第五話 再会
「フレア・アクセサリ……だったっけ?」
「意外……よく私のこと覚えてたね」
再会した女性の名前は、フレア・アクセサリ。
肩口で揃えた橙色の髪に、様々な色、形状の髪飾りをいくつも挿している。栗色の瞳は大きく、大人と子供の中間といった顔つきだ。
そんな人物が俺に向けている表情は、とても嫌そうにしている。
「なぁにぃ? アンタたち、顔見知りだったの? もしかして――」
「「違います」」
ロゼっちが俺らの関係を邪推してきたので否定したわけだが、それはフレアも同じだったようだ。ロゼっちはその様子を見てクッソにやついている。
フレアは眉間に力を入れてさらに嫌がりながらも、ロゼっちへの事務連絡を優先する。
「師匠、試験結果です。生徒の理解力が地道に向上しているのが実感できます」
何枚かの紙をロゼっちに手渡している。
「ふむふむ……この感じならアタシたちが補習に駆り出されることはなさそうね。いや~、マジでフレアを魔衛士にしてよかった~!」
「今年で四年目ですし、生徒たちも優秀ですからね」
ロゼっちとやり取りするフレアの顔からは力が抜け、笑みを浮かべている。
それにしても、フレアがロゼっちの魔衛士か。魔衛士には魔術士側から条件を出されることが多いわけだが、教員になるのが条件だったのだろうか。
「奇遇だな。お前はロゼっちの魔衛士になってたのか」
「『ロゼっち』?? ま、まあね。魔術学校を卒業したときの成績がそこそこだったから。師匠の魔衛士として進路を進められたわけ――ちょっと待って……奇遇って何? あんたも魔衛士になったの?」
フレアは三年前からロゼっちの魔衛士になっていたようだ。フレアは当然の返しをしてきたので、普通に答えようとした。
「ああ、最近――」
「は~い! ちょっと待って! せっかくだし、問題にしましょう。ステアは誰の魔衛士になったでしょうか? ちなみに最近話題の人です!」
ロゼっちが会話の主導権をぶんどってきた。出題されたフレアは考えこむ様子だったが、すぐに答えにたどり着く。
「まさか……もしかしなくとも……フィーネ・セロマキア様?」
「”様”? ああ、そりゃ敬称つけるか」
「はあ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝……信じらんない……」
フレアは顔を両手で押さえて天を仰ぐ。フィーネと関わってから、ここまであからさまに態度を示されたのは初めてかもしれない。
彼女は経緯を問い詰めてくる。
「なんで? ただの三等冒険者だったんでしょ?」
「最近二等になりました~」
「【戦姫】様の格に比べたら誤差だし、自慢にならないから」
なかなか辛辣な言葉を投げかけられる。こんな扱いされるほどのことをした覚えはないんだけど……
子供じみた俺たちのやり取りにロゼっちが首を傾げている。
「なんなのアンタら、幼馴染? 小説とかの典型的な腐れ縁のやり取りするじゃない」
「それどころか一日だけの付き合いだよ。魔術学校の最終学年で現場体験みたいなことするじゃん? それで面倒に巻き込まれたわけ。そのあとにこいつが怪文書送っ「ワーワワー!!ワワワワーー!!!」
当時のことをざっくり説明したところで、フレアが大声を上げながら俺とロゼっちの間に飛び込み、腕をブンブン振っている。よっぽどあの手紙の内容を知られたくないようだな。
「貸し、一でいいか?」
「クソ男!!」
俺が笑いかけるとフレアはお手本のように反応してくれた。
結局のところ一人勝ちかのようにずっと面白がっているのはロゼっちだけだ。変わらず主導権はロゼっちが握ったまま、話を進めてくる。
「お二人さん、じゃれついてないで~。フレアが来たってことはもう放課後になったのね。ステア、フィーネちゃんを連れてウチで晩御飯食べていきなさいよ。フレアは食材買ってきてね」
「え~~、こいつとですか~? フィーネ様に会えるのは感激なんですけど」
フレアの文句を無視してロゼっちは校長室を出ていった。俺たちも後に続き、廊下を歩く。
「フィーネってどこにいるの? 図書室で論文見てるんだっけ? 何階?」
「一階の南側ね。論文にかじりついてるだろうから連れ出すのは大変でしょうね」
要は面倒を俺に押し付けてきたわけか。
俺とロゼっちのやり取りに、またもやフレアが突っかかってきた。
「あんた、師匠にタメ口って……フィーネ様にも同じ態度取ってるの? 魔衛士として立場ってものを弁えたらどう?」
「だって本人たちが許してくれてんじゃん。お前もそんな堅苦しいこと言ってないで師匠相手にタメ口で話す勇気ぐらい見せたらどうだ? ロゼっちはきっとフレアのことを試してるんだよ。気づいてやれって。」
「「ね~~」」
俺とロゼっちが顔を合わせてフレアをおちょくる。
ロゼっちは悪ふざけ半分、そうあってほしいという願望も半分ありそうだ。ロゼっちがこっち側に回り、フレアは「ぐぬぬ」と唸っている。
フィーネの話が出たからか、ロゼっちが彼女の昔話を始めた。
「そういえば知ってる? フィーネちゃんが特等になったころの呼ばれ方。
【戦姫】なんてカッコ美しいものじゃなかったのよ」
「それは初めて聞きました。三十年近く前の話ですよね?」
同業のフレアでも知らなかったようで、俺も興味が湧いた。
ロゼっちは勿体ぶりながら答える。
「それはね……【千疾】よ」
「「ハイ?」」
「あの子、魔獣さえ斬ればとんでもない継戦能力じゃない? 魔大陸の大量の魔獣たち相手に大活躍でね。千の魔獣を斬り、千里千日駆ける様子から【千疾】。さすがに誇張しまくってるけどね。あとは魔獣の返り血で真っ赤っかになってたのも理由かしら。本人は気に入らなかったみたいで、戦い方を改めたら美しさが際立って【戦姫】って呼ばれるようになったのよ」
人に歴史ありだな。というか、フレアはフィーネのことをある程度知っていそうな雰囲気だ。
その話を聞いて、俺の頭の中に悪い発想が浮かんできて、すぐ口に出してしまった。
「するってぇと? 調子に乗ってるときには『千疾婆』とでも呼べば止まるか?」
「ブフッ!……ごめんなさい」
フレアが思わず吹き出し、俺とロゼっちが振り返ると、ばつが悪そうに口を押えた。どっちかというと俺が謝る側だけどな。
「まあ、使いどころは気を付けた方がいいでしょうね。発想自体は悪くないから、ステアの技量が試されるわよ」
悪口の類でロゼっちがキレるかと思ったが、そういうわけではないらしい。
そんなやり取りをしている内に、俺たちは一階に着いた。
「それじゃ、アタシはウチに帰るから。フレアはステアを案内するついでにフィーネちゃんに挨拶してきなさい。あと買い物、忘れないように」
「は~い……」
ロゼっちの言いつけにフレアが不服そうに返事をする。こいつ、どれだけ俺のこと嫌いなんだ。
ロゼっちと別れ、フレアの先導のもと、図書室に向かう。
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部屋は夕日に照らされ、机に座る白金の美女を赤く染め上げる。
儚げな表情で書物に目を通す姿は、いかなる芸術家でも表現することはできない美を体現している。
それっぽく表現してみたが、俺は実情を知っている。
過集中で論文を読んでいるだけだ。
フィーネは、十脚ほどの大きな机に多くの本を広げた状態で並べており、今は一冊の本を淡々と読み進めている。
図書室内では授業を終えたであろう生徒や教員たちが遠巻きにフィーネを見ている。
フレアは緊張した様子でフィーネの側に進み出る。
「あ、あの! 私はロゼ・クリスタ様の魔衛士フレア・アクセサリです! この度はお夕食を共にしたいという師匠の申し出により、お迎えに上がりました!」
「…………」
フレアの挨拶をフィーネはガン無視した。
ここまでの扱いを受けるとは思わなかったのか、フレアは直立してしまっている。
俺が動くしかないか。
「おい、フィーネ! 飯だ! 動くぞ! 集中してるのは分かったから、俺が持ち運ぶからな! お前は道中で本読んでりゃいいから! いいな? 腰持つぞ!」
俺がフィーネの腰を持ち上げて運ぼうとすると、辺りは騒然とした。
皆さん、ご理解ください。これがあなた方が憧れる特等魔術士の扱われ方なんです。
椅子から持ち上げるまではできたんだが、それ以上動かすことができない。フィーネが凄まじい力で机を掴んで抵抗してやがる。
理由は――
「フレア! そこらに散らばってる本全部運んでくれ! じゃないとこいつが離れねぇ!」
「あっ……わ、わかった!」
フレアは懐から小袋を取り出し、中に入っている髪飾りを本の開いている頁すべてに挟んで持ち出した。どんだけ髪飾り持ち歩いてるんだ。
フレアが本すべてを抱えたところで、フィーネは机から手を離した。
それぐらいの周囲が分かっているならこちらを少しは気遣ってほしい……
再度フレアの先導で学校を出て、ロゼっちの家に向かい始める。
道中、フレアの「これが……特等……?」という呟きが聞こえてきた。
分かるよ。世の中ってそんなもんだよな……




