第十三話 完成品
アクアと話をつけ、服や体を乾かして校庭に戻ると、ロゼっちが生徒たちの指導に加わっていた。アクアは驚きながらも挨拶をする。
「校長先生、こんにちは! どうなさったんですか?」
「ちょっと野暮用でね。ついでにちょっかいを出そうと思ったわけよ。その用ってのが……ほらっ! ステア、ご注文の品よ」
ロゼっちが腰に差していた剣を投げ渡してきた。
「おわっ! これって……」
「そう、精錬された魔石で鍛造した剣よ。普段扱わない素材に鍛冶師がキマっちゃってね。徹夜で作ってくれたってわけ」
話半分に聞きながら、剣を鞘から引き抜く。見た目上は特に変わったところのない剣だ。少し振ってみるが、違和感もない。俺の普段使いの剣をロゼっちに軽く採寸されたが、その記録だけで馴染む剣を作ってくれたのか。職人ってすげぇ。
「わざわざ師匠に魔石を精錬してもらうなんて贅沢すぎでしょ。フィーネ様にも感謝しときなよ」
「分かってるけど、なんでお前に言われなきゃいかんのだ」
反応を表に出さなかったためか、フレアにやっかまれる。ただ、特殊な素材で作られたといっても、何の変哲もない剣ではある。
「これって……何が――」
すると、ロゼっちは大げさな身振り手振りで茶番を始める。
「さあ、お客様! 『この剣、普段と同じじゃね?』と思われましたね? そのため、当社では試用にピッタリの催しをご用意いたしました! それでは我が社の精鋭、ライザ・サーラ! お客様を満足させておあげなさい!」
「オッス! よろしくっス!」
ロゼっちに呼ばれると、ライザが前に進み出てきた。
要は次の訓練の相手がライザってことか。
「ウチは単純に、《火球》を飛ばしまくるんで避けて欲しいっス! 当然こっちは当てに行くんで、まずかったらその剣を使ってくださいっス!」
元々持っていた剣を持ち換え、アクアとの訓練での初期位置と同じくらいの距離でライザと対面している。どうやら俺を燃やすつもりで《火球》を放つらしい。
「それじゃ、よろしくお願いするっス!」
ライザが例のごとく、手の平を向けてくる。そこから手のひら大の炎の球体が発生し、俺に向かってくる。
速度としては魔狼が駆ける程度。方向は俺に向かって直線的。目視できているため、俺は数歩動くだけで避けられた。
しかし、問題は次手。
最初の《火球》が横を通り過ぎる頃には次の《火球》が放たれていた。歩いて避ける余裕はなく、走って後続を回避する。
その後は間髪入れずに《火球》を続けて飛ばされる上、次第に発動間隔も短くなっていく。
「やばいって!」
最初の余裕は全くなくなり、右へ左へ跳んで転がって、校庭を駆け回る。
着弾点は軽く爆発して熱をバラまくし、衝撃に足元がおぼつかなくなる。煙や粉塵も舞って呼吸しづらいしで散々だ。
「やれぇぇ!! ぶっ殺せー!」
フレアが声を張り上げてライザに声援を送る。普通に応援してやれよ……
檄を飛ばされたライザは獲物を見るような目で俺を追撃してくる。
「アハハッ! なかなかやるっスね! だったら、ウチのとっておき……見せるっス!」
「あっ!? まだあんの!?」
驚きも束の間。ライザの左手から俺の胸に向かって視界が歪んだ。
”導線”だ。
ということは、魔術の速度やら威力が――
気付いた時には《火球》が俺の胸間近まで迫り、思わず抜剣して火球に向けて振り抜いた。
すると、炎は霧散するように消えてなくなっていく。
「あっ……防がれたっス……」
よほど自信があったのか、ライザは無傷で防がれたことに手を下ろして落ち込んでしまった。女性陣全員が険しい目を向けてくる。
オレ、ワルクナイ……つか防げなかったらマジで燃やされてたのか?
紙一重だったという事実に震えていると、これでライザの訓練も終わりになったのか、ロゼっちが感想を聞いてくる。
「で、どうだった? その剣。周りを見てもらえば分かると思うけど、それは魔術自体を斬ることができて、限度はあるけど、普通に斬ったときよりもその影響が小さくなるのよ」
確かに周囲を見渡すと、ライザの《火球》による爆発で穴ボコがたくさんできていた。普通の剣で斬ったらその瞬間に爆発して大怪我をするところだったのか。
「この装備といい、魔術士専門の殺し屋になれそうじゃない?」
「笑えない冗談はやめて」
俺の新たな進路候補にフレアが真顔で突っ込んできた。
肩をすくめていると、エリーが素朴な疑問を投げかけてくる。
「最後のライザの一発、どうして分かったの? 勘? 見切れたの?」
「導線が見えるようになったから、見切れたってことでいいのかな」
「「「「「えええ~~!!?」」」」」
ロゼっち以外の五人が大絶叫。ロゼっちも驚いたような顔をしている。
「まさか、本当に見えているなんて……半信半疑だったけど、あの反応ができるならさすがに認めざるを得ないわね」
やっぱりおかしいか。男で導線が見えるっていうのはよっぽどなことらしい。
その後は質問攻め。なぜ見えるようになったのか聞かれたわけなのだが、フィーネが関わる以上、なんとかして躱すしかなかった。
言い訳に四苦八苦する中、元凶である白金の美女が校庭に舞い降りてきた。生徒たちの興味は完全に彼女にもってかれた。
「え、本物!?」
「お美しい……!」
「甘やかしてほし~!」
「カッコイイ!」
迫ってくる生徒たちにフィーネはほんの少し上体を反らしながらも、外行きの笑顔で挨拶する。
「あ、あぁ……貴方達がロゼたちの生徒さんね。ステアとも仲良くしてくれてありがとう。授業の邪魔をしてなんだけど、どうやら貴方たちは優秀なようだから、頑張ってね」
栄えある特等魔術士からの激励に彼女たちは悶絶しながら膝から崩れ落ちていった。この女は何らかの詐称で訴えられるべきじゃないだろうか。
冗談はここまでにして、フィーネがここに来た理由なんて一つだろう。
「ステア、魔導器が完成したから検証するわよ」
「へいへい……だと思ってましたよ」
案の定、俺の魔力が必要になったわけだ。
俺は剣を用意してくれたロゼっちに礼を言い、生徒たちに挨拶をして学校を離れた。
「それじゃあ女子たち、また明日な~!」
「「「ありがとうございました!」」」
彼女らは手を振って見送ってくれた。
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校庭に残った生徒たちは教師二人の指導の下、訓練を続けた。休憩時間になり、ステアの言葉に違和感を持ったエリーが些細な疑問を口にする。
「明日って隔週授業だっけ?」
「いや、休みですよ」
「『また明日』って言ってたね~」
「もしかしたら、明日も教室に来るのかも」
そんな会話をしながら、生徒たちは笑い合った。
ある生徒の顔がわずかに引きつっていながらも。
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<ステア視点>
学校から帰り、今、俺はロゼっちの家の風呂場にいた。
「今日も数を数えるの?」
フィーネが鏡剣を持ちながら、俺の心の準備を聞いてきた。
「いや、俺は前に進む。数など数える必要はない。手ぬぐいを嚙み締めているから、いつでもかかってこい……!」
俺は手ぬぐいを口に突っ込んで歯を噛みしめ、手を差し出す。
憐みの顔でフィーネが見てくるが、剣を持つ腕は躊躇いなく動いた。
「~~~~!!」
こいつ! 右手を串刺しにしてきやがった!
フィーネは中指と薬指の間を通るように剣を抜き、俺の手に治癒魔術を施す。傷痕すら残さず手が元通りになる。
「おまぇ……! エグいぞ……!」
「分かるけど、慣れてもらわないと。いつかはお腹を刺さなきゃいけないときが来るかもしれないのよ?」
「絶対嫌っ!」
腹を刺すとかどういう状況? そんな未来が訪れないようにしなければ……
俺たちは飛び散った血の片づけをし、ロゼっちの部屋へと向かう。
フィーネが作業していた机の上には指輪が置いてあった。
ロゼっちが昨日見せてきた指輪の魔導器に、輪っかがもう一つ繋がっている。
「これが完成品?」
「そう、これに魔力を流して結界を形成するの」
フィーネは魔導器を人差し指と中指に嵌めた。人差し指に嵌めた輪っかが、金剛石が飾られていた元の指輪だ。
彼女が床に向かって手を広げると、その地点に半透明の箱のような立方体が出現する。
「それじゃ、強度を検証するからちょっと離れて」
フィーネの言葉通りに、俺は部屋の端へ移動する。彼女は剣を上段に構え、空を切る音を伴って箱へ振り下ろした。
黒板を爪で引っ搔いたような音が部屋に響く。俺は耳を押さえ、箱を見てみると、斬られるどころか傷が付いている様子すらなかった。
「フゥ……成功かしら。あとは範囲を広げるだけね」
どうやらこの箱が結界らしい。期待通りの成果だったのか、フィーネは満足そうにしている。ただ、訓練で間近に魔術を体感してみると――
「範囲を広げたら強度が落ちるんじゃないの?」
「下がりはするけど誤差よ。鏡剣も魔石で作られたものだから、この結界の強度は折り紙つきよ。ついでに外観の色も変えられるようにしたから、緊急事態になったらこれを合図に住民の避難誘導を始めて」
「すげぇ……」
フィーネが再度結界に手を向けると、無色半透明から赤色半透明に結界が変化する。
長ければ完成まで二日と言っていたのに、仕上げるどころかフレアの非常事態に関する要望を元にしたであろう新機能も追加するとは。昨日は無理やり風呂に入れさせて寝させたというのに、起きてからの数時間程度で完成させるとか優秀すぎだろ。
フィーネは結界を消失させ、工具やら部品やらの片づけを始めた。俺も分かる範囲でごみを片付ける。
今、この家には俺とフィーネの二人きりだ。放課後になるのはまだ先。
状況が噛み合っている。都合が良い。これでどうにかなる段階に進められそうだ。伸るか反るかは――
「なあ、フィーネ。話をしよう」
フィーネの作業の手が止まる。俺が片付けている音だけが部屋に響く。
初めてだった。
これまで、魔衛士として許されないであろう狼藉を繰り返しても、フィーネは怒りもしなかった。
それが今、フィーネは俺の目を見ている。殺意すら混じっていそうな敵意を込めて……
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(フレア視点)
翌日。
結界の魔導器とステアの剣が出来上がったので、砦へは今日向かうことになった。幸いにも今日は休み。一日たっぷり休息を取り、夜になったら決行する。
日中は各々、自由に過ごしていた。
けど、なんだかステアとフィーネさんの空気感が悪い気がする。
時刻は夜。
まだ出発するわけではなかったので、夕食を取った後は自室で次の授業の教材を準備している。ステアのおかげで本来のカリキュラムがずれてしまい、修正する必要があった。一仕事を前に緊張感がないけど、手持ち無沙汰になるとどうしても癖で教材に手を出してしまう。
テキストのページをめくりながらも、あまり集中できていないことが自覚できた。
理由は分かってる。名残惜しいんだ。
今日が終われば彼らとはお別れ。短い間だったけど、これまでの人生の中でもとても充実していた日々だった。
せめて、彼らの行く末が幸あるものであってほしい。
戸が叩かれる音がする。ステアが出発を知らせに来てくれた。
「……フレア、行くぞ」
ステアにとって恐らく初めてであろう魔人との戦い。彼から緊張感が伝わってくる。
「今行くよ」
ステアに返事をし、灼杖を持って部屋から出る。
大丈夫。今日を乗り越えればきっと――




