第十六話 紅白婆合戦
<フィーネ視点>
ロゼは魔人と手を組んでいた。『ハズレ』と言うあたり、魔人はフレアに受肉している。それに、こちらの意図が見透かされている。
ステアが危険。
ロゼが階段の踊り場から私を見下ろし、挑発してくる。
「なんだか険しい顔してるけど、大変そうねぇ。フィーネちゃんがようやく見つけた貴重な腰巾着が燃えそうなのかしら。今すぐ駆け付けたいだろうけど、アタシに構ってほしいな~。結界を解除して向かうっていうなら、年甲斐もなく癇癪を起こして街を焼いちゃうかもぉ~」
ロゼが右袖をまくる。右手首に腕輪が嵌められているのが見える。
魔導器『灰奈』。
銀色を基調とし、等間隔で朱色の宝石が埋められている。くすみや汚れはなく、月光にきれいに照らされている。しかし、所々傷が付いている。
半世紀前、私が初めて作った魔導器。
今でも肌身離さず着けてくれているというのに、目の前にいる人がロゼとは到底思えない。
賢くもその心根は炎のように苛烈で、街を人質にするような卑怯なことなど口にすらしない。こんなの――
『全部拾いに行くぞ』
現実逃避しそうなところで、脳裏にステアの言葉が浮かぶ。
自信ではない。
あいつの目はただ、上手くいったときの未来を見据えていた。
私が今やるべきことは、この結界を展開したままロゼを倒す。斬ることを躊躇わない。即死さえさせなければ、治癒すればいいだけ。
その後は、ステアが殺される前にフレアを斬る。そうすれば魔人の受肉は維持できず、フレアから離れた瞬間に斬り殺す。フレアも即座に治せばいい。
全てが終わった後に、魔人と関わった理由を聞く。
大丈夫。弱みを握られ、魔人の言いなりになってただけ。話せばきっと、分かり合える。ステアもいる。
大丈夫。
鏡剣を引き抜く。
初めてね。ロゼに刃を向ける日がくるなんて。
「ロゼ、いくよ」
「フフッ、わざわざ言わなくていいのに……《火球》」
ロゼの周囲に火の球が十個現れ、九つは高速で私の方へ。
ロゼは左側の階段を上がり、隣の塔への連絡通路に入って大広間を抜けようとしている。
残りの一つの火球はロゼについていっている。
私ほどではないけど、ロゼの身体強化は魔術士の中でも上澄み。
私が言えたことではないけれど、年齢に見合わない脚の動きをしている。
私は最短経路でロゼの方に飛び掛かるが、彼女の背後についている火球が遮り、残りの九つの火球も速度を保ったまま私の方へ方向転換してきた。
追跡対象を指定した《火球》。
通常の身術《火球》実行結果を灰奈に出力し、追跡対象の情報を付与するよう拡張した器術。
私が設計した術式。
まずは目の前の火球に一振り。
魔石を含む鏡剣は火球を容易く霧散させる。
そして空を蹴って振り返り、私の背後に迫る火球を即座に四個斬った。
「多段跳びとか、マジで人外ね」
私の人間離れした動きに、ロゼは走りながら吐き捨てる。
まだ私に届かない残りの火球のうちの一つが着弾する前に爆発。
その他も誘爆するように破裂し、大きく黒煙をまき散らす。
威力がなく、火傷することもなかった。ただの囮ね。
だとすれば――
ロゼは走りながらも右手をこちらに指差し、視界が歪む。
導線を伴った魔術で私の着地を狙っている。
「《火槍》」
槍のような形状の炎が、弓矢の速度を何倍にもしたそれで私の胸に向かってくる。
瞬間威力は《火球》の比にならない。
しかし、安直な狙いは動体視力も含めて身体干渉魔術によって向上した身体能力の前に斬り裂かれる。
通路を渡り切るまで相当な距離ではあるけど、この攻防の間にロゼは向こう側の塔に辿り着き、上へと姿を消した。
私も通路に入り、ロゼを追う。
すでに仕掛けを済ませていると考えるのが妥当。
通路を出た瞬間、上層から《火球》、《火槍》を浴びせられる?
上方に注意しながら通路を出る。
確かにロゼは三階、崩れ落ちた床の反対側から私を見下ろしていた。
周囲は炎に照らされたように明るい。
問題は光源の位置。
私から見て右。
通路の出入り口から少し離れた低い位置に、細長い炎。
器術によって発動座標を指定した《火槍》。
私が設計した術式。
槍は高速で脚を落とそうと迫ってくるが、さっきよりも足に力を込めてロゼに向かって跳躍し、これを回避。
勢いが止まらない槍はそのまま石壁に接触。
壁は溶けるように穴を開け、槍を素通りさせた。
「《火似刃》」
ロゼが呟くと、右手に剣の形を模した炎が伸びていった。
結界を剣の形状に構築し、炎で満たして超高熱を得る。
数か所に穴を開けて炎を噴出させることで、剣に触れただけで焼き切ることができる器術。
この結界は、砦に展開しているものと同様に鏡剣でも容易く壊せない強度。
私が設計した術式。
ロゼは崩れた床の縁を蹴飛ばし、未だ上昇中の私に向かって《火似刃》を振り下ろしてくる。
鏡剣で真っ向から受け止めるが、ロゼの突進の勢いを空中では支えきれずに、一階まで落とされる。
双方、着地による衝撃をものともせず、鍔迫り合いを続けている。
不可解……
多少の差異はあれど、私とロゼの魔導路の総合力は同等。
だからこそ、身術のほぼ全てを身体干渉魔術にした私と、一部しかしていないロゼとでは近接戦の勝敗は明らか。
「私相手に近接戦闘?」
明らかに分の悪い勝負に出たロゼに問う。
「こっちも冒険してみないとね! そっちのビックリ坊やみたい……に!」
ロゼは剣を払い、後退。
私が追撃するように迫るが、ロゼは《火似刃》を消失させた右手を前方に差し出し、格子状に並べた《火球》を展開。
九つ……?
上三つは上空高く飛んでいった。
中三つは導線を伴って私に向かう。
下三つは私を避ける軌道で後ろに飛んでいく。
まずは中三つを横一線に払うことで消失させる。
その間にロゼは再度《火似刃》を手に持ち、私に横薙ぎしてくる。
横振りの一撃を下から弾いてロゼの体勢を崩すが、後ろから三つの火球が一つずつ私へ迫ってきた。
いずれも私に向かっていながらも、決して一直線ではなく意思を持っているかのように自在に動いている。
軌道を指定した《火球》ね。
無視はできない。
私が後方の《火球》の対処に追われる間にロゼは立て直し、上段から振り下ろしてくる。
最後の火球を斬ると同時にロゼの一撃を回りながら回避し、その勢いで脇腹に蹴りを突き刺す。
「ぐっ……!」
ステアに食らわせれば軽々と吹き飛ぶであろう一撃だが、身体強化を発動しているロゼは苦鳴を漏らしながら軽く飛び、足裏を擦りながら着地するに留まる。
私はその間にもロゼに追いつこうとするが、頭上が急速に明るくなっていった。
さっき飛び上がった三つの火球が一階まで降り、私を三点で囲むように制止。
直後、高速で私に向かってきた。
ロゼとの間を遮る一つの火球を斬り、後ろの二つは気にせずに追撃を図る。
単純な軌道指定で、私を囲んだ位置から直進すれば、すぐに互いがぶつかって爆発するという考えの下で。
しかし、背後は明るいまま。爆発する様子もない。
ロゼとの最短距離から横に逸れて二つの火球を視認。
それらは進行経路を変えた私を追いかけていた。
軌道指定だけじゃない。
上空に飛ばし、一階に下降させるまでが軌道指定。
制止させてから私を追いかける追跡対象指定。
二段構えの組み合わせで放っていたのね。
小癪にも、二つの火球は互いの進行経路が重ならないように上下に並走して私に向かっている。
これらは鏡剣を振り下ろして処理。
直後にロゼが《火似刃》で脇腹を狙い、突きを放つ。
鏡剣でいなし、ロゼの体が私の前で横に広がる。
あとは腕を引き、振り上げるだけでいい。
胸から肩にかけて斬れば、身術が損壊して多彩な術式の詳細設定はできなくなる。
ロゼも自らの窮地を理解したのか、こちらへ向けた顔は焦りでいっぱい。
鼻血が垂れている……
鏡剣を振り上げようとした瞬間、ロゼの体は離れようとするどころかこちらへ寄ってきた。
剣筋の軌道に首が――
「ッ!!?」
思わず手を止めた。危うく首を刎ねるところで――
「本当に……優しい子ね」
ロゼが優しい顔で微笑んだ。
戦闘を開始して、初めて私が動きを止めた。
この致命的な隙を逃す相手ではなく――
「《火槍》!!」
ロゼの右手から刃の代わりに槍が顕現。
突き上げるように手をこちらに向け、射出。
咄嗟に鏡剣を引き寄せて防御態勢に入り、《火槍》を剣の腹で受ける。
「ぐっ……!」
しかし、勢いを殺せずに二階まで吹っ飛ばされ、天井と床を交互に跳ねながら連絡通路の中ほどまで吹き飛ばされた。
「ふぅ……」
一本取られはしたけど、身体強化を施した体に外傷はほぼない。
あちらはギリギリでの戦闘だったはず。
間髪入れずに魔術を発動し続け、処理の重い条件設定を繰り返した。
負荷の重さ故に鼻血が出ていた。
若い頃……三十年前はこのぐらいで疲弊することはなかったはずだけど……
体勢を整え、身体強化を発動し直す。
抜けはない。
次で刺す。
ふと、後方がわずかに明るくなった。
首だけをそちらに振り返ると、小さな火の球。
けれど、次第に大きくなり、通路から溢れ出るほどに……!
「マズイっ!?」
壁面を殴りつけて破壊し、砦内部の練兵場だったであろう広場へ飛び込む。
後方では先ほどの《火球》が大爆発を起こし、砦の三角形を担う一辺であった城壁を完全に破壊した。
対角の塔のあたりまで飛び込み、振り返りながら着地。
視界は瓦礫と砂ぼこりで埋め尽くされている。
ロゼを捕捉できなくなった。
追撃を警戒しながら剣を構え、先ほどの火球の出所を考える。
発動した素振りの無い、これまでの私たちの進行方向と真逆から現れた火球。火球といえば、三段攻撃を仕掛けた九個の火球……
ロゼが昔からの術式を変えていないのであれば、火球を同時に操る最大数は十。
術式設定とロゼの操作精度を考慮して、私がそうするように助言をした。
最初に仕掛けたときはしっかり十の火球を放っていた。
最初……?
囮のように黒煙をまき散らした火球か……!
斬る前に爆発した火球の中に、一つだけ爆発させずに残していた。
大げさに爆発させた理由は、黒煙によってあの火球を隠すため。
ロゼは戦いながら、私たちと逆回りで火球を操作し続けていた。
あれだけの爆発の規模を圧縮させた火球をここまで動かすなど、信じられないほど緻密な処理が必要になる。
《火似刃》を発動しながら並行して操作していたのであれば、鼻血が出るほどの負荷がかかっていたのも頷ける。
紛れも無い、私への殺意が感じられる。
考えをまとめた頃には砂煙が晴れ、崩壊した壁を背に目が覚めるほどの紅い長髪をたなびかせてロゼが佇んでいた。
顔には鼻血を拭った跡が付いている。
視線を交わす。
後にしようと思っていたが、ここまでのことをされて聞かずにはいられない。
「どうして……魔人と手を組んだの……?」
私の言葉にロゼは目を細め、髪をかきむしり、掻き揚げて口を開いた。
「アンタが大嫌いだから」
え……?




