第十二話 動く的
翌日。
俺とフレア、生徒四人は校舎の西側に位置する校庭に集まっていた。
フレアは夜遅かったが、色とりどりの髪飾りを差して気合を入れ、疲れを全く感じさせない様子で生徒たちに挨拶をした。
「皆、おはよう! それじゃあ今日は訓練をやっていくよ!」
「「「「はい! よろしくお願いします!」」」」
「しゃーす……」
元気な女子たちの一方で、俺はまだ覚めきっていなかった。
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ヒカネ魔術学校での訓練は、各学年が週に一回校庭を貸し切りにして行うようだ。今日は四回生である生徒四人が広い校庭を一日中占領する。
しかし、そのため、俺がここにいる理由が分からない。やることもないし、フレアに誘われるままついてきたが、用件は聞かされていなかった。
「なんで俺がここにいるの?」
「”動く的”になってほしいからだよ」
フレアが満面の笑みで答える。
「魔術士は人権を無視するのが得意なの? 好きなの?」
俺の扱いの悪さを訴えていると、生徒たちが駆け寄ってきた。
「相手になってほしい」
「自分の実力を確認したいのです!」
「ご飯ならたくさん奢りますから~」
「新しい術式の調整を試したいっス!」
生徒たちからの懇願。向上心があることはいいことなんだが……
「どうすんの?」
フレアが試すように口角を上げている。
あぁ、もう……やるしか、ねぇか!
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まず最初の相手はソーラ。土系統魔術を扱うようだ。
「それじゃ~、土壁を出しますから、斬ってみてくださ~い!」
ソーラがそう言いながら、手を地面に置くと、彼女の目の前に土の壁がせり上がってきた。彼女に言われた通りに剣を振り下ろしてみると、甲高い音を立てて剣が弾かれる。
「うふふ~、越えられない壁ってありますよね~」
「大人に刺さる言葉をあえて選んでない?」
確かに、何度斬りつけてみても、崩れる様子がない。同じところを二、三度繰り返し斬ってようやく傷が付くぐらいだ。
しかし、一分程度で壁は崩れていった。ソーラがあえてそうしたのだと思ったが、違うようだ。
「この術式って実際に土を持ち上げてるんですけど、強度と持続時間が反比例しちゃってるんです~。だから――」
「うおっ!?」
彼女が再度、地面に力を込めるように手を置くと、俺の足元から土壁が出てきて、体制を崩してすっころんだ。壁は即座に崩れていった。
「こんな風に、座標を指定して対象の進路を妨害することを練習してるんです~」
「やるなら先に言ってよ……」
穏やかな雰囲気を出していながら、やってることが陰湿だ。
その後は彼女の練習に付き合った。
走り回る俺をソーラが土壁で妨害。三十回ぐらい仕掛けられたが、大体は突っかかったり、跳ねれば躱せる程度。しかし、一回だけ派手に転ばされたので、本人の見切り次第では強力な搦め手になるだろう。
ここでソーラは休憩に入り、次は風系統魔術のエリー。
「空を飛んでみて」
開口一番でエリーが吹かしてきた。
しかし、嘘でも冗談でもなく、俺に手の平を向けてくる。すると、俺の足元から強風が巻き起こり、体が徐々に浮いていった。
「おおお! すげぇ!! 俺、空飛んでるよ! すげえ……けど…………これ降りられますかねぇ!?」
大体五間ぐらいまで持ち上げられた。このまま頭から落とされたら死ねる。すると、フレアとソーラがエリーに近づいてきた。
「そのまま落とされて! エリーが術式解除してから再発動する練習だからさ! 私も陣術で風を起こしてエリーを補助するし、ソーラも落下地点の地面を柔らかくするから!」
「がんばりま~す!」
二人とも突風で崩れそうな自分の前髪を押さえながら俺を助けてくれるらしい。不安だ。対してエリーは、上空からでも集中しているのが分かる。
「すぅ……いくよ!」
エリーの掛け声とともに浮遊感が消失。俺の体は自由落下を始める……が、再度浮遊感に包まれた。地上から三尺の位置で浮いている。成功したようだ。
「ふー、よかったぁ」
「おお、すごいな! ん……? ぐへぇ!?」
エリーの安堵とともに魔術による上昇気流が解除され、尻餅をついた。
「あっはは! これぐらいの着地は自分でやってよ」
エリーが笑いながら手を差し出してきたので、俺も笑いながら手を取り、足をかけて転ばせてやった。
フレアとソーラに飛び蹴りされた。
負傷しながらも、次の相手をした。水系統のアクアだ。
「それでは、よろしくお願いいたします。ステアさんには、私と鬼ごっこをしていただきます。魔術を放つ私を捕まえてください」
「おー? 分かった……」
真面目な彼女から『鬼ごっこ』なんて言葉が出るとは思わなかった。
しかしながら、子供の遊びと侮るなかれ。訓練学校では機動力の訓練としてしょっちゅう行われていた。楽しいだけじゃなく、地形を考慮した逃走経路を模索したりと、結構合理的な訓練ではあった。俺が訓練生だった当時、身体能力が周囲より低いから逃げ方追い方の工夫以前に走力の差で負かされることが多かったけど……
悔しい思い出はさておき、俺たちは校庭の半分ほどの距離を空けて向かい合う。アクアに時間の計測を頼まれたフレアは、校庭の端に置いてある机の上に砂時計を置いた。砂時計を見てみると、制限時間は三分ぐらいか。
「それでは先生! お願いします!」
「は~い。じゃあ……はじめ!」
掛け声とともに砂時計はひっくり返され、俺はアクアに向かって走り出した。
対するアクアは微動だにせず、手を前に出して一言発するのみ。
「《流傾》!」
「っ! マジか!?」
声を上げると同時に、アクアの手から大量の水が出てきた。
俺を飲み込むように上から覆いかぶせるのではなく、足元に向けて流れていく。
流れの勢いが激しく、足を取られてそのまま校庭の端まで流されていった。
「くっそ……!」
悪態をつきながら立ち上がり、アクアを見据える。
普通はマヌケに転んでびしょ濡れになった俺を笑うだろうが、アクアは真剣に俺を視界に捉えている。
おいフレア、口を押えて我慢してるの見えてるからな……
残りの制限時間は……たぶん二分半。
再度、走り出す。
アクアが《流傾》と呼んだ魔術は水量の割に流れは細く、一方向に真っ直ぐ伸びるがゆえの水圧であると推測する。ソーラの土壁も考慮すると、何かを伸ばせば何かが削れるのが魔術の基本なんだろう。
「《流傾》!」
またしてもアクアから放たれる水の流れを見極め、左へ回避。
アクアは俺から距離を取るように右に走り出した。
よく観察してやがる。
その後はこれの繰り返し。
《流傾》を横に避ける度にアクアは俺と逆方向に移動。
しかし、ここで発動間隔が利いてきた。再発動するまでは俺とアクアの純粋な身体能力の差により、俺がジリジリとアクアに近づくことができている。
俺の回避行動も小回りが利くようになり、アクアにあと少しまで迫ってきている。
しかし、俺が間近に接近しているにも関わらず、アクアは制止した。
真っ直ぐ俺に手の平を向けている。
気付くのが遅かった……!
こいつは至近距離で《流傾》を発動、俺に確実に当ててまた校庭の端まで押し込むつもりだ。
横目で砂時計を確認する。僅かしか砂が残っていない。
アクアの口角が上がる。即興じゃなく、最初から練っていた作戦か!
だが、もう止まれない……意地でも食らいついてやる!
「《流傾》!!」
勝鬨を上げるかのようにアクアは叫び、俺の胸に水流が流れ込む。
大量の水に押し込まれ、終わりかに思えた……が。
「えっ……!?」
後退しない俺の体を見て、アクアは驚きの声を上げる。
思った以上に水流の勢いを感じない。
逆にマズイ。自制が利かない勢いで棒立ちのアクアに突撃しそうだ……!
「ごめん!」
俺はアクアを抱きかかえ、勢いそのままに転がっていった。
二人ともびしょ濡れになる。
「ちょっとあんたたち! 大丈夫!?」
フレアを先頭に、生徒たちも駆け寄ってきた。
「あー……うん……」
「だ、大丈夫です……」
お互いの無事を確認し、俺はアクアを解放した。
彼女の体はわずかに震えている。そりゃあ、急に成人男性に抱きしめられたらビビるだろうな。
俺も水で冷えて身震いしていると、ライザが手ぬぐいを手渡してくれた。じんわりと温かい。
アクアが水を扱うから、予め魔術で火を起こしていい塩梅に温めてくれていたんだろう。
「「ありがとう」」
「お安いご用っス!」
アクアと同時に感謝の言葉を述べると、ライザは親指を上げて凛々しい顔を破顔させる。次いで、フレアに手招きされる。
「二人とも、校庭から離れて。乾かしてあげるから。三人は自主練ね」
「「「は~い!」」」
俺とアクアは校庭から離れ、校舎の横にある焚火跡のような場所に連れられた。フレアは脇に積まれてあった薪をいくつか手に取ると、焦げ跡の上にのせ、手から生み出した炎で着火する。加えて魔術陣が描かれた布を持ち出し、手をかざすと俺たちに風が吹いてきた。
「水系統を訓練するとズブ濡れになるのはお約束みたいなものだから、乾かす場所はここって決まってるの。それにしても、何かおかしいと思ったら飛竜の革装備を着けてたんだ」
フレアがこの場所の説明をすると、俺の装備について指摘してきた。アクアもこの装備を装着した胸あたりを観察している。
「初めて見たけど、実際に見てみると想像以上に魔術への耐性が高いんだね。さっき、エリーはもっと高い位置でアンタを浮かせられるはずだったんだけど、その装備があるなら思った以上に落ちてきたのも納得だわ」
「飛竜の革……」
フレアの分析を受け、アクアが俺の装備を見つめている。
つまり、さっきの異変は《流傾》を胸で受けたからこそ威力を大幅に軽減する結果になったわけか。溢れ続ける水に押し流されるわけでもなかったし、なかなかぶっ飛んだ装備だな。
ありがとう……【組長】。貴方のおかげで子供に勝てました。
「それじゃ、乾くまでここにいてね。アクアも疲れているなら無理せずに休むんだよ」
そう言ってフレアは校庭に戻っていく。なんだかアクアに念押しするような言い方だったな。
二人残された。会話がない。気まずい……
「あ~、さっきはごめん。止まらなくて」
俺がさっきのことを謝ると、アクアは自嘲気味に笑う。
「いえ、私の詰めが甘かったんです。制限時間が僅かだったにも関わらず、ステアさんに真正面で取り合ってしまった。止まらなかったというなら、素直に回避するべきでした」
「……確かに」
アクアの冷静な振り返りに納得したわけだが、彼女の自虐は続く。
「私はまだまだ未熟過ぎます。今だって、先生に体力の無さを心配されました。飛び級したからといって、他の三人についていけてるとは到底思えません」
「う~ん……? アクアは体力っていうより、機転とか技術で皆より優れてるんじゃないの?」
ライザは分からないが、エリーやソーラに比べたらアクアはよっぽど実戦向きに感じられた。体力の話をするなら、子供の一学年差を考慮すれば見劣りするなんて当然だ。
しかし、俺の言葉を受けてもアクアの表情は曇ったまま。
望みってのは、常に自分が満たされていないところにあるからこそ、今の結果に納得できないのだろう。相対評価より絶対評価ってわけか。飛び級してきたとはいえ、健全な子供らしさは持ち合わせてるみたいだな。
理想と現実の乖離、ね……
今にして思えば、めちゃくちゃ状況が嚙み合ってるな。これからのために、俺も理想に向けて努力をしてみるか。
「なあ、アクア」
「ん? なんでしょうか?」
焚火に輝く青い瞳と、目が合う。
ここからは賭けだ。
「先生のこと、好き?」




