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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第二章 燻る青春
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第十話 干渉系統/魔装具

「さて、午前中は魔術をどう発動するかが論点だったわけだけど、午後は魔術によって何を起こせるかについて復習していきましょう」


 フレアが白墨(チョーク)を持ちながら、授業を始めた。


 教室の壁面に置かれている黒板に白墨で三つの大きな円を描く。


「発動できる魔術は大きく三つに大別されているよね。それじゃ、ステア。期待はしてないから答えてみて」


 フレアに回答を振られた。マジで思い浮かばない。とりあえず答えてみるか。


「炎、水、風……あれ?余った」


「それは『自然四大系統』。正解は『身体干渉魔術』、『自然干渉魔術』、『認識干渉魔術』だよ。ちなみに、自然四大系統は自然干渉魔術に含まれている要素だから」


 俺の回答にフレアは即座に訂正し、生徒たちにはくすくすと笑われる。


「先に出てきた『自然干渉魔術』から説明しましょうか。自然という名の通り、自然現象を操る魔術。自然四大系統は、私たち人間が普段から認識している自然であり、大多数の魔術士がこれら四系統の魔術いずれかを発動できる魔導路を備えているの。当然例外はあって、氷や雷などに関わる魔術も存在するけど、適性があるのは稀ね」


 フレアは解説しながら、黒板に描いた『自然干渉』の円の内側に、四大系統とそれ以外の自然現象の単語を書き連ねていった。

 フレアは再度、生徒たちに向き直る。


「それじゃあ四人とも、自分の適性系統をこいつに教えてあげて」


「風」

「水です!」

「土~」

「炎っス」


 全員違うな。確率的にあり得るのか?


「四人のうち一人も系統が被らないってあるの?」


「アクアが飛び級してきたことを考えると奇跡ね。下手をすれば全員同じ系統の場合もあり得るもの」


 俺のくだらない質問に笑いながらフレアは答えた。

 続けて、フレアは解説を続けた。


「次は『身体干渉魔術』ね。これに関しては、ステアはよ~く聞いた方がいいでしょうね。身体干渉魔術も読んで字のごとく、体に影響を及ぼす魔術。単純なところでは、筋力の強化や物理的耐性の向上を見込める身体強化魔術が挙げられるね。この身体強化魔術の利点は効果だけじゃなく、他の魔術と併用して発動できるということかな。自然干渉魔術を扱うときなんかは、状況に合わせた術式効果を設定しなければならないから、高負荷な並列発動の処理は普通の魔術士にはできない。けど、身体強化魔術は効果設定をその都度する必要はなく、魔導路に魔力を流すだけでその部位を強化できる。すべての魔導路に無駄なく身術を刻むなんてことは現実的にできないから、余った箇所は身体強化魔術を刻むのが一般的だね」


 フレアは説明しながら黒板の『身体干渉』と書いた円に人体を模写し、所々をギザギザと強調するように囲った。


 身体強化魔術は困ったときのもう一押しみたいな位置づけなんだな。

 となると、フィーネのあの強さは――


「質問なんだけどさ、フィーネが強すぎるのって『全身に魔導路』、『密度もたぶん凄い』、『これらを全部身体強化に回してる』から?」


 俺の質問に、フレアは感心したように答える。


「よく分かってるじゃん。その通りだよ。並の魔術士が身術を身体強化のみに絞ったとしても、特等魔術士になんてなれない。フィーネ様だからこそ、あらゆる生物を置き去りにする速度、いかなる魔獣も断ち切る膂力(りょりょく)を得ることができているの」


「「「「おお~~!」」」」


 生徒四人でフィーネの凄まじさを拍手。俺の質問内容にも感心している様子だ。


 フレアは手を叩いて俺たちを切り替えさせ、授業を続行した。


「身体干渉魔術は肉体の治癒も含まれているよ。ただし、その性能は魔導路に依存するし、他者の治癒は自己治癒とは問題が異なるの。これもステアはよく聞いておきなさい」


 俺が授業を受ける原因になったやつか。


「フィーネ様が開発した《魔取(まとり)》という魔術の拒絶反応から分かる通り、魔力を送り込む必要がある他者への治癒は激痛を伴うことが多いの。それも、施術者と被施術者の組み合わせで拒絶反応の度合いが変わってくる。失神するほど苦しむ場合もあれば、全く痛くない場合もあるの。だから、治療院では比較的拒絶反応が軽い傾向の魔術士によって治癒魔術が施されているってわけ。師匠――校長先生も治癒魔術は体得可能なんだけど、どうにも拒絶反応が高い側の魔術士みたい。大昔に冒険者を治療してあげたら、発狂されてそれ以降身術から他者治癒の設定を除外したんだって。こういうことも踏まえて昨日の反応が不思議だったけど、あんたは治療院で治癒魔術をかけてもらって痛い思いをしたことないの?」


「いや、まったく? 腰が砕けても普通に治ってたし、気にしたことなかった」


 俺の発言に女性陣が「うわあ」って顔で見てくる。

 この点でも俺の体質はおかしいんだろうか。


 フレアは気味悪がる顔を切り替えて、最後の干渉魔術について言及した。


「ま、まあいっか。最後は『認識干渉魔術』。これは対象の意識に干渉する魔術ね。幻を見せたり、気を失わせたりして対象を行動不能にすることを目的とするもの。けど、これは相手の意識、脳に干渉するものだから、処理も膨大になって使い勝手は悪いかな。だからといって、全く利用されないわけじゃないよ。

 実社会では、”契約”に使われる場合が大半かな。例えば、絶対に情報を漏らしてはいけない秘匿性の高い契約をする場合は、《楔打(くさびうち)》と呼ばれる魔術で機密情報の言語化や記述などを不可能にして、外部への流出を防ぐの。また、《楔打》に特化した魔術士を『楔方(くさびがた)』と呼び、商会や貴族のお抱えとなる場合もあるかな」


 フレアが解説しながら、黒板の『認識干渉』の円に人体模写を二人分描いて、契約関係のような矢印で結んでいる。


 正直、一番すごいと思った魔術だ。これがあるなら、フィーネの情報が万が一漏れた場合でも、口止めの確実性が上がるんじゃないか?


 けれど、フレアが次に口にしたことの方が衝撃的だった。


「これまでは現実的な認識干渉魔術を説明したけど、一部の学者からは世界の概念にすら干渉する可能性を示唆されているの。その根拠は、結界系統魔術。この魔術の術式構成が他の認識干渉魔術と基盤が同じであることから、これも認識干渉魔術に分類されているの。このことから私たちが認識している”空間”という概念に干渉しているんじゃないかって議論されている。そこから飛躍した考えで、”時間”という概念にも魔術で干渉できる可能性があるってわけ。ま、とは言ってもその足掛かりすらできていないようだし、私たちが生きている間に実現することはないんじゃないかな~」


 フレアが締めくくると、生徒たちは口々に反応した。


「私、この研究したい」

「実現したとして、なんの時間に干渉するんでしょうか」

「美味しいご飯を何回でも食べられるってこと~?」

「体に施せば、不老不死も夢じゃないってこと!?」


 不老不死に関してはフィーネが達成できてそうなんだよな。特異体質でだけど。


 フレアは説明が終わったのか、授業の残り時間を確認する。


「やっぱり余った。これを持ってきてよかったー」


 フレアは衣嚢(ポケット)から手の平大の水色の球や茶色の箱を取り出し、教壇に置く。


「先生、これは……『魔装具(まそうぐ)』ですか?」


「そう、よく勉強しているね」


 アクアの指摘にフレアは頷き、この物体の説明を始めた。


「魔装具とは、魔導器のように術式を刻んだ道具よ。相違点は、精錬した魔石によって起動するということ。すなわち、男性でも魔術を発動できる。ま、百聞は一見に如かず。ステア、使ってみて」


 そう言うと、フレアは俺のところまで来て水色の球体の魔装具と雑巾を手渡してきた。魔装具をよく見ると小さなつまみが出っ張っている。


「雑巾? それに……この球、つまみが二つあるけど、どう使うの?」


「こっちを回して出力をいじって、こっちで起動って感じ」


 言われたようにつまみを回すと中の歯車が回っているのか、『小』、『中』、『大』と球の表示が変わっていった。


「じゃあ、大でこのつまみを押し込めばいいの?」


「そう、それじゃあ皆、黒板に寄って」


 フレアは生徒たちを黒板側の側面に誘導してきた。嫌な予感……


「それじゃあ、いきまーす。ポチっと……お……? ピギャアア!?」


 つまみを押すと球体の下部から多量の水が発生して空中で少し留まると、そのまま自由落下。下半身がびしょ濡れになった。


「「「「「アハハハハッ!!」」」」」


 女子たちは大爆笑。このための雑巾か。拭くのに全然足りないけど。


 フレアは噴き出た涙を拭いながら、魔装具の解説を続けた。


「こんな風に魔装具は陣術程度の効力の魔術を誰にでも発動可能にするよ。でも、魔導器同様の製造技術を必要とするし、魔石の産出量の少なさから、研究段階のものとして一般には全く流通していないの。これらは教育資料として国から貸し出されたものだから、扱うときには慎重にね」


「「「「はーい!」」」」


 生徒の元気な返事とともに鐘が鳴った。


「それじゃあ、午後の授業もここまで。明日は訓練をするから、夜更かしせずに寝るように!」


「「「「はい! ありがとうございました!」」」」


 このやり取りの間にも俺は床にぶちまかれた水を拭いていた。

 一応女子たちも気遣って一緒に掃除をしてくれた。フレアはさっさと教室から出ていったけど。


 これで生徒たちにも見捨てられてたら、お兄さん泣いてたよ……

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