幕間 特等の評価
<フィーネ視点>
私は今、怪物と共に馬車に乗っている。
怪物の名は、ステア・ドーマ。
彼を初めて目にしたのは四年前。不治の病を患ったという第一王子の治療のために王都に訪れた時。私の治癒魔術によって王子の治療は順調に進んでいたけど、必要とする魔力が多すぎた。一度施術する度に、王都の外へ出向いて魔獣を狩り、魔力を補充していた。
その中で、一般冒険者による魔獣討伐に出くわすことも多く、横から手を出しては成果を奪い取っていた。当の本人たちは私のことを助っ人だと思って祭り上げていて、私は「申し訳ないなー」と思いながら笑顔を見せ、手を振ってその場を後にしていた。心にもないことだけど、この程度で物事がうまく運ぶならいくらでもしていた。
問題の怪物は、治療も終盤に差し掛かったところで見かけた。その日は、生命維持に必要な分と治療に必要な魔力を補充し終え、王都に戻る道中での出来事だった。
ある討伐隊が複数の魔獣と戦っている場面に出くわした。魔力が最大値まで溜まっているわけではなかったので、例のごとく横入りしようとした。念のため討伐隊の陣形を確認し、どう乱入しようか伺っていたところ、一人の冒険者に目がいった。
その冒険者は後方から戦闘を眺めていた。弓ではなく、剣をずっと構えている。遠くから見ると、戦うことを避けているような立ち居振る舞いだけど、よく観察するとそうは思えなかった。
理由は......目だろうか。
戦場を眺める目が、獲物を選ぶそれだった。
ある冒険者が体勢を崩し、魔獣の牙が届こうというところで彼は動き出し、魔獣に一太刀浴びせ、退かせた。
その傷の具合も絶妙で、魔獣の機動力が落ち、他の魔獣の動きの邪魔になる程度のものだった。
手負いの魔獣を起点に周囲の魔獣も動きが鈍くなり、結果的には彼以外の冒険者の活躍で討伐は完了した。
今にして振り返ればこのようにまとめられるけど、当時はなんとなく見届けて王都に戻った。実際、ステアのことは山中で再会するまで忘れていたもの。
四年ぶりに見かけ、初めて対面したステアの動きは常人から外れていた。
私が彼の立場になったとき、あの場面で暗器を投げつける選択をできるかな?
その後、彼の魔力には驚かされたけれど、四年前と今回の行動から彼自身への興味が尽きなかった。
私に斬りつけられて気絶したステアを背負い、ケニドアの元へ向かった私の第一声は――
「こいつのことについて教えて!」
自分がここまで視野が狭くなるような者だとは思わなかったけど、結果的に私の目の付け所は間違っていなかった。
徹夜のケニドアから渡された資料は彼の異常性を雄弁に物語っていた。
膨大かつ超効率の魔力を持つ人物が望外の能力を備えている。
その事実に、私の嫌いな『運命』という言葉を想起してしまう。
私自身が利己的な性格であることは自覚しているけれど、それでも災害級の魔獣が現れる度に犠牲者は生まれ、その存在に後ろ髪を引かれるような感覚を覚える。
彼であれば、私がこれまで取りこぼしてきたものを掬い取ってくれるはず。
押しつけだと自覚できるほどの期待を抱きながら彼と対面した。
私と大して変わらない身長の細身で、陰気には見えないくらいの長さの黒髪。目力が強いわけではないけれど、芯の通った黒い瞳を向けてきた。
率直な感想は、『怪物』だった。
彼の人生の中で最も劇的だったであろう一夜から目を覚めた一言目が『どういう状況ですか?』?
あなたの精神構造がどういう仕組みですか?
その後の私とケニドアへの態度も少し不自然だった。互いに【戦姫】、【組長】と呼ばれ、一端の地位にいる我々が相手にも関わらず、臆することなく説明を求め続けた。
極め付けは彼の信条、主義よ。
彼の話を聞くまでは、彼の行動の根本には絶望した過去や臆病な性格が影響していると思っていた。
それが何? 『最高の景色』??
途中から異常性癖の話にでもなったかと思った。
けれど、それにこだわるに至るまでの話が彼の口から出てきたときには、是が非でも魔衛士として欲しくなった。
結果的には彼の行動は献身的と評価できるけど、当の本人の信条はあまりに独善的。ある意味で究極の成果主義。任務の成功だけでなく、自身を含めた周囲の冒険者の生還を絶対とする。
さらに、現状は彼の行動を評価する仕組みが作られていない。ただの自己満足、快不快の指針のみであれだけのことを実行できる。
もし彼の快不快の指針が一般的な欲望に忠実なものであれば、王都内で悪名を轟かせていたであろうとも思えてしまう。
なんにせよ、今の彼は私にとって都合がいい。私に足りない魔力と、理想への執念を彼が補ってくれる。私のこれまでの旅路は厄介事が付き物だったけど、ステアがいれば私はより強力に、うまい感じに場を納めてくれるような道程になるだろうと思った。
――思っていた。
なんか、彼ってズケズケと言ってくるわよねえ?
私ってこれでも一時代に一人程度しか認められない特等魔術士なのよ? 王族だって割と気を遣って話してくれるんだけど......
気を遣わなくていいって言ったのはこっちだけど、次に出た言葉が「ばあちゃん」!?
そんな呼ばれ方したのは生まれて初めてよ。確かにそういう年齢ではあるけど、半世紀の付き合いの親友からは「宝石の擬人化」だの「永久の美」だの容姿を大仰に褒められてたはず。
集合時間に遅れれば容赦なく詰めてくるし、魔狼討伐の任務では鏡剣を取り上げてぞんざいに投げ捨てるし、私の長年の習慣に文句をつけては無理やり自分に合わせようとしてきた。
まあ、魔力が関わり、身体的苦痛を受ける彼が神経質になるのも理解しているつもりではあるのよ。
ウチに来て昼食を作っている最中、少しでも見直してもらおうと思ったけど、すべて裏目に回り、危うく彼を火だるまにしかけた。私に対する目は、少なからず尊敬の念が一切含まれていない。
おかしいな。立場的には私が圧倒的に上なのに。なんでステアのご機嫌取りしようとしてんだろう。
容姿といえば、彼に性欲はないのだろうか。これでも目汚しにならない程度の容姿をしていて、彼は二十代になったばかりの若者。魔獣討伐の部隊では乱痴気騒ぎを聞くことも少なくはないのだけど、彼は今のところそういう話に興味を示した様子はない。
やっぱり私の年齢? 私の男性に対する認識が誤っているのか。それとも魔力に関連して、彼の体質全体が通常とは異なるのだろうか。
勢い余って一緒の布団で寝てしまったのに。
数十年ぶりにまともに寝たわけだけど、夢か現か分からない、ステアの言葉が頭から離れない。
「ぇちゃん......ぅごい......?」
多分、「ねえちゃん、すごい?」だと思う。
寝ぼけていた時に聞いた彼の寝言だろうか。これを聞いてステアに抱き着いたのだとしたら相当恥ずかしい。私にも母性のような心が備わっていたのかな。
それにしても、ねえちゃん……姉、ねぇ。
ステアの経歴では孤児院以前の情報はなかった。それ自体は珍しいことじゃない。孤児、つまり親がいないのであれば身元証明が難しくなる。孤児院に入るまでに戸籍上の姉と生き別れたか、それとも――
とにかく、ステア・ドーマは不思議な奴。
常人では有り得ない魔力と、常軌を逸した意志とそれを成す行動力。
されど、大きなこと成すわけでもなく、身の丈に合った最適行動を丁寧に重ねていく。
男性には見えない『導線』が見えるようにもなった。
かといって、私への態度はとても雑になっていっている。
ステアを『怪物』と評したことを間違いとは思ってないけれど、これ以外の表現も見つけた。
『面白い奴』。
西極圏へ向けた旅や魔大陸の踏破の中で彼のことを知っていければいいなと純粋に思える。
馬車の中で、対面するステアが話しかけてきた。
「ちゃんと水飲んでる? 不老がどういう仕組みかは知らないけど、お肌のハリも元を正せば水分なんだからしっかり補給しなよ?」
うん、やかましい奴でもあるかもしれない。




