第八話 三元術式
「とは言え、どこから始めるか悩むな~……じゃあ、基礎の基礎。三元術式について、エリー。簡潔に答えてみて」
授業の出だしに困ったようなフレアだったが、『三元術式』とやらの説明をエリーに求めた。エリーはだるそうに答える。
「簡潔に~? そうだなぁ……『三元術式』は、魔術を発動するための三種類の方法?形式?だっけ。具体的には、『身術』、『器術』、『陣術』の三つ。
身術は、肉体に刻んだ術式に魔力を流して発動。
器術は、道具に刻んだ術式に魔力を流して発動。
陣術は、円とか四角を描いたものに魔力を流して発動。
合ってる……よね? 先生」
少し不安そうに聞くエリーに対して、フレアは満足そうに頷く。
「分かりやすくまとめられて偉い! それじゃあ、アクア。身術について細かく」
次はアクアを指名し、ハキハキと答え始める。
「はい! 『身術』とは肉体、具体的には血管のように張り巡らされた『魔導路』に沿って刻まれます。魔導路は肉体を流れる魔力の通り道であり、血管と同様に例えられる場合が多いですが、全身に張り巡らされている場合は非常に稀です。この魔導路が体のどの部位にあるかによって、魔術の種類や系統が変わります。
また、同じ部位であっても魔導路の密度によって術式の拡張性が変わるため、同じ魔術であっても人によってその特性が異なる場合が多いです。特性の相違点として、単純な規模や速度の可変性、発動を維持する時間、中には対象を追尾するように魔術士がその都度設定できます」
魔術は魔導路によって左右されるようだ。フィーネやロゼっちのように全身にあるというのは非常に稀で、魔術界の頂点の位置にあることがよく分かった。それにしても、普段のツッコみどころのある性格との落差が激しい。
アクアは解説を続ける。
「魔導路は生まれ持った形状や配置から大きく変わることはありません。肉体の成長と共に魔導路の密度が増えたり、わずかに拡大することで強力な魔術を体得する可能性はありますが、基本的に魔術は生まれ持った才能がモノをいいます。しかし誰もが共通していることは、生まれながらに魔術を扱うことはできないということです。これに関しては、陣術を解説する方にお譲りしたいと思います。私からは以上です」
アクアが順番に回答するという流れを察して後続に説明を回した。
自慢げに締めくくったアクアに対して、フレアは苦笑する。
「こっちのことを考えてくれてありがとう。詳しく説明してくれて分かりやすかったよ。ただ、大事なことだから、これだけは補足させてもらうね」
そう言うと、フレアは真剣に、生徒たちに語り掛けるように補足を始めた。
「アクアは”できる場合”について話してくれたけど、”できない場合”についても考えないといけない。身術が発動できない場合は二通り。一つ目は、魔力がない場合。これは他の三元術式でも共通してるのは分かるよね。そして二つ目は、肉体を損傷した場合。
肉体に術式を刻む以上、術式が刻まれた部位を損傷すれば、たとえ魔力を流しても魔術は発動しない。そのため、魔術士は負傷しないことを絶対として戦闘任務に取り組まないといけないよ。身体能力は基本的に女性の域を出ない以上、怪我をすればそれだけ部隊の負担になり、危険にさらしてしまう。そうならないためにも陣形を詳しく理解したり、周囲を観察する能力を養わなければならない。強力な術式を体得するのも大事だけど、少なからず私があなたたちを担任している間は、この点を意識して授業や訓練に取り組んでほしいな」
生徒全員は深く頷きながらフレアの話を聞いている。補足をされたアクアはハッとした様子で首をブンブンと振っている。素直な子たちというだけでなく、フレアが慕われていることが分かる。
正直、フレアがちゃんと先生をしていることにちょっと感動している。とても四年前にしでかした奴と同一人物とは思えない。
「急に真面目にしすぎちゃったね。それじゃ、続きから。ソーラ、器術をお願い」
静かな空気感を手を打ち鳴らして切り替え、ソーラを指名。ソーラはゆったりと話し始めた。
「は~い。『器術』は道具に術式を刻んで、魔力を流して発動する魔術です。魔術士が扱える魔術の種類が増えるだけでなく、身術の実行情報を魔力と一緒に入力して、性能をさらに拡張します。この術式も魔術士それぞれの魔導路に合わせたものでないと発動しません。
魔術士それぞれに合わせた『魔導器』と呼ばれる道具を扱うため、すご~く強力な魔術になります。けど魔導器の作成には高度な技術が必要なため、大抵は一等以上の魔術士しか所有していません。私も魔導器を持てるような魔術士になるために頑張りま~す!」
朗らかながらも力強くソーラは締めくくった。
フィーネは鏡剣を魔導器として器術を発動しているというわけか。今は結界専用の魔導器を製作しているそうだけど、メチャクチャ貴重な代物を扱ってるのか。
それにしても、魔術士、学者、技師と、魔術に関わるあらゆる分野で優秀な奴なんだな。魔大陸に固執していなければ、今頃それらの分野はさらに発展していったんだろう。
ソーラの心意気を聞いたフレアは彼女を応援する。
「そうだね。決して楽な道のりではないけど、私のように高位の魔術士の魔衛士になれば魔導器を持つこともできるから、ぜひ頑張って! それじゃあ、最後。ライザ、陣術について説明して」
ライザを指名し、彼女は芯の通った声で解説を始めた。
「ハイっス。『陣術』は規則性のある図形を平面に描き、その陣に魔力を流して発動する魔術っス。 陣の形状で効果が指定されるので、発動さえすれば誰でも同じ効果になるっス。現代までに判明している陣術は生活雑貨に留まる効力となっていて、戦闘ではあまり活用されるものではないっス。
でも、魔術適性の測定としてとても重宝されているっス。例えば、火を起こす魔術陣の発動が速ければ、その人には炎系統魔術に関わる部位に魔導路があり、炎系統魔術の適正アリと分かるっス。女子は初等学校の内にあらゆる魔術陣を試し、自分の魔術適性を見極めるっス。それでも実用的な水準まで適性がある割合は少なく、ここにいるウチらは魔術の才能に幸いにも恵まれたということを意識しながら訓練する義務があるっス」
最後はライザの主義主張が多く含まれているだろうが、それだけ陣術が将来を左右するものであるということが分かった。
締めくくった感じがしたが、やけにアクアがライザに目配せしている。すると、ライザは思い出したように言葉を継いだ。
「そういえば、アクアが説明残してた! えーっと……魔術士が身術を体得するためには、『原創陣』という陣を使う必要があるっス。この陣は教室よりもちょっと広いものになっていて、陣の中心に体得したい身術の情報を記述し、その上に魔術士が乗るっス。この状態で原創陣に魔力を流すことで、二十分程度で身術を体得できるっス。
ここで重要なのが、現実の魔術は創作物みたくご都合主義じゃないってことっス。登場人物が危機に瀕したときに新たな力が覚醒するっていう胸アツ展開は魔術士には通用せず、あくまでこれまでに培ってきたものでしか勝負できないってことっス。
そのために、原創陣を使って魔術を体得し、使用感に合わなければ術式構成を変更して再度原創陣で体得し直すという流れを繰り返します。魔術士には自分に合った術式やその調整を見つけ出すことが求められるっス。原創陣は大気中の魔力濃度が高い場所での設置が推奨され、この学校だと一階北側にある大きい教室に描かれているっスね」
なるほどね。原創陣は冒険者にとっての武器屋とか鍛冶師みたいなものか。
もしかしたら、俺の魔力で出力がおかしくなったと言うフィーネも、原創陣を使って身術の調整が必要なのかもしれない。
ライザが説明を終えると、フレアは満足げに頷いた。
「ライザ、ありがとう。アクアの無茶ぶりにもちゃんと返すことができたね。さて、皆さん、基礎を疎かにしていないことがよ~く分かる良い説明だったよ。あとは、そこの腕組みしてる男! あんたがこの子たちの時間を無駄にしなかったかに懸かってるから、これまでのことをざっくりまとめてみなさい」
今度はフレアが俺に無茶ぶりしてきた。生徒四人は心配そうに俺の方を見てきてる。答えるしかないか。
「あ~、普段冒険者が見ている魔術は『身術』。フィーネとかの凄い魔術士は魔導器を使った『器術』でもっと強く。『陣術』は適正やら身術の設定とかで重宝。全体を通して、魔術士は『魔導路』で才能が決まる。これでいい?」
「「「「おお~~!」」」」
俺の回答に女子四人が拍手をしてくれた。フレアは少しつまらなそうな顔をした。
「よくできてるじゃない。逆にこの短時間でそれだけまとめられるのに、知らなかったってどういうこと?」
「「「「確かに……」」」」
フレアの疑問に生徒全員が同調。
これに対する答えは単純だ。
「俺はできないことは基本考えない主義でね。興味がないことと置き換えてもいいけど。魔衛士になって他人事でもなくなったから、飲み込みは早いし、たぶん忘れることもないよ」
俺が言い終わると、学校中に鐘の音が響いた。
「あっ……成人男性の痛々しい自慢で午前の授業が終わっちゃった。それじゃ、ここまで。皆、くれぐれも午後の授業には遅れないようにね」
俺への悪態を最後にフレアは教室を後にした。残されたのは俺と生徒四人。
気まずくなり、立ち上がろうとしたところで四人が俺に迫ってきた!
「どうやって魔衛士になったの!?」
「フィーネ様はどのような方ですか!?」
「先生とどこで知り合ったんですか~?」
「そういう関係なのは先生っスか!?それともフィーネ様!?」
とんでもない勢いで質問攻めが始まった。
これって女子校ノリっすかね。ついていけないっス……
セリフが四つ並んだら
緑
青
茶
赤
で喋ってます




