って寝静まっていた残りの三人を文字通り叩き起こして雑木林まで戻ってきた。よく見ると、エリーの目元に青痣がある。失明するって。
戻ったときにはフレアの《火球》によって俺が林道入り口に吹っ飛ばされていた。手首を回して月光を剣で反射させたために俺の位置を補足できたようだ。やってみるもんだな。
フレアが叫び、《大壇焔》を発動させた頃に四人それぞれが慌てて魔術の発動に取り掛かった。
エリーは上昇気流を発生させて《大壇焔》を少しでも逸らす。
アクアは《大壇焔》の横から《流傾》で大量の水を当てる。
ソーラは極小時間で最高硬度の土壁を俺の前に作る。
ライザは炎系統のため身術ではなく、落とし穴を作る土系統の陣術を発動し、俺を落下させる。
《大壇焔》の発動に四人がそれぞれドンピシャで魔術を発動した。
ライザは陣術の発動だけでなく、炎の制御も試みたようだが、上手くいかなかったらしい。まあ、自分にできることを模索する姿勢は素直に称賛できる。
で、俺が生き残ったってわけ。
マジで頭が上がらねえよ。
未だに四人は号泣し、フレアに群がっている。
フレアも混乱しているが、次第に生徒たちを宥めるように声をかけ始めた。
やっぱり、俺が憎かろうがお前がこいつらの先生であることに変わりはないんだよ。お前が俺を上回ることを目標にしたように、子供たちもお前を目標にした結果、俺を助けてくれるだけの強さを身に着けることができた。自分の首を絞めたわけだが、決して、無駄なんかじゃない。
魂をさらけ出し、ぶつけ合い、誰もが努力を惜しまなかったが故に、ここまで辿り着くことができた。
俺にとっても予想外の連続だったが、だからこそ、目の前に広がるこの光景は――
「『最高の景色』だろ」




