第十四話 在り処
<フィーネ視点>
現在は二十二時ごろ。
ステアとフレアを校庭に残し、私とロゼで街の南西、砦に向かっている。
砦は禁足地とされているため、街の南西部は雑木林で鬱蒼としている。私たちはかろうじてある獣道のような林道を進んでいる。
「アタシたち二人で討伐任務なんていつぶりかしら」
苦しい。
道中、特にやることもない中、ロゼが話し始めた。戦闘前に緊張感がないように感じられるけど、応じることにする。
「私が特等になる前だから三十年くらい前じゃない? そのあとはロゼが現場に出なくなったじゃない」
私の返答にロゼは懐かしむように昔を振り返る。
「そうよね~。アタシが現場を退いたのもそうだけど、フィーネちゃんったら色んなところを旅しちゃうんだから会うことも少なくなっちゃったし」
苦しい。
「年に一回ぐらいは会ってるでしょ」
学生時代は一緒にいない時間などないくらい近くにいたのにも関わらず、次第に疎遠になってしまった。それでも相変わらず、同じように付き合ってくれるのだから、本当に友人に恵まれたんだと思う。
「本当はアタシもフィーネちゃんと一緒に旅はしたいんだけどさ、アタシの後任になりそうな魔術士がいないのよね~。フレアがあと十年早く生まれてくれてたら何とかなってたかもしれないけど。まあ、ステアが魔衛士になってくれたから、フィーネちゃんの身の回りのお世話の心配はする必要はなくなったかしら」
苦しい。
話しているうちに、結界起動地点まで辿りついた。私は指輪型魔導器に魔力を流し、半透明の結界を構築する。
「お~、広い広い! 本当に元の結界を囲っちゃってるじゃない。やっぱりフィーネちゃんは天才ね」
苦しい。
ロゼがいつもの調子で私のことを褒めてくれる。
「昔は禁足地って言われてたのに、フィーネちゃんが『見えない壁がある!』とか言っちゃって校長先生にこってり怒られてたわよね」
苦しい。
「魔人という存在を聞けば接触を試すのは当然じゃない。そのときは魔人よりも初めて知った結界系統魔術に興味が向いたけどね」
元々の結界は無色透明で、当時の私は魔人に受肉体になって魔力を得ようと砦に向かい、派手に顔面を結界にぶつけていた。当然ながら当時の校長先生に叱責された。その後は結界に興味を持ち、魔人そっちのけで勉強した。
だからといって受肉を諦めた訳ではなく、結界系統をある程度学んだ後に砦の結界の解除を試みようとした。しかし、結界を構築する魔導器の存在を知り、それが所有者を識別し、最終的にヒカネの校長以外は操作できないと分かったときには膝から崩れ落ちた。
今思えば、いい思い出。立場以外、あの頃から何も変わっていない気がする。
「話は戻るんだけどさ、ステアって結構イケてない? 顔がいいとかじゃなくてさ、いじれば反応は面白いし、フィーネちゃんに物怖じせずにメチャクチャやる奴なんて今時いないじゃない。フィーネちゃんの旦那にするならアイツ以外に候補を上げられないわよ。何ならアタシが誓いの言葉を請け負ってもいいのよ?」
…………苦しい。
確かにこの街に来て、私にとってステアの存在は大きくなったと思う。
この街では誰もが私を崇め奉る。もし、私の秘密を彼ら彼女らに伝えたとして、ステアと同じように接してくれるだろうか。フレアのように私に呆れ、見限るのが関の山でしょうね。
けれど、ステアは魔衛士という立場にあると思えないほど私に遠慮なく接してくれている。とても一週間程度の仲とは思えない。
ただ――
「そんなことはないよ。一番よくても悪友ぐらいだと思う。それにステアは――」
今だから、ハッキリ分かる。
「気持ち悪いから」
私の言葉にロゼは口を尖らせる。誓いの言葉をやってみたかっただけなのかな。
話しているうちに砦に着いた。
この砦は三ヶ所の塔を頂点とした三角形を描くように城壁がそびえたっている。建国以前からあるようだけど、砦としての原型は保たれていた。それでも、屋上に近づくほどレンガは崩れ落ちて地面に残骸が転がっていたし、あちこち苔むしてツタが高く背を伸ばしている箇所も多かった。
私が学生だった当時は、砦に辿り着くことなく、結界にぶつかった。
今は、見えない壁にぶつかった感覚もないし、ロゼが魔導器を操作した様子もない。そもそも、道中、元の結界を構成している魔導器すら見かけていない。
ロゼと共に学校に最も近い塔に入った。レンガが崩れた部分から屋内に入ると、一階は大広間となっていた。上階の床の大部分が抜け落ちて吹き抜けのようになっており、ツタがいくつも上から垂れている。入り口の向かい側は大きな階段となっており、踊り場から二手に階段が分かれいる。
私が周囲の様子を観察しているうちにロゼは踊り場へ移動していた。
いつものようにイタズラっぽい笑顔で私を見下ろしている。
「さて、と……ここまでついてきてくれて、ありがとね。フィーネちゃん。でも――」
苦しい。
崩れた天井、吹き抜けから覗く月の光にロゼの紅い髪が照らされる。
彼女は聞きたくない答え合わせを軽々と言い放つ。
「ハズレよ」
………
ただただ、苦しい。
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<ステア視点>
俺とフレアは学校の校庭でフィーネ、ロゼと別れた。
結界の緊急信号を確認次第、街の方々を駆け回って避難させるためだ。
特にやることもないため、ボーっと空を眺めている。雲の数は少なく、輝いている星々がよく見える。
「今夜は月がきれいだな」
「……雲がある以外何の変哲もない空見て何言ってるの?」
俺の情緒深い発言を受けたフレアの反応は辛辣だ。
彼女は空を見ることなく、灼杖を振り回して暇を紛らわせている。
「それにしても、二人揃って王国最上位の魔術士に仕えて、史上稀に見る魔人の討伐に関わるなんてな」
「確かに、奇跡みたいな組み合わせではあるよね」
これには同意してもらえた。俺は偶然拾われただけだが、フレアは自分の実力で魔衛士になった分、すごい奴だと思う。
約四年ぶりに再会したわけだが、立派に先生をしていることに感動した。あの時と比較すればまるで別人のようだ。それだけあの経験がフレアの糧になり、大怪我で苦しんだ俺の苦労が報われたと思いたい。俺への扱いの悪さをどうにかしてほしいけど。
「生徒たちはすごかったな。目標を持ってしっかり勉強している。学生時代の俺にあの子たちの毛でも煎じて飲ませてやりたいよ」
「そうだね。発想はキモいけど、あの子たちのやる気には私も元気づけられてばっかり」
毛のあたりはさすがに一線越えたか。
あの子たちは子供らしい希望に満ちた向上心を体現していた。数年後、彼女たちが魔術士として魔獣討伐に加わるのだとしたら、冒険者たちにとって非常に頼もしい存在になるだろう。
「さっきから何なの? 物語によくある死ぬ前のお約束みたいな話ばっかりしてるけど。緊張でもしてる? もしかして最悪の場合に死んじゃうって、今のうちに私に告白しようとしてる!? 私のこと好きなの!?」
「ハハッ……違うって」
「そ、そうよね~」
フレアは俺の方へ杖を向けながら声を上げた。俺が否定すると杖を下ろして前髪をいじりだした。曲がりなりにも大一番だというのに、気合い入れるために着けていたであろう髪飾りは橙色の髪に差さっていない。
手持ち無沙汰ゆえに俺から話していたのだが、フレアは俺の話題の振り方を不思議に思ったらしい。 やはり俺の話はクソ寒かったようだ。自分で声に出しておきながら、中身の無さに驚いてはいる。
それもこれも、緊張しているせいだと言い訳したい。告白するわけではないが、一世一代の場面であることは確かだ。
もう、逃れることはできない。
不愉快な思いをしないように、『最高の景色』に臨むために、覚悟を決める。
喉を震わせろ。口を動かせ。あいつの目を見て、声に出すんだ。
「話し相手が俺みたいな奴で悪かったな。けどよ、こんな風に悪ふざけができるシャバは楽しいよな?」
『フレア』と目が合う。
その奥にいる奴に問いかける。
「今、どんな気分なんだよ……魔人さんよ……?」
『フレア』が目を見開く。灼杖を持たない左手で、頬に触れる。
その表情は、十七、八歳らしい大人と子供の狭間のような顔つきから、物憂げな、困った大人のようなものに変わっていった。
まるで、子供から答えづらい質問をされたときのように。
『フレア』は、小さく呟くように声を漏らす。
「どうって……結構よかったわよ……? それにしても、どうしてバレちゃったのかしら……」
明らかに口調が変わった。ロゼやフィーネみたいな言葉遣いだ。
ハァ……結局かよ。ただ……
目の前にいるのが人外であることが分かったにも関わらず、親近感が湧いてしまった。




